今回は長野県へ日帰りで出かけました。
一般的な感覚なら東京近辺に住む人が長野県へ出かけるのはちょっとした旅行という感じでしょうが、私にとってはちょっとしたお出かけ程度の感覚ですw
で、その目的ですが、タイトルにもある通り、JRバス碓氷線に乗ることと、小海線の観光列車「HIGH RAIL 1375」に乗ることの2つの目的がありました。
碓氷線については廃止された信越本線の横川~軽井沢間の代替で設定されたバス路線なんですが、今回のお目当てはその中でも季節運行される旧道経由の通称「めがねバス」です。
2025年は11月の土休日のみ運行されることとなり、それに合わせて長野遠征を計画していたのですが、元々計画していた行程は「信越Rapid」の運行というニュースによってそちらに振替となり、碓氷線は別枠ということになったのです。
めがねバスについては年々運行日が減っている印象があり、遠からず廃止されるのではという懸念もあって乗りに行ったのですが、軽井沢まで出向いてそれだけで帰ってくるのはもったいないと感じ、小諸まで足を伸ばして小海線に乗車し、観光列車「HIGH RAIL 1375」にも乗っておくことにしたのでした。
本日の行程
それでは行程の説明です。
まずは北陸新幹線で軽井沢ヘ向かい、旧道経由の碓氷線のめがねバスで横川駅へ向かいます。
そのまま今度はバイパス経由の通常便の碓氷線で軽井沢駅へ引き返したら、前半は終了です。
後半はしなの鉄道で小諸駅へ移動してから「HIGH RAIL 1375」で小淵沢へ向かい、復路は普通列車で小諸へ引き返し、再度しなの鉄道で軽井沢へ戻り、北陸新幹線で帰路に就きます。
時間としては早朝に出発して、終電間際に帰ってくるという、1日をフルに使う内容でしたが、こうして説明するとあまり詰まった内容ではないように感じますねw
が、前半と後半で活動の趣旨が大きく異なることや、バス部分だけでも結構なボリュームになったので、記事は前後編に分けようと思います。
なので、この記事でレポートするのは碓氷線についてのみで、「HIGH RAIL 1375」については別記事ということになると思います。
JRバス関東碓氷線(めがねバス)で碓氷峠ダウンヒル!
それでは本編スタートです。
まずは活動のメインとなるJRバス関東碓氷線について解説を入れておきましょう。
碓氷線は1997年に廃止された信越本線の横川~軽井沢間の通称「横軽」と呼ばれる区間の代替として運行が始まったバス路線で、JRバス関東が運行しています。
そして、今回のお目当てである「めがねバス」は1999年から運行されており、当初より観光路線という位置づけだったようです。
旧道の碓氷峠の沿線にはアプト時代の信越本線の橋である「めがね橋」や廃線跡を転用した遊歩道「アプトの道」があり、これらへのアクセスを狙った路線です。
なお、通常便であっても碓氷バイパスが渋滞している場合は旧道経由での運行となることもあるようですが、その場合でも旧道上にあるバス停には停車しない扱いとなるようです。
また、2019年より「めがねバス」の区間便として横川駅~熊ノ平駐車場間のバスが設定されるようになり、当初は「碓氷旧道シャトルバス」と称していていたようですが、近年は区間便も含めて「めがねバス」と呼称しているようです。
観光客の利用が多いのは横川駅~熊ノ平間であるようで、軽井沢まで乗り通す需要はそれほどないということなのか、シャトルバスの登場後は軽井沢発着は1往復となり、それ以外はシャトルバスという運行体系となっており、更に2025年の運行では軽井沢発着は横川駅行きの片道のみであり、反対方向の軽井沢行きのバスは設定されず、シャトルバスについても1.5往復しか設定されないようで、運行期間が11月中だけであるなど、例年よりかなり縮小した印象でした。
運転士不足の問題も原因かもしれませんが、ちょっとめがねバスの将来が心配になる状況ですね。
今回は唯一の旧道を走破する便である軽井沢発横川行きに乗車し、復路はバイパス経由の一般便となります。
というわけで本編スタートです。
↑大宮駅から北陸新幹線に乗りました。

