東急線をぶらぶら

今回は近場の単発鉄活動として、東急線をぶらぶらと訪ねました。
目的としては、新型車両2020系への置き換えが噂されている2000系への乗車&録音集め、東急線で唯一未乗だった大井町線の乗りつぶし、「電車とバスの博物館」への訪問、そして、東京駅と等々力操車所を結ぶ東急バスの東98系統への乗車といった内容になっています。
「電車とバスの博物館」については別個の記事にしたいと思いますが、それ以外はこの記事でまとめてレポートしていきます。

本日の行程

今回は2000系への乗車がメインと言ってもいいわけで、まず2000系の運用に合わせて行程を組む必要がありました。2000系は東武線の保安装置に対応していない関係上、東武線に乗り入れる運用には就けず、必然的に半蔵門線内で折り返す運用に限定されるわけですが、その運用は日に何本かあり、2000系は現在3編成が運用中ですから、大まかな予想はできたのが幸でした。
まずは渋谷駅へ向かい、ここで東急線全線が乗り放題となる「東急ワンデーオープンチケット」、並びに東京メトロのフリー乗車券を購入して、押上行きとして運用される2000系を待ち構えます。
東急とメトロ双方の1日券を用意したのは押上~中央林間間の全区間乗車を目指したいという理由もあり、終点駅での折り返し乗車をせざるを得ないことや、東急線では大井町線などの乗りつぶしも入れれば1日券で十分元が取れるという理由もあります。メトロに関しても渋谷~押上往復だけでは赤字ですが、地元からの行き帰りにもメトロ線を使うので、それを入れれば元が取れています。

押上まで乗車後、折り返し乗車して準急中央林間行きとして乗車、更に折り返し乗車して渋谷まで乗ったら、適当な列車で「電車とバスの博物館」の最寄り駅となる宮崎台駅へ向かい、「電車とバスの博物館」を見学後、溝の口駅に出て大井町線1往復を乗車して東急電鉄完乗です。その後等々力駅へ引き返して東98系統で東京駅まで1往復乗車、あとは適当に帰路に就くという感じです。

渋谷で2000系を待つ

無事フリーきっぷも購入して、ホームで2000系を待つだけです。行程を組んだ運用に2000系が入っていることはネット上のとあるサイトで確認済みでしたが、それでも情報が違っているor直前に運用変更という可能性も無きにしもあらずということで、実際に2000系が視界に入るまでは本当に2000系が来てくれるかヒヤヒヤものでしたが、無事に2000系がやって来てくれてひとまずは安心です。
ただ、時刻は朝の8時過ぎ、いわゆる通勤ラッシュの最中なんですね。ドアが開くなり大勢の乗客がホームへと吐き出されますが、それでも車内にはなおかなりの乗客が残っており、半蔵門線内へ乗り越す利用者も多いようです。よって撮影をしている余裕などなく、大人しく押上を目指します。
良かったのが極度に混んでいると逆に喋る人がいなくて車内が静かということですね。まあ、それを差し置いても出勤するわけでもないのに満員電車に揺られるのは気分のいいものではなくできれば避けたいものですが、2000系の運用は朝夕のラッシュ時が中心のようですから仕方ありません。
とはいっても、大手町を過ぎる頃にはだいぶ車内も空いてきており、都心部を抜けてしまえばガラガラになりましたけどね。


押上でとりあえず1枚だけ撮ったら即折り返し乗車です。こういう行動をするにはやっぱり1日乗車券は必須ですね。


折り返しは準急となるわけですが、この準急は2007年より登場した田園都市線の歴史から見ればまだまだ新参の種別です。
それ以前の田園都市線は各駅停車と急行の2種別体制でしたが、ラッシュ時には所要時間の短い急行に乗客が偏り激しい混雑に起因する遅延が常態化していたことから、渋谷~二子玉川間では各駅に停車し、先行する各駅停車を追い抜かない種別として新設された経緯があります。そのため、当初は朝ラッシュ時の渋谷方面の急行を置き換える形で運行されており、ラッシュ時限定の種別でしたが、2014年からは中央林間方面でも運行が開始され、日中にも運転されるようになり、更に2016年の改正では夕方から夜間の渋谷方面でも新たに運転されるようになるなど、徐々に勢力を拡大している種別です。
とはいえ、田園都市線で準急に乗るのは初めてなので、2000系ということも相まって今回の行程の中では楽しみな列車の1つでした。

