北海道遠征2023(3日目/天北宗谷岬線)

車中泊込みで7泊8日で実施した北海道遠征の3日目です。
なお、1・2日目をご覧になっていない方はそちらから先にご覧になることをおすすめします。

本日の行程

3日目となる今日は昨晩宿泊した札幌から特急「宗谷」に乗車し音威子府まで移動後、宗谷バスが運行する路線バス「天北宗谷岬線」に乗車して稚内まで移動し、再び特急「宗谷」に乗ったら翌日の行程の関係上旭川で下車してゴールです。
内容としては2つの列車と1つのバスを乗り継ぐのみというシンプルなものとなっていて、そのうち特急「宗谷」は移動のために乗車するという感じなので、実質的な活動内容は天北宗谷岬線のみということになりますね。

特急「宗谷」で音威子府へ

というわけで始まった3日目の朝ですが、昨晩は737系普通列車札幌行きに乗車した関係上、活動終了が遅く、それでいて今日は札幌駅を7時30分に出る「宗谷」に乗車するため、睡眠時間も確保できませんでしたし、宿泊先もホテルではなくてネットカフェの「快活クラブ」でしたから快眠とまでは行かず、やや睡眠不足気味での3日目の幕開けとなりました。


ホームへ行くと既に入線していました。


行先を押さえたら乗り込みます。
前回もそうでしたがやはり自由席は混み合っていましたが、時期的なものもあるのか座れないほどではなくて通路側を強いられたものの座れること自体はできました。
終点の稚内まで乗り通すならば車窓を撮りたいので窓際に座れないのは残念ですが、どうせ途中の音威子府までなのでまあいいでしょうw
「宗谷」については過去にも乗っていることもあって今回は道中は省略します。


車内では駅弁タイムの一コマも・・・
買ったのは「知床鶏めし」でしたが、目指す方向は全然違いますねw


でも、美味しかったのでよし!w


そして、音威子府に到着です。
宗谷本線の普通列車は当駅で系統分断されることも多いため、乗り換えなどで利用する機会も多い駅ですが、今回乗車する天北宗谷岬線の他、枝幸町方面などのバスも出ていて、交通結節点としても重要な駅です。
ここでは私の他にも10名ほど降りたようでした。


跨線橋を歩いているとエンジン音が聞こえてきたのでカメラを構えるとDE10形ディーゼル機関車でした。
単行だったので回送とかでしょうか?


別アングルでも撮ったら改札へ進みます。


改札を出てまず見に行ったのはこちらです。
シャッターが降りたこの一角ですが・・・


「閉店」とだけ書かれた張り紙がなんとも哀愁を誘いますが、実はここ、かつては駅そば「常盤軒」があった場所でして、独特の真っ黒なそばが有名でした。
私も1度だけ味わったことがあるのですが、コロナ禍で訪問できない間に店主が亡くなってしまいそのまま後を継ぐ人も現れずに閉店してしまったようです。
前回訪れたときでさえ、店主のご高齢のため閉店したものの惜しむ声に応えて短時間の営業ながら再開した経緯がありましたから、4年ぶりの訪問となった今回はもう営業していないかもしれないとは思っていたのですが、下調べをしたら店主が亡くなっていたという情報に接し、たった1度利用しただけの立場ながらショックを受けました。

ちなみに、「常盤軒」に麺を卸していたメーカーと同じメーカーの麺を使って、道の駅「おといねっぷ」内にあるレストランが音威子府そばを引き継いで提供していたそうなんですが、製造元のメーカーが廃業することとなって麺の入手が不可能になってしまいそれも取りやめとなってしまったようです。
こうしてひっそりと歴史に幕を下ろした音威子府そばですが、最後にもう1回味わっておけばよかったです。
鉄道でも災害などで不意打ちに廃線になってしまったりということもありますが、食べ物も食べるられるときに食べておくことが大事だと身に沁みました。


