2018年1月三江線駅取材の旅 4駅目 式敷駅

こんばんは。副管理人の西鉄8000系です。
2018年4月1日を以って廃止となった三江線ですが、それが廃止になる約3ヶ月前の様子を、当時撮影した写真を見ながら振り返っていくこのシリーズ、
時代は令和に突入したにもかかわらず、相変わらずスローペースでの執筆となってしまっておりますが(汗)、
今回も自分なりに駅を訪れた時の状況をご紹介できればと思っておりますので、気軽に読んでいただけると幸いです。

本日は、当時の三江線の駅の中では数少ない交換可能駅で、三江南線が初めて部分開業した際は終着駅であった式敷駅をご紹介します。

先程訪問していた船佐駅から引き続き広島県道112号「三次江津線」を通って移動し、

かつて三江南線の終着駅ともなっていた式敷駅にやってきました。開業は1955年3月31日です。
駅舎はログハウス風の小型の建物となっており、その横には自転車駐輪場と駐車場が整備されています。奥の方にはホームに建てられた上屋と駅名標が見えますね。
そういえばこの写真をよく見て自分も気づいたのですが、軽トラックの後ろに三江線関係と思われる横断幕がかかっていますね。

この駅は集落の中心に立地しているということもあり、

駅のすぐ近くには食料品店やガソリンスタンド…の建物はありますが既に営業していませんでした。
近くに営業している店はなく、次の列車の発着までかなり時間もあり、しかも天気が悪いということもあって、先ほど訪問した船佐駅と同じくらい、駅の周囲には人の気配が全くありませんでした。
奥の方に案内標識が見えますが、

このとおり、自分たちが通ってきた広島県道112号は大型車通行困難と案内されていました。まあ三次方面に行くには並行している国道433号を利用すればいいので実際のところ不都合はないのでしょう。
駅周辺の取材を終え、次はログハウス風の駅舎の中に入ってみます。


駅舎の中はこんな感じで人が座るスペースと御手洗いが完備されています。ホームへと続くドアの向こう(写真左端)には切符の集札箱が設置されていました。


ホームへと続くドアを抜け、構内踏切から左側を見ると、旅客用ホームの1番乗り場と貨物用ホームを見ることができます。貨物用ホームの側線は部分的に撤去されていましたが枕木はそのまま、なんでこんな状態で放ってあるんでしょうか…?
なお、この記事を執筆するにあたって参考にした書籍(長船友則(2018)『三江線 88年の軌跡』ネコ・パブリッシング)によれば、三江南線区間である三次~浜原間はその開業から現在に至るまで終始旅客営業のみを行っているので、この貨物用ホームは一度もその本来の目的に供されたことはないのでしょう。


構内踏切をさらに進んで旅客用ホームの2番乗り場を見ます。駅の反対側はこのような感じで田畑が広がっています。
そういえば、この駅は昔ながらのホームに白線しか引いていない駅でして、ホームに黄色い点字ブロックが敷いてあって白線の存在感が皆無な駅が多い中、非常に特徴的だな~と個人的には思っています。


構内踏切の右側を向くと三次方面に線路が続いています。現在に至るまで三江線の交換可能駅が軒並み交換設備を撤去されていった中、この駅は交換可能駅として残った数少ない駅となっています。
といっても、この当時、実際に定期列車の交換があっていたのは夜の20時頃の1回だけという状態でした。


ホームに上がって構内踏切と駅舎を俯瞰します。奥の山々には相変わらず雲が立ち込めています。


式敷駅の駅名標を撮影します。この駅から口羽駅までの区間は1963年6月30日開業となっていまして、延伸開業するまでに8年3カ月かかってしまっています。
あまり知られていませんが、1950年代に江の川にダムを建設する計画が持ち上がり、それが完成すればこの先の区間の線路が水没してしまうことが明らかになったことから、三江南線の建設が一時期ストップしてしまったことが原因となっています。
高度経済成長期ならではのエピソードだなと思った副管理人でした。


駅名標の場所から奥に進むと木製のホーム上屋があります。人が座る部分が上屋と一体化している、古い駅によくある造りになっています。


三江線の各駅に設置されている「三江線活性化協議会」という団体による石見神楽の演目名にちなんだ愛称名を表示した看板がこの駅にもあります。
この駅は「滝夜叉姫」という愛称が付けられていました。ざっくり説明すると、平将門の娘が父を殺された恨みを晴らすために神社に願掛けして妖術を身に付け、滝夜叉姫と名を変えて仲間と共に謀反を企てる、という内容の演目です。
この演目は式敷駅が所在する安芸高田市で誕生した演目ということもあって、この駅に「滝夜叉姫」という愛称がついたようです。


この駅の電柱にも真新しいステッカー式の縦型駅名標が貼りつけてありました。


ホームをさらに奥に進んで2番乗り場側から三次方面を見ます。かつては人の手が入っていたであろう植栽がそのまま残っていました。その奥には貨物用ホームが見えます。
ホーム上の白線は途中で切れていますが、これ以上の長さの編成が停車しないから、とかいう理由でしょうか。


ホーム端から江津方面を見ます。列車はこの先も山間を進んで江津駅を目指します。


1つ前の写真の位置から今度は三次方面を見ます。1番乗り場の線路から側線へのポイントも撤去されており、少し見えづらいですがその先には枕木も設置されている状態でした。
改めて見るとこの駅のホームはなかなか長いように感じられました。

以上でこの駅の駅取材を終え、わたくし副管理人と管理人氏は次なる目的地である江平駅へと出発しました。
江平駅は江の川沿いに佇むこじんまりとした駅です。
今回は記事を読んでいただきありがとうございました。次回も是非ご覧ください!

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西鉄8000系(副管理人) について

AlmightyTrainSiteの副管理人です。以前は関東を中心に活動していましたが、現在は九州に生活の拠点を移して活動しています。写真撮影や走行音の録音はもちろん、色々な駅を巡って詳しく観察する「駅取材」をよく行っています。
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