実質3泊4日で実施した九州遠征の実質3日目です。
なお、実質1日目となる「36ぷらす3」の乗車記とこの記事の前日となる1日目をご覧になっていない方はそちらを先にご覧になることをおすすめします。
本日の行程
「SUNQパスで行く~」としては2日目ですが、「36ぷらす3」から通算すると3日目となる今日は、鹿児島駅からJR九州バスが運行する北薩線に乗って宮之城まで1往復し、その後は鹿児島中央駅に移動してから特急「はやとの風」で吉松駅へ、更に吉都線に乗り継いで都城駅へ向かったら、宮崎交通のバスで宮崎駅へ向かい、最後は日豊本線の特急「ひゅうが」で延岡まで行ったらそこで1泊してゴールです。
今回は乗りバス旅とはいいましたが、引退が迫る「はやとの風」に乗ることを組み込んだため乗り鉄要素も強い1日となっています。
JR九州バス北薩線
それは本日一発目の乗りバスはJR九州バスが運行する北薩線です。
最初に概要を説明しておくと、北薩線は鹿児島駅と宮之城を結ぶバス路線で、鹿児島中央駅付近から小山田地区までは国道3号、小山田地区から宮之城までは国道328号と国道267号を走行します。
なお、1日1往復だけですが宮之城からさらに先の薩摩中央高校まで足を伸ばす便があります。
また、この区間便とも言える鹿児島駅~薩摩郡山間の系統の一部便では薩摩塚田から県道211号小山田川田蒲生線に入り郡山を目指すルートになっています。
現在は鹿児島駅~宮之城間が北薩線の全貌と言えますが、かつては加治木~入来間の支線や宮之城から更に紫尾峠を越えて出水へ至る系統、更に元々北薩線の特急便を高速バスに格上げした高速バスの「かごや姫号」と「ちくりん号」というのもありましたが、いずれも廃止になりました。
また、JR九州バスが運行する一般路線ということでお察しだと思いますが、元々は国鉄バスとして運行されていた路線のようです。
運行区間の宮之城というのは現在は薩摩郡さつま町の中心地区となっていますが、かつては宮之城町という自治体で、国鉄宮之城線という川内駅と薩摩大口駅を結ぶローカル線の途中駅が設けられてもいました。
北薩線自体も宮之城~入来間はその宮之城線と並走するルートではあるんですが、北薩線がこの宮之城線の廃止代替バスなのかというとそうではなくて、どちらかといえば、鉄道では一度川内駅に出なければ移動できない宮之城~鹿児島間を短絡するための路線という役割が強い路線だと思われます。
ここで、若干本題からは離れてしまいますが、国鉄バスの5原則というのを紹介しておこうと思います。
この5原則というのは、あくまで鉄道の運営が本分である国鉄がそのライバルとも言える路線バスに手を出すにあたり、民間のバス会社への配慮だったり、国鉄の本業である鉄道の利用客を奪ってしまうような本末転倒な事態を避ける意味でも、国鉄バスが走らせる路線はこの5原則のいずれかに当てはまらなければいけないという原則です。
しかし、全国に高速道路網の整備が進み、民間のバス会社による高速バスが多く走るようになると国鉄バスでも高速バスを運行するようになり、その名残で「ドリーム号」を始めとして都市間高速バスに国鉄バスの流れを汲むJR系列のバス会社が参入していることが多いわけですね。
それで、その5原則ですが、「先行」「代行」「培養」「短絡」「補完」の5つになります。
「先行」は将来的に国鉄の鉄道を建設する予定がある区間に先行してバスを走らせるというパターンで、実際にその区間に鉄道が開業するとバスは廃止になる場合がほとんどですが、鉄道建設の計画が立ち消えになったり未成に終わった場合はそのままバス路線として恒久的な運行になったりするパターンもあるようです。
「代行」というのは鉄道の建設が計画されたものの不採算とされ鉄道の建設を断念する代わりにバスを走らせたり、戦時下の金属供出で不要不急線として休止されるなどした鉄道の路線の代行をバスによって行うなどのパターンですね。
「培養」は駅から離れた町や観光地と鉄道駅を結び、鉄道の利用客を増やす(=培養する)ためだったり、鉄道の駅間が長い区間に並行してバスを走らせて駅と駅の間の利用客を拾うためといったパターンですね。
「短絡」は読んで字の如しで、鉄道では遠回りとなる区間にバスを走らせて短絡(ショートカット)するというパターンで、北薩線もこの「短絡」に該当する路線だと思われます。
そして、最後の「補完」ですが、これは一番最後に加わった原則の1つであり、東名ハイウェイバスなど高速バスを運行する裏付けにもなっています。東名ハイウェイバスの場合、東海道新幹線の補完をするためのバスという位置づけですね。
というわけで解説は以上で乗車レポートに進むとしましょう。
まずは市電に乗って鹿児島駅にやってきました。
やっぱりどうせ乗るなら始発から乗りたいですからねw
昨日も利用したのと同じ場所にあるバス停から北薩線が出発します。
