北海道ローカル駅巡り2020(1日目前半/日高本線)

今回は北海道へローカル駅巡りをしに行きましたのでそのレポートです。
なお、例によって執筆が遅れていまして、この活動は11月中旬頃に実施したもので、ギリギリ雪が振り始める前のことでした。

今回の活動内容

今回はタイトルにもある通り駅巡りがメインであり、移動手段はレンタカーとなっており、基本的に列車には乗りません。
巡る範囲は日高本線のうち、前回行かなかった駅を回収する形となり、ついでに留萌本線の全駅も回ります。
本当は駅巡りも列車でやりたいんですが、北海道の場合、極端に本数が少なくて列車にこだわっていてはまともに駅を回れないという問題や、今回遠征をする主目的となった日高本線(鵡川~様似)については長らくバス代行輸送が続いており、そもそも列車で回ることが不可能だということもあってレンタカーとしました。

初日は日高本線のうち、浜田浦・汐見・富川・豊郷・清畠・節婦・新冠・静内・東静内・春立・日高三石・東町・日高幌別を巡ります・これ以外の駅は前回の活動で訪問し、記事にしていますのでそちらも合わせてご覧下さい。
最後の日高幌別駅まで終わったら峠を超えて帯広まで行って宿泊します。

2日目は帯広から三国峠経由で上川・旭川・深川と進みあとは留萌本線のうち、起終点の深川・留萌を除く全ての駅を訪問して宿は岩見沢に取っています。

最終日となる3日目は予備日程であり、不測の事態によって訪問できない駅が出た場合に備えて何も予定を入れていませんが、特に何事もなかった場合はとある場所を訪れようと思っています。
どこへ行ったかは記事を公開してのお楽しみということで!w

なお、すべての駅を1つの記事でご紹介すると写真が多くなりすぎるため、前回同様に前半・後半に分けてお届けしたいと思います。
というわけで、そろそろ本編へ入りたいと思います。

まずは北海道へ渡る

今回の活動の舞台は北海道ですから、当然まずは北海道まで移動しなければなりません。
毎度おなじみLCCのジェットスターでひとっ飛びですが、問題は成田空港へ行く方法です。
いつもならば高速バスの深夜便を使うところですが、コロナ禍での需要減少の影響を受けて深夜便は運休となっているらしく、かといって当日朝にスカイライナーなどで向かうのも何らかのトラブルで飛行機に間に合わないリスクが怖いので前日夜の最終列車で成田空港入りしてターミナル内で夜を明かすことにしました。
空港に泊まること自体は慣れっこですが、いつもとちょっと違う流れになりました。
ちなみに、その最終列車とは「イブニングライナー」であり、初めての乗車だったのでレポートしたかったのですが、デジカメにSDカードを入れ忘れる(+予備のSDを持ってこなかった)という失態を犯したため成田空港到着までの間の撮影ができなかったため省略しますw
なお、空港のコンビニでSDカードを購入してメインの活動には何ら影響はありませんでしたのでご安心を。


というわけで、既に夜が明けた成田空港からレポート開始です。
成田空港は国際線がメインの空港とあって、コロナ禍で海外渡航の需要が大幅に減っている現在、閑散としていました。


いよいよ搭乗開始です。
去年の9月以来の飛行機とあってテンションが上ってきました。


私を北海道へ連れて行ってくれる機体です。
やはりターミナルのベンチでは熟睡とは行かず機内ではほとんど寝ていた気がしますが、定刻通りに無事北海道入りです。

空港に着いたらレンタカー店まで送迎バスで移動してレンタカーを受け取ったら活動開始です。
前回はまず富良野市内まで大移動というスケジュールだったので初日に訪問する駅数が限られてしまったという問題がありましたが、今回は苫小牧付近から活動が始まるため空港からも近く、移動時間はそれほどかかりません。


旅のお供の飲み物や軽食を買い込むため、駅巡りの前に道の駅に立ち寄りました。
その名も「道の駅ウトナイ湖」


驚いたのがこれ!