編成の案内ですが、現在はE7系ないしW7系しかいないのでバリエーションが1つしかありません。

でも、ホームにはE2系の乗車位置案内が残っていました。

あと、これも整備新幹線の駅には必ずありますね。
中でも北陸新幹線は整備新幹線の第1号でもあります。
↑ちょうど対向の「はくたか」が来たので入線を動画で撮りました。
なお、本来は通過する「かがやき」を撮りたかったのですが、この「はくたか」に被られたため急遽変更したのがこの動画だったりしますw

それではバス乗り場へ向かいます。
碓氷線は北口から出発です。

軽井沢駅のバス乗り場は乗り入れる路線数が多いためか、なかなか広いんですよね。

その中でも離れ小島のようになっている5番乗り場から碓氷線が出発します。
JRにとっては身内といえるJRバス関東の路線なんだからもう少し駅に近いところの乗り場を使わせてあげればいいのにという気もしますが、旅行者は新幹線に乗ってきて観光地へ向かうバスに乗り換えるというのが定番でしょうから、観光路線を駅の近くに発着させているのでしょうか。

時刻表です。
バイパス経由の通常便が1日7本+臨時便1本で、めがねバスは1日1本だけです。
それにしても、運行期間中だけこの時刻表を掲出して、それ以外は貼り替えているんですかね?

あと、電子チケットを導入しているようです。
碓氷線ではICカード乗車券やクレジットカードには対応しておらず、現金払いのみが可能ですが、これを買っておけば現金を使わずに乗れます。
しかも通常より20円安いという特典付きなのはいいのですが、前日までに買わないといけないのがネックですね。
思い立ったときにスマホから手軽に買えるのが電子チケットのメリットなのに、当日買えないというのはどうなんでしょうね。
実は私もこのチケットの存在を知ったのは今朝の新幹線の車中でのことでしたから、これは買えず現金払いになりました。
この点は改善してほしいなと思いました。

他にも色々と注意事項がありました。
峠越えということで気象状況などで通行止めが発生することもあるでしょうし、著名観光地の軽井沢を走るということで渋滞の影響もあるでしょうから、定時運行が出来なかったり運休する場合もあるという内容ですね。
あと、18きっぷを使えないことも明記していますね。
信越本線の廃止代替バスという位置づけであることから、18きっぷで乗れると勘違いする人も一定数いるのでしょうか。
ただ、個人的に思うのは、気仙沼線BRTや大船渡線BRTは実質的には鉄道を廃止して代替として路線バスを設定しているということですが、営業上は引き続き鉄道線と同等の扱いを受けており、18きっぷでも乗れます。
碓氷線についてはBRTという呼称こそしていませんが、鉄道の廃止代替バスという点は同じなのに、18きっぷが使える路線と使えない路線があるのは分かりづらいよなぁとは思いました。

軽井沢周辺のバスは西武観光バスが主力となっていますが、バスを待つ間にも頻繁に見ることが出来ました。
塗装は都内とか埼玉あたりを走っている西武バスと同じなので、軽井沢まで来た感があまりありませんがw

JRバス関東のバスがやってきました。
どうやら横川駅からやってきた碓氷線のようです。
このように碓氷線は基本的に高速バスタイプの車両を使用します。
しかし、到着後はどこかへ引き上げていったので、めがねバスへは別の車両を使用するようですね。
ここでようやく私の後ろにも列ができ始めました。
どうも同業者っぽい雰囲気でしたから、私と同じくめがねバス目当てで乗りに来たのでしょう。

