3泊4日に及ぶ北海道遠征の4日目(最終日)です。
なお、1日目・2日目・3日目の続きとなりますので、そちらを先にご覧になることをおすすめします。
本日の行程
最終日となる4日目は昨夜宿を取った苫小牧からスタートとなり、まずは室蘭本線の苫小牧~岩見沢間を往復して室蘭本線完乗を目指しますが、岩見沢で滞在時間を持て余す形になるため、2駅隣りの光珠内駅に立ち寄ります。苫小牧に戻ったあとは、旅の目的を果たしてしまい暇になるものの、かと言ってお昼過ぎの飛行機で帰京するのも勿体無いということで、千歳線の駅巡りと日高本線のうち列車が運行されている区間である苫小牧~鵡川間の乗りつぶしとします。岩見沢から苫小牧へ戻ったら、植苗駅へ向かい、一旦苫小牧に戻ってきて日高本線を鵡川まで往復、その後は美々駅に立ち寄りつつ千歳線を北上し、サッポロビール庭園駅の取材をしたら南千歳駅で快速「エアポート」に乗り継ぐついでに簡単に取材をして、新千歳空港から空路で帰京します。
朝の苫小牧駅
室蘭本線の岩見沢行きから旅が始まりますが、これの発車が6時台w
私の旅としては早い出発となりますが、この時間に出ないと行程のつながりが恐ろしく悪いので仕方ないのですね。
工業都市苫小牧のランドマークとも言える煙突は朝から煙を吐いていました。
コンコースには青函トンネルから出てくる北海道新幹線をイメージしたであろう模型が展示されていたので思わず撮影
それにしても、トンネルの断面がどう見ても単線分しかないことは目をつぶるとしても、せめてレールは敷いてあげてほしかったですw
サボを撮ったら早速乗車です。乗り鉄も若干見受けられましたが、大半は地元民のようでしたね。
室蘭本線完乗へ向けて発車
室蘭本線も苫小牧駅を出てしばらくは複線電化の幹線鉄道という姿を見せます。隣の沼ノ端駅までは千歳線と一体になる形で札幌~苫小牧・室蘭・函館を結ぶ幹線ルートとなっているためですね。
そのため、私も沼ノ端までは室蘭本線の乗車済み区間であり、沼ノ端を出て岩見沢までが未乗区間となります。
この区間は、北海道最大の都市の札幌や北海道の玄関口となる新千歳空港への接続点たる南千歳駅もガン無視して、ほぼ一直線に岩見沢を目指すという現在の地理や旅客流動からすれば不自然なルートを取っているように思えますよね。
その不自然なルートの答えを示すには室蘭本線の生い立ちをご説明した方がいいと思いますので、その説明に入りたいと思います。
まず、北海道炭礦鉄道という私鉄が岩見沢周辺の炭鉱で採れた石炭を港のある室蘭へ運ぶための路線として開業させました。
石炭輸送がメインであったこともあり、札幌を無視して極力最短距離で室蘭を目指そうとした結果が現在のルートだといえますね。
その後、岩見沢~室蘭間は国有化され、東室蘭~長万部間が長輪線として延伸されることとなり、千歳線と合わせて長万部~札幌間で函館本線のバイパス線のような役割を持つこととなります。函館本線経由より線形がよく遠回りでも時短効果が期待でき、沿線人口が多かったこともあり、函館~札幌間の特急のメインルートという地位を得た長万部~沼ノ端間に対して、炭鉱の閉山で地域輸送に徹することとなった沼ノ端~岩見沢間はローカル線となり、JR北海道が単独維持の困難な線区として名前が挙げられています。
ローカル輸送の他、旭川・帯広から本州方面への貨物列車が列車密度の高い千歳線を通らずに済むバイパス線としてこの区間を活用しており、貨物列車の短絡ルートという役割もあるわけですが、今後の動向が注目されます。
面白いのは現在の運行形態では過大な設備と思われる複線区間が多く残っており、かつての繁栄の時代の遺物ともいえますね。単線化されないところを見ると貨物列車の運行においては複線の設備が役立っていいるのかもしれませんが・・・
沿線風景としては本格的な山越えはなく、全体的に平坦な区間となっています。そのため車窓的ハイライトもなく、車窓の写真はありませんw
途中駅での長時間停車もなく、本当に乗っているだけとなりましたので、本日の行程の目玉でありながらビジュアル情報の少ない記事になってしまいましたね・・・