あと、音威子府駅といえば鉄道資料館があることでも知られていますね。
前回訪問したときにもレポートしているので細かい紹介はしませんが・・・


さり気なく「風っこそうや」のヘッドマークが展示品に加わっていました。
前回はこれを目当てに訪れたわけですが、これもまた音威子府駅の歴史の1ページになったわけですね。


ドアにはこんなものが貼られていました。
宗谷本線も特に名寄以北の利用が少なく存廃問題が持ち上がっている路線ですし、なんとか盛り上げて行ってほしいですね。


あと、こんなものも・・・
よくある撮影マナーを守りましょう的な掲示物かと思ったら、村内にお金を落としてねというメッセージでしたw
でも、鉄道目当ての撮り鉄が集まって地元にお金を落とすという流れができれば、自治体も鉄道の維持に積極的になってくれる可能性がありますし、やむなく自動車で撮影に出掛けるとしても、できるだけ地元で食事をしたり、地元の名産を買って帰ったりして地域にお金を落とすことを心がけたいものですね。


駅舎を撮ったらあとはバスを待ちます。
乗り換え待ちとしては30分程度あるのと、このまま夕方までバスに揺られっぱなしになるので、ここでお昼ごはんを食べてもよかったんですが、駅構内唯一の飲食店だった常盤軒は閉店してしまいましたし、駅周辺にいくつか飲食店があるものの、混んでいたり料理の提供に時間がかかったりするとアウトなので断念し、こういう状況を想定して買っておいたパンを頬張ってバスを待ちます。

宗谷バス天北宗谷岬線

ここからはこの日の活動の最大の目玉と言える宗谷バスの「天北宗谷岬」に乗ります。
実はこの路線に乗るのは2度目であり、前回もレポートしているので重複する部分もありますが、改めて解説すると天北宗谷岬線は宗谷バスが運行する路線バスでして、元々は1989年に廃止された鉄道路線の天北線の廃止代替バスとして運行開始された経緯があります。
当初は鉄道時代と同じく天北線を名乗っていましたが、2011年より声問~鬼志別間の経路を天北線沿いから宗谷岬を通る海沿いへと変更し、路線名も天北線から天北宗谷岬線と改められました。
観光地として集客が見込める宗谷岬を経由することで活性化しようという意図なんでしょうが、残念ながらそれでも利用者は増えず、2016年には特に利用が少なかった音威子府~中頓別間を乗合タクシーに転換するという方針が決まったものの、ジャンボタクシーでは輸送力不足になる便が出ることが指摘され、それを小型バスでの運行に置き換えるなどすると現状通り天北宗谷岬線を維持する以上のコストがかかるという試算が出て一時はタクシーに置き換える方針は撤回されました。

しかし、これで危機が去ったわけではなく2019年には赤字路線の国庫補助金の対象から除外されてしまい、それを受けて運行経費削減のために減便されることとなり、音威子府~稚内間を全区間走破する便は1日1往復となってしまいました。
そのため、2023年現在のダイヤでは稚内発音威子府行きの便は午前中の出発となり、稚内に前泊しないと利用が不可能となっており、私のように札幌などに宿泊してから天北宗谷岬線を全区間乗車するためには音威子府から稚内の方向で乗車する必要があります。

このように全区間走破する便は1往復しかないという公共交通機関としては極限まで削減された状態といってもいい天北宗谷岬線ですが、2023年10月より路線バスとして運行する区間を稚内~浜頓別間に短縮し、浜頓別~中頓別~音威子府間はデマンド交通に転換されることが決定し、音威子府~浜頓別間は事実上廃止ということになりました。
これを受けて既に乗ったことがあった路線でしたが、さよなら乗車の意味も込めて改めて乗車に訪れたわけです。


駅構内にあるバス窓口で乗車券を買いました。
天北宗谷岬線は長大路線であることに加え、鉄道の廃止代替バスという性質もあるためか今でも乗車券を発売しています。
全区間通しの運賃は4070円と路線バスの運賃としてはかなり高く感じられますが、これだけの運賃を徴収しても採算が取れないほど利用者が少ないということでもありますよね。
ちなみに、窓口での支払いにはPayPayが使えるため、間接的ながらキャッシュレス対応だったりしますw


