筑豊地区乗り鉄旅

今回は福岡への帰省中の期間を利用して筑豊地区の乗り鉄旅をしましたのでそのレポートとなります。
時系列としては、九州遠征3日目終了後、実家で数日過ごした後のこととなります。

今回の行程

今回の活動内容ですが、18きっぷの消化が目的であり、そんなに込み入った内容にはなっていません。
目的としては大きく3つあり、1つ目は原田線区間でのキハ40系の乗車、2つ目はBEC819系、通称「DENCHA」への乗車、そして、筑豊電鉄5000形への乗車です。
福岡県は長らく私のホームグラウンドでしたから、乗っていない路線というものは既になく、一方で私が福岡を離れて以降に登場した車種はなかなか乗る機会がなかったので18きっぷ消化を兼ねて乗ってしまおうというわけです。
なお、キハ40系については例外的で、元々キハ40系が走っていたのがキハ31系に置き換えられ、高音質な録音を確保する前に置き換えられてしまったためこの区間は低音質の録音しか持っていませんでした。しかし、何を思ったか再びこの区間にキハ40系の運用が復活したとの情報をキャッチしており、どのみち「DENCHA」や筑豊電鉄へ行くには筑豊本線を通る必要がありましたので、最短経路の篠栗線よりは遠回りですが、ついでに立ち寄ることにしたわけです。

まずは原田線へ

原田線の出る原田駅まで移動するところから旅が始まりますが、途中の二日市駅では特急退避がありましたので少しだけ撮影しました。
そのレポートから始めたいと思います。


九州、特に福岡県内ではありふれた存在の813系ですが、久々の乗車で懐かしさもあって撮影


隣に783系がやって来ました。
佐世保・ハウステンボス行きの「みどり」「ハウステンボス」のようでした。
以前は「かもめ」も併結して13両編成というのもありましたが、九州新幹線全通で博多~鳥栖間の線路容量に余裕が出たため、「かもめ」の併結運転は終了し見られなくなりました。


783系といえば私が幼い頃から走っている車両ですが、やっぱり懐かしさで撮影w


↑発車シーンを動画で撮ったら普通列車の車内に戻ります。


その前に1つだけネタを取り上げますと、二日市駅の駅名標は鳥居のようなデザインになっています。
これは、JR線に限った場合二日市駅が太宰府天満宮の最寄り駅となるためですね。
なお、私鉄も入れるならば西鉄太宰府線の太宰府駅が最寄りとなり、当駅からではバスに乗り換えないと太宰府天満宮へは行けません。


そして、原田駅に向かうとお目当てのキハ40系が待っていました。
私が福岡で大回り乗車を始めた頃にはこれにばっかり乗っていましたが、今やキハ40系もすっかり希少車種になりましたね。(といっても、今回の遠征では鹿児島やら宮崎では何度も乗りましたけどねw)


桂川行きの幕


以前乗ったときにはなかった気がしますが、こんなサボが付いていました。
DC40の文字の上にローマ字表記で路線名も書いてありますが、日田彦山線、後藤寺線と共通運用なのか3路線併記になっていましたw

それでは乗り込みましょう。
普通の平日ということでボックス席を占領できる程度の乗車率でした。

原田線

ここから乗車する原田線ですが、実は原田線というのは愛称であり、正式な路線名は筑豊本線となります。
筑豊本線は原田と若松を結ぶ路線ですが、桂川駅、折尾駅を境に運行系統が分かれており、原田~桂川間が原田線、桂川~折尾間が篠栗線・鹿児島本線と一体的に福北ゆたか線、折尾~若松間が若松線とそれぞれ愛称がつけられています。
若松線の方は直方まで直通する運用になっているので完全に孤立しているわけではありませんが、原田線は原田~桂川間で独立した運行形態となっており、桂川以北への直通はありません。
このような理由から、原田~桂川間を筑豊本線と呼ぶよりは、原田線と呼ぶことのほうが一般的です。
この区間は冷水峠を越える沿線人口の少ない区間であり、かつ福岡県の中心とも言える博多駅を通らないルートとなるため旅客流動は少なく、1日に8往復の単行ワンマンカーが走るのみの閑散区間となっています。
篠栗線全通以前は直方や飯塚と福岡市を結ぶルートとして、原田線区間にも多くの列車が走っていたり、折尾~原田間で見ると鹿児島本線より距離が短いことから寝台特急のショートカットルートとして活用されていたこともありましたが、今では見る影もありません。


原田駅を発車してしばらくすると西鉄天神大牟田線と交差します。
交差箇所に駅は設置されておらず西鉄と原田線を乗り換えることは出来ないのですが、原田線の本数が少なすぎて駅を設置するという投資をしても回収できないという判断なんでしょうね。
ちなみに、小さな頃西鉄電車に乗って原田線の鉄橋を見ていましたが、原田線の存在を知らずいつ通っても列車に遭遇しないことから勝手に廃線跡なんだと思っていたことがありますw
何せ1日8往復ですからピンポイントで遭遇するのはすごい確率ですからねぇ。


最初の停車駅は筑前山家駅です。
このあたりまでは西鉄バスのバス路線が出ており、原田線の列車がない時間帯に当駅周辺に行きたい場合はバスを使うことになります。
なお、昔はこの先も原田線と並行して冷水峠を越えて飯塚方面へ向かうバスもあったようですが、現在は廃止され、公共交通機関で冷水峠を越えることができるのは原田線のみとなっています。


