東成田駅旧ホームに潜入!

2018年5月20日、成田空港駅開業40周年を記念したイベントとして、現在は閉鎖され一般人が立ち入ることの出来ない東成田駅の旧スカイライナーホームが一般公開されまして、今回はその参加レポートとなります。
なお、静岡遠征1日目の続きとなる2日目のレポート記事がまだ公開できていませんが、このイベントは読者さんの注目度も高そうなので順番を前後して執筆させて頂きました。静岡遠征2日目はこのレポートに続いて公開となりますのでもうしばらくお待ち下さい。

まえがき

今回は東成田駅に行ってイベントに参加すると言うだけなので行程もへったくれもないのですが、行程の説明に代わってこのイベントのメインである旧ホームのことと、東成田駅そのものの歴史について触れてから本編としたいと思います。
まず、現在東成田駅と呼ばれている駅についてですが、元々は1978年に成田空港駅として開業した経緯があります。当時は成田新幹線の計画があり、ターミナル直下のスペースはそのために空けておく必要があり、ターミナルから離れた位置に開業し、当時はバスに乗り換えてターミナルに向かわなければならなかったようです。このような不便な立地ながら当時は唯一の成田空港へのアクセスに使える鉄道駅であり、京成電鉄の特急「スカイライナー」もこの駅を発着していました。このため、一般の電車用とスカイライナー専用で2面4線のホームを持つ駅として開業しましたが、1991年には計画が頓挫した成田新幹線のスペースを転用する形で現在の成田空港駅が開業して京成電鉄とJR東日本の2社が乗り入れることとなると、空港アクセスの役割はそちらに譲り、当初の成田空港駅は東成田駅と改名され、主に空港勤務者の通勤用の駅として第二のスタートをきることとなりました。
当然スカイライナーは新たに開業した方の成田空港駅を発着するように変更され、元々スカイライナー用だったホームは閉鎖され使われなくなりました。これが今回公開されるわけですが、東成田駅となった以後も使われているホームと違い、成田空港駅だった時代の駅名標などがそのまま残り、かつてコンコースだった場所は廃墟のようになっているなど、現役の駅なのに廃墟の雰囲気を楽しめると一部から人気を集めていましたので、そこに立ち入れる貴重な機会とあり、イベント告知が出るやいなや私も思わず飛びつき、元々別件の予定があったのをキャンセルしてまで参加を決めましたw

続いて、イベントの概要ですが、メインはなんと言っても旧スカイライナーホームの公開であり、逆に言えばそれ以外には特に催し物はないのですが、問題はホーム見学が先着1000名に限定で配られるポストカードを提示した人に限られるということであり、この先着1000名に入ることが出来なければ、わざわざ交通費をかけてまで東成田駅へ行っても徒労に終わる事になりますから、ネット上には始発電車で行って先頭を押さえるという猛者までいらっしゃいました。
ただ、私自身はいくら普段入れないホームの限定公開と言っても通常の車両基地公開のような鉄道イベントと違って、東京都心からの立地も微妙ですし、ホームを見せる以外に催し物も無いとなれば、昔の成田空港駅に思い入れがあるか、ある程度コアなファン以外は来ないのではないかという楽観論、そして、この日は東武1800系のラストラン、京急の久里浜でのイベントなどなど、首都圏でもいくつものイベントが重複していた日でもあり、そのファンも分散することが予想されたため、早起き嫌いな私は少しでも長く寝られるように開始時刻である10時頃に到着するようにスケジュールを組んで現地へ向かいました。
レポートは現地に到着する前後からスタートして、東成田駅のレポートをはさみつつその旧ホームをレポートしていく構成としたいと思います。

ドキドキの車中

冒頭の通り、10時のイベント開始に合わせて現地に到着するように出発したわけですが、移動の車中でスマホを使いネットの情報を収集していると、東成田駅に続々とイベント参加者が集結し凄まじい勢いで行列が伸びていることを知りました。主にTwitterでの情報であり、個人ユーザーのツイートという必ずしも信頼できる情報源とは言えないものの、出発時には100人程度とされていた行列が200人、300人・・・とどんどん伸びていき、下手をすれば先着1000名に入れず無駄足を踏む羽目になるのではないかという不安に駆られ、もっと早く出発するべきだったと後悔しながらの車中となりました。