発車まではまだ20分ほどありますが、既にバスは駅前で待機していました。


バス停のポール


駅舎とバスを絡めて


音威子府村地域バスとの並び

とこれくらい撮ったらあとはバス停近くで待機です。
実は私と一緒に「宗谷」を降りてきた人たちの中には、雰囲気からして天北宗谷岬線のさよなら乗車に来たであろう人もちらほらといて、今回はさよなら乗車という意味もありますが、長時間撮影可能な機材を購入してから初めての乗車ということでもありますから、前面展望動画を撮影しようと考えており、そうなると確実にマニア席を確保する必要性から早めに並んだわけです。
一般人ならばわざわざマニア席に座る人は少数派でしょうが、同業者となるとマニア席の争奪戦になる可能性もありますからね。


運転士さんがやってきて幕が点灯しましたが、表示は「回送」のままでした。
結局、稚内行きといった表示が出ることはなくドアが開いたので乗り込みました。
まあ、稚内行きは運行区間短縮後も見られますしいいでしょうw

というわけで早速乗り込みます。
先頭に並んでいたおかげで無事にマニア席を確保できまして、最後になるであろう前面展望の撮影機会を活かせることとなり一安心です。
と、ここである人が運転士さんに問い合わせをしていたのですが、漏れ聞こえた内容を抜粋すると「浜頓別まで乗車してすぐに音威子府行きのバスに乗り継げるか」というものでした。
ようするに廃止予定区間だけを乗って帰るということみたいですが、浜頓別まででも結構な距離ですから、それならばいっそ稚内まで行けばいいのにと思いますが、乗りバスも趣味の世界の話ですし、価値観は人それぞれなんでしょうねw


↑というわけで前面展望をどうぞ!

発車時刻となりバスは音威子府駅を後にしていきます。
国道275号を進みますが音威子府村を走るのはほんの僅かで天北峠を越えて中頓別町へと入っていきます。
峠と入ってもヘアピンカーブが連続するような険しいものではなくて、緩やかなカーブを描きながら緩やかに高度を上げていく風景でした。


中頓別町に入って最初の集落、小頓別に到着しました。
時間調整のためか少し停車しましたが乗り降りはありませんでした。

その先も引き続き国道275号を進みます。
途中には道の駅「ピンネシリ」というのがあり、同名の温泉もあります。
国鉄天北線には敏音知駅というのがありますが、これをカタカナ表記したものがピンネシリです。
もちろんアイヌ語由来の地名で、「男山」という意味になるそうです。
ちなみに、男山とくれば女山もあるのがお約束ですが、女山を意味する「マツネシリ」というのも近くにあります。


音威子府を出て久々にまとまった市街地が出てきたら中頓別に到着です。
ここでは休憩を兼ねて停車時間があるようなので一旦バスを降りて撮影タイムです。


ここは中頓別バスターミナルとなっていて、元々は国鉄天北線の中頓別駅の跡を活用した施設となっているようです。
駅の廃止後にバスターミナルに転用するというのはあるあるですが、天北宗谷岬線の浜頓別~音威子府間廃止で、ここに乗り入れるバスも旭川~鬼志別間を結ぶ都市間バス「天北号」のわずか1往復だけになってしまいます・・・


元々は駅だったこともあって気動車が保存されています。
キハ22-208という車両で国鉄時代の古い車両ですが、天北線でも実際に活躍していたんですかね。


ドアの所には階段が着いていましたが今は中には入れないようです。
昔は内部も開放されていたんですかね。


目の前にはこんな看板がありました。
保存車両はその維持が課題になることも多く、このキハ22-208も風雪に晒され続けたためかサビが目立つようになり痛々しい姿ですが、それを綺麗にお色直ししようというプロジェクトもあるみたいですね。
鉄道がなくなってしまったあとで、せめてその痕跡を残そうという活動も素晴らしいですし、うまく資金や人員が集まるといいですね。
このブログの影響力など微々たるものでしょうが、ここで紹介することで微力ながら協力させて頂きたいと思います。