JR九州バスで独自のポールを持っています。
時刻表です。
郡山止まりの便も入れると地方のローカルバスにしてはなかなかの本数ですね。
九州はただでさえ日の出が遅い土地ですが、まだ真っ暗闇の中での出発となりました。
この日は土曜日であり利用客は少なくしばらく私の貸切状態でバスは鹿児島市内を進みます。
金生町・天文館などを経て加治屋町に差し掛かりますが、鹿児島交通のバスの多くはここで鹿児島中央駅を無視して右折してしまうのが、JR九州バスが運行する北薩線では一旦鹿児島中央駅に立ち寄ってから国道3号を目指すルートになっています。
そりゃあJRのバスがJRの主要駅を無視するなんて出来るわけ無いですよねw
しばらく国道3号を進むうちに徐々に日も昇ってきて車窓が見られるようになりました。
北薩線では海を見ることが出来る区間がない代わり、川沿いに走る場面も多くあるので川が車窓のハイライトとなるでしょうか。
車窓は復路で動画撮影する予定なのでこれくらいにしておきます。
さて、小山田までは昨日も鹿児島交通のバスで通ったので見覚えのある車窓風景でしたが、そこから先の国道328号は初めての区間となります。
国道328号に入ると徐々に地形が狭まり入来峠を越えていきます。
入来峠の先は旧入来町(現在は薩摩川内市)となり、鹿児島市と薩摩川内市の境を成す峠ですが、そこまで険しい峠というわけでもなく標高400m程度で長大トンネルや急カーブ・急勾配を伴うようなものでもなくあっという間に通り過ぎて入来地区に入っていきます。
この地区内にある入来バス停はかつての国鉄宮之城線の入来駅のあった場所に設置されているんですが、跡地はカフェもある駐車場として整備されているようです。
この先は開けた地形が多くなり、山崎地区からは国道267号に入っていきます。
国道267号は川内と薩摩大口駅があった伊佐市を経て人吉までを結ぶ国道で、おおむね宮之城線に沿う国道であると言えます。
そして、バスは田園風景を経て宮之城の市街地に入っていきました。
宮之城に到着しました。
まだ幕が消えていなかったのですかさず撮影w
ここで少し滞在時間があるので宮之城を少し紹介していこうと思います。
バス停は鉄道記念館を兼ねた待合室をもっており、宮之城の交通ターミナルとなっています。
ちゃんとガラスの壁で囲まれた待合室もあって寒い時期でも快適に待てそうですね。
さつま町のコミュニティバスもあるんですが、バス停名は「宮之城鉄道記念館」となっていて、JR九州バスとは異なっています。
こちらがJR九州バスのバス停です。
こっちの方が立派ですねw
実質終点と言える場所ですが、1日1便だけ薩摩中央高校へ向かう便もあるため厳密には終点ではありません。
ちなみに、かつて宮之城線が結んだ薩摩大口方面へ向かうバスはJR九州バスではなくて南国交通の手によって運行されています。
この他、宮之城線の廃止代替バスでもある川内行きや鹿児島空港エアポートシャトル(出水方面へも乗車可)なども出ていて宮之城はバスの交通ターミナルともなっています。
鉄道記念館はなかなか立派な建物です。
本当は中に入りたかったんですが、来る時間が早すぎてまだ開いていないようです。
SLの頭の部分と、鉄道に関連する物品が展示されていて、中に入れなくても外だけでもそこそこ楽しめました。
さつま町内の案内図です。
温泉も多く自然豊かな場所のようで、今回はとんぼ返りですがのんびり滞在するのもよさそうですね。
あと、目の前の交差点の名前は「宮之城駅前」となっていました。
こういう鉄道が廃止になってかなり経つのに名前だけ残っているというのは見つけると楽しい要素ですよね。
ちなみにですが、鹿児島交通・南国交通のバス停名は今でも「宮之城駅」となっているらしいです。
鹿児島交通の上川内行きがやってきました。
上川内には昨日行きましたが、こうしてまた名前を見ることになるとは・・・
そして、帰りの鹿児島行きのバスがやってきました。
方向幕の色が違うことから先程とは別のバスなのは一目瞭然ですね。
↑帰り道は予告通り車窓の動画を撮りました。
建物には「郡山駅」と書いてありますが、実はここ、国鉄時代は「自動車駅」とされていた場所で、鉄道駅のように窓口が設けられてバスはもちろん、全国の国鉄線のきっぷも発売していたようです。
しかし、民営化後は自動車駅という制度自体がなくなり、JR線(鉄道)のきっぷは発売しなくなったり、そもそも駅舎も撤去されてただのバス停と変わらなくなる場合もあったようですが、この薩摩郡山駅については今でも窓口が維持されているようです。
あとは書くこともそんなにないので記事は鹿児島に飛びたいと思いますw
ところで、この側面の幕なんですが、「次の運行のための回送」ということになってますが、車庫へ向かう場合の回送だと別の表示を用意していたりするんでしょうか?
