今回は都内での単発ネタです。
お目当ては東急バスが運行する井50系統でして、高輪ゲートウェイ駅と武蔵小山駅を結ぶ路線です。
そんな井50ですが、実は2025年12月より運行休止となっています。
その理由は品川駅周辺の再開発工事であり、品川駅周辺の道路の混雑が見込まれることや使用できるバス停が減ってしまうということから、東急バスの路線のうち、品川駅を経由する井50系統、品94系統、渋43系統を運行休止とし、渋43については大部分で並行する渋41に振り替え、品94については大井町止まりの井03などへ振り替え、井50についてはやはり大井町止まりの井51に振り替えという形になり、大井町駅~高輪ゲートウェイ駅間は新設する井52系統に置き換える形になります。
早い話が蒲田・武蔵小山方面は大井町駅で系統分断となるわけで、再開発工事で円滑な運行ができなくなるため、その部分だけ系統分断して影響範囲を最小限にしようということのようです。
今回はその中でも井50に乗るわけですが、この路線は元々平日のみ運行で、土休日は大井町駅~武蔵小山駅間の井51が運行されていたので、土休日については従来通りとも言えます。
今回は高輪ゲートウェイ駅から武蔵小山駅へ片道乗車し、ついでに高輪ゲートウェイ駅も見学していきます。
なお、活動の内容からして当然ですが、この活動は2025年11月に実施したものとなります。
高輪ゲートウェイ駅
それでは本編スタートです。
まずは高輪ゲートウェイ駅ですが、開業から5年目にして初訪問ですので、駅のレポートから始めたいと思います。

というわけで駅名標です。
この駅名を巡っては世間では否定的な意見が多くあり、駅名の変更を求める署名活動まであったことは記憶に新しいですね。
2018年に駅名の公募があり、その際は「高輪」が1位で、「芝浦」「芝浜」「新品川」「泉岳寺」と続いており、「高輪ゲートウェイ」は130位だったそうです。
確かに列車名などの公募でも必ずしも上位になったものが採用されるとは限らないというのはありますが、さすがに130位を採用では何のための公募なんだというのも一理ありますよね。
この背景には当駅周辺にて行われている再開発計画「TAKANAWA GATEWAY CITY」の存在があり、この計画はJR東日本が主導していることから、端から「高輪ゲートウェイ」という駅名ありきだったのではないかという声も出ているようです。
個人的には5年も経てば慣れてきたのか違和感がなくなってきていますが、山手線の駅名として考えると唯一カタカナが入る駅名ですし、浮いている感はあるかもしれません。
京浜東北線の駅として考えた場合、漢字以外を含むものとしてさいたま新都心駅がありますが、あちらは平仮名表記とは言え地名が由来ですからまた違いますかね。

ホームです。
島式2面4線であり、山手線と京浜東北線の2路線が停車しますが、当駅と田町駅の間で山手線と京浜東北線北行の線路が交差しているため、田町~田端間の各駅とは違って山手線と京浜東北線が別々のホームになっており、乗り換えるには上下移動が伴います。
なので山手線と京浜東北線の乗り換えは田町以北の駅で行うのが便利でしょうね。
京浜東北線の快速運転区間も浜松町以北なので、当駅で乗り換える必要性がないこともあって乗り換えは考慮しない構造になったのでしょう。