構内には西鉄福岡市内線で使われていた路面電車の車両が保存されています。
これは「北九州線車両保存会」という団体が管理・維持しているもので、JR九州は敷地を貸しているのみとのことです。
かつては北九州線で使われていた車両も保存されていてもう少し賑やかでしたが、そちらは「かしいかえん」に移設されています。
なお、北九州線の車両もいた頃に公開イベントにお邪魔したことがあります。


筑前山家駅を出ると10kmほど駅がなく冷水峠を越える区間になります。
峠そのものは冷水トンネルという長大トンネルで一気に越えてしまうので車窓はそんなに険しい峠というイメージはありませんが、25‰の急勾配が控えており、SLの時代には補助機関車を必要とする難所だったようです。

筑前内野駅、上穂波駅を出て4駅目が終点の桂川駅です。
原田線区間に限っていえば起終点を入れても5駅しかないんですね。
ただし、冷水峠超えの区間が10kmもあるため、原田線全体は20kmもあり、駅数の割には長いですよね。


篠栗線と合流すると終点の桂川に到着です。


キハ40系とは一旦お別れして、福北ゆたか線区間に乗り継いで直方を目指します。


ここから先は電化区間であり813系や817系が走っています。
この筑豊地区用のシルバーの813系で直方まで行きます。

直方からは「DENCHA」

直方駅ではすぐに接続するのは817系の黒崎行きだったため、見送ってから「DENCHA」による若松行きを待ちます。


側線には「DENCHA」がいました。
日中で本数も少ない時間ですからお昼寝中なんでしょうね。


↑817系2000番台の発車シーン


そして、私の乗る「DENCHA」が入線してきました。(動画は不意打ちの入線だったため撮れず・・・)

見た目は817系にそっくりですが、最大の違いは蓄電池を搭載した蓄電池電車であることです。
そのため、バッテリーがある限りは非電化区間も走ることができます。同種の車両としてJR東日本のEV-E301系やEV-E801系(ともに愛称「ACCUM」)があり、日本国内で営業運転を行った最初の例はEV-E301系ですが、こちらは直流電化の東北本線に乗り入れる運用となっており、直流線区向けの蓄電池電車でした。
しかし、JR九州管内のほとんどは交流電化であり、筑豊本線も桂川~折尾間が交流電化であることから、交流に対応した蓄電池電車とする必要があり、817系をベースにした試験車両を製作して実験を行っていましたが、晴れてそれが量産化され営業運転を開始したのがこの「DENCHA」です。
型式名としてはBEC819系を名乗っており、愛称の「DENCHA」は”DUAL ENERGY CHARGE TRAIN”の略とされています。
あんまり詳しく書くと聞ける車両辞典にページを新設するときにネタ切れしてしまうのでこれくらいにしておきます。


車体にもしっかり「DENCHA」の愛称名が記されていました。


車内です。ロングシートではありますが、JR九州お得意の独特なデザインのおかげでありきたりな感じはしません。


座席もJR九州お得意の木製です。
観光列車では木製の座席も珍しくないかも知れませんが、通勤形車両にまで採用するのはJR九州ぐらいではないですかねw
あ、もはや言うまでもないかも知れませんが、この車両も水戸岡マジックで知られる水戸岡鋭治氏のデザインです。


ドアには「あそぼーい!」のマスコットキャラクター「くろちゃん」が描かれています。熊本と福岡で走る地域も違いますしいくら同じJR九州の列車といえども流石に関係ないんじゃないかとも思いますが、そういえば305系でも描かれていました。


バリアフリーにも配慮して車いすスペースもあります。


何気にすごいと思ったのが、車いす利用者に同伴する付き添いの人のための折りたたみ式の座席があったことです。
これって他の車両ではあまり見たことがない気がします。


“BEC”というのも正式な型式名の一部だという証拠として車番を撮っておきました。
JR東日本でも蓄電池電車ならEV、ハイブリッド気動車ならHBを付けたりして既存の電車・気動車と区別するように、蓄電池電車であることを分かりやすくするために”BEC”を付けたのは分かりますが、素直にEV819系とかでよかったんじゃないかと思ったりw
ところで、”BEC”って”BATTERY ELECTRIC CAR”とかの略ですかね。


首都圏ではもはや当然と言ってもいい設備となったLCDによる車内案内表示器ですが、これで直方の文字を見る日が来るとは・・・


あと、機器室の側面にはこんなモニターがありまして、現在の電気の流れを表示しています。
ハイブリッド気動車ほど複雑ではありませんが、電化区間では走行は架線の電力によって行い、惰性走行や停車・減速時にバッテリーへの充電を行います。

それではいよいよ発車です。
ただ、折尾までの区間は電化区間ですし、817系など普通の電車も走る区間であるため、バッテリーを積んでいるかどうかの違いしかないため、乗っているだけではあまり新鮮味はないですけどねw(もちろん、初めて乗る車両という意味での新鮮味はあります)

直方以北の区間はあまり混雑する区間でもなく録音もまあまあいい感じで収録できたところで折尾駅に到着します。列車は若松行きとして直通しますが、10分程度停車するようなので一旦ホームへ出て撮影などすることに。