↑あと、市電を撮影しました。
この後は「はやとの風」ですが少し時間があるので・・・
これも鹿児島名物の「豚とろラーメン」でお昼ごはんを頂きました。
一昨日の夜がトンカツでしたが、鹿児島は黒豚が有名なだけに豚を使った名物が多いですよね。
「はやとの風」で吉松へ
続いて乗車するのはD&S列車「はやとの風」です。
これもまずは解説をすると、「はやとの風」はJR九州が鹿児島中央~吉松間で運行する観光列車(JR九州では「D&S列車」と呼称)です。
2004年に九州新幹線が部分開業した際に登場し、人吉~吉松間の「いさぶろう」「しんぺい」と連絡するダイヤを組むことで鹿児島中央駅から「いさぶろう」「しんぺい」に乗りに行くときのルートとしても活用できる列車となっています。
2009年には熊本~人吉間で「SL人吉」の運行が始まると「SL人吉」「いさぶろう・しんぺい」「はやとの風」を乗り継いで熊本~鹿児島中央間を移動するという周遊コースも成立しますが2020年7月の豪雨災害によって肥薩線に甚大な被害が生じ、「いさぶろう・しんぺい」や「SL人吉」も運休となったこともあって「はやとの風」も運休が発表され、現在使用している車両を長崎地区に投入する新たなD&S列車「ふたつ星4047」に改造の上で転用することとなり、2022年3月21日をもって「はやとの風」としての運行を終了することが発表されました。
それを受けて最後の乗車を楽しんでもらおうと運行が再開されることとなった経緯があります。
また、元々は毎日運行の定期列車扱いで、自由席もあるなど地元住民の利用も視野に入れた設定でしたが、2015年には自由席が大幅に縮小し、2018年3月の改正から運行を土日と長期休み期間に限定することとなるなど、観光利用に特化した列車となっていき、最終的には運行終了となってしまったのです。
元々「いさぶろう」「しんぺい」との乗り継ぎが前提みたいなところがありましたし、肥薩線の吉松以北が運休のままでは「はやとの風」を走らせる意味がないというのもありますし、西九州新幹線の開通に向けて新しいD&S列車の設定というタイミングもあってどうせ車両を遊ばせることになるならよそで活用したほうがいいという判断になったのでしょうね。
ただ、「はやとの風」が無くなるということは将来的に肥薩線の吉松以北が運行再開されて「いさぶろう」「しんぺい」も再び走るようになったときには改めて鹿児島中央~吉松間に連絡列車的なD&S列車を投入するのか、もしかするとJR九州としてはもう肥薩線の吉松以北の復旧は断念してしまっているのか、一鉄道ファンの意見ではありますが後者でないことを祈るばかりです。
運行形態ですが、鹿児島中央~吉松間を特急列車扱いで運行し、車掌は乗務しないワンマン列車となっています。
停車駅は鹿児島中央・鹿児島・隼人・嘉例川・霧島温泉・大隅横川・栗野・吉松となっており、日豊本線内ではほとんどの「きりしま」が停車する加治木も通過するなど停車駅を絞っていますが、肥薩線内は8駅のうち4駅に停車しており、嘉例川と大隅横川については鹿児島県内では最古とされている駅舎の見学のために停車させているなど速達性よりも観光を重視したダイヤが組まれています。
そして、最後のさよなら運転となる今回の運行でも停車駅は通常運行時と同じですが、自由席は設定されず全車指定席となり、1日2往復が土日を中心とした特定日に設定されました。
といった所でそろそろ本題に入っていくとしましょう。
「はやとの風」のさよなら運転についての案内が出ていました。
最後の数日間だけとかだとプラチナチケットと化してよほど運がいい人以外は乗れなくなってしまいますが、こうして毎週末+祝日というたくさんの運転日を設定してくれるおかげで乗りに行くハードルがかなり下がってくれて助かりますね。
JR九州名物の青い発車標で表示を押さえます。
ただ単に「吉松」ではなくて、「肥薩線」と併記しているんですね。
↑その間に817系を撮りました。
別に珍しくもなんともない車種ですが、九州を離れてしまうとあまり見る機会がないですからね。
そして、いよいよ・・・
↑「はやとの風」の入線です!