そしてバスがやってきました。
ガーラミオという車種で、観光バスや自家用バス向けの車種なので路線バスに導入される例は少ないようですが、姉妹車といえるメルファについては過去に深名線で乗車したことがあります。
それでは乗車ですが、気になったのは運賃を先払いか後払いかです。
バス停を見ても公式サイトを見ても特に明言されていないので、乗車時に運転士さんに尋ねると先払いとのことでした。
通常便であれば起終点以外の停留所がないので、実質的には均一運賃のようなものですから先払いは分かりますが、めがねバスは途中停留所もあり、乗車区間で運賃が変わるので先払いだとどうするのかと思ったら、降りるバス停を申告した上での先払いということのようでした。
めがねバスは運行期間が限られていますし、めがねバスのためだけに整理券発行機などを備えるのが手間だということでこのようにしているのでしょうね。
区間運賃制でありながら先払いというのも珍しいですがなくはないですしね。
↑ここで前面展望をどうぞ!
ガーラミオは特に眺望がよく、車窓を楽しむにも向いていますね。
あと、沿線の見どころなどをアナウンスで解説してくれるのもこの路線の楽しみの1つです。

キャプチャも貼っていきましょう。
軽井沢駅のロータリーを進みます。

駅前にはクリスマスの装飾がされていました。
考えてみれば(この活動の日時点で)今年もあと1ヶ月ちょいで終わりなんだなぁとしみじみしていましたw

駅を出てすぐに右折し中山道に入っていきます。
つまりは国道18号ですが、東京近辺で中山道といえば国道17号なのでちょっと違和感がありますねw
これは東京から高崎あたりまでは国道17号と中山道が並走していますが、高崎以北で中山道の道筋を引き継ぐのは国道18号なんですね。
中山道自体は京都まで続く街道ですが、並行する国道は京都とは関係ないものであるあたり、東海道に比べて中山道はだいぶランクダウンした感はありますね。

いきなり碓氷峠の頂上が見えてきました。
実は碓氷峠という峠は「片峠」と呼ばれ、峠の前後の標高差が大きく、群馬側は延々と登るものの、長野側は難所と呼ばれているのが信じられないほどあっさり到達してしまいます。
通常の峠であれば通過するだけならば律儀に上り下りする必要はないため、土木技術が進歩した時代になればトンネルを掘ることで簡単に克服できるのですが、このような片峠では何らかの形で勾配を上り下りすることを避けられないため、近代に入っても難所として立ちはだかり続けているのです。
信越本線の横軽区間が廃止された今となっては国道18号が唯一碓氷峠を越える実用的な交通路となっており、旧道は言うに及ばず、バイパスでさえヘアピンカーブを駆使して勾配に挑む状況です。
高速交通網としては上信越自動車道と北陸新幹線が近くを通っていますが、いずれも碓氷峠に正面から挑むことを避け、新幹線は北へ、高速道路は南へ迂回するルートを取っています。

視界が開けるともう群馬県に入りまして、ここから碓氷峠のダウンヒルが始まっていきます。
現在でも国道18号に指定されているものの、184箇所ものカーブが連続する難所となっています。
一世を風靡した漫画「頭文字D」にもこの碓氷峠は登場していて、聖地として知られるわけですが、漫画やアニメの描写はなかなかによく現地を再現しているなと思いながら乗っていました。

今はバイパスがあるため旧道の交通量はそれほどではないですが、時折現れる対向車とこうして譲り合う場面もありました。
バイパスがなかった頃はここを多くの車が行き交い、時には大型トラックも混じっていたんでしょうから、それはそれは大変な交通風景だったことでしょう。
それはそれで見てみたかった気もしますが、碓氷バイパスの開通は1971年で、横軽の廃止が1997年ですから、碓氷線のバスが走り始めた頃には既にバイパスがあったことになります。