現在はバスターミナルとなっている建物ですが、内部には天北線の走っていた頃を偲ぶ展示室があるらしいのでそれを見学したいと思います。
実は前回天北宗谷岬線に乗ったときにもここで停車時間があったのですが、展示室のことを知らず訪問しなかったため、ここでリベンジです。
天北宗谷岬線の乗り入れがなくなっても「天北号」の乗り場という役割は続くわけですし、デマンド交通とはいえその経由地にはなるでしょうから2023年10月以降も閉鎖ということはないでしょうが、天北宗谷岬線が無くなると訪問の難易度は上がりますから、最後に訪れることが出来てよかったです。


内部は想像よりもずっと綺麗でした。
こんな立派なバスターミナルを整備したのに、肝心の路線バスが廃止というのはあまりにも悲しいですけどね・・・


その展示室というのは2階にあるみたいなので階段を登ります。


このロフトのような場所が展示室のようです。


駅名の看板はかなり年季が入っているので実際に中頓別駅で使われていたものでしょうか?


昔のローカル線の定番アイテムのタブレット閉塞機もありました。


かつて駅で使われていたであろう品々


雑誌などの切り抜きでしょうか。

といった感じで見学終了です。
思ったよりも小ぢんまりとした展示室でしたが、バスの停車時間中に見るにはちょうどいいボリュームだと思いました。


最後にバスと保存されているキハを撮ったら車内に戻ります。

しばらくして発車時刻となりバスは発車していきます。
車内のメンバーは音威子府から共に旅をしていた仲間が引き続きいますが、地元の方と思われる方も数名乗ってきました。
それでも乗車人数を数えるのには両手があれば十分という状況なので、廃止やむなしという感想を抱きました。
特に音威子府から中頓別まではさよなら乗車組と思われる同業者以外の利用者がほぼいませんでしたからねぇ~。


車窓は長閑な景色が続きます。
音威子府から浜頓別までは大きな街はなくこのような景色が車窓の大半を占めます。


この金属製の巨大な柵のような物体は地吹雪から走行する自動車を守る防風壁となっていて、冬場のみ展開され夏場は折りたたまれています。
雪国にはよくある施設ですが、雪があまり降らない地域の方には馴染みがないかもしれませんね。


途中にあった小さなバス停ですが、雪国ということで小さいですが待合室完備でした。
これも使われなくなると思うと寂しいです。


車窓に市街地が広がるとバスは浜頓別に到着です。
ここから先は路線バスとして運行が継続される区間であり、冒頭に書いた通りここで音威子府へ折り返し乗車する方もいるみたいです。


その音威子府行きです。
この表示は見納めとなりますから最後にいい記録を残せました。
やはり数名があちらのバスへ乗り継いでいきました。
普通に考えれば到着後5分で折り返すバスに乗り換えるなんて行動は異常ですが、マニアという人種の習性ですねw


↑発車は動画で


↑一時停止した後を更に追いかけて

ここは道の駅と一体化したバスターミナルとなっていて、前回も見学していることもありこれだけ撮ったら車内に戻ります。


バスターミナルを出てすぐにあった青看(案内標識)ですが、街の中心部にロータリーがあるのが面白かったです。
交通量が少なく土地に余裕がある小さな町にあった交差点の形態なのかもしれません。

バスは再び動き出し、ここまで連れ添ってきた国道275号から国道238号に乗り換えて、今度はオホーツク海に沿って海沿いに稚内を目指していきます。


車窓にも海が見えてきました。
オホーツク海ですね。


バスは浜頓別町から猿払村に入りまして、浜猿払というバス停に差し掛かります。
猿払村はホタテの名産地として知られており、今走っている国道238号にも「オホーツクホタテロード」という愛称があったりします。

浜鬼志別という場所で一旦国道を外れて内陸に入っていきます。
その先に猿払村の中心部に当たる鬼志別があります。


鬼志別でも停車時間がありますので一旦降りて見学したいと思います。
といっても、実は前回乗車時もここで停車時間があったので粗方見てしまっており、紹介はざっくりとしたものになると思います。


