九州遠征2018(2日目・宮崎編)

2泊3日で実施した九州遠征の2日目です。
なお、1日目をご覧になっていない方はそちらから先にご覧になることをおすすめします。

本日の行程

2日目となる今日は、昨晩宿をとった鹿児島中央駅からスタートして、日豊本線で隼人、肥薩線で吉松を経由してそのまま吉都線で都城とめぐり肥薩線、吉都線の乗車という目的を果たしたら、特急「きりしま」で宮崎まで行き、続いて日南線の快速「日南マリーン」で志布志まで1往復して宮崎へ戻ったら終わりです。
昨日は指宿枕崎線の往復だけで終わりましたが、今日は朝から動くのでそこそこのボリュームですかね。

鹿児島中央駅から始まる2日目

昨日に引き続き朝一番の出発でしたのでまだまだ薄暗い中での出発となりました。
九州は関東に比べて日の出が遅くなるんですが、久しぶりだったので忘れていましたw


というわけでホテルを出て鹿児島中央駅に向かいます。


まずは817系を撮影
もはや九州内で見かけない地域がないのではないかと言う、いわば九州のE231系的存在ですが、九州懐かしさに撮影w


で、乗車するのはこちら
415系です。関東地区ではとっくに引退した415系も九州では未だに運用が続いており、JR九州では希少なロングシートということで収容力の高さを買われてラッシュ時の戦力として活躍しているようです。


ちなみに、国分行きです。


鹿児島駅を出ると鹿児島市街は一旦途切れて錦江湾の景色が広がります。
鹿児島市から姶良市にかけての日豊本線は海際ギリギリまで迫る山に挟まれ、錦江湾に沿って走るため車窓は大変優れています。


並行して4車線の道路が走りますが、これは鹿児島市と北九州市を宮崎市・大分市などを経由して結ぶ国道10号です。

重富から先は海とも離れて姶良市街地を走行していきます。景色のいい区間も終わりあとは大人しく乗っているだけ・・・かと思ったらこの道中で異変に気づきます。それは携帯やデジカメの充電のために携行しているモバイルバッテリーがいくら探してもないのです。
モバイルバッテリーは合計で3つ携帯しており、紛失は1つだけですが、この旅行に合わせて購入して間もないものだったこともあり、必死になって探すも見つからず思い当たる可能性は1つ。ホテルの部屋に忘れてきた可能性です。
昨晩は芋焼酎で酔いが回っていたので、なんとか充電をセットして入浴などを済ませた記憶は微かにあるんですが、充電時にそのへんにほっぽり出してしまったためにチェックアウト時に存在に気づかず忘れてしまったようでした。
今日の行程ではもう鹿児島市へは戻らないのでホテルへ戻ることは出来ませんし、時間があるときに電話をかけて確認するより他にないですね・・・

どったんばったん大騒ぎしていると、隼人駅に到着です。
せっかくの415系ですし、どうせなら国分まで乗り通したい気分でもありましたが、メインは肥薩線と吉都線ですし、後ろ髪を引かれる思いで隼人駅のホームへ降り立ちます。


隼人駅では1分しか乗り換え時間がないのでこのサボだけ撮って乗車します。
この列車、サボを見れば分かりますが、吉松からそのまま吉都線に直通する都城行きとして運転されており、言わずもがなで隼人から都城へは日豊本線を経由したほうが早いのですが、肥薩線の吉松~人吉間は観光需要がほとんどで観光列車メインの運行形態となっていることから肥薩線の吉松以南と吉都線を一体的に運行して運行の効率化を図っているんでしょうね。

肥薩線

隼人から乗車した肥薩線ですが、路線自体は吉松から先も人吉を経て八代まで通じています。
路線名は後と摩を結ぶことから肥薩線となっており、歴史から行くと鹿児島本線の一部として建設されました。
当時は日清戦争が終わって間もない頃であり、海沿いに鉄道を敷設すると戦時に敵国の艦砲射撃で破壊される可能性があると言った軍部の主張により選ばれた内陸ルートでしたが、後に出水・川内を経由する海沿いのルートが建設されると山越えルートとなる八代~人吉~吉松~鹿児島は肥薩線として分離されて現在に至ります。しかし、鹿児島市と熊本・福岡などの都市間を結ぶ需要は鹿児島本線に転移してしまい、ローカル輸送が主たる役割となった肥薩線は特に県境にあたる人吉~吉松間が閑散区間となり一時は廃線の話まで出たこともありました。ただ、この区間は日本三大車窓に数えられるほど優れた車窓が楽しめる区間であり、それを売りにした観光路線として再スタートを切り、現在では観光列車「いさぶろう」「しんぺい」の走るルートとして人気であり、「いさぶろう」「しんぺい」のうち熊本駅に乗り入れる便と、「はやとの風」を吉松駅で乗り換えれば、熊本~鹿児島中央を観光列車を乗り継いで移動することもでき、行きは九州新幹線、ないし肥薩おれんじ鉄道、帰りは肥薩線という楽しみ方も出来ますね。

さて、それではレポートを旅に戻しますが、平日の朝ということで客層は高校生がメインでした。のんびりと乗車を楽しむなら日中に乗るのがベストなんですが、今日中に日南線まで行くことを考えるとこの区間は朝に持ってこざるを得なかったんですよね。


