小田急50000形電車
概要
交通バリアフリー法に対応できない小田急10000形(愛称:HiSE)の置き換え、観光地である箱根の魅力向上と活性化、そしてロマンスカーの新たなイメージリーダーとしてロマンスカーブランドの復権を果たすことを目的に、小田急電鉄のフラグシップ車両として製造された特急形電車が小田急50000形です。当系列には"Vault Super Express"(略称:VSE)という愛称がついており、全2編成で合計35億円もの費用が投じられています。
2000年代初頭、ロマンスカーの原点である箱根方面の特急列車の利用客が年々減少していることが判明しました。その原因として、当時最新の特急形電車であった小田急30000形(愛称:EXE)に展望室がなかったこと、またJR東日本の湘南新宿ラインの列車と小田急の特急列車の所要時間が拮抗していることなどが挙げられました。この状況を少しでも改善すべく、2002年に展望室付きの10000形がロマンスカーのイメージリーダーに復帰しましたが、今度はその10000形が、2000年に制定された交通バリアフリー法の基準に対応できないため、更新改造が行われることなく順次廃車されることになりました。
10000形の代替車両を製造するにあたり、小田急はロマンスカーの原点に立ち返って「ロマンスカーの中のロマンスカー」を目指すこととなりました。そこで、他社の特急形車両を視察し、過去のロマンスカー各形式の資料や使用技術を参考にして検討を進め、まず当系列には乗り心地の向上のために30000形で採用されなかった連接構造を再び採用することになりました。加えてデザインや設計も全面的に見直すこととなり、その達成のために社外の日本人デザイナーを起用することとなりました。デザイナーの起用にあたっては「前面展望席の設置」「連接式の採用」「ときめきを与える車両」という条件がありましたが、これに対して小田急側が納得する回答を行った建築家の岡部憲明が当系列のデザインを行うことになりました。
従来、連接構造を採用したロマンスカーの各形式は、軸重の問題から11両編成で製造されましたが、当系列はその両数を1両減らした10両編成で製造されました。これは車両を左右対称のデザインにすることで安定感を増すことを岡部氏が狙ったためです。従来の連接構造式ロマンスカーの11両編成分の長さで10両編成を実現するためには、車体の軽量化を図ることで軸重の制約条件をクリアし、かつ車体長を延長する必要がありました。そのため車体は全てアルミニウム合金で製造され、展望室部分にはシングルスキン構造を、それ以外の部分にはダブルスキン構造を採用しました。
先頭部分は3次元曲線で構成された流線形で、ロマンスカー最大のセールスポイントである前面展望室を復活させました。塗装はシルキーホワイトをベースとし、オレンジバーミリオンとグレーの細帯を巻くデザインとされました。この塗装デザインは小田急で「バーミリオン・ストリーム」と称され、塗装に使用した色の組み合わせは、結果的に小田急旧3000形(愛称:SE)から小田急7000形(愛称:LSE)までの塗装色の組み合わせと同じになりました。側面には形式名と愛称のロゴが入れられていますが、小田急の特急形電車で登場当時からこの2つのロゴを配したのは当系列が初となりました。
側面の窓枠の幅は小田急の特急形電車で初めて4mまで拡大されました。3号車と8号車は窓の高さを他の車両より高くすることで立席客の視界を確保しています。側面のドアにはプラグドアを採用し、3号車と8号車のドアは他の車両よりもドア幅を広くされ、車椅子利用に対応しています。車体の床下全体には騒音低減のために全周カバーが取り付けられています。走行制御装置にはIGBT素子を使用したVVVFインバータ制御を採用しています。また、当系列は乗り心地のさらなる改善を図るために、連接構造に加えて小田急が以前に実用試験を行っていた空気ばね式の車体傾斜制御を採用しています。