ヘアピンカーブ!
さすがにバスはドリフトなんてしませんが、大きなバスだと普通に走るだけでも迫力がありました。

碓氷線にはカーブ1つ1つに番号が振られ、標識も立っているのですが、この「C-121」は頭文字Dにも登場しましたね。
作中では特に通過するのに高度なテクニックを要求される難所として扱われていました。
ところで、作中で「C-121」という単語を見聞きした時、最初は走り屋たちの間で通称的に使われている名前なんだろうと思っていたのですが、現地に標識まである上、その由来が121番目のカーブという至極シンプルなものだったことに驚きましたw
作中では難所とされた「C-121」も一般的なスピードで走る分にはそうでもないようで、あっさりと通過していきました。

「C-121」を過ぎました。
作中で言及された通り、出口は狭いという印象はありましたね。

またしても信越本線の廃線跡が見えました。
峠区間ということで廃止後も用地の転用がされにくいのもあるでしょうが、廃止された横軽区間を観光鉄道として復活させようという構想もあるようですから、そのために可能な限り廃止時のまま残しているというのもありそうです。

またトンネル!
もうすぐかつての熊ノ平駅ですが、それより気になるのはトンネルの立地です。
ここを信越本線が通っていたとすると、どう考えても国道と重なることになります。
かつては国道が違うルートを通っていたと考えればありえなくはないですが、地形的に国道が今とは違うルートを選ぶ余地があるようにも思えない・・・
となるとこれは信越本線の線路を通すトンネルではなくて、熊ノ平駅と国道を結ぶ車道のトンネルだったと考える方が自然ですかね。

青看(案内標識)が出てきました。
東京という地名が出ているあたり、旧道となっても国道18号なんだなと思わされますね。

落ち葉のセンターラインというなかなか見られない光景が見られました。

シャトルバスの終点となる熊ノ平駐車場です。
付近には熊ノ平駅の跡があり、ここから横川駅までは廃線跡を活用した遊歩道「アプトの道」が繋がっています。
また、ここから先の信越本線は2世代のルートが存在しており、初代ルートで現在は「アプトの道」として整備されているルートと、2代目で1997年の廃線まで使われたルートですね。
初代は「アプトの道」と呼ばれることからも分かるように、「アプト式」と呼ばれる、レールの間に設置したラックレールと車両の歯車を噛み合わせて走る方式を採用していました。
全国的にも珍しいこの方式は当時でも注目されており、例えば鉄道唱歌では北陸編の19番と20番にそれぞれ
- これより音にききいたる 碓氷峠のアブト式 歯車つけておりのぼる 仕掛は外にたぐいなし
- くぐるトンネル二十六 ともし火うすく昼くらし いずれは天地うちはれて 顔ふく風の心地よさ
と歌われていましたし、長野県歌の「信濃の国」の6番にも
「吾妻はやとし 日本武(やまとたけ) 嘆き給いし碓氷山 穿(うが)つ隧道(トンネル)二十六 夢にもこゆる汽車の道 みち一筋に学びなば 昔の人にや劣るべき 古来山河の秀でたる 国は偉人のある習い」
と歌われるなど、古くから名所として知られていました。
1963年には2代目ルートが建設され、アプト式が廃止されるとともに粘着式鉄道として生まれ変わりました。
あの有名なEF63形を補機として連結する形での運行に切り替わりました。
そんなわけでアプト式は横軽から姿を消したわけですが、実は2025年現在でもアプト式が現役の鉄道が日本にあります。
それは大井川鐵道井川線でして、アプトいちしろ~長島ダム間がアプト式となっています。
しかも、ダム建設に伴う線路付け替えで生じた急勾配を克服するために平成に入ってから新設されたというパターンでして、令和でも体験できる唯一のアプト式となっています。
過去に乗車した際の記事はこちらからどうぞ!