九州自動車道と並行して走っており、時々高架橋が見えます。
そういえば、肥薩線以後の鉄道における鹿児島への幹線ルートは鹿児島本線然り、九州新幹線然り、いずれも出水・川内を回る海沿いルートを選んでいますが、九州自動車道は例外的に人吉経由の内陸ルートを選んでいるんですね。
えびのJCTで宮崎自動車道に接続する形になっているので高速道路の恩恵を鹿児島だけでなく宮崎にも波及させようという意図でこのようなルートを選んだんでしょうね。


どこの駅だか忘れましたが桜が綺麗でした。

吉松駅

そして、列車は吉松駅に差し掛かります。
ここでは10分間停車するようですので軽く駅取材をしていきます。
以前にも通ったことはあるのですが、いつも数分乗り換えだったのでまともに駅前に出たことがなかったんですよね。


お約束の駅名標です。所在地は湧水町というところですが、吉松町と栗野町が2005年に合併して誕生した地名でして、由来は町内で湧き出る湧水から来ているようです。
合併時の名称って下手すればこじれて合併自体が破断になるケースもあるくらい繊細な問題だったりしますが、合成地名とか広域地名の採用ですらなく、名物を持ってくるのは珍しいですよね。
ただ、湧水なら全国各地で同じ名前を付けられるんじゃないかとも思ってしまいますがw


何かと思えばサボを格納する棚でした。
しかし、こんな無防備に保管して盗難とか大丈夫なんでしょうか。


乗ってきた、そしてこれからまた乗る列車をここでも撮影します。
しかし、キハ40系も昨日も指宿枕崎線で往復とも乗っていますから、今や結構なレア車種のはずが何だかありがたみが薄れるようなw


ホームは2面4線あり、かつて鹿児島本線だった頃の栄光を物語るような豪華な配線で、跨線橋で駅舎側と繋がっています。


ホーム上には売店がありますが、これは特急「はやとの風」運行開始を期に設置(正確には復活)したもので、駅弁の立ち売りもあるようですよ。


その「はやとの風」の案内
「はやとの風」は南九州における観光列車(JR九州では「D&S列車」と呼称)の先駆けとなった列車で、2004年の九州新幹線部分開業に合わせてデビューしました。
しかし、平日の利用が振るわないようで、前回のダイヤ改正より土休日や繁忙期のみ運転の臨時列車に格下げされてしまいました・・・


そして、こちらは「いさぶろう」「しんぺい」の案内です。
2つの列車名が併記される形になっていますが、これは吉松方面が「いさぶろう」、人吉・熊本方面が「しんぺい」と方向によって愛称を使い分けているからです。上下で列車名が違うというのも珍しいですが、更に珍しいのが列車名の由来が人名であることです。
「いさぶろう」は人吉~吉松間が建設された当時の逓信大臣だった「山縣伊三郎」から、「しんぺい」は当時の鉄道院総裁だった「後藤新平」から来ています。
当初は人吉~吉松間の普通列車を置き換える形で運行されていましたが、2016年より一部列車が熊本駅まで延伸され、現在は熊本~人吉間が特急、人吉~吉松間が普通列車という扱いになっています。


あちら側が駅舎です。


乗ってきたキハ40系の隣にキハ200系がいますが、人吉行きの普通列車のようですね。
現在、吉松~人吉間は1日3往復の運転ですが、うち2本は「いさぶろう」「しんぺい」であり、観光列車ではないローカル列車としての普通列車は1往復しかなく、これがそれのようですね。


こちらが跨線橋


ところで、このキャラクターですが、JR九州で「駅長おすすめの~」と冠する企画物のパンフレットなどでよく見かける気がしますが、名前とかあるんでしょうか。


2つの観光列車が出会う駅ということで顔出しパネルがありました。


改札脇には彫刻が並んでいました。


なるほど、「芸術のある町」として売り出しているんですね。


それでは改札を出ます。
有人改札のみというローカル駅の標準的スタイルです。


駅舎内より


駅前にはバス停がありました。
「ふるさとバス」というのは湧水町のコミュニティバスであり、市内を巡る6路線が設定されているようです。
あと、南国交通も乗り入れており、栗野を経て大口という所まで結んでいるようです。地方の駅で純民営バスが維持できているのはすごいと思います。
ちなみに、高速バスの発着はなく、町内にある吉松PAに併設された停留所を利用することで鹿児島と宮崎を結ぶ「はまゆう号」のみが利用可能です。
鹿児島や宮崎方面は「はまゆう号」も利用できますが、熊本や福岡へ向かうバスは吉松PAには停車しないため鉄道が唯一の手段となっていますが、吉松~人吉間のダイヤを見る限りそもそもそういう流動が限りなく少ないんでしょうね。


駅舎です。


入口部分です。温暖な土地ですから雪や寒さの対策はいらないんでしょうが、入口部にすだれ状の覆いがされているのはデザイン的な意味合いなんでしょうね。


先代の駅舎は木造だったとのことなので、その頃から使われていた看板でしょうか?