ところで、列車は2両だったのですが、その理由を栗山駅で知ることとなりました。
ホームには都会の駅を思わせるほどの多くの乗客が待っていて、一斉に乗り込むと2両編成の車内は満員状態となったのです。どうやら岩見沢の高校へ通う高校生が多く利用しているようですね。
この駅は昔は夕張鉄道の鉄道線との接続駅となっており、現在でも札幌や夕張への都市間バスとの乗り継ぎが可能な交通結節点となっているようで、利用者が多いのも納得ですね。
とはいえ、それだけで路線全体の収支を改善するほどではないということなんでしょうけど・・・
岩見沢駅
およそ90分ほどの乗車で岩見沢駅へ到着です。
ところで、苫小牧から岩見沢へ移動する場合、千歳線・函館本線の普通列車を白石駅で乗り継ぐ場合は室蘭本線経由のほうがわずかながら早く、特急を乗り継ぐ場合は札幌経由のほうが早いようですね。
苫小牧以南から岩見沢・旭川方面への直通需要が多ければ、札幌を経由しない室蘭本線経由の特急列車なんてものが成立しそうですが、やはり大半の需要は札幌を発着するものなんでしょうね。ちなみに、稚泊連絡船が現役だった頃は樺太への接続列車となっていた稚内方面の列車は室蘭本線経由で運行されたこともあるようです。
乗ってきたキハ40形を撮ったらすぐに移動です。
キハ183系の「オホーツク」がやってきました。
↑発車シーンです。
このあとなんですが、折り返しの苫小牧行きまでしばらく空き時間が出来てしまい、かといって既に訪問済みの岩見沢駅でただ待っているのもつまらないので、2駅隣の光珠内駅を訪れることとしました。
岩見沢から旭川方面は特急列車ばかりで普通列車の本数がかなり少ないのですが、都合よく接続がつながってくれて助かりました。
光珠内駅
岩見沢から2駅お隣の光珠内駅にやってきました。
乗ってきた普通列車を見送ります。
以前は711系が運用されていた区間ですが、今は721系になっていますね。
駅名標です。素直に漢字を読めば読めなくはないですが、いかにも北海道らしい名前の駅名ですよね。
ちなみに、駅名の由来となった地名の由来は「カーウシュ・ナイ」というアイヌ語で、獣をとる罠を仕掛ける沢という意味があるようです。
付近は開けた平野となっていて、線路も道路も直線的な線形となっています。
ちなみに、駅前を通る国道12号の当駅付近から滝川市内までの29.2kmは日本一長い道路の直線区間だそうです。
特急が多数運行される区間だけに、流石に構内踏切というわけには行かなかったのか跨線橋を完備しており、駅舎へはこちらからアクセスします。
跨線橋の入口が狭められているのがわかると思いますが、これも寒冷地ならではですね。
↑動画もどうぞ
それでは跨線橋を渡って駅舎へ向かいたいと思います。
結構年季の入った跨線橋ですが、1968年に跨線橋が設置されたようなのでその頃からのですかね。
既に当駅は無人化されているため、駅員はおらず改札口や窓口もありませんが、内部は綺麗に保たれていました。
ただ、私の他に一般利用者と遭遇することはなく、待合室の広さも相まって殺風景な印象を受けますね。
これも駅舎建設当時からのものなんですかね。かなり年季が入っています。
駅前には碑がありますが、これは「開駅三十周年記念碑」だそうです。
当駅は元々函館本線が単線だった時代に行き違いのための信号所として開設されたのが最初で、複線化後は一旦廃止になりますが、地元の強い要望もあり、仮乗降場として旅客扱いを開始し、その後待避線や跨線橋を備える立派な駅に昇格しました。
駅舎内には駅ノートがありました。駅舎内なので雨風には晒されないはずですが、ファイルに収められていました。余程大切にされているノートなんでしょうね。
少しだけ拝見しましたが、当駅を通勤で使っているという方の書き込みもあり、当駅がちゃんと地域の足として活躍できているのだなと思いなんだか嬉しくなりました。
ホームに戻ってきました。
今度は岩見沢方面に引き返すので跨線橋は渡りません。
と、ここでノースレインボーエクスプレスが通過です。