このあたりは紅葉がいい感じに色付いていて綺麗ですね。
峠では標高によって紅葉の具合も変わるのがいいですね。

こちらが「めがねバス」の名前の由来でもある「めがね橋」です。
この付近が横軽エリアの目玉であり、駐車場に車を置いて徒歩で散策する人の姿もありますね。
このように駐車場があるのでマイカーでのアクセスには困りませんが、めがねバスが走る期間以外に公共交通機関でアクセスするには不便なのが残念です。
まあ、アプトの道を歩いて訪れるのもオツなものだとは思いますけどね。

久々に見えた分岐点ですね。
分岐する県道54号は通り抜けることは出来ない行き止まりの道で、霧積温泉がほぼ唯一の目的地となるような道のようです。

民家が立ち並ぶようになり、すっかり麓へ降りてきたようですね。

バスは一旦国道を外れてくつろぎの湯へ立ち寄ります。
峠の湯とも呼ばれるここはいわゆるスーパー銭湯のようですね。
また、横川駅に隣接する「碓氷峠鉄道文化むら」ではこの峠の湯付近まで、旧信越本線の線路を活用したトロッコ列車を運行しており、ここでバスを降りてひとっ風呂浴びたらトロッコ列車で碓氷峠鉄道文化むらへ向かうというルートも可能です。
なお、このトロッコ列車は碓氷峠鉄道文化むらのアトラクションの1つという位置づけであるため、乗車するには碓氷峠鉄道文化むらへ入場する必要があり、乗車チケットだけでなく入場チケットも必要になるので要注意です。

駐車場へ入っていきます。
ちゃんと敷地内に乗り入れるようですね。

大型車用の駐車スペースを使って豪快にUターンしていました。
バス停は駐車場の手前あたりにありますが、気になるのは大型車用のマスが全て埋まっていたらどうするんでしょうね。
駐車場の外周をぐるりと回って戻って来るしかなさそうですが、ちょっと気になりました。

坂本宿を過ぎると上信越自動車道の高架が見えてきました。
上信越自動車道は碓氷峠の南側を迂回するため、めがねバスのルート上ではこれが最初で最後の邂逅となります。

旧道側の一時停止でバイパスと合流します。
バイパスは交通量が多く、しばらく待たされるシーンもありました。

そして横川駅に到着です。
路面電車みたいな軌道が見えますが、これは碓氷峠鉄道文化むらに繋がっており、運転体験で使用するEF63形をJRの車両工場に持ち込んでメンテナンスをする際に使用されるようです。
そういえば、JR東日本からはSL以外の機関車が全廃となったことが記憶に新しいですが、今後もJRにメンテナンスを依頼できるんでしょうかね。
JRがメンテナンスを引き受けないからEF63形の動態保存を断念するなんてことになったら悲しすぎますし、うまくまとまってほしいものです。

乗ってきたバスです。
結局、軽井沢での乗車は私を入れて3名で、うち1名は途中で降りたので、全区間乗り通したマニアが2人という利用状況でした。
まあ、めがねバスのメインターゲットであろう熊ノ平への観光客が利用するには適さない時間帯であり、軽井沢からの運行は回送を兼ねたものとすればこんなものでしょう。

客扱いを終えるとバスは待機場所へ移動していきました。
何気に幕は軽井沢行きですね。
今年の運行では軽井沢行きは設定されないはずですが、サービスで出してくれたのでしょうか。
といったところで、旧道編は以上で、ここからはバイパス経由でのヒルクライムとなります!
碓氷バイパスでヒルクライム!
続いてはバイパス経由の通常便で軽井沢へ引き返します。
こちらについては通年運行されていますし、18きっぷで小海線に乗りに行くとか、しなの鉄道経由で長野方面を目指すなんて行程だったら確実にお世話になる路線ですし、乗ったことがあるという方も少なくはないと思います。

バスがやってきました。
今度は高速バスタイプの車両のようですね。
最初はバス停で待っていたのは私だけでしたが・・・

高崎方面からの電車がやってくるとぞろぞろと乗り込んできました。
流石に満席ではないですが、窓際は大体埋まっているようです。
↑今回も無事に最前列に座れましたので前面展望をどうぞ