確かに肥薩線は20世紀初頭に建設されていますが、「日本の20世紀遺産20選」に選ばれていたんですね。


時間がなくて写真だけ撮って素通りしてしまいましたが、鉄道に関する資料館だったようです。
吉松は鉄道の街として栄えた歴史を持っており、駅周辺には鉄道に関連したものが色々あります。


やけに背の低い建物がありましたが、昔使われていた倉庫とかですかね。


観光SL会館「ぽっぽ亭」というのもありました。
観光客向けに食事やお土産を提供する施設のようですね。


そして、当駅の目玉はやっぱりこれ!
駅前広場に「SL広場」という愛称がついていることからも明らかですが、駅前にはC55形蒸気機関車が保存・展示されています。


それではお目にかかりましょう。
屋外展示にしては状態は悪くないのではないでしょうか。


登っちゃダメよというよくある注意書き
よく見ると「運転席以外には~」とあるので、運転台に入れたようですが、10分滞在の割に見どころが多くて慌ただしく撮影して回っていたのでよく内容を読んでいませんでした。
どうせなら運転台も見てくればよかったなぁ


ちゃんと説明書きも添えてくれていました。
末期は吉松に配置されていたゆかりある機関車のようです。
ちなみに、この機関車も「近代化産業遺産」のようですよ。

それではもうタイムアップということで列車に戻って今度は吉都線となります。

吉都線

吉松から乗車する吉都線ですが、松と城を結ぶから吉都線という由来です。ちなみに、読み方は「きっとせん」です。
こちらも歴史から行くと、元々は当時鹿児島本線だった肥薩線の吉松から分岐して宮崎を目指す支線として建設されたのが起源で、都城、宮崎と延伸され、最終的に日豊本線の一部として東九州の各都市を結ぶ幹線ルートに組み込まれることとなりました。
しかし、後に都城~隼人間を短絡する現在のルートが完成すると日豊本線はそちらのルートに切り替えられて、吉都線として分離されました。
その後は熊本や出水と宮崎を結ぶ役割として急行「えびの」「からくに」、さらに博多と宮崎を結ぶ特急「おおよど」のルートとなり都市間輸送を担う時期もありましたが、高速バスとの競合などもあり、優等列車はいずれも廃止され、また肥薩線と違って観光列車も設定されていないため、普通列車しか走らない純然たるローカル線となっています。
なお、輸送密度はJR九州では最下位になるようで、JR九州がローカル線廃止に舵を切ったとすれば真っ先に廃止対象に上がることは想像に難くないですね。
沿線には京町温泉がある以外は観光客の目を引きそうなものもありませんし、特別美しい車窓風景があるわけでもなく、観光化も難しいでしょうしね。


その京町温泉を過ぎて最初の停車駅のえびの駅ですが、ひらがな駅名なのが面白いですね。
所在地のえびの市もひらがな表記ですし、えびの高原も”えびの”はひらがな表記をしているのですが、アイヌ語起源の地名が多い北海道や東北とは地理的にも離れた九州ですから元からひらがな表記とは考えづらく、霧島連山に「蝦野岳(えびのだけ)」という山があるようなのでそれが本来の表記ですかね。
しかし、市名や駅名はもちろん、高速道路のIC/JCT、警察署に自衛隊の駐屯地と言った公的施設まで一貫して「えびの」の表記なのであまりに難読故に本来の表記は使わずひらがな表記で統一しているのかも知れませんね。

あと、駅名の方でだいぶ字数を費やしてしまいましたが、駅名標の朽ち具合も気になりました。
指宿枕崎線でも見られましたが、JR九州はローカル駅の駅名標をマメにメンテナンスしないんでしょうかw


車窓からも霧島連山が見えます。
車窓から見えるかは分かりませんが、活発に活動を続ける新燃岳もこのあたりでして、2011年の噴火では吉都線も運転を見合わせる事態となりました。
ちなみに、この旅行の直前にも新燃岳の噴火があり、鹿児島空港発着の航空便にも影響が出たことから旅行当日に大規模な噴火があれば行程変更や最悪旅行の中断も考えなければならず懸案事項となっていましたが、旅行中は新燃岳も大人しくしていてくれたおかげで予定通り巡ることが出来ました。

そろそろ通学時間帯も終わりで買い出しや通院のお年寄りが目立ってきますが、中には旅行者も混じっていてちょっと騒がしい車内だったのが録音的には残念でしたが、都城へ到着です。

都城駅

宮崎県下第二の都市の都城では小休止のごとく40分程度乗り換え待ちがあります。
以前にも取材していますが再取材ということでレポートしていきます。
どのみち、以前訪問したときの私はマメに撮影していなかったですしねw


まずはやっぱり駅名標
漢字で書くとたった2文字の都城ですが、ひらがなにすると長いですねw


ホームは3面5線を備える堂々たる設備で、側線も備えています。
現在は吉都線のみが分岐する駅ですが、かつては1駅隣の西都城駅から志布志線という支線が乗り入れていたため、現在以上にターミナル駅としての役割が強かったんでしょうね。


あと、駅前・・・というか駅構内にメガソーラーが建設されていますが、構内の使っていなかった敷地を転用したんだそうです。


家庭用を含めても太陽光発電システムには大抵発電量を示すパネルが設置されますが、このパネルを稼働させるためにせっかく発電した電力を浪費しているような気がするのは私だけでしょうかw
まあ、エコアピールにはなるんでしょうけど・・・


跨線橋からも構内を見渡します。こうしてみるとやっぱり大きな駅ですね。


駅舎に接する1番線にやって来ました。
ここだけ単式ホームとなっていますが、他は先程ご覧頂いたように島式ホームとなっています。


宮崎県下第二の都市を擁する割に自動改札はありませんでした。
あと、改札脇に駅名標があるのが面白いですね。


観光案内所の前にはこんなキャラクターがw


駅前にバス停があったので撮りましたが、流石にバスは充実しており、国鉄志布志線の廃止代替バスとなる志布志行きや鹿屋行きなどを鹿児島交通が、霧島神宮行きを高崎観光バスが手掛けています。
なお、バス停では「三州自動車」と書かれていますが、これは旅行時点では正しい情報だったものの、4月以降は鹿児島交通へ事業譲渡されたため鹿児島交通の路線となっています。
あと、これ以外の市内路線は宮崎県のバス事業をほぼ独占している宮崎交通が担当しています。