指宿枕崎線のキハ200系との並び
列車名が書かれてますが、水戸岡氏のデザインにしては大人しい気も・・・w
「はやとの風」は水戸岡氏デザインの車両の中でも古い部類に入りますから最近デザインした車両と比べると作風の違いとかも出るんでしょうね。
あと、先頭部にはちゃんとワンマン表示があります。
これは一応法律で義務付けられている表示ですから観光列車といえども欠かせませんね。
座席です。
特急料金を取るなりのグレードにはなっていますかね。
中央部はフリースペースになっています。
球磨川に沿って走る八代~人吉間や矢岳峠を越える日本三大車窓もある人吉~吉松間と違ってそこまで景色がいい区間は少ないですが、日豊本線では桜島をバックに錦江湾を見ることも出来ますし、ここに座って見るのもよさそうですね。
種車はキハ47形ですが、こういう部分に注目するのは鉄道ファンぐらいですよねw
↑もちろん車窓は動画で撮りました。
ちゃんと錦江湾が見える進行方向右手の席です。
それでは発車です。
車内は思ったよりは混んでおらず、ちょっと拍子抜けでしたが、運転日が多数設定されているのとラストランまではまだ2ヶ月以上残っているのでそこまで殺到してはいないのでしょう。
その先重富駅までの区間は錦江湾に沿って進みずっと桜島が見える区間になります。
あと、国道10号とも並行するため道路風景としても楽しめます。
途中の竜ヶ水駅は普通列車ですら半数は通過してしまう閑散駅として知られていますが、「はやとの風」を含めた特急列車でも列車行き違いのために運転停車することがあり、私の乗る「はやとの風」も運転停車していました。
重富からは姶良市街に入り錦江湾も桜島もこのあたりでお別れです。
市街地を進み国分市に入ると隼人駅に到着します。
列車名にもなっている「隼人(はやと)」ですが、隼人駅の由来である隼人町(現在は国分市の一部)は町内にある隼人塚という史跡から取られており、一方で「隼人」という言葉自体は鹿児島県に相当する地域に住んだ人々を指す古い日本語であり、「はやとの風」はおそらく後者から取られていると思われます。
それが偶然にも隼人駅にも停車するようになった形ですかね。
そんな隼人駅は日豊本線と肥薩線の分岐点となっており、「はやとの風」もここから肥薩線に入ります。
歴史的には初代の鹿児島本線は鹿児島から隼人・吉松・人吉・八代を経て現在のルートに合流していたので、ここまで走ったルートは初めて鹿児島へ到達した鉄道のルートということにもなります。
肥薩線に入ると天降川に沿って進んでいきます。
ここからは単線非電化でカーブも多い路線となっていきますが、昔の鉄道風景を追体験しているみたいでいいですね。
この先にある表木山や中福良といった駅は地図上で見ると鹿児島空港まで1~2km程度の距離であり、ここから空港までの支線でも建設すれば肥薩線も空港アクセス鉄道として活躍できそうなのになと思いますが、実際には山を隔てているため空港を車窓から見ることは出来ません。
そして、列車は肥薩線に入って最初の停車駅の嘉例川駅に到着しました。ここでは駅を見学するための停車時間がありますので一旦列車を降りて見学していきます。
周辺には温泉が点在しており、温泉地とのアクセス手段として「温泉バス」なるものも走っているようです。
また、鹿児島空港へのバスもあるようなので空港から当駅に直行するなんてことも出来そうですね。
ホームです。
ほとんどの乗客がホームへ降り立っているため混み合っていて撮影しづらい・・・w
駅舎です。
1903年の開業時からの駅舎で、鹿児島県内では大隅横川駅と並び最古のもので、2006年には登録有形文化財に登録されたそうです。
まだ正月が開けて間もないこともあってか門松が飾られていました。
渋い駅名看板も撮ったらそろそろ時間なので列車に戻りたいと思います。
それでは嘉例川駅を発車して霧島温泉駅にも停車したら2駅目の見学駅となる大隅横川駅に停車します。
ベンチですが丸太から切り出した木材をそのまま使っているんでしょうか。
待合室のベンチもテーブルが付いて畳敷きになっているなどちょっと豪華でした。
最後に駅舎です。