京成本線の特急で京成成田駅にやって来て、東成田駅へ繋がる東成田線に乗り換えます。
実はこのまま本線の特急に乗って空港第2ビル駅へ向かっても徒歩で5分もあれば東成田駅へ移動できることを知っていたのですが、京成成田駅でドバっと降りていく他の乗客らにつられるようにして京成成田駅に降り立ってしまいました。
あと、個人的な話ですが、前回東成田線に乗ったときは飛行機で成田空港に降り立って、連絡バスで東成田駅に到着後、一旦芝山千代田へ向かい芝山鉄道1往復をこなしてから京成成田駅へ向かったため、京成成田→東成田の録音を持っていなかったという事情もありました。


列車は東成田駅からそのまま芝山鉄道に直通するため行き先は芝山千代田となりますが、京成電鉄としては東成田駅で終点だという理由か、カッコ書きで東成田も併記されていました。
一方、本来の行先である芝山千代田は「芝山」と略されているのがまたw


車内の表示も撮ったら発車です。
東成田線は朝夕ラッシュ時に若干本線への直通列車がある以外は基本的に京成成田駅発着のピストン運転となっており、逆に芝山鉄道と一体化した運行形態を取っており、ほぼすべての列車がそのまま芝山鉄道に直通しています。
そのためか東成田線区間も含めて芝山鉄道だと思っている人もいるようですが、1駅隣の東成田駅までは京成電鉄の路線です。

京成成田駅を発車するとしばらくは直線が続き結構なスピードで走る続けますが、ここはまだ京成本線だったりします。元々東成田線の方が京成本線だったのは前述の通りですが、東成田駅の手前の駒井野信号場という場所で本線と東成田線が分岐するため、その駒井野信号場までは東成田線の列車もしばらく京成本線を走行します。

余談ですが、この駒井野信号場は当然駅ではないので乗客が乗り降りすることは出来ないのですが、運賃制度上は駅と同等の扱いをされており、例えば東成田駅から空港第2ビル駅ないし成田空港駅へ乗車する場合、一旦京成成田駅まで乗車して乗り換えることとなりますが、運賃は駒井野信号場で折り返したキロ数で計算するため駒井野信号場~京成成田間のキロ数は加算されず、東成田駅から空港第2ビル駅の運賃は京成成田駅までの場合より安くなる逆転現象が生じています。
まあ東成田駅から空港第2ビル駅は歩いても行ける距離ですし、列車に乗ってもむしろ遠回りになるだけなのでこんなルートで乗る人はかなり珍しいでしょうけどねw

と、話が脱線しているうちに列車は東成田駅に到着しました。車内はイベント参加者と思しい人たちで大半が締められており、予想通り彼らは東成田駅で下車していきまして、私もそれに続いて下車すると車内は一気に閑散としましたw
私同様に先着1000名から漏れることを恐れているのか、列車を降りて改札を目指す行列は異様な緊迫感に包まれ、各々殺気立っているようでもありましたが、目立った混乱はなく改札までたどり着きました。が・・・


ネットで事前情報を得ていたとは言え、行列を目の当たりにすると唖然としてしまいました・・・
ていうか、このあたりに並んでいる人って多分始発かその少し後くらいの列車でやって来た人たちですよね。7時に来たと仮定しても3時間はこの状態で待機・・・お疲れ様です!


行列は続くよ~どこまでも♪
ということで、まだまだ続きます。


ようやく最後尾が見えたので並ぶと、そこは駅構内をはみ出していましたw
これでも京成電鉄の駅員さんにより元々1列で並んでいた行列を2列にする整理が実施されて多少短くなったそうですが、こりゃ1000名から溢れる人も普通にいそう・・・

運命の10時

列の最後尾に並んでしばらくしてついにイベント開始の10時を迎えました。
果たして私は先着1000名に入ることが出来るのか、ポストカードを受け取るまでドキドキしっぱなしですw


10時となりポストカードの配布が始まったのか列が動き出しましたが、この駅でこんなに行列があるのって、成田空港駅として供用されていた頃の検問待ちの時以来じゃないでしょうかね。


検問所にしか見えませんが、ここが駅の入口です。
元々は検問所があって出入りするには手荷物検査や身元確認が実施されていましたが、現在は警備員が立って目を光らせてはいるもののフリーパス状態になっています。
その警備員もあまりの行列にポカンとしていましたけどねw


ようやく駅構内に入れました。
ここからは意外とスムーズに列が進み始めましたのでそれほどストレスはありませんが、実際にポストカードを受け取るまで安心はできません。


コンコースにあったこのイベントを告知するポスター


いよいよコンコースに入りポストカード配布場所が見えてきました。
遠目から見る限りポストカードの残量はまだまだありそう!