小型のバスですが、宮崎交通の路線バスです。


駅前広場です。
線が引いてあるだけとは言えタクシープールまであるのは都会的ですね。


そして、駅舎です。駅舎自体は普通なんですが、駅前に植えられたフェニックスの木が南国ムードを醸し出していますね。
ちなみに、フェニックスは宮崎県の木に指定されており、福岡と宮崎を結ぶ高速バス「フェニックス号」の愛称にも採用されていますね。


駅前広場に鎮座する噴水のようなオブジェを見たら撤収です。


お次に乗るのは特急「きりしま」です。都城と宮崎は普通列車で往来してもさほど不便でもない程度の距離ですが、せっかく特急券を買えば特急に乗れるきっぷですし、この機会に有効活用させてもらいました。
ちなみに、今回の旅では初めて乗る特急になりますw
かつては485系が走っていた「きりしま」も今や787系783系になってしまって残念ですが、置き換え後には乗っていなかったのでこれはこれでよしw


方向幕です。
このデザインも懐かしいものです。

ここからは特急ということであっという間の乗車時間(といっても50分程度)で宮崎です。
特急によって稼いだ乗り換え時間を使って宮崎駅でお昼ごはんを頂きます。

宮崎駅

ついにやってきました宮崎県の県庁所在地、宮崎。
ここも以前に来ていますがやっぱり例によって再取材です。


まずはやっぱり駅名標。
真ん中のイラストがいかにも南国というものになっています。


このトロピカルな色の電車は713系というやつでして、見かけに反して国鉄末期に作られた30年以上頑張っている電車です。
元々九州内の交流電化区間でのローカル列車向けに作られた車両で、長崎本線でデビューしましたが、JR九州発足後に後継車がデビューして置き換えられていくと、宮崎に集められるようになり、現在では宮崎地区でのみ活躍しており、宮崎を象徴する車両と言っても過言ではありませんね。
私もこの車両を見ると宮崎に来たなぁと実感します。


↑発車シーンは動画撮影しました。


↑続いて日南線のキハ47系も入線してきました。


ホームも何だか明るい印象


外壁に相当する部分もカラフルな意匠になっています。


隙間から見えたバスの方向幕がネタだったので撮影。
「すみません回送中です」という表示は今やあちこちのバス会社で見られるようになっていますが、紙の方向幕で導入しているのってレアだと思いません?


ホームですが、島式2面4線の高架駅となっており、側線などもないシンプルな構造です。都城駅よりも乗り場が少ないことになりますが、これは折り返しや留置の機能を隣の南宮崎駅に分散しているからこそ出来る芸当ですね。


コンコースへ降りる階段には「ななつ星」のアフィが貼られていました。
私なんて一生のうちに乗ることが出来るのかどうかという列車ですが、何だかんだ1度は乗ってみたいですね。


そして、改札口です。
配線では都城駅に負けていた宮崎駅ですが、ここは県庁所在地の意地を見せて自動改札機が設置されていました。
なお、この自動改札機は2015年に設置されたもので、それまで宮崎県内の駅には1箇所も自動改札機がなかったそうです。


発車標も賑やかです。
当駅に直接乗り入れる路線は日豊本線だけですが、南宮崎駅、田吉駅を介して宮崎空港線、日南線も乗り入れており、実質3路線が集まるターミナル駅となっています。


こちら、コンコースから見た改札ですが、このように2つに分かれているのが特徴です。
上下線で完全に改札が分離されており、入る改札を間違えると大変なことになりますw
これは、例えば鹿児島・都城方面から宮崎空港や日南・油津方面へ乗り継ぐ場合は隣の南宮崎駅で乗り換えればよく、逆方向へ向かう列車に乗り換えるケースが存在しないからこそ出来るわけですね。
これなら区間外乗車しての折返し乗車などの不正乗車をシャットアウトできますが、慣れないとどっちの改札に入ればいいのか分かりづらいということもあってか、ここ以外でこの構造の駅は帯広駅しか知りませんw


まずは西口の駅前に出て真っ先に出迎えてくれたのはやっぱり宮崎交通のバスです。
先程県内のバス事業をほぼ独占していると書きましたが、宮崎市内に関しては高速バス以外は宮崎交通しか走っていません。


こちらは高速バス乗り場のようです。
主力は福岡行きの「フェニックス号」で、この派生系統として、夜行の延岡経由の福岡行きもあります。
その他、熊本行き「なんぷう号」、新八代駅行き(九州新幹線接続)「B&Sみやざき号」、長崎行き「ブルーロマン号」、鹿児島行き「はまゆう号」、大分・別府行き「パシフィックライナー」など、九州各地へ高速バスが出ています。
特に福岡-宮崎間では、高速バスと飛行機がシャアを二分する状況で、九州内の高速バスとしては売上が1位、ないし2位を維持し続けるドル箱路線のようです。
一方、鉄道はと言えば、「にちりんシーガイア」が一応福岡と宮崎を直通で運行しているものの所要時間、運賃ともに高速バスに劣勢であり、急ぐ人は飛行機、コスパ重視ならバス、乗り鉄目的か飛行機もバスも苦手という人が鉄道といった感じでしょうか。