渋谷を過ぎれば朝に郊外方面へ向かう人の流れは少ないこともあって車内は空いており録音にも最適でした。「時差Bizライナー」以来の田園都市線でしたが、普通に都市の電車であり、車内では特筆すべきこともなく中央林間に到着w
1日乗車券の強みを活かして一旦ホームへ降りたらそのまま折り返し乗車して渋谷を目指します。今度は人の流れと重なる都心方向ですから混み合ってはいましたが、始発から乗っていたおかげで座って過ごすことが出来ました。

渋谷では混雑がひどく撮影もろくにできずに再び折り返して今度は「電車とバスの博物館」の最寄りである宮崎台駅を目指して各駅停車に揺られます。宮崎台には急行も準急も停まりませんからねぇw
というわけで、これにて2000系のくだりは終了!
乗っているだけなのでレポートすることもあまりなかったですしね。

宮崎台駅

電車とバスの博物館」については単独でのレポートの需要もありそうなので別記事とすることは冒頭で述べたとおりですが、駅の方のレポートはこちらでしておきたいと思います。


乗ってきた東急5000系を降りて宮崎台駅にやってきました。


駅名標


縦型(漢字Ver.)


縦型(ひらがなVer.)


「電車とバスの博物館」のPRも欠かしていませんでしたw


急行通過駅だけにこんな案内も


ホームは相対式2面2線とごくシンプルな構造です。


ホームに架線柱が突き刺さっているみたいになっていましたw


あと、大井町線の5両編成の列車に対する案内もあります。
大井町線自体は当駅より2つ先になる溝の口駅までということになっており、通常運転では当駅にはやってこないのですが、車庫がある鷺沼への回送を兼ねて朝夕に僅かながら鷺沼~大井町間で運転されることがあり、当駅にも停車する関係のようです。


接近案内はちょっとレトロな作りでしたw


と、そこへ東武50000系がやって来ました。


こういう駅は撮影に向いていますね。列車を撮るためだけに訪れるのもよさそうです。まあ、今日は「電車とバスの博物館」がメインですからまた今度ですけどw


それでは、改札を出ましょう。


例の「電車とバスの博物館」は駅から直結となっており、駅舎から出ることなく入場できる構造になっています。


駅の入口です。


駅前はちょっとした公園のような広場になっています。


その先は飲食店がいくつか入っていてショッピングモールのフードコートのようです。
それにしても、地方だとターミナル駅以外は駅周辺にまともな飲食店がないのが常ですが、東京にほど近い首都圏では急行も停まらない駅でもこれですからやっぱり都会は便利ですねw


その前はバスロータリーとなっています。
乗り場は3つありますが、鷺沼駅への鷺11と、宮前平~虎の門病院分院を結ぶ宮06の2路線が乗り入れており、宮06は方向別に乗り場を分けているようです。