嘉例川駅と同じく鹿児島県内最古の駅舎となっており、こちらも登録有形文化財に登録されています。
それでは列車に戻って旅を続けます。
ここまで来ると終点の吉松まではあと2駅であり、しかも途中の栗野駅にも停車するのでここから先通過駅はありませんw
その栗野駅ですが、かつては国鉄山野線の分岐駅であり、ここから薩摩大口を経て水俣まで繋がっていました。
今はその代替交通機関となっている南国交通の大口行きのバスが出る駅となっていて、交通結節点として重要な駅と言えます。
ただ、ここの駅舎は普通の駅舎なので「はやとの風」は停車こそしますが停車時間は設けられておらず乗降が済んだらすぐに発車します。
アナウンスでもここで降りる人以外は列車から降りないようにと注意喚起していましたね。
嘉例川と大隅横川と2つの見学時間がある駅だったというのもあってたまに勘違いして降りてしまう人もいるのでしょうか?w
そして、最後の1区間を乗り終えると終点の吉松駅に到着です。
もちろんここでも列車を撮ります。
「はやとの風」は5分程度で鹿児島中央行きとして折り返してしまうので撮影は慌ただしくこなさなければなりません。
隣には吉都線のキハ40系がいました。
車種としては「はやとの風」と同じなんですが、やっぱり全然違いますね。
サボは都城行きになっていますが、私がこの次に乗る列車ということのようですね。
ただ、入線しているとは言え1時間は待つんですけどねw
それではそろそろ発車するので動画を撮りつつ見送りたいと思います。
↑「はやとの風」の発車です。
さて、「はやとの風」を見送ったらあとは吉都線で都城駅へ向かうのですが前述の通りここで1時間程度待ち時間があるので一旦外へ出てぶらぶらします。
以前にも訪れている駅なのでご紹介は簡素に留めると思いますけどねw
吉松駅にて
というわけで1時間の待ち時間をぶらぶらしながら時間をつぶします。
サボの収納箱はホーム上に置いてあるんですね。
鉄道部品の盗難が問題になることもある時代に不用心な気もしますが、ここは人間を信用するスタンスなんでしょうか。
それでは改札口へ向かいます。
この駅長のキャラクターって昔は九州のあちこちで見た気がしますが、最近は全然見ないような・・・
改札口です。
昔ながらの改札のスタイルが残っている駅ですが、現在は業務委託駅となっており時間帯により駅員さんが配置されないという形態なのですが、2022年3月12日をもって完全に無人化されるそうです。
今までは観光列車とは言え特急の始発・終着駅が無人駅ではまずいという判断があったのが「はやとの風」が運行終了となったことで特急も来ない駅となって無人駅でもいいかとなったのでしょうか。
駅舎内から見た改札口です。
左手はきっぷ売り場ですが、訪問した時間帯は営業しておらず無人駅扱いとなっていました。
それも3月12日からは完全に無人になってしまうんですよね。
バス停です。
山野線の廃止代替バスである南国交通の路線バスが当駅に乗り入れています。
山野線自体は1つ隣の栗野駅で肥薩線と分岐していましたが、吉都線方面からの乗り継ぎの利便性を考えて吉松まで乗り入れているんですかね。
なお、本数は平日3本、土休日2本となっているので、利用するならば時刻表のチェックは必須です。
この他に「湧水町ふるさとバス」というのも出ていて、町内の循環路線として運行されています。
ところで、吉松駅があるのは湧水町という自治体ですが、元々は旧吉松町と旧栗野町という2つの自治体だったのが合併により誕生した自治体です。
この手の合併話では合併後の名称が大きな問題になることも多く、名称で折り合いがつかなくて合併自体が頓挫することもあるらしいですが、湧水町では吉松町・栗野町のいずれにも偏らず吉松町の竹中池と栗野町の丸池で湧き出る湧水を町名にすることで名称に関するいざこざを避けたようですね。
吉松はかつて鹿児島本線だった肥薩線と、かつて日豊本線だった吉都線が分岐する駅であり、つまりは九州を代表する2大幹線の分岐点ということで、かつては吉松機関区もあったりといわゆる鉄道の町の1つです。