宮崎交通の高速バス


駅前広場ですが、やっぱりフェニックスが植えられていました。
そりゃ、県の木になっているくらいですし、県庁所在地の駅前に植えずしてどこに植えるという話ですよねw


ホームからも見えたカラフルな外装ですが、外から見るともっとカラフルでした。


駅名の表記もまるで商業ビルのような洒落たデザインでした。


「神話のふるさと宮崎」とうたわれていますが、宮崎には数々の神話が残っていて、神話にゆかりの地を巡る旅というのも楽しめます。
最近だとアニメ「鬼灯の冷徹」で日本神話に触れる機会もありますし、ある意味では聖地巡礼になるのかも知れませんw


神様を顔出しパネルに使っちゃっていいのかなんて思いましたが、西暦ではなくて皇紀で年月日を表記しているのはこだわりを感じます。


宮崎を発着する観光列車として「海幸山幸」がありますが、もちろん宣伝されていました。
今回の行程ではこれもできれば組み込みたかったのですが、肥薩線、吉都線を回ってから宮崎へ向かうルートだと始発で出ても「海幸山幸」へは乗り継げず、都城からバスで志布志に抜けるルートなども検討しましたがバスの時間が合わず結局「海幸山幸」は別の機会に持ち越すことにしました。
そのかわりキハ40系のローカル列車に全区間乗車できるのでよしとしましょう。


続いて東口に出てきました。
こちらも駅舎は西口と似たようなデザインですね。


こちらにも駅前ロータリーが整備され、バスターミナルとしての役割もあるようです。


こちらでも宮崎交通を撮ったらそろそろお昼ごはんとしましょう。

駅構内にも色々お店がありどこに入るか悩みましたが、普段は結構即決してしまう傾向のある私が悩んだのには理由がありました。
それは、今晩の宿も宮崎であり、昨晩同様19時頃には到着するので夕飯も宮崎で食べることになります。つまり、昼食で一番食べたいものを選んでしまうと夕飯のときにネタ切れになってしまうのです・・・w
普段の旅だと、飲食店の選択肢がほぼなくてあった店に入るしかなかったり、そもそも飲食店自体がなくてコンビニのパンやおにぎりで済まさざるを得ない状況も多々あることを思えばある種の贅沢な悩みとも言えますが、一番手を温存して二番手を選ばねばならないのって結構辛いものがありましたw


悩んだ末に決めたのが豚丼でした。
宮崎名物というわけでもないのですが、宮崎駅の構造が帯広駅と似ていることから、帯広を訪れたときのことを自然と回想しており、その流れで帯広名物の豚丼を思い出しまして、ちょうどメニューに載っているお店があったので入ったわけですw

宮崎だけど帯広に行った気分になりつつ、腹ごしらえを済ませたら日南線で一気に志布志を目指します。

日南線

宮崎から乗車する日南線ですが、例により解説から入っていきます。
日南線は南宮崎駅と志布志駅を結ぶ88.9kmのローカル線ですが、運行形態としては大半の列車が1駅だけ日豊本線に乗り入れて宮崎駅を起終点として運行されています。また、僅かながら佐土原駅まで乗り入れる列車も設定されています。
この他、観光特急として「海幸山幸」が宮崎~南郷間で運転されており、これと今回乗車する快速「日南マリーン」以外は全て各駅停車です。
また、田吉駅からは宮崎空港線が分岐しており、田吉~南宮崎間では宮崎空港発着の列車も乗り入れているため、1区間だけ電化されており、特急「ひゅうが」「にちりん」や日豊本線の延岡方面の普通列車が直通してきます。通常はこちらは宮崎空港線として案内されるため運行形態としての日南線には通常は含まれませんけどw
多くの列車が油津、あるいは南郷までの運転となっており、このあたりまでは宮崎市と日南市間の都市間輸送だったり、青島や日南海岸と行った観光地への行楽輸送という役割もあり、比較的賑わう区間なのですが、南郷~志布志間は1日8往復しか運転されない閑散区間となっており、利用状況も芳しくないようで、今後の動向次第では廃止の懸念があるということで今回乗車対象に選びました。

歴史的経緯から行くと、現在の南宮崎駅となる赤江駅から内海駅までの間は、宮崎軽便鉄道として開業したのが起源となっており、宮崎鉄道と改称されたり、戦時統合で宮崎交通に統合されたりといった経緯がありました。
一方、油津~飫肥間は宮崎県営鉄道として開業した歴史があり、後に国鉄の計画路線と重複することから国有化されました。
残る区間は国鉄志布志線の一部として建設が進められ、県営鉄道・宮崎交通の路線だった部分も取り込みつつ1963年に南宮崎~志布志間が完成して現在の形になりました。
また、同時に当初は志布志線として建設された北郷~志布志間も日南線に編入されました。

個人的にはこの編入があったおかげで北郷以南の日南線は今日まで存続できたのかなと思います。理由としては、志布志線は第2次特定地方交通線に指定され1987年に廃止されていますが、当時の国鉄は路線単位でしか利用状況などを判断していなかったので、区間として見れば北郷以南の日南線も廃止対象になってもおかしくなかったと思いますが、比較的利用の多い北郷以北の区間と合算されて利用状況が計算されたため平均が押し上げられる形で廃止を免れたものと推測できるからです。