87式偵察警戒車の木製オブジェです。
「戦車ではありません」とわざわざ注意書きがあるのが面白いですが、ミニタリー系に疎い人からしたら大砲っぽいものがついてて迷彩柄の車両はみんな戦車だと思ってしまいますよねw


横から見るとわかりやすいですが、戦車の特徴とも言えるキャタピラ(履帯)ではなく車輪がついています。
私はミニタリー系にはそんなに造詣が深くはないのであまり突っ込んだ解説はしませんが、千歳周辺には陸上自衛隊の駐屯地が点在している関係で展示されているんでしょうか。


名前に湖の名前を冠するくらいですから、道の駅の裏手にはウトナイ湖が広がります。
湖畔まで行けるようなのでちょっと行ってみましょう。


解説看板がありました。


何かと持ったら白鳥のフンを踏まないように気をつけろとのこと・・・
犬のフンでも嫌なのにこんなの踏んだらたまりませんね・・・


ここまで来たら湖そのものも拝んでいかない手はないということでこちらはウトナイ湖です。
湖面に反射した陽の光が煌めいて綺麗ですね。


ちなみに、新千歳空港からも近いので飛行機が頻繁に通過するため、飛行機撮影にもうってつけの場所だと思います。

と、寄り道はこれくらいにしてそろそろメインの駅巡りを始めたいと思います。

浜田浦駅

記念すべき駅巡り1駅目は浜田浦駅です。
今日訪れる駅では唯一、列車がやってくる駅となっており、日高本線の廃止は鵡川~様似間ですから、廃止対象区間にも含まれませんが、ついでなので訪問です。


浜田浦駅は2車線の道路のすぐ脇にあります。


こんな空き地みたいな空間にポツンとあるので車で走ってくるとうっかり通り過ぎてしまいそうですw


こちらが駅舎・・・もとい待合室です。
漁師小屋とかじゃありませんよ?w
当駅は開業時から無人駅で駅舎は最初から存在しなかったようです。


内部もかなり簡素な造りですね。木の板そのままのベンチもありますが、座ったら折れてしまわないか不安になります。


天井がそのまま屋根になっていて、ところどころトタンが使われているなど、駅舎というより小屋といった方がよさそうな構造です。
今まで見てきた北海道の駅でもありがちな構造ではありますが、冬期の寒さや地吹雪などを考えるといくら利用者の少ない駅でも一切待合室を設けないわけには行かないものの、極力簡素に作ろうという考えの結果なんですかね。


でも窓はちゃんとつけているんですね。


運賃表


時刻表です。
静内や様似といった行き先も表示されていますが、これは鵡川で接続する代行バスの行き先であり、列車自体は鵡川までしか行きません。


待合室を出ての1枚
周辺は国道と原っぱしかなく、寂しい雰囲気です。


ホームヘの入口です。
無人駅ですから改札はありませんが、公園や遊歩道の入口にありそうなバリケードがあって歩行者以外は入れないようになっていました。
流石に自動車でホームに乗り入れる人はいないと思いますが・・・w


ホームは1面1線のいわゆる棒線駅です。


反対側を向いて・・・
ホーム上は砂利敷きなのは歴史のある駅ならではですね。
なお、当駅の開業は1959年のことです。


ホームの向こう側もひたすら原っぱが広がっていて本当に殺風景です。


そして駅名標
駅名の由来ですが、駅より内陸よりに田浦という地区があり、その浜辺にあるから浜田浦だそうです。
ちなみに、”浜”をつけたのは横須賀線に田浦駅があるのでそっちとの区別の意味合いもありそうですね。