ここでも一応「DENCHA」を撮影


ここまでは電化区間でしたのでパンタグラフを上げていましたが・・・


非電化区間に入るため折り畳まれました。
ここからはいよいよバッテリーの電力に頼った走行になります。


筑豊本線直方方面の線路です。電化区間なので架線が張られています。


反対側の若松方面ですが、覆いかぶさるように横切っているのは鹿児島本線の線路です。
元々筑豊本線と鹿児島本線は別々の会社の手により開業した経緯があり、それぞれが直角に交わる立体交差の駅となっています。
このため、筑豊本線と鹿児島本線を直通する列車は別途設けられた短絡線を走行することになり、その短絡線上のホーム(鷹見口)に発着するのですが、こちらは改札が別となっており150mほど離れているなど同じJR九州同士の乗り換えなのに一旦外へ出なければならない面白いことになっています。
そのため、当駅については途中下車が出来ない乗車券を使用する場合でも鷹見口に発着する列車とそれ以外の乗り場を発着する列車を乗り換えるために改札を出ることを認める特例があります。このため、これを利用すれば大回り乗車でも駅前を見たりできることになりますが、有人改札口で乗り換えのために一旦出場する旨の説明をしなければならないので浜川崎駅での鶴見線と南武支線の乗り換えほどお手軽ではありませんね。

なお、当駅の高架化工事が進捗しており、完成の暁には筑豊本線の線路も鹿児島本線と並行する形に改められて、現在1階部分の若松線、2階部分の鹿児島本線、そして鷹見口とばらばらになっている乗り場は同じフロアに集約されてこのような特殊な構造は解消される見込みです。
そのため、この乗り換えを体験したければ高架化完成前に訪れたほうがいいですよ。


鹿児島本線については既に新ホームへ切り替えられており、かつて使われていた旧高架橋は撤去されていました。
そういえば、この高架橋をくぐる箇所の高さが足りないせいで若松線の電化が出来ないような話を聞いたことがありますが、どうせ撤去してしまうならばついでに若松線も電化すれば「DENCHA」を導入するまでもなく817系とかを普通に使えたのではないですかね。

まあJR九州だって思いつきで行動しているわけではないでしょうし、電化する費用より「DENCHA」の開発・導入費用のほうが安かったとかかも知れませんけども・・・


乗り場案内です。
「DENCHA」導入以前の若松線はキハ47系などの気動車が運用されていて、折尾以南の筑豊本線(福北ゆたか線)への直通は朝夕に直方発着が僅かにあった以外は全て折尾で折り返しており、若松線専用の乗り場というイメージもありましたが、今はほとんどの列車が直方へ直通するようになって「福北ゆたか線」と書いてあっても違和感がないですね。

それではそろそろ発車ですので乗り込みます。


VVVFインバータの音がして、エンジン音も振動も排気ガスの臭いもしないのに架線が張られていないというのはやっぱり変な感じです。
ちなみに、非電化区間で複線というのも珍しかったりします。大抵複線化するほど需要のある区間ならば電化も一緒に実施してしまうことが多いからなんでしょうが、若松線の場合筑豊地区で採れた石炭を若松の港へ運ぶために作られ、最盛期はまさにひっきりなしに運炭列車が走っていたようですが、筑豊の炭鉱も閉山となり運炭の使命がなくなると地域輸送に徹することとなり、洞海湾を隔てた対岸に鹿児島本線が走っていることもありローカル線的な色が濃くなったこともあって、非電化のまま運行が続けられ、一方でかつての栄光の名残で複線のままとされているわけですね。


そして、終点の若松駅が近づいてきました。

若松駅

ここは10分程度の滞在ながら早足でレポートしていきます。


まずは駅名標


国鉄タイプも残っていました。


ホームです。かつては石炭の積出港として栄えた当駅も現在は1面2線とコンパクトになっています。


よく見るとホームの一部の屋根は木製でした。
若松駅を含む区間の鉄道は九州の鉄道としてはかなり早い時期に開業していますが、この屋根もかなり歴史のあるものなんでしょうね。


10分しかない滞在なのでとりあえず外へ出ます。


流石に北九州市内の駅ということで自動改札機こそ設置されていますが・・・


ご覧のように窓口は朝の6時半~8時半の間しか営業しておらず、それ以外の時間帯は完全な無人駅となります。
また、改札機もICカードのみに対応していて、磁気券の場合は脇の通路を通り集札箱に投入させるスタイルを取っているようで、SUGOCAなどICカード以外は事実上ノーチェックということになりますね。

前回訪問時には普通に駅員さんがいた記憶があったのですが、調べると去年の春から無人化されているようでした。
このところ普通列車の減便やワンマン運転の拡大など合理化が進められているJR九州ですが、一応は都市部の、しかも終着駅まで無人化してしまうとはすごいですね。


自動券売機もありますが、今はICカードの人がほとんどなのか、1台しか設置されていませんでした。


このように駅としてはかなり設備の簡素化が進められている印象ですが、駅そばは営業しています。
運営しているのは東筑軒という会社で、北九州地区で名物駅弁「かしわめし」を発売する会社として知られています。折尾駅では現在でもホームでの立ち売りもしているので、昔ながらのスタイルで駅弁を買ってみたい人は折尾駅に行くといいですね。