や、やった!
これでここまでの道中と交通費が無駄にならずに済みました!


最大の懸案だったポストカードの入手というミッションをこなしましたらあとはホーム見学をするだけなんですが、ネット上の発表資料によれば、入場するには入場券もしくは東成田駅で有効な乗車券が必要とありました。スタッフに確認したところ有効な乗車券とはSuica・PASMOなどのICカードも有効であるらしく、ようするに改札内に立ち入るのに必要なものを用意すればいいということらしく、ホーム見学に特別なものは必要ないようでした。
せっかくですし、記念に入場券を・・・とも思ったのですが、入場券(とIC非対応の芝山鉄道の乗車券)を求める人が長蛇の列をなしており、それに並ぶ気分にもなれなかったのでSuicaをタッチして入場し、そのまま電車で帰路につくことにしたものの、これは一度入場してしまったら基本的に出場できないことを意味しますので、入場する前に改札外で前回訪問時との違いや前回撮らなかった場所を撮影してから入ることにしたのでした。


というわけで早速前回との違いですが、今回のイベントに連動して特設パネルが設置されていました。
1つ1つじっくり見ていきたいですが、逸る気持ちで先を急ぎます。


一旦地上に出てみましょう。この現在の利用状況からすれば過剰にも思える幅の階段もかつて成田空港駅だった時代の名残ですね。


地上側から


駅を出るとシールドと言ってもいいような防音壁に囲まれた高架道路があります。
空港の敷地内でそこまで厳重な騒音対策が必要かという気もしますが、これも過激派対策の1つだったりするんでしょうか。


駅舎(?)ですが、屋根付きの通路が直結しているのは空港駅時代の名残ですかね。


現在は芝山鉄道も乗り入れるようになったため2社のロゴが併記されています。


駅の向こうには管制塔が聳えていました。いかにも空港らしい光景です。


その左にあったのはかつての管制塔で、「ランプタワー」と呼ばれているようです。


ちょっとレトロな書体の宅配便の広告が出ていましたが、かなり薄れていますし、これも空港駅時代の名残ですかね。


こちら、空港第2ビル駅への地下通路でして、雨の日でも濡れずに移動することが可能となっています。


その距離500m程度であり、健脚な方なら5~6分で歩けそうですね。


そのため、東成田駅には空港第2ビル駅の時刻表も載っています。
東成田線は空港勤務者の利用がほとんどであり、日中は40分ヘッドの運転になってしまうことや、成田スカイアクセス線経由の「スカイライナー」やアクセス特急は京成成田駅を経由しないため、東成田線から乗り継ぐことが出来ず、そちらを利用したい場合は空港第2ビル駅から乗車する必要があるわけで、東成田駅から空港第2ビル駅へ移動するルートは結構有用ですよね。


それでは、改札内に入りいよいよ今日のメインです。

ベールに包まれた旧ホームへいよいよ潜入!

前置きと東成田駅レポートなどで既に5000字近くを消費してしまいましたが、いよいよ本日のメインとなる旧ホームへ潜入します。


この扉の向こうに、わざわざここまでやって来た理由の旧ホームが待っています。
ちなみに、脇に建っている方は京成の職員のようで、入ろうとする人にポストカードの提示を求めてチェックしていました。
実はポストカード云々は建前で、実際はフリーパス状態なんじゃないかと踏んでいた私でしたが、ポストカードがないと入れないという点は徹底しているようですね。
ただ、シリアルナンバーなどもなければ、入場時にスタンプを押すなどするでもなく、既に入場済みかどうかを判別する手段もないわけで、見学を終えた人からポストカードを譲ってもらえれば1000人から漏れた人にもチャンスが有るよなぁなんて考えたりw


入るなり、ぐちゃぐちゃのポスターがいきなり廃墟感を盛り上げていました。


これまた昭和なポスターはダイナースクラブというクレジットカードの広告でした。
ただ、何かの電線(?)がぶら下がっているのがやはり廃墟感w


その隣も同じくダイナースクラブでしたが、このダイナースクラブは日本では最初期に発行されたクレジットカードだそうで、現在はJTBとなっている日本交通公社も設立に関わっていたようで、海外旅行先でも使えるカードということでこうして成田空港駅に広告を出していたのかも知れませんね。