ついでに北口へも行ってみました。


こちら側は駅前は細い道路があるのみで、専ら地元の方が使う出入口という感じがしますね。

「電車とバスの博物館」については別記事として、このレポートでは扱いませんので続いては大井町線ですね。


ホームで1枚だけ撮り鉄したら溝の口駅へ移動します。

東急大井町線

本日の乗りつぶし対象であり、私が東急電鉄で唯一乗っていなかった大井町線に乗車し、いよいよ東急電鉄完乗を果たしたいと思います。


「電車とバスの博物館」では予定以上に時間をかけすぎてしまって予定通りの列車には乗れなくなりましたので、とりあえず溝の口駅にいた急行で一気に大井町まで進んで大井町線完乗を果たします。
写真は6000系という形式でして、5000系をベースに開発された大井町線の急行用の車両です。一般の通勤型電車なのに急行専用となっているのは6000系は6両ないし7両編成ですが、各駅停車は5両編成となっており、有効長の関係で運用を完全に分けているんですね。ちなみに、ダイヤ混乱時や6000系が検査などで運用が不足する場合は各駅停車用の5両編成が急行運用に入ることはあるようですが、逆に6000系が各駅停車として走ることはないようです。


行先表示は撮っておきましょう。


まだ発車まで少しあるようなので駅名標くらいは撮っておきましょう。


縦型


驚いたのはホームドアにモニターが付いていたこと。
確かにこういう活用法もありますよね。

それではいよいよ発車です。
ここで大井町線についてのご紹介を絡めつつ旅を進めていきます。
まず歴史ですが、大井町線は1927年に目黒蒲田電鉄の手によって大井町~大岡山間が開業したのが始まりで、二子玉川から延伸された二子玉川線と繋がって1929年に大井町~二子玉川間が開業し、現在の原型が出来上がりました。
1945年には路面電車であった玉川電車(玉電)の一部だった二子玉川~溝の口間を改軌の上で編入し、大井町~溝の口間の路線となりました。1963年には大井町~溝の口間が田園都市線と改称されて、大井町線の名前は消えます。
1969年に二子玉川と渋谷を結んだ玉電は廃止されたため、溝の口や二子玉川から都心部へ出ることが出来る唯一の鉄道となっていた時代もありました。
1979年には渋谷~二子玉川間に新玉川線が開業し、従来は大井町への直通が主体だった二子玉川~溝の口間は新玉川線への直通という運行形態に改められ、同時に二子玉川~大井町間は大井町線として分離されました。
他の路線を編入したり分割されたりと大井町線の範囲の変遷はあったものの、特に新玉川線開業以後は各駅停車のみのローカル線という色が濃かった大井町線ですが、2008年より変貌を遂げます。まずは6000系の投入に合わせて急行の運転が開始され、翌2009年には田園都市線の二子玉川~溝の口間に大井町線専用の線路を増設する形で複々線化が行われ、大井町線の全ての列車が大井町~溝の口間(一部鷺沼発着もあり)となり、田園都市線が分離される以前の状態に戻ったともいえますが、この背景には田園都市線の混雑問題があります。田園都市線は首都圏でも有数の混雑路線として知られており、線路容量限界まで増発を実施し、ラッシュ時の急行の廃止といった施策も行われますが、さらなる対策として大井町線を田園都市線沿線から都心部へ出ることのできるバイパスルートとして活用したいという思惑がありました。
急行を運転したり、複々線化で溝の口まで大井町線の列車が乗り入れることで従来は田園都市線で渋谷へ出ていた利用者を大井町線経由で都心部に出るルートにシフトさせ、田園都市線の混雑を緩和したいというわけですね。
このため、急行は他路線の接続駅にしか停車しない設定となっており、溝の口を出ると二子玉川、自由が丘、大岡山、旗の台、大井町とかなり停車駅は絞っています。
このこともあり大井町線の利用者は増加傾向にあり、急行列車も従来は6両だったものが7両へと輸送力増強が図られていますが、一方で各駅停車は5両のまま据え置きとなっており、田園都市線からのバイパスルートとしての利用者は増えているものの、沿線のローカル需要はあまり伸びていないということなんでしょうね。
実際、急行列車に乗っている時も、あまり途中駅での入れ替わりはなく、全区間乗り通す利用者も多々見受けられました。