一昨日乗車し、昨日は札幌で撮影した「スーパー宗谷」の代走のやつですね。
3日連続でお目にかかれるとは思いませんでした。
動画も撮りたかったですが、不意打ちだったため間に合わず、せめてもの足掻きで後追い写真ですw
折り返しの岩見沢行きもやはり721系でした。
721系というとJR北海道では結構新しい車両のイメージでしたが、731系・733系・735系と後継車が続々デビューして711系なき今では古参に属するようになってしまいましたね。
JR九州で言えば、811系のような立ち位置でしょうか。
そうえいば、後日の調査で駅周辺に直線道路日本一のモニュメントがあったようですが、見落としてきてしまいました・・・
鉄道ファンであると同時に道路にも興味がある私としては宿題ができてしまいましたw
岩見沢より折り返す
再び苫小牧へ引き返すべく岩見沢に戻ってきました。
それでは苫小牧へ向かって引き返しましょう。
なお、復路は先程のリプレイになってしまうので記事は苫小牧に飛びます。
苫小牧より植苗へ
朝早くここから出発して5時間ほどでまた戻ってきたわけですが、ここからはいわゆる暇つぶし行程となりますw
ここで50分ほど待ち時間があるので駅前で軽く食事を取り、千歳線で植苗駅へ向かいます。
苫小牧駅で見かけた「北斗」です。北海道内の特急列車としては編成が長い部類なのではないでしょうか。
駅名標です。
字面からして北海道開拓時代に苗を植える場所だったのかななんて想像してみましたが、調べると「ウェン・ナイ」というアイヌ語に漢字を当てたもののようです。「悪い川」という意味になるようですが、どう「悪い」のかはよく分かっていないようです。
2面3線の国鉄型配線に見えますが、実は真ん中の1線は既に撤去されていて2面2線の単式ホームというイレギュラーな構造になっています。
木製ホームになっている部分がありましたがかつての延伸の跡なんですかね。
今でこそ3両編成程度の普通列車が主流になっていて、過剰な設備に思えますが、かつては長大編成の普通列車が停車した時代もあったんでしょうね。
千歳線も特急街道であるだけに、跨線橋は完備されていますが、光珠内駅のものと比べると明らかに狭いですね。
跨線橋から構内を見渡してみます。
周囲には集落がありますが、それでも利用は少なく、隣の美々駅とともに普通列車の一部は当駅を通過します。
駅前広場は文字通り広々としていました。路線バスの乗り入れはないようですが、地元の方がマイカーで乗り付けたり送迎するのに使われてるんでしょうかね。
このあとは苫小牧に引き返して、日高本線です。
当日中に隣の美々駅にも立ち寄るので一旦苫小牧へ戻ってからまた美々駅へ行くのは非効率な行程に見えるかもしれませんが、前述の通り当駅と美々駅は普通列車の一部が通過してしまうため2駅とも停車してくれる列車というのがちょうどいい時間に走っておらず、先に日高本線に乗ってから戻ってきたほうがちょうどよいというわけですね。
日高本線
苫小牧から様似までの146.5kmを結ぶ長大ローカル線の日高本線ですが、2015年の高波被害で路盤流出が発生し、鵡川~様似間はバス代行輸送という状態が続いていて、JR北海道は元々発生していた赤字に加えて復旧費用や老朽施設の更新などに多額の費用が発生するため、費用の一部を地元自治体や北海道で負担することが必要という趣旨の提案をし、それに対して沿線自治体は費用負担を拒否し、事実上日高本線のバス転換を容認する姿勢を取っていることから、現在列車が走っていない鵡川~様似間は事実上廃止が決定してしまったと言ってもいい状況であり、現在列車が走っている苫小牧~鵡川間にしてもJR北海道が単独維持の困難な線区に上げており、廃止の可能性を排除できないことから全線の乗車が叶わないとしてもせめて乗れる区間だけでも乗っておこうということで今回乗ることになりました。
ちなみに、西鉄8000系さんはこの被災の直前に運良く乗られているようで、もっと早く乗っておかなかったことを悔やむばかりです。