ホーム上にも木を使っているのも特徴ですね。
デザインは国立競技場を設計したことでも知られる隈研吾氏で、木材は宮城県南三陸町のスギを使っているんだとか。

こちらは京浜東北線の乗り場です。
ラインカラーは他の駅でも見られるスカイブルーですが、駅全体の雰囲気が違うためか、違う印象を受けますね。

すぐ脇には車両基地が広がります。
かつて「田町車両センター」と呼ばれていた施設で、現在は「東京総合車両センター田町センター」と改称されています。
かつては東海道本線の運行拠点といえる施設でしたが、上野東京ラインの開通で尾久車両センターや大宮総合車両センター東大宮センター、小山車両センター、高崎車両センター籠原派出所といった東北本線・高崎線にある車両基地に東海道線の車両基地機能を移転させることが可能になり、田町車両センターは閉鎖されることとなりました。
現在は東京総合車両センターの下部組織という扱いになり、「東京総合車両センター田町センター」と呼ばれていますが、役割は「踊り子」や「サンライズエクスプレス」といった特急列車の留置程度になっているようです。
そんな田町車両センターですが、この閉鎖によって生まれた土地を再開発するのが「TAKANAWA GATEWAY CITY」であり、その玄関口として設置されたのが当駅なので、関係は深いと言えますね。
↑ここで「ときわ」の通過です。

コンコースからもホームを見下ろせます。
なんとなく、ヨーロッパのターミナル駅っぽい気もしますが、眺めていても楽しいですね。

それでは改札を出ます。
駅名部分は明朝体のフォントとなっているようですが、これにも見づらいなどの批判が集まったようです。
私はあまりフォントには詳しくないのですが、明朝体は書籍など印刷物に使うことが多いようで、このような建築物に用いる例は少ないようです。
また、JR東日本は明朝体の採用の理由を「和」のコンセプトと説明しているそうですが、それならばゲートウェイという駅名と馴染まないなどさらなる批難を受けることにもなったんだとか。

駅前には高層ビルがそびえています。
再開発の象徴とも言えますね。

駅前は人工地盤となっていて、ビルに挟まれるように広場があります。

そろそろクリスマスも近いということでクリスマスツリーが飾られていますね。

壁面には高輪築堤についての解説がされていました。
このあたりは「LINK SPACE」と呼ばれ鉄道の歴史を解説するスペースとなっているようです。
この高輪築堤は東海道本線のご先祖とも言える日本初の鉄道が建設された際に設置された築堤です。
当時の高輪周辺には軍用地や旧薩摩藩邸といった施設があり、鉄道用地の確保ができなかったため、やむなく海上に線路を建設することとなり、その時の築堤が高輪築堤というわけです。
その後の東海道本線の拡張や都市化もあって周辺は埋め立てられ、築堤も埋没していましたが、「TAKANAWA GATEWAY CITY」の工事中に埋没していた高輪築堤の遺構が発掘されました。
日本の鉄道史においても重要な遺構ということで、現地での保存を求める声も出たものの、JR東日本の回答は再開発計画を一部見直し、部分的な保存とするもので、大部分は解体されることとなってしまいました。
全面保存となれば莫大な建設費を投入した再開発計画にも大きな影響が出るでしょうから仕方ない部分もあるんでしょうが、JR東日本にとっては自らのルーツともいえる遺構への対処としては冷淡過ぎるとの意見もあるようです。

このレールが敷かれている場所は「LINK LINE」と呼ばれる場所で、まさにここが高輪築堤があった場所ということのようです。
レールを敷くことで高輪築堤の位置を明確にするというのが、JR東日本が譲歩した結果だったのでしょう。
また、この付近には都営浅草線・京急線の泉岳寺駅がありまして、乗り換え駅としても機能します。
まあ、都営浅草線と山手線・京浜東北線は並走する区間が多いですし、ここで乗り換えなくとも新橋や品川で乗り換えればいいだけなので、わざわざ当駅で乗り換える人は少数派かもしれませんね。

地上へ降りると交通広場があります。
再開発とセットの新駅とあって交通結節点としての機能もバッチリですね。

一般路線としてはJRバス関東による東京駅行きがあるようです。
この路線は東京駅を起点に竹芝地区や東京タワーを結ぶ周遊バスであり、なんと運賃が無料なんです。
当面の間運行する期間限定という位置付けではあるようですが、こちらも機会がれば乗りたいですね。
で、井50の乗り場はどこ?w
東急バス井50系統 高輪ゲートウェイ駅→武蔵小山駅
少し変なところで項を区切ってしまいましたが、ここからが乗りバス編です。