過去の若松駅の写真パネルが展示されていました。


現在でも若松や戸畑のシンボル的存在の若戸大橋ですが、その開通は1962年のことであり、その当時の若松は石炭輸送の拠点としてこんなに栄えていたんですね。


駅前ロータリーですが、車がすごいw


そこへ通りがかったのは北九州市営バスです。
福岡県のバスと言えば西鉄バスが独占しているイメージもありますが、実は北九州にも市営バスがあります。(ちなみに、福岡市には市営バスはありません)
北九州市のうち若松地区など南西部を中心に走っているんですが、それはかつての若松市の事業だったものを市町村合併で北九州市となった後も引き継いでいるからです。


かつて鉄道の要所として栄えた歴史があるだけにSLが保存されていました。


ただ、屋根すら無い吹きさらしで、見るからに再塗装と言った手入れもされていなさそうで痛々しい姿を晒していました・・・


炭水車とか、塗装が完全に剥げてしまっていました・・・


説明看板によると展示されているのは9600型のようです。
戦後は九州の運炭路線で活躍していたということで若松にもゆかりのある機関車ということになりますが、だったら塗装ぐらい綺麗にしてあげてw


後ろからも撮影


現在駅前広場となっている一帯も元々は若松駅の操車場の敷地だったようですね。


操車場についての解説パネルもありました。


そうそう、駅舎の紹介を忘れてはいけませんね。
1984年に作られた駅舎とのことで、どちらかと言うと現代風の駅舎ですね。


駅構内の脇にさり気なく置かれていた石炭車
どうしても保存車両というと先頭に立って牽引する機関車にばかり注目が集まりがちですが、実際に石炭を積んで走るのは貨車なんですからそっちも駅前に展示してあげればいいのに・・・

といったところで、若松駅からは撤収して一旦直方へ戻ります。
次は筑豊電鉄5000形に乗ります。

筑豊電鉄へ

帰路も「DENCHA」に揺られて直方駅に戻ってきたわけですが、筑豊電鉄が発着するのは筑豊直方駅という直方駅とは少し離れた場所に位置する駅なのでそこまで徒歩移動となります。


というわけで、直方駅から10分程度歩いて筑豊直方駅が見えてきました。


地方のローカル私鉄の駅らしからぬ高架駅となっているため、階段を登ってホームへ向かいます。
なお、もう5000形の列車の時間なので駅取材は復路に回してとりあえず乗ってしまいます。


ホームへ上がると既に5000形が入線していました。
筑豊電鉄へはもう何度も乗ったことがありましたが、5000形は私が九州を離れた後にデビューした車両なのでこれが初めての対面です。
なお、まるで路面電車のような車両ですが、これはかつて西鉄北九州線という路面電車と直通運転をしていた名残で代々筑豊電鉄の車両は路面電車タイプの車両となっており、最新型の5000形でも路面電車タイプになったわけです。
しかし、併用軌道区間は一切なく、法律上も「軌道」ではなく「鉄道」なんですから、路面電車タイプの車両しかないのは変わっていますよね。


反対側からも撮ったら乗り込みます。


車内で気になる設備はこれですね。
筑豊電鉄ではラッシュ時に限り車掌乗務が実施されており、新型車両ながら車掌台が用意されているようです。
ちなみに、少し前までは終日車掌乗務が実施されていて、黒い車掌カバンを持った車掌さんが車内できっぷの発売や運賃収受を行っていて、昔ながらの鉄道の風景が見られる私鉄だったんですが、合理化としてラッシュ時以外はワンマン化されてしまいました。
前回までに乗った時はその車掌乗務を見てきたのでそれが見られないのは寂しい思いもありましたが、逆に自動放送が導入されていたのは音鉄的な意味では収穫でした。
あと、以前はICカード乗車券は使えず現金でしか運賃を支払うことが出来なかったのですが、現在はnimocaが導入されていますし、かつてのちょっとノスタルジックな鉄道という雰囲気は無くなりつつありますね。

その他前回乗車時との変化はダイヤが変わりました。以前はラッシュ時以外は全て黒崎駅前~筑豊直方間を走破する列車だったと記憶していますが、現在の日中ダイヤでは黒崎駅前から筑豊中間で折り返す区間便と筑豊直方まで走破する便が交互に走るようになり、筑豊中間~筑豊直方間では減便ということになっています。


現在でも主力車種となる3000形とすれ違いました。
見た目こそ軽快車ですが、西鉄からの譲渡車の2000形の機器を流用して造られており吊り掛け駆動だったりします。そのため、5000形デビューまでは筑豊電鉄は吊り掛け駆動車しかいない鉄道会社でした。
なお、以前は西鉄北九州線と直通運転していたこともあり、西鉄の車両を使って運転していたので2000形まで自社車両を持っておらず、2000形は西鉄からの譲渡車、3000形も車体は新造とは言え機器は2000形からの流用ということで、機器の流用もなく完全な新製車両という意味では5000形は筑豊電鉄始まって以来の新製車両ということになります。


こちらも3000形ですがラッピング車両のようですね。

あと、2000形というのも一応現役ですが、5000形デビュー以前から運用は少なく、5000形も増備が進む現在、ついに最後の1編成を残すのみとなり、ラッシュ時以外は大抵車庫にいるようで今回の乗車でも車庫以外では見ることが出来ませんでした。
まあ、以前に訪問したときに乗車も果たしていますし、今回はあくまでも5000形の取材で来ているわけですから別にいいと言えばいいんですが、その最後の1編成も遠からず引退するようで、もう乗ることもかなわないと思うと何だか寂しい思いもあります。


