小田急30000形電車
概要
小田急電鉄で初の展望室付きロマンスカーとして登場した小田急3100形(愛称:NSE)は、更新修繕工事が行われてはいたものの1990年代中盤に車齢が30年を超え、老朽化がさらに進行することが予想されていました。その代替の特急形電車として登場したのが小田急30000形で、"EXcellent Express"(略称:EXE)という愛称がついています。
もともとロマンスカーを使用した小田急の特急列車は箱根方面への観光客輸送を目的としていましたが、時代の進展とともに利用実態が変化し、観光客以外のビジネス客などによる日常利用や通勤時の利用が年々増加し続けていました。当系列はこの変化した利用実態に対応すべく設計が行われることとなり、それに際しては小田急電鉄や車両メーカーの担当者に加え、小田急百貨店のインテリアデザイナーや外部のグラフィックデザイナーも交えた検討が行われました。
この検討により、当系列は1車両あたりの定員増を図るため、連接構造を採用せずに一般的なボギー車として製造されることとなりました。また、途中駅で分割・併合を行うことで弾力的な運用を可能にするために貫通型先頭車を一部製造することになったため、貫通型先頭車では設置が困難な前面展望室も採用されないことになりました。この結果、当系列は観光目的の利用だけではなくビジネス利用も強く意識した車両として、従来のロマンスカーとは全く異なった仕様となりました。
当系列は全長20mの車両による4両編成と6両編成がそれぞれ製造され、両者を互いに連結することで10両編成での運用が可能となり、1編成あたりの輸送力も大幅に増強されました。先頭車には10両編成時でも編成の両端に位置する非貫通先頭車と、10両編成時には編成の中間に入る形となる、先にも述べた貫通型先頭車の2種類が存在し、どちらの先頭車も前面部分に若干の傾斜が付けられています。なお、貫通型先頭車の前面貫通扉はプラグドアを採用しています。
車体は、屋根板や床板にステンレスを使用した他は全て普通鋼で製造されました。側面のドアはペーパーハニカム構造を採用することで軽量化を図っており、車椅子対応座席のある車両のドア幅は広くされています。なお、1997年以降の増備車からはドアの半自動扱いが可能となっています。側面の窓ガラスには、従来のロマンスカーで採用されたものよりも高さが拡大された熱線吸収ガラスを採用し、連続窓風の外観とされました。LED式方向幕も側面に設置され、中間車の連結部分には転落防止幌が取り付けられています。
塗装デザインには「10年経っても飽きないデザイン」を目指した、メタリック系のハーモニックブロンズを基調に、側面の窓周りを黒く塗装し、ロマンスカーのシンボルカラーとしてアッパーレッドのワンポイントラインを入れたものが採用されました。正面のワンポイントラインには愛称の"EXE"という文字が入りますが、このように愛称を車体外部に表示するロマンスカーは当系列が初となっています。
車内の座席には回転式リクライニングシートを採用し、各座席の肘掛には収納式の小型テーブルが設置されました。座席の表地の色は、6両編成が緑系統、4両編成が青系統とされたため区別がつくようになっていましたが、1999年の増備車はグレーと茶色系のツートンカラーに統一されています。なお、この座席は従来のロマンスカーと同様に、列車が折り返す際の車内整備を省力化するため、スイッチ操作で一斉に自動回転できる機能を持っています。
内装は安らぎと落ち着きのある高級感の演出を狙ったものとされ、車内の照明などに工夫が凝らされています。他にも車内設備として、カウンター式の売店や清涼飲料水の自動販売機、テレホンカード式の公衆電話が設置されています。