この日高本線も計画では襟裳岬を経由して広尾まで伸ばして、かつて存在した広尾線と繋がって帯広まで至る計画だったようで、もし広尾線が存続していて日高本線も計画通り開通していたら旅行当時台風被害で運転を見合わせていた石勝線の代替ルートとして有用だった可能性もあるななんて想像してみましたが、無いものは仕方ないですからねぇ・・・
ちなみに、様似~広尾間はJR北海道バス、広尾~帯広間は十勝バスの路線バスがそれぞれ運行されており、鵡川~様似間についても代行バスが運行されているので一応日高本線・広尾線のルートを公共交通機関でトレースすることは可能になっています。
↑入線シーンを撮影です。
というわけでこちらが日高本線のキハ40系です。専用の塗装が用意され、沿線の観光案内なんかも車内に掲示されていて、路線を活性化しようという意思が伝わってきていただけに復旧断念(事実上廃止)は残念でなりません。
サボ部分の車体には「日高本線」と書かれていて、サボを挿さない場合は「日高本線」と自動的に表示される仕組みなんですね。
ところで、発車標には様似行きと案内されていました。あくまでバス代行であり、列車の行先は様似ということなんでしょうか。
外観の撮影を終えたら座席を確保すべく乗車しましたが、意外と乗車率は高くボックスは殆ど埋まっていました。しかし、殆どが地元の方のようでした。
旅行時点では廃止の話は出ていませんでしたし、ごく一部の区間である鵡川までしか運転されていないこともあってかさよなら乗車のような雰囲気の人はほとんど見かけませんでしたね。
列車はしばらく苫小牧の市街地を走行しますが、市街地内に別の駅はなく、最初の駅となる勇払駅は周囲が開けた土地で、かつては製紙工場への専用線も備えた貨物輸送の拠点だったこともあるようですが、現在鉄道貨物輸送は廃止されていて、単なる旅客駅となっています。やたらと広い構内がかつての面影を残しているといえますね。
ちなみに、勇払駅までは以前に西鉄8000系さんと北海道を旅行した際に駅取材目的で乗車しており、本当の意味での乗りつぶしは勇払~鵡川間となります。
思ったのは苫小牧~勇払間は13.1kmもあり、東京駅からこの距離を進めば東北本線では赤羽駅、総武本線では小岩駅、東海道本線では大森より少し先、中央本線では東中野駅あたりまで1駅間ということになります。
北海道は人口密度が東京より圧倒的に低いわけですから仕方ないと言えばそれまでですが、この区間内は苫小牧市の市街地を通過する箇所もあり、沿線にショッピングモールなども見受けられました。1駅か2駅、間に新駅を設ければ日高本線の需要喚起に繋がって活性化出来る余地はまだまだあるように見受けられました。このまま廃止してしまうとしたら残念でなりません。
沼のような・・・池のような・・・そんな水域をすれすれに掠めていきます。
橋梁ではなく盛土で水域を横断しているんでしょうね。
苫小牧港の港湾施設のようですね。北海道へフェリーで行く場合、苫小牧港を利用することも多いと思いますが、港湾法では「国際拠点港湾」、港則法では「特定港」とされていて、「中核国際港湾」の指定も受けるなど貨物港としても重要な役割を果たしているようです。
フェリーでしょうか。大きな船が停泊していました。
見えているのは東港区だと思われますが、ここからは新潟・敦賀へのフェリーが出ているようです。
のんびり船旅で北海道入りするのも乙なものでしょうが、限られた日程で行程を組まなければならないことを考えると移動に時間をかけるのは難しいんですよねぇ・・・
続いては浜厚真駅ですが、地名は厚真町なんですね。開業当初は厚真駅だったようですが、なぜか後から”浜”が追加される形で改称されたようです。川崎駅に対する浜川崎駅のように既存の駅より海側にあるからというなら分かりますが、別に「厚真駅」が開設されたわけでもないようですし、よく分かりませんw
あと、「あつまバス」というバス会社がありますが、ずっと「あづまバス」だと思っていて、厚真という地名を知るまでそのひらがな表記であることに気づきませんでしたw
鵡川駅
2016年12月現在で列車が乗り入れる区間としては終端となる鵡川駅にやってきました。