さてさて、それではレポートを旅の本筋へと戻していきます。
しばらく宮崎市街を走行して大淀川を渡ると南宮崎駅に差し掛かります。
ここからが日南線ということになりますが、宮崎空港線の一部として電車特急や普通電車も乗り入れてくるため電化区間が続きます。
その次の田吉駅は宮崎空港線との分岐駅ですが、面白いのが一旦廃止された経緯がありながら、宮崎空港線との分岐駅として再開業しているということですね。
現在は「海幸山幸」以外の特急は通過しており、宮崎空港~宮崎・延岡間の普通列車と日南線との接続駅ということになっていますが、田吉駅での接続はさほど考慮されていない上、田吉駅を通過する列車で宮崎空港線と日南線を乗り継ぐ場合、一旦南宮崎まで行って折り返し乗車してもよい特例も設けられているため、乗り換え駅としての役割は限定的なようですw

田吉を出るとようやく快速らしい走りということで通過駅があります。南方を通過して木花、運動公園と行きますが、志布志行きの「日南マリーン」はこの南方の他には、曽山寺、内之田の合計3駅しか通過せず、かなり微妙な快速となっていますw
かつては飫肥より先も快速運転をしていてもう少し快速らしい設定だったようですが、去年のダイヤ改正から飫肥以南が各駅停車となり、このようになりました。
ていうか、もはや通過駅を案内したほうが早いレベルの停車駅の多さですが、JR北海道ならこれでも「普通列車」を名乗るんでしょうねw


で、ちらっと名前が出た運動公園駅ですが、宮崎県総合運動公園という施設のアクセス駅となっており、プロ野球やJリーグのキャンプ・合宿も行われているそうです。
スポーツにはてんで疎い私ですが、言われてみれば宮崎は野球のキャンプ地というイメージが強いですね。


ちょっと分かりづらいかも知れませんが、青島の景勝地として知られる「鬼の洗濯板」です。
波の侵食によってこのような形の岩が出来上がり、形状が洗濯板に似ることから「鬼の洗濯板」と呼ばれるようです。


海が見えたと思ったらレールは海から離れていきました。
海の景色ももちろん綺麗ですが、ずっと海が見え続けるのも正直飽きますし、海と山、程よいバランスで楽しめるのがよいのかも知れませんね。


斜面一面が桜というのも絶景でしょうが、山あいの緑の中にぽつんと咲く一本の桜というのも乙なものです。


伊比井から油津にかけては完全に海を外れて内陸を走るため、山村の景色も広がります。


川の景色もいいですね。


日南市街に入り油津駅を出てすぐのところで見られる景色ですが、市営住宅と思われる建物にリニア(?)のイラストが描かれていました。
今ではリニアと言えば山梨のイメージが強くなりましたが、実は山梨実験線が完成する以前からリニアの実験は行われており、初代の実験線は宮崎県に設置されていたのでした。
その縁から、リニアが描かれているんでしょうね。


お次は新幹線ですが、どうみても0系なのは時代を感じさせますw
そういえば、↑のリニアもどことなく「昭和から見た近未来図」といった印象を受けたのですが、東海道新幹線が開業して間もない時期に描かれたのだとすれば納得ですw


お次は小さな蒸気機関車でしたが、軽便鉄道時代の機関車がモチーフなんですかね。

油津を出るといよいよ日南線の閑散区間ですが、また海を離れて山の中を進んでいきます。
串間付近から再び海沿いになりますが、この区間も海沿いに建設していれば観光地として知られる都井岬を経由することが出来て観光路線としてより多くの需要を取り込めたのではないかと思います。


串間市を過ぎると再び海沿いを走り海岸の景色が戻ってきます。
ここまで来たら志布志まではあと少しです。


鹿児島県東部の旧国名である”大隅”が冠されていることから分かるようにいよいよ鹿児島県に入りました。
日南線の大部分は宮崎県内を走りますが、この大隅夏井駅と終点の志布志駅の2駅だけは鹿児島県に所在しています。

そして、宮崎を出て約2時間半で終点の志布志に到着です。

志布志駅

日南線の終点の志布志駅ですが、ここでは1時間ほど滞在時間がありますので駅周辺などレポートしていきたいと思います。


まずは駅名標ですが、右から読んでも左から読んでも「しぶし」ですから面白い駅名ですよね。
しかも、漢字表記にしても回文になるのだからすごいです。


名所案内もありました。


ホームは1面1線のみですが、側線があるので昨日訪れた枕崎駅のような寂しさはないですね。


構内の広さと単行列車というギャップがまたw


南宮崎から88.9kmであることを示すキロポスト


終着駅ということで終端部を・・・
ちなみに、志布志線廃止以前は志布志線とそのまま直結する構造だったため中間駅のような構造だったようです。


もはや恒例ですが時刻表です。かなりスッカスカですが、ここより少ない区間もたくさんありますからねぇ。


志布志駅にまつわる年表がまとめられていました。
かつての志布志駅はこの日南線の他、志布志線、大隅線の3路線が集まるターミナルで機関区も設置されていたくらいですから、鉄道への思い入れも強いものがあるんでしょうね。
ちなみに、駅としては無人駅ですが、駅舎内に観光案内所があるため、完全に無人というわけではないようです。


