小田急20000形電車
概要
小田急電鉄では1968年から小田急旧3000形(愛称:SSE)を使用して、小田急小田原線から国鉄御殿場線に直通する連絡急行「あさぎり」を運行していました。しかし1980年代後半になると、車体修理工事は施されていたものの、もともと耐用年数10年で設計された旧3000形の老朽化は否めなくなっていました。一方御殿場線の沿線では1964年頃より、小田急からの直通列車の乗り入れ区間を、当時「あさぎり」の終点であった御殿場駅から沼津駅まで延長する要望が出ていました。しかし、1980年代に至るまで御殿場駅から沼津駅までの列車交換設備は極端に少なく、国鉄財政の問題もあってその増設も難しかったこともあり、この要望は長らく実現しませんでした。
ところが、国鉄民営化が行われた1987年の翌年に小田急側からJR東海に対して、車齢30年を超え、かつ老朽化が進行していた旧3000形の更新に関する協議の打診があったことを契機に、小田急とJR東海との間で相互直通運転に関する協議が進められることになりました。また、さらにその翌年には御殿場線の利用者が増加したためにJR東海が列車を増発することになり、それに伴って御殿場駅から沼津駅までの間に列車交換設備が増設されました。
先述の協議と列車交換設備の増設の結果、「あさぎり」は特急に格上げした上で運行区間を小田急新宿駅からJR沼津駅まで拡大し、あわせて2社がそれぞれ特急形電車を新造することで相互直通運転を開始することとなりました。このような経緯で登場した特急形電車が小田急20000形で、"Resort Super Express"(略称:RSE)という愛称がついています。当系列は基本的に「あさぎり」で使用されることになっていましたが、予備運用として「はこね」にも使用する予定であったため、箱根登山鉄道 鉄道線の箱根湯本駅まで直通できる7両編成とされました。
当系列はJR東海との協定により、JR東海がこの相互直通運転に使用するために製造した新型特急形電車である371系と編成長や定員、性能などの基本仕様を極力統一した上で設計され、それ以外の部分で小田急独自の特色が出るようにデザインされています。このため当系列は従来のロマンスカーとは異なり、連接構造ではなく一般的なボギー車とされ、前面展望席も採用されませんでした。その代わりに新設備として2階建て車両(ダブルデッカー)が7両編成中に2両組み込まれ、またその中に特別席(小田急ではスーパーシート、JR東海ではグリーン席と呼称)を設置しています。なお2階建て車両以外の車両についても、乗客が車窓を楽しむことができるように小田急10000形(愛称:HiSE)と同様のハイデッカー構造とされました。
先頭部分の形状は従来のロマンスカーと同様に鋭利な流線形をなっており、前面の窓の傾斜角は10000形とほぼ同じの38度とされました。前面の窓ガラスには中央の窓柱をなくした大型3次曲面ガラスを採用しています。乗務員室は展望室を設置していないこともあって通常の高さに設置されましたが、客室がハイデッカー構造となっているために客室前列からは前面展望を楽しむことができます。塗装はスーペリアホワイトをベースとして側面の窓周りと車体裾の部分にオーシャンブルーの帯を巻き、かつ当系列が小田急が相互直通運転に使用しているロマンスカーであることを強調するために、ピンクの帯が側面の窓下部と車体裾の部分に巻かれたデザインとされました。
側面のドアには7000形と同様の自動の折戸が採用され、車外ドア上部にはLED式方向幕が設置されています。なお1999年7月まで、特急に乗車する際は乗車口を限定した上で、ホームで特急券を確認するという乗車前改札が行われていたため、駅でのドアの取扱いを考慮してこの折戸は半自動扱いも可能となっています。側面の窓は10000形と同様に連続窓に見えるように配置されましたが、窓柱部分に改良が施されています。なお、2階建て車両の1階には非常口が設置されています。
内装は、何両かの車両ごとに「海」「山・樹木」「都会」という三つのテーマを設定し、それぞれのテーマごとに少しずつ内装が異なるようにデザインされています。2階建て車両の2階は「小田急のファーストクラス」をサブテーマとし、フットレスト付きで大型の回転式リクライニングシートが特別席として使用されています。この特別席には座席ごとに液晶テレビや読書灯、そして後述するサービスコーナーの係員呼び出しボタンが設置されています。なお2階建て車両のうち、4号車に指定されている車両の1階にはセミコンパートメントが3部屋設置されています。
2階建て車両以外の車両についても、座席には回転式リクライニングシートを採用し、テーマに即したモケットとカーペットでコーディネートされています。車内にはその他に、車内販売を行うためのサービスコーナーが設置され、これは先述した特別席からの呼び出しに対応しており、列車内専用の車椅子も常備していました。
主要機器システムには信頼性の高かった10000形のシステムと同じものを採用しており、電動車1ユニットをカットした状態でも、御殿場線内で9km続く25‰勾配を定員の乗車で運転できる性能となっています。運転台のマスコンにはワンハンドル式のものを採用し、JR松田駅での乗務員交代の際、保安装置の切り替えがマスコンキー1本でできる仕様とされています。
歴史
当系列は1991年から営業運転を開始し、翌年には鉄道友の会のブルーリボン賞を受賞しています。当系列は開発時の予定通り、基本的には「あさぎり」で、予備運用で「はこね」や「あしがら」に使用されるようになりました。1992年には「初詣号」として小田急江ノ島線に初入線し、同年に団体列車「カントリーハートインアサギリ号」としてJR東海道本線を経由し、JR身延線の富士宮駅まで入線しました。試運転以外で沼津駅以西に入線したのはこの時が最初で最後となりました。