もう長らく列車では様似へ行けない状態ですが、様似方面と案内され続けています・・・


日高本線は苫小牧が起点でありそこから27kmということですが、駅数でいうと勇払・浜厚真と来て当駅なので3駅目なんですよね。
3駅で27kmとはさすがは北海道スケールです・・・
思うのは、苫小牧というそれなりに大きな街の近くでこれだけ駅間が長いのはせっかくの需要を取りこぼしている気もしますし、鵡川までの区間は存続させるならば新駅設置などで需要喚起を図っていってもらいたいものです。


さて、次の駅へ向かうべく車へ戻ろうと思ったらなんと駅前にパトカーが乗り付けてきたではありませんか!?
え?これっていわゆる職務質問ってやつですか!?
別に悪いことをしているわけではありませんが、若干ビビりつつ降りてきた警察官に「こんにちは」と挨拶すると、向こうも挨拶を返してきてそのまま駅の方へ向かっていきました。
てっきり職質されると思って身構えていましたが、単なる駅の巡回警備だったようですね。
こういう巡回ってJRの職員か委託を受けた業者がやっているものだと思っていましたが、警察も協力しているんですね。
(当駅は違いますが)廃止が決まった駅の駅名標などが盗難されるというのはよくある話ですし、防犯上は良いことだと思います。

それでは次は汐見駅へ!

汐見駅

ここから先は列車が来ないバス代行区間となりまして潮見駅です。


汐見駅も存在感が微妙で、踏切を目印にしないとうっかり通り過ぎそうです。
そういえば、他のバス代行区間の踏切もそうでしたが、遮断棒が撤去されていますね。


踏切の名前は「汐見駅」とそのまんまw


当駅も浜田浦と同様に駅舎はなく待合室のみがあります。


その前に踏切の地点からホームを眺めてみましょう。
先程の浜田浦駅もこのアングルでも撮りたかったですが、適当な踏切などがなかったので断念しました。


反対側の線路です。
レールの錆は仕方ないとして、線路敷はちゃんと刈払いがされているのか視界が開けていますね。
既に2度と列車が通わぬことが決まったレールですが、再び列車を通すことを夢見て整備されていた時期もあったんでしょうか。


踏切を渡った地点からホーム全景を撮ります。


それでは続いては待合室を見ていきましょう。


浜田浦駅のものに比べるとしっかりした造りに見えます。


「汐見」なんて駅名からして察せられますが、当駅は数百メートル行けば海に出られる立地で、海抜も低いです。


ちなみに、代行バスのりばは駅からちょっと離れており、おそらくはバスの方向転換の都合だと思います。
当駅は国道からちょっと外れているのでこのようにならざるを得ないのでしょう。


内部です。
ベンチのグレードが浜田浦よりアップしましたねw


これはベンチというよりソファーですが、近隣住民の寄贈品とかでしょうか。


他にもソファーがありました。見た目はだいぶくたびれていますが、クッションも置かれていてこれは快適に列車を待てそうです。
まあ、もう列車は来ないんですが・・・


裸電球の照明がレトロ感を演出します。


駅ノート発見!

ところで、駅としては廃止になればこの待合室も閉鎖されて立ち入れなくなるでしょうが、その時このノートはどうなんですかね。


窓枠はちゃんとサッシが付いているなど、小屋じゃなくて待合室と呼べるグレードを感じさせます。


除雪用なのかスコップがありました。


土間みたいな部分がありましたが、別に土足禁止というわけでもないようです。


それでは続いてはホームです。
ワンマン運転では乗車口は1箇所のみとなるためか、そのドアの部分にだけピンポイントで屋根がついていました。
究極の合理化ですねw


ホームから見た踏切


ホームです。ここも浜田浦同様に交換設備などはない棒線駅となっています。


駅名標です。
駅名の由来はそのまま所在地の地区名ですが、読み方が同じ「潮見」が東京の京葉線にあるため誤変換注意ですw
しかし、表記は違うけれども読み方が同じという場合も旧国名で区別する場合もありますが、当駅と潮見駅については表記が違えば良しということなのか特に区別するような工夫はありませんね。
東京の潮見駅が1990年の開業であり、既にJR東日本とJR北海道という別会社の駅でしたし、東京と北海道では離れすぎていて混同する可能性もほぼないという理由からですかね。