しかし、鹿児島本線・日豊本線ともに新しいルートが出来上がると吉松はそのルートから外れてしまい今ではもう見る影もありません。
開通記念碑です。
今の肥薩線は初めて鹿児島と北部九州を結んだ鉄道ということで、当時は大きなインパクトのある出来事だったんでしょうね。
駅舎です。
嘉例川とか大隅横川に比べると普通の駅舎ですが、今どきの駅舎から比べると十分レトロですよね。
最初はただのタクシーかと思ったんですが、実証実験として運行している吉松~人吉間の乗り合いタクシー的なものらしく、1日6往復を毎日運行しているらしいです。
乗車には予約が必要とのことですが、肥薩線が不通の今、吉松~人吉間を移動できる唯一の公共交通機関になりますからね。
ただ、穿った見方をするとこれは肥薩線を廃線にした後の代替交通機関の予行演習的な意味合いもあるのではと勘ぐってしまいたくなります。
肥薩線の利用者の多くは観光客でしょうから鉄道でなくなったらわざわざ乗りに来るのは熱心なバスマニアくらいになりそうですし、地元住民の足としてはジャンボタクシーで十分そうですしねぇ・・・
逆に言えば鉄道にはそれだけの集客効果があるということでもあり、どうか鉄道を観光資源と考えて復旧の方向で動いてもらればと思います。
こんな施設もあってお土産やお菓子も売っているらしいのですがこの日は営業していないようでした。
土曜日でしたが「はやとの風」目当ての人の多くはそのまま折返しの便でとんぼ返りしていしまうので吉松周辺をぶらつく暇がなくて売上が見込めないのでしょうか・・・
あと、鉄道の町ということでSLも展示されています。
2回めのご紹介なので詳しくは触れませんが、詳しく知りたいからは前回の記事をご覧下さい。
それでは今度は吉都線に乗って都城へ向かいます。
こちらも以前に乗っていてその時に紹介済みなのでそんなに深堀りはせずにいきます。
↑車窓を撮ったので貼っておきます。
ところで、「はやとの風」の乗車時間と吉都線の乗車時間ってほとんど同じなんですね。
車窓風家の多くはこのように霧島連山をバックに田園風景という感じになります。
1時間半ほどの乗車で都城に到着します。
都城にて
都城では40分程度の待ち時間があります。
ここも過去に訪れている駅ということで駅の取材はあまりしませんが、構内で色々撮ったのでそれをご紹介しておきます。
まず驚いたのは日南線カラーのキハ40系がいたことです。
間合い運用で入っていたのだと思いますが、突発的な運用変更によるものだったとしたらレアなので撮っていくことにしました。
↑そこへ787系「きりしま」がやってきました。
これに乗ったほうが早く宮崎方面へ移動できますが、今回はせっかく手元にSUNQパスがあるので、宮崎交通のバスで宮崎を目指すことにします。
↑そして、日南線カラーのキハ40系の発車です。
↑続いて日豊本線の817系普通列車の入線です。
都城は宮崎県内で第2の都市ですが、改札は有人改札のみなんですねw
ここにも西九州新幹線にちなんだ展示がありました。
同じ九州とは言え宮崎から長崎ってあまり交流なさそうですが、新幹線ができたから長崎へ行ってみようという人も中にはいるかもしれませんしね。
あと、ちょうど大学入試の時期ということで合格祈願の絵馬コーナーがありました。
「きっと合格」と吉都線をかけているようですが、キットカットとのコラボでもあるようですね。
駅前に出たので駅舎くらいは撮っておきましょう。
地方都市の駅としてよくあるスタイルですかね。
日豊本線と並行する路線となりますが霧島神宮行きもあるんですね。
あとは宮崎交通のバスで宮崎を目指します。
なんか、ポンチョが来ましたが、これは三股駅行きのローカル路線のようです。
まあ、これで高速道路に乗って宮崎まで行くならそれはそれでネタであり乗ってみたいですけどねw
宮崎交通 都城→宮崎
続いて乗車するのは宮崎交通が運行する都城~宮崎間のバスです。
都城側の起点は西都城バスターミナルとなっており都城駅は始発ではないのですが、どうせ暗いですし、無理に全区間乗らなくてもいいかと思いましたw
ちなみに、宮崎交通は宮崎県内をほぼ独占する県内最大手のバス事業者ですが、実はこれが初めての乗車でした。