キャプチャもどうぞ
ちょうど碓氷峠鉄道文化むらの敷地を見つつ横川駅を出発していきます。

右手に碓氷峠鉄道文化むらを見つつ国道18号を進みます。
柵がレンガ橋風なのがいいですね。
ここで自動放送に加えて運転士さんからの案内もありました。
特にシートベルトについてはかなり念入りに着用を訴えていましたね。
安全を考えれば大事なことですし、これから走る碓氷バイパスでは過去にスキーバスの事故があり、多くの犠牲者を出した歴史もありますからよりシートベルトの重要性を実感します。
実際、スキーバスの事故では多くの乗客がシートベルトをしていなかったとされており、シートベルトの着用が徹底されていたら被害が軽減できた可能性は指摘されています。

ここが分岐点です。
直進するとバイパスに入る線形になっており、軽井沢方面への通過交通は自然とバイパスに導かれるわけですね。
なお、峠の湯やめがね橋、熊ノ平などへ行きたい場合は旧道を選ぶ必要があるのでうっかり直進しないように注意です。

碓氷バイパスに唯一あるトンネルです。
この尾根の上を旧道が通っており、この地点で立体交差していることになりますが、接続はしておらず車窓から互いを認識することも難しいでしょう。

あれもトンネルに見えますが、スノーシェッドかロックシェッドでしょうね。

上信越自動車道と交差です。
信越本線のレンガ橋を意識したかは分かりませんが、アーチ橋になっていますね。

このあたりとかほとんど白線が消えていますが、登坂車線が整備されています。

ここまでは比較的カーブが少なかったバイパスも徐々にカーブが増えてきました。
ここから先はヘアピンカーブの連続であり、旧道に比べればだいぶ減ったものの、それでも45箇所のカーブがあります。

そういえば、バイパスにもカーブ番号の標識があるんですね。
しかもこっちは動物のイラスト付きと、旧道より恵まれている感じです。

カーブ注意の標識が出ていました。
緑地の看板は高速道路っぽいですが、この碓氷バイパスは元々有料道路として建設されており、2001年に無料開放されています。

まだまだ登ります。
それにしても、大半の勾配箇所に登坂車線があるあたりはよく整備された道路ですよね。
上信越自動車道がある今では見劣りしてしまいますが、高速道路がない時代を考えれば十分すぎるくらいでしょう。

長野県との県境であるとともに、峠の頂点です。
ちなみに、バイパスが通るのは碓氷峠の南側にある入山峠と呼ばれる峠であり、こちらはかつての東山道が通過していた峠でもあるんだとか。
付近には祭祀遺跡があり、古くから人の往来があったことが伺えます。

峠を越えて下りに転じると、今度は対向車線側に登坂車線が付加されるようになりました。

急勾配であることからエンジンブレーキを使用するようにという注意喚起の標識もありました。
例のスキーバスの事故では、エンジンブレーキを適切に使用できなかったことで制御不能に陥った可能性が指摘されているようですし、大事なことですね。

そしてこちらがスキーバス事故の現場です。
犠牲者を悼む慰霊碑が建立されています。
バス業界の規制のあり方も問われることとなったこの事故ですが、その犠牲を無駄にすることなくより安全なバス業界を作っていってほしいものですね。

ちなみに、事故現場のすぐ先には非常待避所があります。
あと1つカーブをなんとか曲がりきれていれば、ここに突っ込んで被害を軽減できたかもしれませんね。

峠区間が終わり、地形が開けてきました。
南軽井沢交差点を右折して県道43号に入りますが、この県道43号は軽井沢市街と上信越自動車道の碓氷軽井沢インターチェンジを結ぶルートでもあり、このあたりが渋滞ポイントのようです。
あと、唐突に車内に鳥のさえずりが流れて驚きましたが、これは軽井沢が野鳥の宝庫であることを説明するアナウンスの流れで流しているようです。
私が知る限りでは車内で鳥の声を流すバスは碓氷線だけですねw