ここもバスターミナルが整備されており、なかなか綺麗な建物です。
ただ、新しすぎるので鉄道時代の駅舎ではなさそうですね。


以前にも紹介しているのですが、鬼志別ターミナルにも天北線時代の資料館があります。


国鉄時代の駅名標が展示されています。


更に写真パネルなどもあります。


天北線の時刻表が残されていました。
それにしても、今の天北宗谷岬線よりもかなり本数がありますし、札幌直通の急行まであったんですから国鉄のネットワークには感心させられますね。


宗谷本線の時刻表です。
優等列車は4往復と今よりも1往復多いわけですが、その1往復は夜行の「利尻」ですね。
今でも夜行があれば便利そうですが、JR北海道の経営状況を考えると深夜帯にローカル線を走る列車というのは厳しいんでしょうか。


路線図もありましたが、鉄道の密度が桁違いですね。
本当に同じ地域の路線図なのかと疑いたくなるほど、今とは鉄道の密度が違います。


ここで撮り忘れていた側面の幕を押さえます。
稚内行き自体は今後も走りますが、音威子府からの経由地が全て書いてあるのでやはり見納めですね。


バスに戻るとまだ運転士さんが戻っていなかったので運転席にあった行路表を撮らせてもらいました。
これも貴重な記念ですからね。

再びバスは動き出し、国道238号に復帰し引き続き稚内を目指していきます。
車窓にオホーツク海が引き続き見えていますが、生憎の曇り空だったのが残念・・・


ネット上で画像を見る機会も多い風景ですが、ここが日本最北端の地となる宗谷岬です。
ドライブやツーリングの目的地とする人も多いですが、公共交通機関でのアクセスはこの天北宗谷岬線が唯一の手段です。


バス停名もそのまま「宗谷岬」です。


有名観光地だけあって待合所も立派ですね。
ここからは赤字ローカル路線という顔から観光路線の表情へと変貌していき、宗谷岬で待っていた数十名の観光客で車内は賑わっていました。
ちなみに、今乗っている便が宗谷岬から稚内へ戻れる最後のバスとなるので、バスで宗谷岬を訪問する場合は最終バスの時間に要注意です。
バスを逃したらタクシーしか手段がなくなるわけですからね。


賑やかになった車内ですが、バスは引き続き海沿いに進みます。
ただし、最北端は過ぎたのでここからは南下しつつ稚内市街を目指します。


市街地に入ると道路は片側2車線になりました。
音威子府から走ってきて、右折レーンなどで部分的にそうなっているものを除けば初めての片側2車線だった気がしますw


市街地に入ってきました。
これまでに通ってきた中では浜頓別町が比較的大きな街でしたが、それを踏まえると稚内市はもはや都会に思えてきますw
札幌とかと比べたらそりゃあ稚内市は都会というほどではないかもしれませんが、道北では主要都市の1つに数えていいでしょうね。
ちなみに、終点は稚内駅ですが、途中にある南稚内駅のあたりの方がお店なども多く市街地として発展していますね。
鉄道の天北線も南稚内駅で宗谷本線と合流していたのでそれに倣う形でバスも南稚内駅付近を経由してから稚内駅へ至っています。
尤も、宗谷岬の方から稚内駅を目指すと必然的に南稚内駅のあたりも通ることになるんですがねw


そして、終点の稚内駅に到着です。
音威子府からは休憩込みで4時間半ほどの旅でした。
ちなみに、宗谷岬から乗り込んできた大勢の観光客のため降車扱いに時間がかかり、そのおかげでゆっくりバスを撮影できましたw
乗客が自分だけというシチュエーションだと早く降りねばと焦りますし、さっさとバスが引き上げてしまうことが多く、撮り損ねがちなんですよねw

あとは、休憩があったとはいえ4時間半も手持ちで動画撮影を続けていたので手が痛くなってしまいましたw
これは長時間の車窓や前面展望を撮影するときあるあるですけどねw