それにしてもホーム上の草がすごいw


薄くなってしまった乗車位置案内


ここにも元々は駅名標があったんですかね。


こうしてみると本当にピンポイントな屋根ですねw


ホームから待合室を見たらこれくらいで次の駅へ向かいましょう。

富川駅

汐見駅から1駅隣ですが、9.1kmも走って富川駅です。


まずは駅前広場です。
ロータリーはありませんが、駐輪場はしっかりしたものが用意されています。


こちらが駅舎です。これは待合室ではなくちゃんと”駅舎”で、しかも木造です。


かつて駅名が書いてあった雰囲気が濃厚ですが風化でかすれてしまったのか読めず。


隣の駐輪場です。
駐輪場の規模から言って、日高本線の中では比較的利用者の多い駅だったんですかね。


反対側から見た駅舎


駅舎と似た形をしていますが、こちらはトイレです。
そういえば、北海道は駅舎とトイレが別々というパターンが多い気がしますが、何か理由があるんですかね。


代行バス利用者に向けての案内でした。


中に入りました。外観でも特徴的だった三角屋根部分は開放的な吹き抜けのようになっていました。


待合室部分は至ってシンプルです。


室内にも代行バスの案内がありました。


シャッターが降りた一角が気になりましたが、かつては駅構内に売店があったそうなので、その跡地なんでしょうね。
こんなローカル駅でも駅ナカ売店があったなんて驚きですが、かつては平取町へ続く沙流鉄道の分岐点であり、かつて存在した急行「えりも」の停車駅となるなど賑わった時代もあったんでしょうね。


ここでも駅ノート発見!


ホームに出ました。
今でこそ1面1線の棒線駅ですが、かつては向こう側にも島式ホームがあって、島式の片側のみ使用する変則2面2線で交換可能駅だったようです。


反対側


ホーム側にはちゃんと駅名が書いてありました。
本来は外へ向いた側こそちゃんと表示しなくちゃいけないと思いますがw


駅舎の表側にあった看板も本来はこういう感じだったんでしょうか。


駅舎への入口です。
わざわざ段になっているのは現代の感覚からしたらバリアフリーに反している気もしますが、北海道という土地柄を考えると積雪対策といった意味合いがありそうですね。


そうそう、その隣にも階段状の出っ張りがありましたが建物側にはなにもないのが気になりました。
かつて売店があった頃はホーム側からも利用できるようにカウンターなどが設けられていたのかもしれませんね。


ホームの先の方へ進んでみます。


ホーム側から見た駅舎


駅舎とホーム


その先の線路ですが、交換駅時代の名残で不自然なカーブが残されていますね。


駅名標です。
駅名の由来は汐見同様にそのまま所在地の地区名ですが、開業時は「佐瑠太(さるふと)」という名前で、これはアイヌ語由来であり、「沙流川の河口」を意味する「サル・プト」から来ているようです。
やっぱり北海道はアイヌ語由来の地名や駅名のほうがしっくりきますね。


かつての急行停車駅ということもあってか、名所案内までありました。
ただ、いずれも当駅からは離れた平取町内のスポットなんですよね。
かつては沙流鉄道という私鉄によって平取町と結ばれていた名残でもあるんでしょうが、これも歴史の生き証人と思えば貴重ですね。
ちなみに、下段にある「二風谷生活館」なる施設についてですが、検索しても公式サイトが出てこず、地図サイトなどの情報がヒットするもののいまいち実態が分からない(ひょっとすると公民館みたいなもの?)のですが、一方で同じ平取町内に「二風谷アイヌ文化博物館」という施設があるみたいなので、かつては「二風谷生活館」でアイヌ民族関連の展示をしていたのが、その役目を引き継ぐ形で「二風谷アイヌ文化博物館」がオープンしたのを駅の名所案内では情報のアップデートが出来ていないとかそういう経緯ですかね。