大井町駅

全区間乗っても20分程度とお気軽な乗り鉄ですが、これにて東急電鉄完乗が達成されました。


大井町線の起点となる大井町駅です。ホームは意外と手狭な1面2線です。


ホーム端から下神明方面を望みますが、シーサスクロッシングがあるのは起終点の駅ならではですね。


忘れてはいけない駅名標


ホームからはTKの通称で知られる東京総合車両センターが見えます。
イベント2度ほど訪れていますが、こうして俯瞰するのは初めてですね。


ホームドア完備だけに撮影はやりづらいw


隙間から頑張って撮った6000系


終端部


せっかくなので改札は出ておきますが、大井町駅自体は何度も来ていて外観も知っているので即Uターンw


大井町線といえばご紹介しておきたいのがこの発車標です。
急行はいいとして、各駅停車に注目です。
中段に表示されている各駅停車は緑色で表示されていますが、下段の各駅停車は青色になっているのにお気づきでしょうか。
これは複々線区間である二子玉川~溝の口間での停車駅の差で区別されています。この区間では路線別の複々線となっており、区間内にある二子新地駅と高津駅は田園都市線の線路にしかホームがなく大井町線の線路にはホームがないために各駅停車であってもこの2駅には停車しないということになるのですが、それではこの2駅から大井町線沿線へ向かう人が不便だということでこの区間では田園都市線の線路を走行してこの2駅にも停車する各駅停車も運転されることとなり、大井町線の線路を走行し、二子新地・高津に停まらない各駅停車は緑色、田園都市線の線路を走行して2駅に停車する各駅停車は青色で表示して区別しているというわけです。
各駅停車が2種類あるという面白い例ですよね。


そして、待っていたのは9000系の各駅停車です。
最初から大井町線に投入されたグループと東横線に導入されたものの5000系に置き換えられて大井町線に転属してきたグループに分けられますが、急行用の6000系を含めても大井町線で最大の所属数を誇る大所帯となっています。つまりは大井町線で各駅停車に乗った場合、高確率で9000系に当たるということです。

再び大井町線

今度は各駅停車を選びましたが、やはり途中駅で乗客の入れ替わりが激しかったこと以外は特筆すべき事はないですね。
ちなみに、急行は溝の口まで20分ほどで走破しますが、各駅停車は26分かかります。まあ元々路線長が短いのでそんなに差は出ないですね。

なお、次は東98系統に乗るべく等々力駅へ向かうのですが、各駅停車でも全区間制覇をやっておきたいという理由から一旦溝の口まで向かいます。


↑乗ってきた列車の引き上げシーン


溝の口駅の中央林間方には引き上げ線があり、大井町線の列車は一旦引き上げ線に入ってから改めて折り返し運転となります。


6000系の編成写真を撮ったら等々力駅へ向けて折り返します。

等々力駅

溝の口ではそのまま折り返して等々力駅へやってきました。
ここから東98系統へ乗車するわけですが、その前に軽く駅取材をしていきます。


駅名標


縦型


ホームは1面2線ですが、急行が停まらないローカル駅だけに手狭な感じです。


ここ10年で急行が走ったり延伸したりと一気に都会的になった印象の大井町線ですが、この駅はまだローカルな雰囲気が残っていますね。


改札口です。


その先はすぐ踏切となっている面白い構造です。


その面白い構造の理由ですが、改札口は上下線に挟まれるような立地になっており、駅前の踏切を介して外部への接続を取っているわけですね。


こうしてみると踏切自体はホームから外れているので構内踏切ではないんですかね。

駅周辺には等々力渓谷という東京23区内では唯一の渓谷が存在しますが、「電車とバスの博物館」で時間オーバーしてしまった煽りで見る時間がなくなったのでまた今度のお楽しみですw
というわけで、このまま等々力操車所へ向かい東98系統に乗車することにします。

東98系統

等々力駅付近にある等々力操車所と東京駅を結ぶ東急バスの東98系統に乗車するべく等々力操車所へ向かうこととします。
駅至近にもバス停はあるのですが、どうせなら全区間乗車したいということで等々力操車所へ歩きますw