確かに地名に2つも”志”の字が入っていますから、志が溢れていますねw
余談ですが、駅の所在地は「鹿児島県志布志市志布志町志布志」となっており、”志”という字が6つも出てきますw
何だか志の字がゲシュタルト崩壊してきそうな住所ですが、これが正式な住所なんだから面白いですよね。


さて、それでは駅前に出ようかなと思ったら何やら様子が・・・


駅前ロータリーが盛大に工事中でしたw


駅前広場を作っている現場に遭遇するのもなかなかレアな体験だと思いますが、普通に作業中なので撮影がやりにくいw


完成した志布志駅前広場は今よりずっと閑散としたものになりそうですし、今が(槌音とはいえ)一番賑やかな時期なのかもしれません。
志布志駅を含む日南線も将来的に安泰と言える状況ではないですし、せっかく出来上がった駅前ロータリーが無用の長物とならないことを祈ります。


説明されるまでもなく一目瞭然ですが、やはり駅前広場の整備工事だったようです。


遠目から無理やりですが、何とか駅舎を撮りました。


古江線というのは後の大隅線ですが、その大隅線も志布志線も廃止されて久しい今、この石碑を見ると何とも言えない気持ちになります。


もう1つの石碑ですが、俳人種田山頭火が志布志を訪れた際に詠んだ俳句だそうです。


駅前には市内の地図がありました。
1時間も滞在するのでどこかぶらつくヒントを探し求めて除きましたが、歩いていける範囲にはよさげなネタはなさそうです・・・
ただ、気になったのが市内の宿泊施設を電話番号付きで掲載していることですね。
ネット予約全盛の今、現地で宿を探す旅行スタイルは稀になっているような気もしますが、当てもなく放浪のような旅をするなら、こういう情報はありがたいかも知れませんね。

さてさて、駅の方はこれくらいですがまだまだ滞在時間があるので周辺をぶらつくとしましょう。


ぱっと見はただの公園のようですがよく見て下さい。


鉄道記念公園とありますが、旧志布志機関区の跡地に整備された公園です。
名前だけと侮るなかれ、ちゃんと鉄分があります。


なんと実物の車両が保存されているんですね。
志布志駅で折り返し時間を持て余したら是非訪れてみて下さい。


保存されているのはC58というSLです。
吉松駅のSLもそうでしたが、屋外展示にしては状態がいいですよね。
朽ち果てて残念な状態の保存車両もある中で大事にされている方だと思います。


真正面からも・・・
軌道が本格的だなと思いましたが、元々機関区があった場所に整備されているらしいので、実際に機関区内の側線として使われていたレールなのかも知れませんね。


機関車の経歴を紹介する看板
現役時代最後は志布志機関区にいたようで、ちゃんとゆかりのある機関車ですね。


通路の部分は踏切の踏み板が敷かれているあたり、こだわりを感じますね。


あと、腕木式信号機もあります。


車両の隣はプラットホームのようになっているのも芸が細かいです。


どうしてもSLが目玉になってしまいがちですが、保存車両はSLだけではありません。
こちらはヨ8000という車掌車でして、貨物列車の最後尾に連結して車掌が乗車するための車両です。
今では貨物列車の車掌は廃止されていますが、昔は貨物列車にも車掌がいたんですねぇ。


そしてもう1両。
かつての国鉄ローカル線の代名詞的存在の1つ。キハ52形です。
SLの保存運転は各地で実施されていますが、古いディーゼルカーの保存って恒常的にやっているのはいすみ鉄道くらいですし、むしろこっちのほうが貴重な存在と言えるかも知れません。


床下のエンジンもそのままでした。
流石にもう動かないでしょうけど、そのまま残してくれているのは嬉しいですね。


反対側からも撮ったら、ボール遊びを楽しむ子供たちの邪魔になってもいけないので撤収!・・・その前に1つやることがありますね。

この記事の頭の方に書いた記述なのでもう忘れている人もいるかも知れませんが、行方不明のモバイルバッテリーの在り処を探すべく、昨晩宿泊したホテルに連絡をしないといけません。
勿体ぶらずに書くと、案の定部屋に忘れていたようで清掃時に発見してフロントで預かってくれていました。
どのみちこの旅が終わってしばらくは福岡の実家で過ごすので実家へ送付してもらうよう依頼して一件落着でした。
芋焼酎でいい感じに出来上がっていたとは言え、忘れ物には気を付けたいですね。対応してくださったスタッフの方にはこの場を借りて感謝の意を表明したいと思います。

懸案事項も解決した所で駅に戻って今宵の宿がある宮崎を目指して日南線を引き返します。
今度は快速「日南マリーン」ではなく、普通列車油津行きとなります。油津駅では南郷始発の宮崎行き「日南マリーン」に接続があるので、それに乗り継いで宮崎へ向かいます。
道中は先程のリプレイになってしまうのでこれ以上書きませんが、途中の油津駅では乗り換え待ちの間に取材をしましたのでそのレポートを挟んでから宮崎駅に到着という流れになります。

油津駅

乗り換え待ちの間で油津駅の取材をしましたのでレポートとなります。
なお、この駅も以前に日南線に乗ったときに訪問しており、2度目の訪問となるわけですが、駅に劇的な変化がありましたので詳細なレポートになるかと思います。