その答えはこちら
実は井50を始め、東急バスの路線は駅前広場には入ってこず、少し歩いた第一京浜の路上にバス停があるのです。

こちらがバス停です。
いずれもここを起終点とする路線ですし、せっかくロータリーがあるなら使えばいいのにという気もしますが、JR東日本側から乗り入れを認めてもらえなかったとかでしょうか。

こちらは渋谷行きの渋43の時刻表です。
平日は朝夕のみ、土休日は終日に渡って運行されているのですが、平日の日中は井50が運行されるため、入れ替わりで渋43は走らないというダイヤのようです。

こちらは井52の時刻表です。
このように日中しか走らない上に本数も毎時1~2本程度と、おおよそ東京23区内とは思えない本数ですね。

運行休止のお知らせです。
大井町~高輪ゲートウェイ間のバスも系統分断されるとはいえ残るので、乗り換えこそ必要ですが、従来通りの移動も可能ではありますが、知らないと武蔵小山駅行きや渋谷駅行きが来ない!とびっくりしてしまいますからお知らせは大事ですよね。
懸念点としては23区内のバスは原則として均一運賃なので、乗り換えのたびに運賃が加算されてしまうわけで、従来は直通で行けた区間を利用する利用者からすると値上げとなってしまうのはありますね。
まあ、高輪ゲートウェイ~渋谷は電車で一本ですし、問題となるとしたら武蔵小山方面ですかね。
それも直通は平日だけだったのと、所要時間的には大井町で京浜東北線に乗り換える方が早かったでしょうから、影響を受ける人は少数派かな?

もっと大きな看板でも運行休止をお知らせしていました。
休止後の代替手段についても説明されていますね。

付近には都営バスのバス停もありまして、新宿へ向かう品97などが経由します。
ただし、都営バスのバス停は「高輪北町」という名前なので要注意です。
東急バスのバス停とは隣同士なのですが、名前が違うんですよね。

バスがやってきました。
高輪ゲートウェイ駅行きがそのまま折り返すようで、高輪ゲートウェイ行きの幕が出ていますね。
まあ、その幕が綺麗に写っていないのですがw
本当にLEDって綺麗に撮るのが難しいですよね。
停車しているときだったら複数回撮影したり、設定を微調整したりする猶予がありますが、動いているとそういう猶予もありません。
ここまで乗ってきた乗客を降ろすとそのまま武蔵小山駅行きとしての運行になるようです。
結局、待っていたのは私だけであり、23区内で路線バス貸切を体験できることにw
↑前面展望をどうぞ!
ただ、2点ほどお詫びがありまして、1つ目は冒頭1~2分程度は画角がおかしいこと、2つ目は大井町駅東口~品川区役所入口の1区間が撮れていなかったことです。
でもそれ以外は綺麗に撮れていると思いますので、どうぞご覧下さい。

キャプチャも貼っていきます。
このように冒頭はこんな画角になってしまいました。
画角がズレているのに気付かないまま数分過ぎてしまったんですよね・・・
これは第二京浜を北上するところであり、大井町駅や武蔵小山駅とは反対方向へ向かっていることになります。

曲がった位置は補助線街路第332号線というお堅い名前の道路ですが、高輪ゲートウェイ駅へのメインストリートとなる道路です。
上部に見えているのは高輪ゲートウェイ駅の駅前広場となる人工地盤でして、つまりは駅の目の前を横切っていることになります。
ここにバス停があれば駅との乗り換えはもっと便利になると思うんですがね。

駅を過ぎると道は直角に曲がります。
直進すると工事現場となっており、再開発はまだまだ途上のようです。

そして品川駅です。
東急バスのバス停は路上にありますが、再開発後はちゃんとしたバスターミナルが整備されるんでしょうね。
ここから大勢乗ってきて、いきなり都会のバスっぽくなりました。