蔦に囲まれてまるで自然の木みたいになっている木製電柱w


駅名標も自然に還ったみたいw

それでは次の駅へ向かいましょう。


と、その前に途中で見かけたこの景色・・・
よく見ると「富川停車場線」の文字が見えますね。駅前の道道の路線名ですが、恐らく駅が正式に廃止になってもこの名前は変わらないでしょうから、あと何十年か経ってこの地に鉄道が通っていたことを知らない世代が増えた頃になっても、この道道の路線名だけが鉄道の存在を示す名残となる・・・なんて想像を掻き立てられます。
あ、この写真は後続車がいないときに安全な場所に停車して撮っていますのでご安心下さい。

豊郷駅

続いては2駅進んで豊郷駅です。


豊郷駅の前の道路はこんな未舗装道路です。


ゆうパックの宣伝が描かれたこれはもしや給水塔の跡とか?


駅前も砂利敷きの広場となっています。


駅舎というか待合室ですが、だいぶ近代的な見た目になってきました。


駅名を黄緑色で書くのは北海道の駅ではよく見ますが、JR北海道のコーポレートカラーに因んでいるんでしょうか。


やっぱりこれは駅舎じゃなくて待合所なんですねw


駅舎にトイレがない代わりなのか、工事現場とかでよく見る仮設トイレがありました。
これで用を足すとしたらよほど切羽詰まったときだけだなw


このような広場にポツンと駅舎が佇みます。


駅舎へ通じる道には意外にも信号がついていて、それなりに車の出入りがあるのかなと思うも、駅のためじゃなくて写真奥側から交差してくる道のための信号なんでしょうね。


交差点名は駅名と同じく「豊郷」


思わず撮ってしまった青看ですが、気になったのは「豊郷小学校」です。
実はブームを巻き起こしたアニメ「けいおん!」に出てくる高校のモデルとなったとされるのが豊郷小学校という名前なんですね。
ただし、モデルになった豊郷小学校があるのは滋賀県豊郷町でして、そっちにも当駅と全く同じ表記かつ同じ読みで「豊郷駅」があるので、ネット検索だけで豊郷小学校と検索して行き方を調べたらこっちにつれてこられる可能性があるわけですね。
まあ、流石に北海道と滋賀という壮大な間違いをする人はいないとは思いますが、日本の地理に疎い外国人のファンとかならありえない話とも言えないかも?

あと、「豊郷生活館」というのも気になりますが、これは富川駅で見た「二風谷生活館」と同じ”生活館”と付いていますね。
このようにあちこちに同じ名前の施設があるということは、全国的には公民館と呼ばれるような施設を北海道では”生活館”と呼ぶのかもしれません。
ところで、私個人としては「生活館」と言われるとリサイクルショップを連想しますw


ちょっと脱線しましたが駅に戻ります。
何かと思ったら水道メーターのようです。


待合室の中です。
うん、殺風景ですねw


ベンチと掲示物です。
樹脂製のベンチがあると駅って感じがします。


代行バスの案内


時刻表が貼ってありましたが小さいw
スペースも余っているようですし、拡大コピーした方がいいと思いますw


駅の周りは空き地が目立ちます。


ホーム側から見た駅舎


ホームヘの入口です。


ホームへ出ました。
ここも1面1線の棒線駅です。


反対側


ちょっと薄くなった駅名標
ここの駅名の由来も所在地の地区名ですが、開業時は「波恵(はえ)」という駅名だったそうで、こちらはアイヌ語でイラクサを意味する「ハイ」から来ており、周囲にイラクサが繁茂していたんだとか。