宮崎県で最大の都市の宮崎市と第2の都市の都城市を結ぶ路線だけあって本数もそこそこありまして、平日ダイヤではおおむね1時間に1~2本の頻度で出ています。
系統番号は600を使用し、特急バスとして案内されていますが、国道10号をひたすら進むなんてことはなく普通に宮崎自動車道を通行します。
また、都城での経路が時間帯により変わるようですが、私が乗った便は栄町経由という便でした。
駅を出ると何箇所か細かく曲がりながら保健所入口というところから国道10号に入ります。
国道10号上にも細かくバス停が設置されていて、最後に一旦国道10号を逸れた高速都城北入口というバス停に停車したら都城ICから宮崎自動車道に入ります。
この高速都城北入口は宮崎自動車道上にある都城北バス停と連絡するバス停となっており、「B&Sみやざき」や「フェニックス」など熊本・福岡・長崎などへ向かう各高速バスと乗り継ぐことが出来るようになっています。
都城北は都城市街地からは外れているので市街地との連絡用にこのようなバス停を設定しているんでしょうね。
都城市内で細かく客を拾い車内は10名弱というところでバスは宮崎自動車道に入りました。
高速道路上にもバス停がいくつかあり、この600系統は高速道路上にあるバス停は全て停車するようになっています。
高城・田野東・清武と3つのバス停がありますが、これらはこの600系統のほかは、宮崎~熊本間の「はまゆう」しか停車しないため高速バスにおける各駅停車の役割をしているとも言えます。
宮崎ICで宮崎自動車道を降りますがバスは一旦宮崎市街とは反対方向へ向かいます。
これは宮崎空港に立ち寄るためであり、都城方面から宮崎空港への空港連絡バスの役割も担う路線というわけですね。
特に都城からだと鉄道で行くと南宮崎で乗り換えないといけないのがバスなら直通なので利便性の上では優位にあるといえるでしょうか。
また、宮崎空港から宮崎市内への利用も制限されていないようであり、宮崎空港から宮崎駅へは鉄道でも行けますが、駅からは離れたエリアへ行きたい場合は空港から直接バスに乗ってしまうという利用者も一定数いるようですね。
宮崎空港からは一旦来た道を引き返す形で宮崎ICの方へ進みますがもう高速道路に乗ることはなく、国道220号宮崎南バイパスを使って宮崎市街を目指していきます。
この国道220号上にもいくつかバス停があり、バスは国道を逸れて宮交シティに立ち寄りました。
宮交シティはショッピングモールと一体化したバスターミナルであり、元々は宮崎交通によって運営されていましたが、現在は宮崎交通は運営に関わっていないものの名称は引き続き宮交シティとなっているようです。
宮崎の市内線はもちろん郊外へ向かう路線から都市間を結ぶ高速バスまで宮崎のバスが一堂に会するといっていいほど路線が集中するターミナルとなっています。
また、立地としてはJR南宮崎駅に近いのですが、宮崎交通としては高速バスなどでJRと競合していることもあってか南宮崎駅のことはほとんど案内されていないそうですw
そんな宮交シティを過ぎると南宮崎駅が見えてきますが駅前には立ち寄らずに南宮崎駅前通りを経て国道10号に復帰します。
このあたりから沿線はすっかり市街地になり、大淀川を渡ると宮崎県庁などもある宮崎市の中心市街地へと入っていきます。
このあたりには細かくバス停があるのですが、それぞれの目的地に近いバス停で降りられることで鉄道よりも高い利便性を訴求しているのでしょうか。
カリーノ宮崎というところでバスは国道10号を外れて右へ折れていきます。
この「カリーノ宮崎」というのもショッピングモールの名称らしいですが、土地ごとに独自の名勝のショッピングモールがあったりするのも旅の楽しみの一つですよね。
そして、いよいよ終点の宮崎駅に到着です。
乗る時は写真を撮る暇がなかったのでせめて到着時にと思ったらあっという間に発車していってしまい余裕がありませんでしたw
1ヶ月ちょいぶりの宮崎駅ですが、何度も訪れていますし暗いので写真はこれだけということでw
延岡へ向けてラストスパート