品川駅を出ても引き続き第二京浜です。
この先で八ツ山橋との交差点がある他、都道317号ソニー通りへの側道も分岐するという複雑な地点です。
ところで、なんだか見覚えのある景色だなと思ったら、都営バスの運転シミュレーションゲーム「東京バス案内2」にて反96の経路として収録されていたんですね。
実物を見てゲームを思い出せるということはそれだけリアルに再現されているということなんでしょう。

その反96は側道へ進みソニー通りへ入りますが、我らが井50はそのまま第二京浜を直進します。

左に京急線の高架を見つつ北品川です。
京急の北品川駅の近くですが、案外利用者が多かったですね。
ただし、ほとんどが高齢者で東京都シルバーパスの利用者のようでしたから、シルバーパスがあるからバスを使うが、一般的には京急線で事足りている区間でしょう。

青看が出てきました。
国道というと遠方の地名を期待したくなりますが、第一京浜こと国道15合は横浜までの短い国道なので、一番遠くでも横浜しか案内されていません。
これが国道1号ならば23区内でも小田原といった都外の地名を見ることが出来るようです。

青物横丁を右折し、第一京浜を外れます。
付近に京急線の青物横丁駅もありますが、映像には写っていませんね。

大井町駅へ向かう途中に仙台坂というバス停があります。
由来としては江戸時代に仙台藩の屋敷があったからということのようで、東北の仙台市と関係のある地名というわけですね。
あと、この付近でりんかい線と交差していますが、りんかい線は地下なので地上からは見えません。

大井町駅付近は道が狭く、商業地ゆえに路上駐車も多い上に交通量も多いとかなり走りづらそうでした。

大井町駅を過ぎると品川区役所入口です。
そう、品川区役所って実は大井町駅付近にあるんですよね。
品川駅が品川区ではなくて港区にあるのはそこそこ有名な話だと思いますが、品川区役所が大井町駅付近にあることを区民以外で知っている方は案外少ないのでは?

品川区役所を過ぎるとバスはアンダーパスに入ります。
実はこの先はバス趣味的にも道路趣味的にもネタといえる区間であり、ここから先の区間は2021年10月に開通したばかりの新しい道路なのです。
路線名を都道420号鮫洲大山線といい、品川区の八潮橋と板橋区の仲宿を結ぶ路線となっています。
ルートとしては環七通りと山手通り(環状六号線)の間に位置しており、これらの補完として環状路線的役割を担うことから、「環6.5」なんて呼ばれることもあるようですが、環七通りや山手通りに比べると整備が遅れており、近年まで狭隘区間が多く残っていました。
徐々にこれらは解消されているものの、大井町駅周辺ではJR品鶴線(湘南新宿ライン・横須賀線)や東急大井町線との交差などの問題もあり、狭隘路が残っていました。
これを解消するべくトンネルで鉄道との交差を克服する新ルートが整備され、これが2021年に開通したのです。
これにより利便性の高い道路に生まれ変わった都道420号ですが、開通の翌年となる2023年からは東急バスがこの道路を活用した新路線、すなわち今乗っている井50系統、及び井51系統を新設することとなったのです。

1つ目のアンダーパスである「ふたばトンネル」を抜けるとすぐに下神明駅入口バス停があります。
下神明駅とは若干ずれた位置にあるのですが、駅周辺がトンネルになっていて、トンネル内にバス停を作れなかったためでしょう。
あと、ちゃんとしたバスベイが整備されているので、道路の建設段階からバスを運行する構想があったんだと思います。

下神明駅入口の先には交差点があります。
このうち右折した先は狭い道路ながら地理院地図では都道府県道の色に塗られているので、ここが改良以前の都道420号なんだと思います。
新ルートが開通した現在も旧道の都道指定が残っているかは分かりませんけどね。