基本的に市街地を走る区間が多い筑豊電鉄ですが、たまにこういう車窓も見ることが出来ます。これは桜が綺麗だったので撮影。


そして、終点の黒崎駅前に到着です。


筑豊電鉄も西鉄グループなのでちゃんとロゴが付いています。

黒崎駅

筑豊電鉄の駅は正式には「黒崎駅前駅」といい、JRの黒崎駅とは別の扱いですが、隣接していて事実上同一駅とみなせるので見出しは「黒崎駅」としました。
ここでは1時間ばかり滞在することになるので駅取材と昼食を済ませます。


この駅の特徴として真横に西鉄バスのバスターミナルが設けられており、バスの行き先にもよりますが、電車とバスの対面乗り換えが実現しています。


駅はコムシティというビルの1階部分に設けられているため、地上駅ながら薄暗く地下駅のような雰囲気です。


ホームですが、3面2線の櫛形となっています。
現在はラッシュ時以外は1番のりばしか使わないようですが、ほんの1年間だけ西鉄北九州線の最後の存続区間となった黒崎駅前~折尾間の運転でも使用され、その際は北九州線の折尾行きが1番のりば、筑豊電鉄が2番のりばという風に使い分けられていたようです。
なお、余談ですが、2015年まで当駅と熊西駅の間は正式には西鉄北九州線とされており、筑豊電鉄が線路を借り受けて営業する第2種鉄道事業者という扱いだったため、九州の鉄道ファンの間では「西鉄北九州線は今でも現役で運行されている」というネタとしても知られていましたが、2015年にこの区間も筑豊電鉄に譲渡されて名実ともに筑豊電鉄線の一部となったため西鉄北九州線は法律上も存在しない路線となりました。


↑発車シーンはもちろん動画で。
なお、このまま折り返し列車に乗らなかったのは折り返しが筑豊中間行きであり、これで折り返して後続列車へ乗り換える形をとると全区間録音の確保ができなくなるという理由です。


終端部ですが、路面電車(正式には鉄道扱いですが)にしては頑丈な車止めですね。


続いて入線してきたのは3000形。
長らく筑豊電鉄の主力車両であり、5000形も数の上ではまだまだ少数派ということもあって何だかんだ今でも筑豊電鉄の顔はこの3000形ですよね。


↑入線時の動画です。


筑豊電鉄では路面電車同様に車内で運賃収受をするスタイルなのですが、主要駅ということで券売機が置いてありました。
あと、飲み物の自販機が5000形のデザインになっているのも面白いですね。


隣のバス乗り場にやって来たのは西鉄バスです。
ただ、長らく親しまれている赤バスとも、近年勢力を増しつつあるスマートループとも違うデザインですが、これは北九州線代替バスとして運行されている1系統でして、バスも専用の塗装がされています。(普通の塗装のバスで運行する場合もあり)
ルートも基本的に西鉄北九州線をトレースしていますが、すごいのが特快と称して主要バス停のみに停車する優等運転を実施していることですね。
この区間にはJR鹿児島本線が並行しており、快速電車なら小倉まで15分ほどで結んでいますが、1系統各停便が47分、特快便が38分となっています。所要時間ではいくら特快でも全区間で一般道経由では到底鉄道にかないませんが、駅から離れた地区へ向かいたい場合などは、電車で移動してもまた駅から別のバスに乗り換える手間なんかを考えれば直通のバスのニーズもあるんでしょうね。
元々西鉄バスは福岡市内でも特快などの優等種別のバスを走らせていますし、これも西鉄バスらしさともいえますね。


リンガーハットってこういうコラボもやってたんですねw
これも九州グルメと言えなくもないのでお昼ご飯にしようかなとも思いましたが、東京でも普通に食べられますし今回はパスw


駅を出るとペデストリアンデッキに繋がっていました。


ちょうど高速バスが出るところでしたが、これはヤフオクドーム行きですね。
ヤフオクドーム行きは野球の試合やコンサートなどのイベント開催日に合わせて臨時運行されるもので、門司・小倉・黒崎・久留米・飯塚・田川などからも高速バスが出ています。


筑豊電鉄の駅も入居するコムシティ


一方のJR黒崎駅ですが何やら封鎖されている模様・・・


と思ったら隣に自由通路がありました。どうやら封鎖されていたのは旧自由通路のようですね。


こちらが黒崎駅の駅舎となります。


駅前には北九州市を拠点とする百貨店「井筒屋」があります。


ここでお昼ごはんです。
久々の福岡ということでとんこつラーメンを頂くことに。
東京でも食べられるお店は増えてきていますが、やっぱり本場が一番ですよね。


腹ごしらえの後は軽く撮りバス
スマートループですね。


昔ながらの赤バスも撮ったら筑豊電鉄で直方へ戻ります。


↑帰りももちろん5000形です。

道中は先程のリプレイで書くこともないのでこのまま筑豊直方駅のレポートに飛びます。

筑豊直方駅

そうして戻ってきた筑豊直方駅ですが、桂川からの原田線の時間の兼ね合いで少し時間があるので取材をしてからJR直方駅へ移動します。


まずは乗ってきた5000形を撮影


↑ここでも発車シーンを撮影


それでは駅取材開始ということで駅名標から


駅は2面2線の高架駅ですが、路面電車タイプの車両が走るゆえにホームが低いので高架駅とのミスマッチさが面白いです。


終端部ですが黒崎のものと比べるとかなり簡素な印象


車止めの先は通路を挟んでそのまま高架橋の終端となっており、万が一オーバーランして車止めを突き破るようなことがあればそのまま高架橋から転落してしまうわけですが、そんなにスピードを出さないので問題なしということなんでしょうか。