左車線だけ渋滞しているようですが、アウトレットの駐車場待ちの渋滞のようです。
なのでバスが巻き込まれることはなくそのまま通過していきます。

そして中山道に入っていきます。
旧道だと峠と市街地が近かったですが、バイパスは市街地までが長く感じましたね。
まあ、軽井沢だけでなくてその先にある御代田や小諸へのアクセスも考えて今のルートなんでしょうけどね。

そこへやってきたのは千曲バスでした。
軽井沢経由の草津行きというと草軽交通のルートに似ていますが、この路線は立川からやってくる路線で、現在は千曲バス単独運行となっているようです。

バスを降りたらアウトレットにある食堂街で昼食です。
軽井沢は駅前にアウトレットがあるので買い物や食事には不自由しませんね。

頂いたのはこちら
「信州御膳」という定食で、信州そば、伊那ソースカツ丼、馬刺しを1度に楽しめるメニューです。
こういう名物全部盛りみたいなメニューには弱いんですよねw
ボリュームもあって大満足でした。
このあとは・・・
おまけ 平原駅
本来であればここでこの記事は終了の予定でしたが、このあと乗車する「HIGH RAIL 1375」に乗るため小諸へ移動する途中で、空き時間を使って平原駅に立ち寄ってみました。
なので、平原駅のレポートをおまけとして加えて、此のレポートをシメたいと思います。

斜面にはスキー場がありましたが、周囲に全然雪が積もっていないので人口雪なんですかね。
スキーというものをしたことがないのでそのあたりはよく分かりませんがw

これは車内にペットを連れて乗る場合は手回り品切符が必要だという内容の掲示ですが、使用されている犬の写真は社員のペットなんだとか。

それではしなの鉄道に乗って移動です。
待っていたのはSR1系でした。
↑平原駅に到着し、乗ってきた列車の発車を見送ります。

出口は2箇所あり、駅舎のない側は構内踏切みたいな通路となっています。

マイナー感のある出入口ですが、ささやかながら駐輪場が用意されていました。

そして、こちらが駅舎です。
フォルムからしてお気づきでしょうが、実はこの駅舎、貨車を改造したものなんです。
国鉄末期には古い駅舎を建て替えるにあたり、余剰となっていた貨車を流用する例があり、特に北海道ではよく見られるのですが、当駅のように本州でもいくつか例があります。

無人駅なので乗車駅証明書発行機がありますね。
右側にある物体はICカード用の簡易改札機でしょうが、サービス開始は2026年春の予定なのでまだカバーが掛けられたままになっています。

内部です。
ベンチが設置されているのみとシンプルな構造ですが、雨風を凌げるだけでも十分でしょう。

駅前広場側からみた駅舎です。
デザインは構内側から見たものを左右反転しただけという感じですね。

ですが、この看板は駅前広場側だけにあります。
実はこの看板、旧駅舎時代に使われていたものを保存しているんだとか。
見た目も渋いですし旧字体で書かれていたりと歴史を感じさせますね。

駅周辺は田畑が広がり細い道が通るのみですが、紅葉が綺麗でした。

ここなんか鉄道撮影にもうってつけな場所ですよね。
ただ、滞在中はここでの撮影はしませんでした。
というのは、列車が来るまで駅舎内で待っていたら、列車が間近に迫っていてここまで移動する時間がなく結局ホームで撮るというオチになったからですw
それでは滞在中に撮った動画をまとめてご紹介してレポートをシメたいと思います。
↑「軽井沢リゾート」の通過です。
↑115系「Turkey!」ラッピングの入線です。
↑そして、SR1系に乗って小諸駅へ移動します。
ここで記事は一旦区切ることとし、小諸駅到着後、「HIGH RAIL 1375」に乗る部分は別記事ということにしようと思います。
続きは順次執筆していきますので公開までしばらくお待ち下さい。
つづく
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