さて、ここからは宿がある延岡へ向けてのラストスパートとなりますが、その前に夕飯を食べたいと思います。
延岡にも飲食店くらいあるでしょうが、県庁所在地の宮崎の方が選択肢が豊富だろうというのと、ここからすぐに出る日豊本線の普通列車で延岡に向かうのと、1時間弱待ってから特急「ひゅうが」で延岡に向かうのとでは延岡への到着時刻の差が15分程度しかないことが分かったので、それならばここで食事を済ませたほうが早くホテルに入って寝られるという判断になりましたw
ところで、せっかくSUNQパスがあるならば延岡までもバスで行けばいいじゃないかと思われそうなのでその点も説明しておくと、確かに宮崎と延岡の間には「ひむか」という高速バスがありますが、残念なことにこの活動の時点ではコロナによる需要減少で運休となっていたため延岡へ行く手段はJR一択となっていました。
正直、走っていれば使っていましたが運休なものは仕方ないですね。
というわけで宮崎名物その1
今では宮崎以外でも普通に食べられますが「チキン南蛮」です。
宮崎名物その2は「地鶏の炭火焼き」です。
おっと、鳥と鳥がかぶってしまったぞ・・・(孤独のグルメ風に
主食がないぞということで焼き鳥ピザも頼みました。
入ったお店は焼き鳥とイタリアンが売りの店でそれを合体させたメニューみたいですが、これがおすすめと書いてあったのでつい・・・ってこれも鳥じゃないかw
そして、過去ブログを読み返して気づいたんですが、前回訪問時も全く同じメニューを頼んでいたみたいです。
何度も行っているならば時には違うメニューも・・・となりますが、遠方にあるお店はたまにしか行かないので結局好きなものを注文しがちになりますからかぶるのも当然といえば当然かw
まあ、美味しかったので良し!っとw
さて、それでは延岡へ向かいますが、宮崎駅って少し前までは上下で改札が分離していて乗車する方面によって入る改札が違っていたんですが、その構造が改められて普通の駅と同じく上下の改札が1つに集約されたみたいですね。
もはや先頭部すら撮りに行かないというやる気の無さですが、方向幕だけ撮ったら乗り込みます。
ここで「ひゅうが」についてざっくり解説しておきますと、瑞雲大好きな某戦艦とはもちろん関係なく、宮崎空港~延岡間を結ぶ特急列車です。
同区間は「にちりん」の運行区間でもあり、「ひゅうが」は事実上「にちりん」の区間便という形になります。
元々は2000年に「にちりん」の削減があった際に、比較的利用の多かった延岡~宮崎空港間のみを運行する「ひゅうが」を設定して同区間の代替としたもので、再び「にちりん」が増便されると「ひゅうが」は「にちりん」に振り替えられて減便となったり、「ドリームにちりん」の一部区間代替や「ホームライナー」の特急格上げによる「ひゅうが」への編入などもあって本数が増減する経緯をたどりましたが、現在は再び「にちりん」が減便傾向にあることから「ひゅうが」としての本数は増えており8.5往復が設定されています。
使用車種は「にちりん」と共通の787系で、特急列車ながら一部便でワンマン運行を行っています。
停車駅なども「にちりん」と共通する部分が多く、宮崎県内のみの「にちりん」に「ひゅうが」と別愛称を設定しているという理解でいいと思います。
私個人の話になりますが、「にちりん」は何度か乗ったことがありましたが、「ひゅうが」として乗車するのは初めてなのでちょっと嬉しかったです。
普段宮崎で特急列車に乗るとしたら鹿児島や大分へ抜けるために利用することが多く、延岡までしか行かない「ひゅうが」はあまり乗車機会がありませんでしたからね。
この時間帯では既に大分県へ抜けられる列車はなく、延岡駅としては上り列車の運行は終了しているということになります。
ちなみに、列車で宮崎から大分方面まで受けられる列車の最終便となるのは宮崎駅を17時33分に出る「にちりん20号」小倉行きであり、これを逃すとあとは「ひゅうが」しかないので要注意です。
あとは駅を出てホテルへ向かって今日の活動は終了です。
といった所で2日目は以上となります。
3日目は別記事として追ってレポートしますのでしばらくお待ち下さい。
つづく