まずは定番の駅名標から


名所案内


ホームです。1面2線ですが、かつて側線が多くあった名残で構内は広々としています。


この広い構内を確保するために山を削った跡が見受けられました。


↑ここで折り返し私が乗る宮崎行き「日南マリーン」となる南郷行きが入線してきたので動画撮影


キャプチャですが、遮蔽物もなく撮影に向いた駅ですね。


それでは駅舎へ向かうとしましょう。
え?何が「劇的な変化」なんだって?
そう焦らないでお付き合いください。


自動改札機など無いローカル線スタイルの改札ですが、まだ普通w


駅舎内から改札を撮影します。
うん、まだ普通。


駅舎内の待合室ですが、これまた普通。


駅周辺の見どころを紹介したりしていますが、観光案内所が駅舎に入居しているためこれまた普通ですかね(ポスターのが大ヒントかも


あれれ~、なんで広島の球団のはずのカープの記念乗車券が宮崎県の駅で売っているのかなぁ?w
野球ファン、特にカープファンならもうピンときているかも知れませんね。


駅の入口部分ですが、壁の色に注目です。


こ、これは・・・カープの駅なのだ!
というわけで、アライさん新井さんのいる球団としても知られる東洋カープのイメージカラーの赤に塗り直して「カープ油津駅」として生まれ変わったことが劇的な変化でした。
カープファンの方には今更説明は不要でしょうが、油津駅のある日南市は長らくカープのキャンプ地となっており、その縁でこの大胆な塗り替えが実現したようです。


ちなみに、これはカープとは関係ない(はず)ですが、色がそれっぽいので選手の像かと思ってしまいましたw


カープどころか野球自体にそんなに詳しくないのでよく分かりませんが、カープのマスコットキャラクターなんですかね?


自販機までカープ仕様に!
と思ったら、コカ・コーラの自販機は元から赤かったですねw


あと、駅舎内にカープグッズを展示していました。

と、カープづくしですが、駅としての取材もちゃんとこなします。


駅前広場です。


駅に隣接して宮崎交通の油津駅前バスセンターがあります。
かつてはJR九州バスによる都城への路線もあったようですが、それは廃止され、現在は当駅に乗り入れる全路線が宮崎交通の路線となっています。


時刻表ですが、ここは平日も土休日も区別なく同一ダイヤで運行しているようで、至ってシンプルでした。(年中っていう表記が面白いw
それにしても、飫肥行きとか宮崎行きとか、日南線と並行する路線が目立ちますね。
特に宮崎行きは宮崎市への輸送でも日南線と競合しているばかりか、鉄道では田吉駅ないし南宮崎駅で乗り換えが必要な宮崎空港を経由するため、空港アクセスでは完全に不利なのだから困ったものです。


ちょうどバスが来たので撮影。


すっかり色褪せた787系のイラストが哀愁を誘いますが、公共交通機関の利用を呼びかける看板でした。
日南市も他の地方都市の例に漏れずすっかり車社会になっていて鉄道・バスでの移動は少数派なんでしょうね。


カープもキャンプで使うという天福球場が近いようなので時間つぶしに行ってみることに。


他の名所・観光地を差し置いて一番上に天福公園を持ってくるあたり、もはや地域一番の観光スポットと言ってもいい待遇ですねw


「カープ一本道」ということで、球場への道のりが赤いペイントで示されていました。
これなら迷わず行けますね。


その一本道に従って進むと・・・
見えてきました!


あくまでキャンプを行うのみで公式試合は開催されないとのことですが、想像していたよりも本格的な球場でした。


まるでホームグラウンドみたいですね。


↑駅へ戻る途中の踏切でちょうど列車が来たので撮影
私が乗ってきた油津行きの折り返し列車ですね。


駅へ戻る一本道ですが、何故か駅ではないどこかに続いていました。
終点が気になりましたが、そろそろ列車の時間なのでズームで撮影するだけにして撤収・・・

「日南マリーン」で宮崎へ戻る

それでは、あとは快速「日南マリーン」で宮崎へ戻るだけとなります。
往路でも乗った「日南マリーン」ですが、志布志行きの通過駅に加えて、小内海、内海、折生迫の3駅も通過するので、合計で6駅通過する、志布志行きよりはちょっとだけ快速らしい快速になっています。
上下で停車駅が違う理由が気になりますが、志布志行きは利用者の少ない日中に走るのに対し、宮崎行きは夕方ラッシュの時間帯に走るので日南や青島から宮崎市内へ戻る観光客の足という位置付けで速達性重視なのかも知れませんね。
道中はさほど書くこともないので省略して記事は本日のゴール宮崎駅へ飛びます。


すっかり暗くなった頃、私を乗せた「日南マリーン」は宮崎駅のホームへ滑り込みました。

あとはホテルへチェックインして行程終了なんですが、駅構内によさ気な飲食店があったので、夕飯を済ませてからホテルへ向かうことに・・・


名物は外せないということで宮崎名物「チキン南蛮」


あと、宮崎といえば地鶏も有名ですが、地鶏の炭火焼きです。


ピザも出しているお店だったので、焼き鳥ピザというのも物珍しさで注文
あと、マンゴーサワーで一杯やりつつ夕飯としました。
気づけばテーブルは鳥づくしになっていましたが、美味しそうだったんだからしょうがないw


最後に西鉄バス担当便のフェニックスを撮影したらホテルへ向かって2日目の行程は終了です。

昨晩は焼酎でだいぶ酔いましたが、サワーだけで済ませた今宵はほろ酔い気分でホテルへ入り、忘れ物もしないように支度を整え床に就きました。
最終日となる3日目は追ってレポートしますのでしばらくお待ち下さい。

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