駅からはなんと馬が見えます。
牧場があるんですね。日高地方と言えば競走馬の産地として有名ですしね。


あと、ホームの隅のほうに枕木が埋め込まれているのが気になりました。
何か意味があるんでしょうかね。


ここに列車が走ってくればいい絵になる写真が撮れそうです。


それにしても、駅名標が随分と厳重に補強されていますね。
積雪で倒れないようにってことでしょうか。

それでは次の駅へ向かいましょう。

清畠駅

1駅進んで清畠駅です。


駅前広場です。真ん中に木が植えられていて、まるでロータリーのような雰囲気ですが、バスはここへ入ってきません。


相変わらず小さな駅舎・・・いや、待合室です。


さっきの豊里駅と瓜二つの外観ですね。


駅名が黄緑色なのも同じです。


やっぱりこれは駅舎じゃなくて待合所なんですね。


それでは中へ入ってみましょう。


内部はそれほど広くなく、ベンチも4人分だけです。


そのうち1つは駅ノートの置き場になっていましたw


反対側は掲示物など


ホーム側へ出てきました。


かつては花でも植えられていたのか、花壇のようなスペースが有りました。


ホームの脇には空き地がありますが、これもかつては何かしらに使われていたんでしょうか。


ホームへの階段です。


ホームから見た駅舎


駅名標です。
ここの駅名の由来もやっぱり地区名ですが、開業当初は「慶能舞(けのまい)」という駅名だったようで、「昼顔の根がある川」を意味する「ケノマイ」というアイヌ語に由来するようです。
豊郷といい富川といい、開業時はアイヌ語由来の駅名だったのが、後に改名されているパターンが多い気がしますが、日高地方ではアイヌ語由来の地名や駅名を忌避するような慣習みたいなものでもあったんでしょうかね。


ホーム上は草が生え放題です。


この標識もすっかり薮に埋もれています。


ホームの反対側


このように海が近く、列車と海を絡めた写真も撮れそうなロケーションですが、もはや叶わぬことですね・・・


駅近くの国道上にはバス停があります。
道南バスの路線が通る他、日高本線代行バスの停留所としても使われています。
北海道などの豪雪地帯ではバス停でもちゃんとした待合室を用意していることが多いですが、中で待っていて居眠りしてしまったらいつの間にか乗りたいバスが行ってしまっていたなんてこともありそうw


道南バスと代行バスのバス停を撮ったら清畠はこれくらいにして次の駅へ向かいましょう。

節婦駅

3駅進んで節婦駅です。


ここもロータリー風の駅前広場となっています。


現在はこのような現代的なデザインの駅舎になっていますが、かつては貨車駅舎だったようですよ。


別アングルから
こちらから見ると駐輪用のスタンドがあるのが分かりますね。


駅舎の脇に駅名標があるのは、日高本線の駅ではよく見られるパターンなのを前回の駅巡りで知りましたが、本当に変わっていますよね。


駅名標をおいているにも関わらず、駅舎側にも律儀に駅名を表記していました。


内部は思ったより狭いですが、今まで見てきた駅から比べると新しくて清潔感のある待合室となっていますね。
一般利用者的にはこれが理想なんでしょうけど、趣味的にはちょっとつまらない気もしますw


ベンチも温かみのある木製ですが、駅ノートが置かれているのは今までの駅と共通していますね。


やけに建物の大きさに対して室内が狭いと思ったらトイレまであったんですね。
これだけ立派な駅舎を拵えたのに廃止なんて勿体ないです。


バリアフリーにも配慮しているのかスロープまでありました。


ホームです。
元々は島式ホームとなっていて交換可能駅だったようですが、現在は交換設備は撤去されて棒線駅化されています。


反対側


多分自然に根付いたんでしょうけど、花壇に植えられていても違和感のなさそうな植物がホーム上にありましたw


乗り場案内はかなりかすれていて、辛うじて読める状態です。


駅名標です。
ようやく北海道らしい駅名が出てきましたが、これはアイヌ語由来であり開業時から変わらぬ駅名のようです。
ただし、どのようなアイヌ語が由来かは諸説ありはっきりしないとのこと。