これにて天北宗谷岬線のさよなら乗車は終了ですが、最後に前面展望も撮ることが出来ましたし、思い出にしっかり刻むことが出来たと思います。
それにしても、鉄道としての天北線も廃止され、その代替交通手段として登場したバスの天北宗谷岬線も部分廃止になるとは、地方の公共交通の厳しい状況を痛感する出来事でした。
今後は高齢化やインバウンド需要などで公共交通機関の重要性は増していくばかりでしょうし、持続的に地方の公共交通を維持していける仕組みを作って欲しいものです。

稚内駅からは「宗谷」で旭川へ

というわけで天北宗谷岬線という今日の行程の目玉を既に終えてしまったわけですが、明日の行程の都合で今晩は旭川に宿泊します。
なので、これから旭川まで移動しないといけません。
移動には特急「宗谷」を使いますが、発車までは1時間ほどあるので、その間に稚内駅をぶらぶらしたりしつつ早めの夕飯をとりたいと思います。


まずは駅舎ですね。
最北端の駅として有名ですが、駅舎は2011年~2012年にかけて整備された新しいものとなっています。


そこへいたのは宗谷バスです。
ノシャップ岬行きの路線ですが、気になるのは塗装ですよね。
実は天北宗谷岬線のバスも宗谷バスでしたが塗装が違います。
これは塗装のリニューアル中とかではなくて、宗谷バスは2009年まで東急グループだった名残で東急バスの塗装を踏襲したものと、天北宗谷岬線にも使われいた自社カラーが混在しているのです。


記念撮影スポットなのかこんな場所があります。
日時や気温、稚内市のカントリーサインまであって、最北端を訪れた記念にするにはうってつけですね。
ちなみに、この日の気温は13.6度となっており、厚着をしてもいいくらいの気温だったのですが、6月末の東京や札幌は普通に夏服で過ごせるような気温でしたから今回の遠征には夏服しか持って行っておらず、ブルブルと震えながら過ごすことになりましたw
まあ、列車に乗ってしまえば暖房が効いているでしょうし、1時間ばかりの辛抱です。


実は稚内駅周辺は「キタカラ」という複合施設になっていて、道の駅「わっかない」として道の駅の指定も受けています。
最近は鉄道駅に隣接する道の駅というのも増えている気がしますが、鉄道駅と道の駅が完全に一体化しているのは珍しい気がします。
ちなみに、稚内駅が最北端の鉄道駅であるのと同時に、道の駅「わっかない」は最北端の道の駅となっています。


駅前にある青看(案内標識)ですが、英語だけでなくロシア語も併記されているのが特徴ですね。
ここ最近は国際情勢もあってロシアからの観光客が気軽に訪れるという状況ではないでしょうが、サハリンへの航路が稚内港から出ていることもあって、ロシアとは国境を接しているといってもいい土地柄ですね。


釣り鐘のような変わったオブジェがありました。


窓口と改札口です。
観光客が多く訪れる駅だけあってかみどりの窓口が削減されつつある昨今でもみどりの窓口が残っています。
改札は有人改札のみで自動改札機はありません。


発車標はLCDの今風のものでした。
既に次に乗車する「宗谷」の案内が出ていますね。
これが特急列車としては最終便となり、札幌まで行くことができる最後の列車でもあります。
ちなみに、普通列車だとこのあとに名寄行き普通列車があり、名寄では旭川行き普通列車に接続できるので「宗谷」を逃しても今日中に旭川までは行くことが出来ます。


これも記念撮影スポットなのか「最北端の線路」という看板が出ていました。
いつか、ここからJR最南端の西大山駅まで通しで鉄道旅行をするということもやってみたいなと思いつつ、予算とか日程とかの制約もあって実現できていません。