かつてのコンコースだったあたり
それにしても、あの青い物体は何なんでしょうか。灰皿だとしたらこの時代は今以上に喫煙者が多かったということなんですかね。
ちなみに、白い斑点が写真に写り込んでいますが、これは暗い場所でフラッシュ撮影すると発生する現象であり、心霊現象の類ではないのでそういうのが苦手な方もどうぞ安心して読み進めて下さい。


乗り場へ通じるエスカレーターもそのまま残っていました。


奥にはラッチと思われるものも残っていました。


出口へ続いていたであろう通路には何からこの場所の雰囲気には似合わない機械が居座っていました。
遊休スペースを活用して、何らかの機械を置いているようですね。


それでは、階段を降りていよいよホームへ向かいます。
飲料の広告がありましたが、商品自体は現在でも発売されているとは言え、広告のデザインがやっぱり昭和っぽい


ついに禁断の旧ホームに足を踏み入れました!
といっても、灯りもついていて大勢の見学者が闊歩しているのでこの写真だけだと、普通のホームにしか見えないのが残念w


ここがかつて成田空港駅だったことを伝える生き証人の駅名標です。
現役の方のホームからも見える位置なので、以前にも見たことはありましたが、近づいて撮影できるのは特別感がありますねぇ。
あと、現在の京成電鉄の駅名標とはデザインがだいぶ違うのも時代を感じさせます。


吊り下げタイプ


京成上野駅隣接の地下駐車場の広告でした。
当時は首都高速も湾岸線が開通しておらず、渋滞も今以上に酷かったでしょうから、京成上野駅まで車で行ってスカイライナーで成田空港を目指す利用者も一定数いたのかもしれませんね。


現役の方のホームとの間にはコンクリート製の支柱が立っていますが、レールが綺麗に保たれているのにお気づきでしょうか?
理由は単純明快でこの旧ホームも電車の留置線としては現役で使われており、このホームにも今でも電車が入ってくることがあるんだそうです。
個人的にはここに現在のスカイライナーであるAE形(2代目)を入線させて展示とかやれば、ネタ的に面白かったと思いますが、流石に無理かw


スカイライナーの乗車位置案内までそのまま残っていました。


壁面のタイプも


出口の案内ですが、だいぶ傷んでいるようでした。
特に下半分は表面の紙(?)が破れて内部が見えるようになってしまっています(それはそれで面白いですがw
こういうところも廃墟感を醸し出していますよね。


乗り場案内と絡めてホームを撮影


その乗り場案内ですが、表記は「上野方面」とシンプルなもの。
それもそのはずで、登場初期のスカイライナーは京成上野までノンストップで走っていたそうで、まさに空港アクセスに特化した列車だったのです。
その後、JR線との乗り換えが便利な日暮里や京成成田が停車駅に追加となり、成田スカイアクセス経由に切り替えられる直前には京成船橋にも停車するようになり、空港アクセス以外の需要も拾うようになりましたが、成田スカイアクセス経由になってからは再び日暮里~空港第2ビル間ノンストップとなり、空港アクセスに特化するようになりましたね。


消火栓ですが、ずいぶん細長いですねw


これは停止位置目標でしょうか?


ホーム端の部分です。
前述の通り旧ホームも留置線としては現役のため、信号機も可動しています。


関係者用の通路のようですが、「係員以外の立入禁ず」という文言が既にレトロw
今風に書けば「係員以外立入禁止」とかでしょうか。


現役ホームでも同じものを見たことがありますが、レトロなベンチですね。
ここと現役ホームが同じものを使っているということは、現役ホームにあるベンチも開業当初からのものってことになりますね。


壁面の広告にはどこかで見たことある車両が写っていましたが、よく見ると東武鉄道のスペーシアじゃないですか!?
スペーシアってこのホームが現役だった頃にもうあったんだっけ?と疑問に思うも、帰ってから調べるとスペーシアがデビューしたのが1990年、当駅が成田空港駅から東成田駅に改名されてこのホームが使われなくなったのが1991年とわずか1年足らずの期間ですが、このホームとスペーシアが同時に存在した時期があるようですね。
となると、ちょうどデビュー直後のタイミングですから、東武鉄道も盛んに広告を打っていたんでしょうね。