駅付近はちょっと狭い2車線道路となっていて、その先に等々力操車所があります。


こちらが等々力操車所です。バスにおける操車所とは折り返しや待機を行うための場所という意味合いであり、ようするにバス用の駐車場ですかね。
ただ、乗り場は少しはなれた所にあるようなのでそこで大人しく待ちます。


行先表示が綺麗に写っていませんが、これが私が乗る東京行きになるようです。


さて、そろそろ乗り場へ行こうと思ったら違うバスがやって来てなんと路上でいきなりバックを初めて後ろ向きに操車所に入っていったのです。路線バスの路上バックという光景に驚きましたが、同時に動画で撮っておけばよかったと後悔w
流石に誘導員はいましたが、都内でこんな光景が見られるのって結構レアではないでしょうか。

それでは、いよいよ東98系統で東京駅まで乗車します。
ここで東98系統についての説明ですが、バスが好きな方なら東急バス最長路線としてご存知の方も多いかもしれませんね。
単に距離が長いと言うだけでなく、ほとんどの東京のバス路線が山手線の駅を境に分断されているケースが多い中、山手線の目黒駅をまたいで東京駅まで直通での運行が維持されている上に、本数も1時間あたり2~3本程度は確保されているのも特徴です。経路としては等々力操車所周辺を除いては目黒通りや国道1号などの幹線道路を走行する経路となっており、目黒~日比谷間では都営三田線にほぼ並行するものの目黒通りでは都立大学駅で東急東横線と交差する以外は鉄道と離れた地域を結ぶことから利用者が多く、また目黒以北の区間でも慶応大学や済生会中央病院、東京タワーなどがあり、目黒駅をまたいだ利用者が多く、このことが今では珍しい東京駅直通が維持されている理由のようです。
ちなみに、2013年までは都バスとの共同運行だったようです。


目黒通りも普通の市街地の光景だったのでとりあえずこんな川の景色を撮りました。

あと、気になったのが目黒通り上では目黒駅を起点に運行される他の路線と重複して走行するのですが、バス停が路線ごとに分けられているのが興味深かったです。これは他のバスと団子状態で走る場合、同じバス停を使用すると前のバスの乗降が終わるまで後ろで待たねばなりませんが、バス停が別ならば同時に乗降ができて効率がいいんでしょうね。そのためか、アナウンスでも「手前のバス停に停まります」とか「奥のバス停に停まります」といった案内が加えられていました。そりゃ、降車ボタンを押したのにバス停を素通りされたら焦ってしまいますよねw

その他は、清水というバス停では運転手さんの交代がありましたが、ちょうどこの清水の近くに目黒営業所があるようです。

目黒駅に差し掛かりますが意外と乗客は入れ替わらずやはり駅を跨ぐ利用者が多いようでした。


首都高速と交差します。ちなみに、昔は通勤時間帯に限って首都高速経由の便が設定されていたこともあるようです。


すっかり東京スカイツリーに取って代わられた感もありますが、今でも東京名所の1つの東京タワーもこの路線の沿線です。


あと、「経済産業省前」というバス停があります。「市役所前」とか「県庁前」なら全国的にありふれた停留所名でしょうが、「経済産業省」という国の省庁の名前を冠したバス停は東京ならではですよね。


バスの車窓から見えたこの建物には資源エネルギー庁と中小企業庁が入っているようです。経済産業省の外局ですから、広い意味では経済産業省前であっていますね。
ちなみに、この奥に経済産業省の本家本元があるようです。
これ以外にも官庁が並ぶ行政の中心地である霞が関をかすめつつ進みます。