続いて豊トンネルに入っていきます。
ここで東急大井町線と交差するほか、そのまま都立大崎高校の敷地の直下を通過していきます。
都市部の新しい道路では 大規模な移転を避けるためにあえてトンネル構造とする例もありますよね。

単なるアンダーパスではなくて高校の直下を貫くためか意外と長いトンネルでした。

トンネルを抜けたところで新規開通区間は終わりです。
ここから先は従来から存在する道路ですが、右へ行っても左へ行っても狭い道ですから、トンネル開通前は唐突に道が終わってしまうような印象を受ける場所だったでしょうね。
この先に戸越公園駅入口バス停がありますが、やっぱり駅とは少し離れています。
まあ、乗り換え需要がそれほどあるとは思えないですけどねw

戸越三丁目交差点で国道1号(第二京浜)と交差します。
首都高の案内も出ていますが、右折すると2号目黒線に入れます。

武蔵小山交差点を右折して都道420号を外れます。
この手前の路上に「武蔵小山」というバス停がありますが、これは2009年まで最寄りバス停として機能していたそうです。
後に駅前に乗り入れることになり、新たに「武蔵小山駅」というバス停が設置されますが、旧来の「武蔵小山」も改名されることなく併存しています。
昔は駅前ロータリーがなく路上のバス停を使っていたが、ロータリーが出来たのでそちらに乗り入れを開始し、旧来のバス停も残したということですね。
そっくりな名前のバス停が連続するわけで紛らわしいですが、アナウンスでも「駅をご利用の方は終点までご乗車下さい」とか言っていました。

降りたらもちろん撮影です。
まだ武蔵小山駅行きの幕が出ていましたがやっぱり綺麗に写らないw

撮り直そうとしているうちに高輪ゲートウェイ駅行きに変わってしまいましたw
まあ、しばらく見られなくなるのは高輪ゲートウェイ駅行きだけですし、いっかw
ところで、休止期間について東急バスでは明言していませんが、品川地区の再開発は10年単位のプロジェクトになるようですし、休止期間もそれくらいになる可能性もありそうですね。
10年も経てば路線再編があったりして、現在と同じような路線として再開されるかも分からないですし、乗れるうちに乗っておく方が良いですね。
まあ、渋43や品94には乗っていないんですがw

せっかくなので駅も見ていきましょう。
武蔵小山駅というと主要駅とは言えないという印象ですが、それでも駅前に高層ビルがあるあたりは流石は東京23区内ですね。

路線図です。
何気に羽田空港行きのリムジンバスもあるんですね。

こちらが駅の入口です。
駅は地下化されており、地上にあるのは入口だけです。

このまま東急目黒線で帰路に就くので構内にも入りました。
2面4線と待避可能駅となっており、急行と普通が緩急接続するダイヤが組まれています。
地上時代の当駅は1面2線だったそうですが、地下化に際して当初は通過線を挟む相対式2面2線、いわゆる新幹線型の構造にする予定だったようですが、急行を停車させたい地元サイドが資金提供を提案し、現在の2面4線となったようです。
実際に急行停車駅となり、緩急接続するようになったわけですから、地元にとっては大成功と言っていい結果になったと言えるでしょう。
それにしても、目黒線の急行停車駅って原則として他路線との乗り換え駅だけで、その中で乗り換え路線がない当駅が急行停車駅となっているのは違和感もあったんですがそういう経緯があったんですね。
なお、利用者数としては目黒線では3位だそうで、乗り換え需要がないなかでそれだけの利用者がいるのは、純粋に駅周辺の人口が多いんでしょうか。

そして、駅名標です。
駅名は所在地の小山から来ていますが、東北本線に既に小山駅が存在していたため、旧国名を冠して武蔵小山駅となりました。
なお、東北本線の小山駅は「おやま」と読みますが、こちらは「こやま」と読みます。
と言ったところで記事はこれにてシメたいと思います。
最後までお付き合い頂きありがとうございました。
それでは!