車止め先の通路より駅構内の全景です。


メインで使われる出入り口に面した方のホームです。
基本的にこちらのみが使われ、反対側の乗り場はラッシュ時のみというのは黒崎と同じようです。


筑豊電鉄は基本的に車内精算の方式なので無人駅ですが、一応窓口は設置されているようです。
ただ、今でも使用されているのかは分かりませんが・・・


地上に降りる階段


地上側から


駅入口部分ですが、「ちくてつ電車」とひらがな表記なんですね。


駅前にはバス停があり、そのままずばり「筑豊直方」というバス停名になっています。
直方駅を発着するバスが通るので、直方駅へ徒歩移動がきついという場合はバスも利用できますが、歩いても10分かかるかどうかですし、バスもそんなに頻発しているわけでもなさそうなので、普通は徒歩連絡でしょうね。


そして、駅外観です。
外から見てもぷっつりと高架橋が途切れている姿は、ある程度鉄道の知識がある方が見れば「未成線」の雰囲気を感じ取れることと思います。
この写真から未成線の予感がした方は正解で、実は筑豊電鉄は黒崎から筑豊地区を経て福岡市を結ぶことを目指して建設された路線の一部だったりします。黒崎から直方までは順調に建設が進みましたが、直方・飯塚を経て福岡市へ至るには八木山峠という難所が立ちはだかっており、ここに鉄道を通すには長大トンネルの建設が不可避でした。しかし、その建設コストの問題から筑豊直方以西の区間は着工すらされずに免許が失効し、計画は立ち消えとなりいわゆる未成線となりました。
当駅のこの構造も筑豊本線と立体交差させるにあたり、直方付近は高架で建設することとされており、その名残ですね。

なお、その後八木山峠には国鉄(現在のJR九州)の手により篠栗線が通されたため、筑豊電鉄の野望は国鉄の手により実現されたことになりますが、一方で、筑豊直方駅はJRや平成筑豊鉄道の直方駅とは離れていて乗り換えが不便だという問題もあって筑豊直方駅から延伸して直方駅に乗り入れさせようという構想もあるようで、実現すれば久々の地方鉄道の新路線として鉄道業界にとっての明るいニュースになりますね。
個人的にはせっかく路面電車タイプの車両で運行しているならば、直方市街の延伸は併用軌道で行えばコストを抑えられるんじゃないかなと思います。


少しJR直方駅の方へ歩いてから駅の方を振り返った写真ですが、予備知識がないとここに駅があるなんて想像できないですよねw

といったところで、筑豊直方駅のレポートは終わり!

あとは、直方駅のレポートをしつつ福北ゆたか線で桂川を目指します。

直方駅からは福北ゆたか線

「DENCHA」も筑豊電鉄5000形も乗ったので、あとは帰るだけなんですが、まだ時間も余っていますし、以前訪問した時は建設中だった新駅舎の直方駅も取材しつつ福北ゆたか線を待ちたいと思います。


と、そこへやってきた真っ赤なバスはJR九州バスです。
JR九州バスは九州内の国鉄バスの事業を引き継いだバス会社ですが、他のJR系列のバスの例に漏れず、一般路線バスは縮小傾向にあり、福岡県内は博多と直方を結ぶ直方線(飯塚や福間への支線もあり)のみが運行されており、それ以外は全て高速バスとなっています。


その直方線以外は西鉄バスとなっています。


直方駅の近くにあるこの立派な病院は「社会保険直方病院」といいます。
え?鉄道ブログで病院なんか紹介してどうするって?


その立地がネタなんです。
そう、実はこの病院が建っている場所はかつての国鉄直方自動車営業所の跡地なんです。
現在でも直方線としてJR九州バスの直方乗り入れは続いていますが、運行拠点は博多支店と宮若市にある福岡中部支店の2箇所に集約されており、直方には営業所は設けられていません。


と、そこに西鉄の高速バスがやってきました。
福岡・天神への高速バスが主力ですが、その他黒崎・小倉への特急バスも出ています。


撮りバスなどもしていると直方駅にたどり着きました。
駅前ロータリーがバスターミナルの機能も持っていますが、かつては西鉄が直方バスセンター、JR九州バスが直方支店とそれぞれ乗り場が異なっており、それを集約して交通結節点としての機能を強化しました。


駅舎です。以前の駅舎は明治時代のもので当時九州最古の駅舎とされていましたが、市民の保存を求める声も虚しく解体されてしまいました。
一方の現駅舎はかの水戸岡鋭治氏によるデザインとのことです。


駅前にはこんな像があります。
直方市出身で元大相撲力士の魁皇関のもので、私は相撲にはてんで疎いのであまり実感が湧かないのですが、博多~直方間を結ぶ特急の愛称にも「かいおう」と付けられているくらいですし、地元の人からしたら英雄なんでしょうね。
ちなみに、「かいおう」という列車名についてですが、日本では列車名に人名を使うこと自体珍しいですし、ましては存命中の人名となるとこの「かいおう」が唯一の例です。


時間が余るので今回は乗りませんが平成筑豊鉄道(通称「へいちく」)の乗り場へも行ってみることに・・・
平成筑豊鉄道は直方駅でも車内改札なのでホームへは自由に入れますしね。