さり気なくホーム上に鎮座していた岩にも駅名が描かれていました。
これも一種の駅名標?w


そうそう、さっきから気になっていたんですが、これって建設中の高架橋ですよね。
これは日高自動車道の高架橋であり、現在は厚賀駅のあたりにある日高厚賀ICまでとなっているのを更に延伸すべく工事が進められています。


少し先にも同じように工事中の高架橋の一部がありました。


なるほど、橋脚部分をまず建設してから橋桁部分をつなげていくんですね。
普段はなかなか見られない工事中の高架橋にちょっとテンションが上りましたが、思えば日高自動車道の整備が沿線自治体に日高本線の復旧断念という判断を後押しした可能性もあるわけで、一鉄道ファンとしては複雑な心境で見ざるを得ない光景でもありますね。


ふと見ると駅舎を通らずに外へ出られる通路がありました。
まあ、改札のない無人駅ですから問題はないでしょうけどね。


外から見るとこんな感じ


最後に「消えゆく鉄路と生まれつつある道」という感じのテーマで1枚撮ったら次の駅へ向かいます。


ところで、駅を出てすぐの場所ですが・・・


見慣れた駐車禁止の標識に付いた補助標識が面白いです。
普通は時間帯とか曜日で規制されたり逆に免除されたりするものですが、ここは「毎月16日から末日まで」とのことで、月の前半は駐車OKだけど、月の後半は駐車禁止というなかなかに変わった規制が敷かれていることになります。
時間帯や曜日だったら交通量が多くなる時間帯だけ駐車禁止とかでまだ分かるんですが、こういう規制の仕方をする理由がいまいち思いつかず・・・
もしかしたらどうしてもここに駐車したい人と駐車してほしくない人(地元住民など?)が互いに駐車禁止にしろ、いやするなと陳情し合った結果、妥協点として月の半分だけ駐車禁止ということで落ち着いたとかですかね(もちろん全部妄想です)

それでは次の駅へ!・・・の前に1つ見どころがあったのでご紹介しますね。
それは・・・

新冠泥火山

次の新冠駅へ向かう道中で見かけたのはこちら


新冠泥火山です。
といっても初めて聞いたという方がほとんどかと思いますので解説すると、そもそも泥火山というのは地下から泥が吹き出してくる地形や現象のことであり、火山とは言いますが火山活動とは直接関係ないものであり、出てくる泥もそれほど熱いわけではないようです。
泥火山という言葉自体がマイナーでしょうが、そんな泥火山のうち日本国内にある貴重な例の1つがこの新冠泥火山というわけです。
余談ですが、鉄道業界で泥火山というと、ほくほく線にある鍋立山トンネルは着工から完成まで22年も費やす難工事だったことで知られていますが、実はトンネルが泥火山の内部を貫通していたことが判明しており、難工事の原因は泥火山だったわけです。


そして、新冠泥火山の現在の姿がこれです。
うん、ただの丘にしか見えないというご意見もごもっともですが、普段は泥の噴出は見られないそうで、近くで大きな地震などがあったタイミングで泥の噴出が起こる場合があるようです。
また、あのように立て看板で存在をPRしてはいますが、泥火山が存在するのは牧場の敷地内であることから一般人の立ち入りはできず、このように敷地外から望遠することしか出来ません。
なので、よほどの地学好きとかでなければ楽しめる場所でもないと思いますが、駅巡りの箸休めには丁度いいだろうと思ってご紹介しました。

さて、それでは新冠駅へ!・・・と言いたいところですが、そろそろ記事のボリュームもいい感じになってきているのでここで一旦区切り、続きは後編に譲りたいと思います。

つづく

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つばめ501号(管理人) について

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