まだ時間もあるので駅の隣にある「夢広場」というところで少し早めの夕飯です。


ちなみに、1階部分はかつて別のお店が入っていたっぽいんですが閉鎖されていました。


注文したのは海鮮丼です。
え?昨晩も札幌で寿司を食べてなかったかって?w
寿司と海鮮丼は別物ですw

値段はいわゆる観光地価格でしたが、その辺で売っているような海鮮丼よりは美味しく感じ、やはり北海道はネタが違うなと思いました。
ただ、この日はたまたまだったのか仕入れの都合か知りませんがメニューに載っていても提供できないメニューがあるので問い合わせてほしいみたいなことを言われました。
まあ、食べたかった海鮮丼は普通にあったのでよかったですけどねw


食後は2階にある展望デッキに行ってみました。
ここからホームを一望できるのですが、まだ列車は入ってきていません。
ですが、そろそろ入線みたいなのでここで入線を待ちたいと思います。
稚内駅も北海道の有人駅の例に漏れず、列車別改札なので入線するまでホームに入れてもらえないので、入線を撮るならここから撮るしかありません。


↑というわけで動画でどうぞ
やはり私と同じことを考えていたのか7~8名の方がスマホなどで列車を撮っていました。
中には別に鉄道ファンという感じではなさそうな雰囲気の人もいましたが、最北端への鉄道の旅となれば鉄道ファンならずとも写真1枚は撮りたくなるんでしょうね。


ただ、この展望デッキなんですが、停止位置の関係で停車してしまってから撮影するとこういうアングルしか撮れなくなりますw
なので綺麗な編成写真にしたければ入線前からスタンバイして入ってくる途中を撮ることをおすすめします。


例の「最北端の線路」の看板と列車を絡めたら改札もそろそろ始まるみたいなので列に並びます。


それにしてもなかなかの人数が並んでいますね。
「宗谷」といえども4両編成ですから座れないことはないでしょうが、私は自由席なのでいい席が取れないと困ります・・・
まあ、乗車が旭川までですし、どうせ途中で暗くなるので最悪通路側でもいいでしょう。


ホームに入ったらとりあえず駅名標は撮ります。
過去にも何度か訪れている駅なので絶対撮ったことあるんですけどねw


ホーム上でも最北端をPRしていました。


もちろん列車も撮ります。


行先も撮ったら乗り込みます。
改札口の行列にビビってしまいましたが、ほとんどが指定席利用の人だったようで自由席はそれほど混んでいませんでした。

それでは発車です。
ここまで来るともはや移動という感が強いですが、宗谷本線の北の方は結構久々ですし楽しんでいきましょう。


抜海駅付近までは海を見ながら進みます。


牛がいました!
確か豊富町のあたりだったと思いますが、そういえばセイコーマートで豊富牛乳としてブランド化して売っているくらいですから、豊富町は乳牛も多いんでしょうね。


天塩川を見つつ進みますが、このあたりで車窓は闇に包まれ夜を迎えたので、あとは大人しく乗車していきます。
ちなみに、上りの「宗谷」については名寄から札幌でしか乗ったことがなかったので稚内から旭川までの今回の乗車で、別日ではありますが上りの「宗谷」も全区間乗ることが出来ました。


というわけで旭川に到着です。
列車はこのまま札幌まで行きますが、私は旭川に宿泊するのでここでお別れです。


↑なので発車シーンを撮りました。


隣にいたH100形


改札を出るとこんな顔出しパネルがありました。
789系1000番台ですが、旭山動物園を意識してか乗客としてホッキョクグマやペンギン、アザラシなんかが乗っていて愛らしいですね。


あと、気になったのがこちらです。
新しいバス路線のPRですが、どうやらこのバス、JR留萌線の部分廃止を受けて留萌市・羽幌市と旭川市を短絡する路線として運行が始まったらしいです。
鉄道がなくなってしまったのは残念ですが、バス業界的にはチャンスとも言えるんですかね。
ただ、留萌線の廃止代替バスも早くも存廃論議が持ち上がっているようですから、乗れるにうちに乗りに行きたいなぁなんて思ったりw

このあとはホテルへチェックインして3日目は終了です。
4日目以降は別記事として追ってレポートしますので公開までしばらくお待ち下さい。

つづく

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