ちなみに、苫小牧から当駅までは4駅しかありませんが、距離にして30.5kmもありまして、時刻表上ではあっという間の感覚だったのが、実際に乗ってみると予想以上に長かったですw
代行バスの様子を見たかったので早く駅前に出るべく構内での撮影は最小限にするため、とりあえず列車を撮ったら外へ出ます。
このカラーも見られなくなるかもしれないのでしっかり撮っておきます。
さも様似方面へも普通に運行されているような感じで時刻表が掲示されていましたが、よく見ると代行バスの時刻表なんですね。
駅舎は「むかわ交通ターミナル」として、バスターミナルも兼ねています。
待っていたのはこのあたりの路線バスを手がける”あつまバス”ではなく、地元の観光バス会社のバスのようでした。
今回は代行バスには乗車せずに苫小牧へ引き返しますが、代行バスの概要だけ説明しておきます。
基本的には静内で系統分断され、鵡川~様似間を直通する代行バスは設定されていません。
全区間通しだと100kmを超える区間となり、受託するバス会社側が直通での運行に難色を示したか、あるいは当初は静内~様似間は列車の運行が続けられていて、鵡川~静内間のみの代行バスだったものが、2度目の路盤流失で静内~様似間にも代行区間が拡大したために別々の代行バスという形を取っているのかもしれませんね。
国鉄コンテナが置いてありましたが、倉庫代わりにでも使っているんでしょうか。
寒冷地らしく待合室は立派ですが、待っている人はほとんどいませんでした。
先程乗り合わせていた人たちは代行バスに乗り換えたり、鵡川の街に消えていったりして、折り返し乗車する人はほぼいないようです。
さっきは撮らなかった駅名標
隣の汐見駅の表記が消されないことを祈りたいです。
こうしてみると広い構内ですね。
ちなみに、かつては富内線という支線が当駅から分岐していたそうで、運行拠点という役割もあったようです。
様似方の線路です。レールもすっかり錆びて雑草も生えてしまっていて、これでは廃線跡のようですね・・・
再び列車が走ってレールが銀色に輝くといいなぁ
ちょっとした感傷に浸りつつ列車で鵡川を後にして苫小牧へ戻ります。
このあとは美々駅ですが、苫小牧では動画を1本撮っただけなのでそれをご紹介したら記事は美々駅に飛びます。
↑特急「すずらん」の苫小牧駅発車シーン
美々駅
来春での廃止が決まった美々駅にやってきました。
まずは駅名標です。
時刻表で見かけて変わった駅名だなと思って興味を持っていましたが、廃止になると聞いてこの機会に訪れることにしたわけです。この駅名もやはりアイヌ語由来で、「ペッ・ペッ」というアイヌ語が由来のようです。「ペッ・ペッ」を「美々」にするのはいささか強引な気もしますが、日本語で「ぺ」と読む漢字はないと思いますし、漢字を当てようと思えば「美々」が字面としてもよかったのかもしれませんね。
駅の近くには巨大なアンテナのような設備がありますが、これは新千歳空港の施設なんですかね。
ちなみに、当駅と新千歳空港は意外と近く直線距離で3kmしか離れていないようですが、ターミナルビルと当駅の間には新千歳空港の滑走路が横切っており、苫小牧方面からやってくる場合でも当駅を空港アクセス手段として使うのは難しいようです。
しかしながら、離着陸する飛行機の音は絶えず聞こえてきており、空港が近いことは実感されました。
現在は無人駅となっていますが、待合室を備えたしっかりした造りになっています。
改札口ですが、ICカード用の簡易リーダーがあるのみで、乗車券の人は集札箱に入れるスタイルのようです。
待合室の内部です。ベンチくらいしかありませんが、吹きさらしのホームで待つよりは遥かに快適でしょう。
駅ノートがあることは想定内でしたが、本の時刻表まで備えられているのには驚きました。
JRで備えているのか、もしくは有志が設置してくれているんでしょうかね。
時刻表です。
おおむね1時間に1本程度は確保されており、1日数本レベルのローカル線がゴロゴロある北海道にしては多い方なんでしょうが、これが列車密度の高い札幌~苫小牧間にある駅だということを考えれば通過列車が大半を占めていることがわかりますね。