ホームには手洗い場が用意されていました。
大昔、蒸気機関車が現役だった時代は乗客が機関車の煤を落とせるようにホームに水場が設けられることがあったようですが、この駅は流石に蒸気機関車の時代までは遡りませんし、果たして必要な設備だったのかとちょっと疑問w


ちょっとくすんではいますが、見た目は機能には問題なさそう。
蛇口をひねってみることはしませんでしたので今でも水が出るのかは分かりませんが、もしかしたらここで留置になる電車の清掃とかで今でも使っているのかも知れませんね。


今日のイベントの出入り口となっている階段です。
階段の幅に対して出入口が小さい気もしますが、本来の役目を終えてからは関係者専用の通路となっていたわけで、施錠できるようにドアを後付で取り付けたのかも知れません。


エスカレーターの位置を知らせる看板が半分隠れているのがその証拠でしょうか。


エスカレーターの案内ですが、フォントのせいかやっぱりレトロ感がw


階段とエスカレーターの併記されたやつ


何かと思ったらトイレの位置を説明するものでした。
わざわざこんな風に書くというのは、乗車間際に催して駅のトイレに走ったら乗り遅れたなんて話が結構あったのかも知れませんね。
あと、手書きで追記されたと思われる「ニュースカイライナー」という単語が気になりましたが、調べてみると2代目スカイライナーとなるAE100形は1990年にデビューしており、デビュー当初は「ニュースカイライナー」と呼ばれることがあったようです。
私はてっきりAE100形は現在の成田空港駅に切り替わったのと同時に登場したものだと思っていましたが、実はこれまた僅か1年足らずですが、この駅に発着していた時期があり、初代AE形は当初は6両編成で後に8両へと編成組み換えで増結されたのですが、その過渡期ではAE形充当のスカイライナーは6両、AE100形充当では8両と両数が違っていたためにわざわざ手書きで修正していたようです。


エスカレーターの部分は厳重に封鎖されて内部を窺い知ることは出来ませんでしたが、乗車位置へ誘導するサインは残っていました。


駅務員控室とありましたが、これは果たして現役なんでしょうか?


何より驚いたのは時刻表まで残っていたこと。
このホームはスカイライナー専用ですから、スカイライナーのみが載っているようですが、当時は1時間あたり1~2本の運転だったんですね。
現在では最大で1時間に3本運転される時間もあるので、今のほうが本数が増えているようです。


壁掛けタイプもありました、時刻表の内容はもちろん同じですが、広告が違っていますね。
ただ、どっちも保険会社なのは何なんでしょうか。海外旅行に行く人に旅行保険を・・・という意図なんですかね。


今度は乗務員控室が出てきました。


こちらは窓が空いていて内部も見ることが出来ました。
現役で使われているのかどうかは分かりませんが、夜間滞泊時の泊まり勤務ではまともな寝具さえなさそうなので使えないでしょうし、現役で使っているとしてもせいぜい短時間の休憩程度でしょうね。


結構古そうな雑誌が無造作に置かれていましたが、これがある時点で現役じゃなさそう・・・w


放送設備もそのまま残されているようですが、設備としては生きているんですかね。


ちょうど東成田線の列車が入ってきたので撮影
先頭車すら入っておらずお世辞にもいいアングルとは言えませんが、このアングルで撮れること自体が貴重ですからね。一応撮影しました。


ホームの終端側へやって来ました。
ちなみに、現役の方のホームはそのまま芝山鉄道線に繋がっているため行き止まりではありませんが、このホームは芝山鉄道開業前に使われなくなり、現在に至るため行き止まり構造となっています。