1996年には10000形と同様のヤマユリをイメージしたロマンスカーのロゴが貼りつけられ、1999年には特別席の液晶テレビが撤去されました。2002年春のダイヤ改正からは新たに小田急多摩線へ直通する「ホームウェイ」に使用されるようになったほか、2000年代後半には予備運用が土休日のみになりました。2008年には臨時特急「湘南マリン号」として16年ぶりに江ノ島線に入線しました。2010年1月に小田急7000形(愛称:LSE)と10000形の連接台車に不具合が見つかったことが原因で、両系列が一時的に特急運用から外れた際は、当系列がその離脱期間中に代走を務めています。
車齢20年を迎えた当系列は「あさぎり」の顔としてすっかり定着し、また土休日には箱根方面の特急としても活躍を続けていましたが、バブル崩壊をきっかけに始まった景気低迷が影響して「あさぎり」の乗客は減少の一途をたどっており、2010年代になると当系列を使用した「あさぎり」は輸送力が過剰気味(特に平日)となっていました。そのため2011年冬には「あさぎり」の輸送力適正化を目的として、当系列は371系とともに「あさぎり」の運用から外れ、新たに導入される小田急60000形(愛称:MSE)に置き換えられる形で廃車となることが発表されました。こうして当系列は2012年3月の改正をもって営業を終了し、約20年という短い歴史に幕を下ろしました。
現状
小田急電鉄の車両としては既に全編成が廃車されています。2012年1月には、富士急行が当系列の取得に向けた交渉に入ったと報じられていますが、その後2013年の現在にいたるまで新たな情報は発表されていません。なお、このことと関連しているかは不明ですが、大野総合車両所と喜多見検車区に当系列の何両かが残存し、留置されたままとなっていることが確認されています。
走行音
録音区間:沼津~裾野(特急あさぎり8号)(お持ち帰り)
廃形式につき走行線区は省略
フォトギャラリー
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あさぎり 経堂駅にて
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ホームウェイ 新宿駅にて
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海老名検車区にて
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先頭部分側面
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ロマンスカーのロゴ
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2階建て車両の1階にある非常口
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側面ブレーキコックのふた部分
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LED式方向幕
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中間車連結部分
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永久連結器
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車外銘板
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特別席
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特別席の背面
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特別席 フットレスト部分
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特別席 各種操作盤
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特別席 カーテン
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特別席 上部読書灯など
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特別席 壁面テーブルとフットレスト
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2階建て車両の2階の車内照明
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同車内の雑誌置場
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同車内のLED式車内案内表示器
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同車内の貫通路部分
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コンパートメントの座席
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コンパートメントのテーブル
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コンパートメントのLED式車内案内表示器