車内の内装は落ち着いた雰囲気で、明るいくつろぎの場となるデザインとされています。天井は当系列の愛称の由来ともなっている大きな円弧を描くボールト天井で、照明は電球色の蛍光灯による間接照明となっています。3号車と8号車では、屋根上にパンタグラフと列車無線アンテナが設置されているために天井の高さが若干低くなっていますが、天井の意匠を飾り天井とした上でダウンライトを設置し、加えて岡部氏の発案により天窓が設置されています。車内ドアの上部には液晶ディスプレイ式車内案内表示器が取り付けられています。
座席には、リクライニングすると座席の後部が沈み込む「アンクルチルトリクライニング機構」を備えた回転式リクライニングシートを採用しています。この座席(展望室のものを除く)は、「通路側の座席に座った乗客にも、窓の外の景色を楽しんでほしい」という岡部の配慮により、窓側に5度の角度をつけて固定される構造となっています。座席の表地は明るいオレンジ色を基調としたものとされています。ちなみに、展望室の座席は団体利用時向けに前方3列を通路側に向けて固定できるようになっているほか、座席の背もたれを少し低くすることで後方の乗客も前面展望を楽しむことができるように配慮されています。
3号車には「サルーン」と呼ばれるセミコンパートメントが設置されています。当系列の使用列車において、以前ロマンスカーで行われていた「走る喫茶室」と同様のシートサービスを行うにあたり、その拠点となるカフェカウンターが3号車と8号車に設けられています。カウンター内には幅広い注文に対応するために各種機器が準備され、カフェでの販売促進を目的にショーケースを設置しています。また、10000形以来となるオーダーエントリーシステムを導入し、注文から提供までの迅速化を図っています。
乗務員室の出入りには収納式の梯子を使用しますが、これは自動的に展開・収納を行うことができます。運転台には小田急の車両で初めてグラスコックピットを採用しました。乗務員室は階下に展望室がある関係でとても狭くなっているため、その中でも動きやすいように、乗務員の制服は当系列専用のものが用意されています。なお、警笛には空気笛と電子笛、そして小田急20000形(愛称:RSE)まで採用されていたものの音色をリニューアルした、新しいミュージックホーンを採用しています。
歴史
当系列は2004年11月に車体全体を保護シールで覆った状態で、甲種輸送により小田急に搬入されました。翌月から試運転が全線で行われた後、翌年3月から営業運転が始まりました。当系列は「箱根観光特急」として明確な差別化を図るため、箱根方面への特急列車である「はこね」「スーパーはこね」のみに運用が固定されています。
当系列は数々の賞を受賞することになり、2005年には照明学会の照明普及賞優秀施設賞と、日本産業デザイン振興会のグッドデザイン賞を、2006年には鉄道友の会のブルーリボン賞と、香港デザインセンターのアジアデザイン大賞を、2007年にはドイツのハノーファー工業デザイン協会より"iF product design award 2007"という賞を受賞しました。これは当系列がデザイン面、機能面においていかに優れた車両であるかを如実に表しています。
2007年には「ニューイヤーエクスプレス」として営業運行では初めて小田急江ノ島線に入線しました。同年3月から、特急列車の車内は全面禁煙となることが決定したため、車内の喫煙コーナーは使用停止となりました。現在はパンフレットスペースとして利用されています。2010年1月には10000形と7000形の連接台車に不具合が見つかったため、通常時は両系列が使用される「ホームウェイ75号」に、特急列車の運用のやりくりの都合上で1日だけ当系列が使用されたことがあります。これは営業運行では初めての小田急多摩線入線となりました。また、同年から翌年にかけて、当系列の全2編成にD-ATS-Pの設置工事が行われました。
現状
現在も小田急ロマンスカーのイメージリーダーとして、一貫して「はこね」と「スーパーはこね」にのみ使用されています。
走行音は準備中です。
走行線区(特記無い場合は全線)
小田急電鉄 |
スーパーはこね |
小田急小田原線、箱根登山鉄道 鉄道線(小田原~箱根湯本) |
はこね |
フォトギャラリー
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海老名駅にて
左に同じ
先頭部分側面
LED式方向幕
乗務員用ドア