早朝や深夜帯に2時間以上列車が来ない時間帯がありますが、こういう時間帯は一旦逆方向の列車に乗って沼ノ端や南千歳で引き返すルートを取ったほうが便利なんでしょうね。まあ、折り返し乗車を認めるような特例はないので折り返し区間の乗車券を別途用意しなければなりませんけどw
駅前広場側からの駅舎です。
ところで、飛行機の音とは別に甲高いエンジン音のようなものが時々聞こえていたんですが、調べてみると近くに新千歳モーターランドという施設があるようですね。付近に住宅地や商業施設の類は見られず、このモーターランドが唯一の当駅周辺の交通需要と言えると思いますが、当駅からだと徒歩で30分かかるようで公式サイトでも南千歳駅からのタクシー利用を推奨される始末・・・
確かに特急も含め全列車が停車し、札幌からの快速「エアポート」も利用できる南千歳のほうが便利なのは間違いないですが、美々駅も停車本数が増えれば利用されそうなものですけどね。
なお、利用者数は1日平均1名という状況のようで、私のように興味本位で訪れる鉄道ファンか物好きしか利用しない駅になってしまっているんでしょうね。
ということは、私が下車した時点で当日の乗降人数の平均は達成したということになりますねw
飛行機やレーシングマシンの音といった人間の営みを感じさせる音が聞こえるので秘境駅という感じはしませんが、見事に人工物が見当たりませんね・・・
私はてっきり空港建設で周辺の集落が移転してしまいほとんど利用されない駅になってしまったのだとばかり思っていましたが、調べてみると当駅は開設当初から集落などない場所に設置されており、千歳線の前身となる札幌線を建設した北海道鉄道の社長が所有する牧場の土地の近くだったということで、社長の個人的な都合で造られた駅(多分)という経緯があるようですw
そんな駅がこの平成の時代まで廃止されずに残ってきただけでもすごいことだということなんでしょうか。
時間つぶしの撮影会
駅の方は大体見終えてしまいましたが、次の列車までまだ時間があるのでホームで通過列車を撮影したいと思います。
785系「すずらん」
今度は789系の「すずらん」
動画もまとめてご紹介します。
↑785系「すずらん」
↑731系到着シーン
↑苫小牧方面貨物列車
↑789系「すずらん」
↑札幌方面貨物列車
サッポロビール庭園駅
ビール好きの方には聖地と言える駅かもしれませんねw
構造は2面4線の島式ホームですが、開業時は2面2線の相対式ホームだったようで、新千歳空港開業に伴う快速「エアポート」運行開始で千歳線の運行本数が増えることから待避設備が後から追加されたようです。
そのためか、ホームは狭いですね。
待避線はホームを超えてかなりの有効長が取られているようですが、貨物列車の待避にも使用するんですかね。
↑動画もどうぞ
外部との連絡は跨線橋ですが、ホームの狭さに合わせて細い跨線橋ですw
乗車駅証明書発行機を備えていますが、これは千歳線では唯一だそうです。
千歳線では美々駅と植苗駅、そして当駅が一部の普通列車に通過される駅となっており、美々駅・植苗駅は利用者が少なすぎて信用乗車に近い形態を取っているのでしょうが、当駅については1日の利用者数が3桁には達しているようなので駅員を配置するほどではないにしてもちゃんとした設備を設けようということなんですかね。
跨線橋内部には簡易な待合所が設けられていて、外部や反対のホームと繋がる通路の部分にはICカードリーダーを備えており、跨線橋自体が駅舎としての機能を持っているようでした。
簡易の橋上駅舎という感じですかね。当駅はJRグループ発足後の1990年に開業していることから、最小限の設備で駅としての機能を実現しようという合理的な発想で設計されているのかもしれません。
ガラス張りのデザインが現代風ですが、冬場はともかく夏場は暑そうですねw
それとも北海道だから意外と大したことないのでしょうか。
駅を出ようとすると早速工場見学の案内が出ていました。
予約のない人への案内もありますが、駅名が駅名だけにふらっと訪れる人もいるんですかね。