更に進むと今度は日本の政治の中枢、国会議事堂が見えました。


その先には皇居と、乗っているだけで東京観光が楽しめる路線だなと思いました。


そして、1時間ちょいの乗車で東京駅に到着しました。遅延を見越して余裕のある行程にしていたんですが、意外にも定刻に到着していました。


これも東京名所の1つに挙げられるであろう東京駅赤レンガ駅舎も見たら折り返し乗車ですが、少し時間があくのでトイレに行ったりしながら時間を潰します。


折り返しのバス


東京駅は高速バス以外はほぼ都バスの天下となっており、東急バスはアウェーな空気ですw


こちらは東急のバス停の案内


ご覧のように長距離路線の割には本数が確保されているので乗りバス初心者の方にもおすすめですね。


それでは、乗車して車内の案内表示を撮りますが、発車時間まであと何分かというのも表示してくれるのは東急バスの特徴です。


折り返しは書くこともないのですが、等々力操車所に着いた頃にはすっかり真っ暗にw

ここから先ですが、正直行き当たりばったりだったりしますw
とりあえず、あまり乗ったことがない目黒線経由で帰ることとし、かつせっかくならば起点から乗車しようということでまずは日吉へ向かうこととしました。

日吉駅へ

等々力駅から大井町線で目黒線との接続駅である大岡山駅へ向かいます。


乗り換えだけなので駅取材はしませんが、駅名標くらいは撮っておきます。


ホームは2面4線でして、内側が大井町線、外側が目黒線となっており対面乗り換えが可能になっています。
また、地下駅ですが、直上に東急病院が建っているというのも特筆すべき点ですね。


目黒線でやって来たのは東京メトロ9000系でした。目黒線は地下鉄南北線、及び都営三田線と直通運転をしており東京メトロ、及び東京都交通局の車両も乗り入れてくるんですね。


というわけで日吉駅にやって来ました。


この自販機、よく見ると電車が描かれているんですね。


そろそろ帰宅ラッシュで人も多くなってきたのでさっさと駅前に出ました。駅舎は駅ビルが一体化したものです。


駅前をぶらついていたら信じられないような場所から東急バスがひょっこり顔を出しました。
これが路線バスのルートになっているとは・・・
駅周辺で夕飯を食べたら帰路に就くことにします。

ホームで少し撮り鉄していよいよ活動は終わりです。


南北線を経て直通する埼玉高速鉄道の2000系


都営三田線の6300形


続いてやって来たのは東急3000系


引き上げ線で並んだ所


東急5080系がやってきて・・・


東急車同士の並びとなりました。

さて、この電車で帰路に就くわけですが、目黒線についても簡単に解説をしてからシメとしましょう。
ある程度以上の年代の方には、「目蒲線」といった方が聞き馴染みがあるかもしれませんが、元々は目黒~蒲田を結ぶ目蒲線という路線でした。しかし、2000年に多摩川駅を境に北側半分を目黒線、南側半分を東急多摩川線として分割し、目黒線の方は地下鉄と直通するようになりました。不動前~洗足間の地下化や待避設備の整備による急行運転の開始など大々的な改良が行われ、東横線の複々線化として武蔵小杉まで乗り入れることとなりました。更に2008年には複々線が日吉まで延伸されて現在の運行形態が完成しますが、これは田園都市線に対する大井町線の関係と同じで、東横線の混雑を緩和するためにバイパスルートとして目黒線を活用したわけですね。
余談ですが、「目蒲線物語」という楽曲があり、1980年代の目蒲線を歌ったものなんですが、当時のローカル線っぷりを面白おかしく歌っています。興味のある方は検索してみるといいでしょう。
この歌を聴きながら今の目黒線を見ていると大出世したなと実感しますw

ちなみに、分割された南側である東急多摩川線は多摩川~蒲田間で完結する各駅停車のみの運行形態とされ、ローカル線のままです。

というわけで、レポートは以上!
この次は「電車とバスの博物館」のレポートとしたいのですが、実は新年早々大規模遠征を企画しており、そっちで忙しくなるのでまた執筆ペースが落ちるかもしれません。どうか気長にお待ち願います。

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