こちらが”へいちく”の車両です。
新潟トランシスのNDCシリーズの1つであり、ローカル鉄道の典型的な車両ですね。


駅名標です。
正式な駅名はJRと同じ「直方駅」ですが、ネーミングライツ制度により「藤本興業studiocanada直方駅」とされています。


ホームは1面2線と簡素ですが、最大でも15分ヘッドの運転ですしこれで十分なんでしょう。


一応終端側も


起点なのに0キロポストじゃなくて100m地点になっているのは、元々国鉄の路線だったのでJR直方駅の中心から起算しているんですかね。


有人駅ならば改札に相当する出入口部分


駅の向こう側へ渡れる跨線橋があったので渡ってみることに


その先にも駅前広場が用意されていて「山部口広場」というそうです。
バス停のスペースだけは用意されているようですが、現在こちら側への路線バスの発着はなく、タクシーの乗降や送迎のマイカーのための駐車場があります。


バス停のポールっぽいものがありましたが、タクシー乗り場の案内でした。


跨線橋から構内を見つつ戻ります。
構内には直方車両センターが併設されており、色んな車両が見られますが、その中にはキハ47系もいます。
前述の通り「DENCHA」導入以前は若松線の一部列車が直方まで乗り入れていたのでキハ40系列による営業列車が当駅にも発着していましたが、それが無くなった今、原田線、後藤寺線、日田彦山線で使われる車両が所属するのみなので気動車は回送列車としてしか当駅を発着しなくなりました。


福北ゆたか線の主力車両の817系


駅舎内です。開放的な雰囲気ですね。


駅前広場が見えました。


跨線橋を渡ってホームへ行きます。


ホームで待っていたのは813系ですが、これは乗る列車ではありません。


↑ちょうど「DENCHA」が来ていたので動画撮影。これで動画も確保できました。


私が乗る列車として待っていたのは817系2000番台でした。
817系の中でも後に増備されたグループで、初期の817系とはデザインがだいぶ違っています。


初期の817系との最大の違いはロングシートとなっていることですね。
なお、「DENCHA」と同じく木製の座席が使われています。

これに乗って桂川まで行って原田線に乗り換えたら今日の目標は全て達成です。

桂川駅

福北ゆたか線と原田線の乗り換え駅となる桂川ですが、原田線との接続を待つ関係上しばらく時間がありますのでここも簡単に取材をして行きます。
そういえば、桂川駅って大抵大回り乗車中に立ち寄っていたのでホームに降りた回数は数え切れないですが、駅前に出た記憶ってほとんどありません。
せっかくの18きっぷですし、今回はじっくり見させてもらいましょう。


まずは駅名標
ちなみに、つい「かつらがわ」って読みたくなりますが、「けいせん」って読みます。
同じ表記をする駅が京都府にあり、またかつて北海道にもあった(しかも、いずれもJRグループ)のですが、当駅以外は全て「かつらがわ」と読みます。


縦型


駅名標と同じ形の看板ですが、列車との段差に注意するようにという看板でした。
これは篠栗線と合わせた筑豊本線当駅以北の電化に合わせてホームの嵩上げを行った結果、気動車を使用する原田線の列車では逆に列車側が低くなり段差が生じてしまったための注意喚起です。


特急「かいおう」に使われる787系のために専用の停止位置目標がありました。


柱を使った乗車位置案内


ホームです。2面3線のいわゆる国鉄型配線ですが、福北ゆたか線は原則当駅折返しはないので外側を福北ゆたか線、内側を原田線という形で使い分けているようです。


あと、当駅周辺にある「王塚古墳」というもののPR看板もありました。


2・3番線は改札のある1番線とは跨線橋で連絡なので跨線橋を渡ります。


跨線橋より構内を見渡します。


1番線へやってきました。


改札口です。自動改札も設置されています。


駅前に出るといきなりバス停の案内がありました。
当駅には民間路線バスとしては西鉄バスがありますが、現在は2系統しか残っておらず、それ以外は飯塚市コミュニティバス、嘉穂市バス、桂川町福祉バスといったコミュニティバスに頼っている状態です。
それにしても、コミュニティバスが3種類も乗り入れているのはすごいと思いますが、桂川町は飯塚市に取り囲まれるように所在しており、飯塚市内でも桂川駅が最寄りとなる地区があるようですし、嘉穂市についても唯一市内にある鉄道駅となる下鴨生駅は列車本数の少なさもあってあまり利用されておらず、バスで桂川や飯塚に出る人が多いようです。


駅入口部分です。
宮崎駅よりは大人しいですが、ポップなデザインですね。


駅前広場です。


なんか石碑がありましたが、風化により文字は読めず・・・
篠栗線全通記念とかだったら、鉄的には興奮できるんですけど、どうなんでしょうか。


と、ここで西鉄バス登場
それにしても、やっぱり福岡はどこへ行っても西鉄バスが見れますねw


続いて桂川町買物・通院バス「いきいき号」
買物・通院以外の目的での乗車も認められているようですが、運行は火・金曜日と週2日のみであり、町内の小売店や病院・薬局を巡るコースになっており、地元住民の買物・通院に特化したダイヤになっているようですね。