非貫通先頭車と貫通型先頭車の乗務員室の構造は少し異なっており、前者は前面および客室との仕切り窓に大型ガラスを使用して車内前方からの展望を考慮しています。後者は「自動ほろ装置」が中央に設置されているために2室に分かれ、運転台がその分狭くなっています。なお、この「自動ほろ装置」は途中駅や車庫での分割・併合を全自動で行うために開発され、曲線上でも問題なく連結が可能なほか、全ての連結作業を2分以内で終了させることができます。
運転台のマスコンにはワンハンドル式のものを採用し、運転士向けのカラーモニタ表示器とEB装置を設置しています。走行制御装置には、小田急の特急形電車では初のIGBT素子を使用したVVVFインバータ制御を採用し、パンタグラフはシングルアーム式のものを使用しています。ちなみに、従来のロマンスカーで警笛として採用されていたミュージックホーンは当系列では採用されておらず、一般的な電子笛となっています。
歴史
当系列は1996年春から営業運転を開始し、同年に通商産業省(当時)のグッドデザイン商品に選定されています。当初は当系列の特徴を生かして小田急小田原線の相模大野駅にて分割・併合を行う「はこね」「えのしま」に投入されました。その後当時、平日の夕ラッシュ時に帰宅通勤客向けの特急列車として運転されていた「あしがら」と、新宿~小田原間ノンストップの「スーパーはこね」にも使用されるようになり、この運行初日には箱根登山鉄道の箱根湯本駅で到着式も行われました。なお、当系列は1999年までにイベント向け編成「ゆめ70」1本を除いた3100形の全編成を置き換えています。
当系列の定員は小田急7000形(愛称:LSE)のそれよりも130人以上増加し、これにより輸送力が増強されたために特急列車の着席サービスが拡大しました。また、小田急が当時とった施策と合わせて、当系列は結果的に特急列車の利用者増にも貢献しました。しかし、運用開始直後から箱根方面への観光・旅行客や鉄道ファンなどの外装デザインに対する評価は芳しくありませんでした。それを間接的に表すものとして、当系列は従来のロマンスカーが登場後に例年受賞してきたブルーリボン賞を受賞していないことが挙げられます。
それでも、当系列は登場直後から新しいロマンスカーのイメージリーダーとして扱われるようになりましたが、2000年代初頭にロマンスカーの原点ともいえる箱根方面の特急列車の利用客が年々減少していることが判明しました。その原因の一つとして、当系列にロマンスカーのイメージとされていた展望室がなかったため、他の交通機関に利用客が転移してしまったことが挙げられました。この状況を少しでも改善すべく、当系列は2002年に、ロマンスカーのイメージリーダーとしての役を展望室付きの小田急10000形(愛称:HiSE)に譲り、箱根方面の最速特急である「スーパーはこね」の定期運用も後に消滅しています。
登場から10年を経過した2007年には、日本デザイン振興会よりロングライフデザイン賞を受賞しています。
現状
全ての客層からの評判が必ずしもいいとは言えない当系列ですが、その大きな輸送力と柔軟な運用性はやはり大きな利点であり、現在も当系列の特徴を生かせる「はこね」「えのしま」の2列車連結運用や夕方ラッシュ時の「ホームウェイ」を中心に全線で活躍しています。
走行音は準備中です。
走行線区(特記無い場合は全線)
小田急電鉄 |
はこね |
小田急小田原線、箱根登山鉄道 鉄道線(小田原~箱根湯本) |
さがみ |
小田急小田原線 |
えのしま |
小田急小田原線(新宿~相模大野)、小田急江ノ島線 |
ホームウェイ |
小田急小田原線、小田急多摩線、小田急江ノ島線、箱根登山鉄道 鉄道線(小田原~箱根湯本) |
フォトギャラリー
画像をクリックすると拡大できます。
非貫通先頭車 さがみ 海老名駅にて
同車 先頭部分側面
貫通型先頭車 はこね 代々木上原駅にて
同車 海老名検車区にて
同車 先頭部分側面
同車 自動連結器
台車
LED式方向幕
中間車連結部分
永久連結器
車内デッキ部分1
車内デッキ部分2
車内デッキの仕切りドア部分
洗面台
車内客室の仕切り扉部分
LED式車内案内表示器
座席
車内客室
非貫通先頭車の運転台