これも停止位置目標ですかね?
”S”というのはやっぱり”SkyLiner”の”S”ということですかね。


ここでもホームを撮影。今度は色合いの関係か、ほんの数日前に撮ったばかりなのにすごく古い写真に見えてきますw


車止めですが、なぜかその向こう側まで回り込めるようになっていました。
櫛形ホームなら分かりますが、なんでこんな構造なんですかね。


ちなみに、その隣の車止めはごく普通の構造でした。


車止めの向こうからホームを撮影


車止め奥のスペースは資材置き場として使っているのか色んな備品が置かれていましたが・・・


この白い箱状のものと黒い円筒形のものはなんなんでしょうね。
信号機にしては小さい気がするし、うーん・・・


これってまさか発車ベルのスイッチとか?
流石に機能はもう死んでいると思いますが、押して何か起こったら怖いので触りませんでした。


ホーム上にはかなり古そうなタイプのコンセントを発見


売店の看板がそのまま残っていました。


その肝心の売店は完全に撤去されてしまったのかどこにも見つけられませんでしたが、ホーム上にちょうど売店サイズの妙な痕跡があったのでここに売店があったんでしょうね。


電気設備なのかこんな物体がホーム上に生えていたのも売店があった傍証と言えそうです。


先程も見たベンチですが、今度は広告付きでした。
この若松本店という旅館は今でも営業しているようですが、名前からして古そうですし、元々成田山新勝寺の参拝者を目当てにした旅館だったんでしょうが、近くに国際空港が出来たものだから早朝便利用者などの宿泊需要も取り込もうとこんな広告を打っていたのかも知れません。


これまた放送装置ですね。
と言ったところでそろそろ撤収・・・


最後に普段は絶対撮れないアングルで現在の東成田駅ホームを撮影


それでは階段を上がってコンコースへと戻ります。


扉の脇には色々備品が置かれていましたw


ここにも現役時代を忍ばせる出口の案内が残っていました。


コンコースに来ると暗さもあってか一気に廃墟感が増しますね。


スカイライナーのりばの案内を絡めて


よく見るとピクトグラムがAE形なのも時代ですねぇ。
古い時期に開業した新幹線駅だと0系新幹線のピクトグラムだったりしますが、それを発見したときに似た感覚です。


一部照明をつけてくれたのか先程よりも心なしか明るくなった気がするのでもう1回撮っていきます。
なにせ、この機会で撮影失敗していたら次にここに入れるのがいつになるのか分かりませんからね。


なんか、ゲームでこういうダンジョンありそうw


現役のコンコースとを隔てる壁ですが、こちら側から見られる日が来るとは・・・


よく見ると現役の3・4番ホームの案内もあるんですね。
こちらは一般の電車も来るので上野だけではなく都営浅草線の西馬込も併記されていました。


奥にあったのはカフェかレストランだったと思われる施設


それではゲートを抜けて旧成田空港駅から東成田駅へ戻りましょう。


もうここは現役の施設ですが基本構造が同じなせいかまだ旧成田空港駅にいるような錯覚に陥りますw


壁の上から覗き込むとさっきの施設が見えましたが、エクレールって名前だったんですね。


現役部分の看板もまたレトロw


それでは帰路につくべく東成田駅のホームへ降ります。
こちらのエスカレーターは現役ですが、この日はメンテナンスか何かで止まっていました。


はい、東成田駅です。こっちは随分モダンなデザインですね。
まさに昭和から平成へタイムスリップしたようです。


一応縦型も


この裏面がスカイライナーの乗車位置案内だったのは向こうのホームから確認済みですが、現役ホームに向いている方はちゃんと本分を全うしていたんですね。


旧ホームと同じ形のベンチ

というわけで、旧ホームはこのイベントの日にしか入れませんでしたが、通常解放されている範囲だけでも十分レトロ感を味わえますのでそういうのがお好きな方は是非東成田駅を訪問してみて下さい。


そして、京成成田駅から京成本線の特急に乗り換えて都内へ戻った私は上野のパンダ(のオブジェ)と戯れたら次の行動に向けて再び駅へと吸い込まれていったのでした。

ところで、ホーム見学の限定1000人という話なんですが、帰宅後に入手した情報では11時過ぎにポストカード1000枚がはけたものの、それ以後はポストカードがなくても東成田駅で有効な入場券or乗車券を購入すれば誰でも見学可能と改められたそうで、朝一で行って並んでいた方や行列の情報で参加を断念した人にとっては不満が残りうる結果だったでしょうし、結局そういう対応をするならば最初から限定とか言わなければよかったのにと思いました。
まあ、京成側もここまで集客があるとは思っていなくてポストカードもむしろ余るだろうぐらいに考えていたのかも知れませんね。
とはいえ、これに懲りずに、またファンを楽しませてくれるようなイベントを企画していってくれると嬉しいです。

そして、この後の活動も記事にする予定ですが、とりあえず先に静岡遠征の2日目を完成させますのでそれ以後ということでしばらくお待ち下さい。

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