バスの発着する駅前ロータリー
コミュニティバスが3種類もあるせいで意外とバスの発着が多く手狭に感じました。


今度は飯塚市コミュニティバスがやってきました。
車体は西鉄バスでしたから、運行は西鉄バスに委託という扱いなんでしょうね。


めっちゃ錆びていましたが、バス停だから駐車するな的な看板でした。


西鉄のバス停


飯塚市コミュニティバスのバス停


それでは構内に戻りましょう。
もう原田線のキハ40系は入線しているようですね。


往路でも撮りましたが改めて撮ったら乗車して原田まで行ってレポートも終わりですね。
なお、道中は往路と変わらないので省略します。

原田駅

本日最後の訪問となる原田駅ですが、実はこのあと博多駅で待ち合わせをしており、その時間には少し早いのでやはり駅取材をしてから乗り換えることとします。


ホームへ降り立つと不意に「ななつ星」が通過していきました。
動画撮ればよかったと思うも後の祭りw
それにしても、前回の遠征最終日にも由布院駅で遭遇していますし、今回は「ななつ星」とやけに出会いますねぇ。


原田線はこの0番乗り場から発着します。


キハ31形だった頃の名残が残っているのか、停止位置目標は「折31」と表記されていました。


国鉄チックな乗換案内が残っていました。


↑せっかくなので原田線キハ40系の発車を撮ります。


忘れてはいけない駅名標
なお、当駅の読み方は「はらだ」ではなく「はるだ」です。
福岡県民以外には難読駅名だと思いますが、実は福岡を含む九州地方全般では”原”の字を「はる」とか「ばる」と読む地名が多く、駅名になっているものだけでも、「中原(なかばる)」とか「笹原(ささばる)」とか「新田原(しんでんばる)」とか「油須原(ゆすばる)」とか、枚挙に暇がありません。
あと、同一表記となる原田駅が静岡県にもありますがあちらは普通に「はらだ」と読みます。


バリアフリーということで改札へはスロープが用意されていました。


改札口です。福岡都市圏に属する駅だけにやっぱり自動改札機は装備されています。


駅舎です。


駅前にはこんな像が鎮座していますが・・・


像の素性を教えてくれるかと思ったこの看板は、原田駅周辺の歴史を解説するものでしたw
せっかくなので原田の歴史について触れておくと、元々長崎街道の宿場町として栄えており、近代は筑豊本線の冷水越えの手前に位置することから機関車への補給拠点となり鉄道の街として栄えたようです。
筑豊本線が原田線と呼ばれてローカル線になった後はそのような役割はなくなりますが、筑紫野市の南端に位置する原田駅は福岡都市圏のベッドタウンとして利用者は増加傾向にあり、西鉄の筑紫駅から当駅を経て住宅地を循環するバスも運行されていたりします。


駅前ロータリーです。


西鉄のバス停


西鉄以外にも福祉バスが出ているようですね。


時計と一体化したモニュメント


構内に戻るとちょうど787系が通過していきました。
九州新幹線開業以前は「リレーつばめ」「有明」も通っていたため、下手すれば特急の本数のほうが多い時間帯もあるほどの特急街道でしたが、今でも「かもめ」「みどり」「ハウステンボス」に今は運休中ですが「ゆふ」「ゆふいんの森」も通るのでそれなりの頻度で特急に遭遇します。


JR九州の中ではもはや古参に位置する811系
制御装置がVVVFインバータではなくサイリスタ位相制御となっている時点で年代が察せられますが、流石に老朽化してきたのか、VVVFインバータに換装した1500番台というのが登場しつつあり、デザインも刷新されるなど、初期型の811系は徐々に姿を消すものと思われます。


↑というわけで動画でも撮影


続いて今日の最初の乗車列車ともなった813系
これはVVVFインバータ制御ですが、GTO素子を使っているため、最近のVVVF制御車とは異なるインバータ音を聞かせてくれます。
この列車は私が乗る区間快速を当駅で待避するようです。


鹿児島本線ホームでの駅名標


縦型は独特のデザインでしたが、福岡都市圏の駅はこちらに切り替えられているんでしょうかね。


ちょっと気になったので撮りましたが、これって何なんでしょうね。
かなり錆びているので久しく使われていないんでしょうが、もしかしてSLに水や石炭を補給するための設備とかでしょうか?


↑787系の通過シーンも撮ったらあとはすることもないので大人しく過ごします。


私の乗る区間快速がやってきました。
実は区間快速という種別は前回のダイヤ改正から登場した新種別でして、名前の通り一部区間は快速、一部区間は各駅停車になる種別です。
元々鹿児島本線の快速は博多を境に種別変更するものも多く、素直に全区間で快速運転する列車のほうが珍しいのではないかというダイヤ設定ではありましたが、歴史を辿れば赤間~折尾間で各駅停車となる快速を準快速として別種別にしたのが最初で、各駅停車となる区間が福間~折尾に拡大され、ついには福間以北各駅停車となり、前回の改正より区間快速と改められました。(最初から「区間快速」と呼んでおけば良かったのでは?w)
ちなみに、日本国内で「準快速」という種別名を使っていたのはJR九州が唯一だったので、この改正をもって「準快速」という種別は消滅したことになります。

というわけで、その区間快速で博多へ向かって本日のレポートは終了です。
県内で完結する活動ですし、短編レポートのつもりでしたが、結局18000字近くになってしまいましたので次回の予告だけして終わりにします。
次回ですが、東京に戻りまして静岡県方面への活動となります。

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