ちゃんとした駅舎がないのでこれが駅前の写真ということになるかと思います。
こうしてみると、跨線橋はホームへの出入りだけでなく駅の向こう側への自由通路も兼ねているようです。
駅前には大きな木が立っていて、その周囲は駐車場が広がっています。
サッポロビールの北海道工場の駐車場なんですかね。
ビール工場以外にも様々な施設があるようですね。
今回は工場見学に来たわけではないので駅の方へ戻りたいと思います。
あとは次の列車まで構内で撮影しながら時間を潰したいと思います。
↑「エアポート」通過シーン
↑「スーパー北斗」通過シーン
↑貨物列車通過シーン
撮影も一段落したらそろそろ列車の時間なので普通列車で南千歳駅へ向かいます。
南千歳駅
「エアポート」に乗り換えるついでに南千歳駅を簡単に取材します。
国際線も就航する新千歳空港への乗換駅だけに外国語での案内もありました。
札幌・小樽方面以外は当駅で乗り換えとなりますので待合室もしっかりしたものが備えられていますね。
ホームは2面2線の島式ホームとなっていて、内側2線を快速「エアポート」が使用するのですが、あえて右側通行で入線させることで、帯広・釧路・苫小牧・室蘭方面との乗り換えは平面乗り換えが実現されています。
特急列車の案内ですが、ちゃんと使用車種ごとにイラストを使い分けているのが興味深いですね。
駅からは架道橋が直結していて、駅の横を通る国道36号にあるバス停とも乗り継ぎが可能となっています。
こちらが国道36号です。この道路は札幌と室蘭を結ぶ幹線道路となっています。
橋上駅舎なのでこちらが駅舎の写真ですね。
それにしても、随分とくたびれた階段ですw
空港の方を望んでみます。国道の向こうはすぐに空港の敷地なので開けていますね。
空港とは反対側の駅前です。こちらには立派なロータリーが備えられていて、帯広方面・苫小牧港方面のバスが発着します。
ロータリーの中心には時計と温度計がありますが、風力発電と太陽光発電の電力で稼働しているんですかね。
あと、下に書かれている文字は写真だと読みづらいですが、「千歳オフィス・アルカディア」とあり、これは駅前に整備された工業団地の名前のようです。
また、「千歳アウトレットモール・レラ」や「千歳アルカディア・プラザ」といった施設があります。
このくらいでひと通り見たと思われるので「エアポート」で空港へ向かい帰路に就きたいと思います。
新千歳空港から帰路
3泊4日に及んだ長旅もいよいよ新千歳空港で終わりとなります。
今回は私がよく利用するジェットスターではなくバニラエアを利用したこと以外に特筆すべき点もなく、また、LCCゆえに懸念された遅延もなく順調に成田まで飛行してくれました。
ちょっとピンぼけですが登場直前に飛行機を撮影です。
そういえば、LCCだと徒歩かバス移動でオープンスポットからタラップを利用しての搭乗となることが多いですが、新千歳空港はボーディングブリッジで搭乗できる場合が多いので便利ですよね。
最後に成田空港での写真ですが、こちらはLCC用として整備された第三ターミナルから鉄道駅のある第二ターミナルへの移動途中にある通路です。
迷わないように行き先別に色がついたレーンが用意されていますが、所々にベンチと自販機付きの休憩スポットが用意されていて、まるで歩行者用のサービスエリアのようだったので思わず撮影w
この通路ですが、一応屋根はあるので雨でも濡れずに移動できますが、側面は簡易なトタンのような壁しかないので隙間から風が入ってきて冬場は寒いです。
また、意外と距離があるので足腰に自信のない方は連絡バスを使ったほうが無難かもしれません。
このあとは「スカイライナー」で上野に出てから帰路についたわけですが、普通に乗車しただけで特段書くこともないので記事はここまでとします。
だいぶ執筆が遅れてしまい、完結が旅行の3ヶ月後という有様になってしまいましたが、最後までお付き合いありがとうございました。
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