18きっぷで651系に会いに行く

怒涛の18きっぷ消化マンスリーの第3段として、常磐線のいわき~富岡間で運用されている651系に乗車すべく出掛けました。

今回の行程

今回はまずいわきを目指すわけですが、651系の運用が2往復しかなく、そのうち夕方の方の便に合わせて行程を組むと10時過ぎというゆったりした出発で済むこととなりました。
ただ、まっすぐ常磐線でいわきまで進んでもつまらないので、今まで乗ってみたいと思いつつ乗る機会に恵まれていなかった特別快速にて品川から土浦まで行き、あとは普通列車を乗り継いでいわきまで行きます。
富岡まで651系の普通列車で往復したら、復路は道を変えて磐越東線で郡山へ抜けて東北本線を経由して帰ります。
いわきを出る時点で夕方ですから東京への帰着は終電間際となり、宇都宮で餃子を食べることもままならずひたすら乗っているだけになりますねw

今回は新規に乗車するのは常磐線のうち前回乗車時には不通だった常磐線の広野~富岡間のみであり、651系に乗りに行くためにいわきへ行く往復に18きっぷを使うという感じですかね。
なお、常磐線のいわき以北まで行きますので、行程の性質上東日本大震災の被災地を経由することになり、記事中でも東日本大震災への言及が含まれます。予めご了承の上ご覧下さい。

旅の始まりは品川から

上野東京ラインとして品川駅へ乗り入れを開始してもう数年が経つ常磐線ですが、ここから発車する特別快速土浦行きから旅が始まります。


ほんの数年前まで品川ではまず見かけなかったE531系ですが、今やすっかりおなじみの光景ですね。


行先表示部分


誇らしげに掲げる「上野東京ライン」の表示


側面の行先です。
「特別快速」の表示なのでしっかり撮っておきます。


これだけ撮ったら乗り込みます。

車内で大人しくしているとそろそろ発車時間です。平日の日中ということで乗車率は低めで空席が目立ちました。


品川を出てすぐに車窓から見えたのは品川~田町間に計画されている新駅でした。
駅名すら決まっていますが、もうだいぶ出来上がっているんですね。

新橋、東京と停車していき、上野からは従来からの常磐線の区間となりますが、特別快速が通常の快速と異なるのは日暮里から先の区間となります。
日暮里を出ると快速は三河島、南千住と停車しますが、特別快速は北千住まで停まらず、その先は我孫子、天王台を通過する以外は快速停車駅に準じています。実質4駅しか飛ばさない特別快速となっていて、しかも、全て土浦までしか行かないので水戸方面への移動では使えないなど微妙な存在ですが、あんまり飛ばすと特急との差別化が難しくなるという事情もあるのでしょうかね。

取手を出てしまえばあとは中電の普通列車と何ら変わらないことになりますが、そのまま土浦まで乗車します。
土浦では接続するのが特急列車であり、後続の普通列車までは30分程度開くのでその間に駅取材をします。
土浦っていつもはそのまま乗り通してしまいますし、停車時間があっても10分未満ということも多いので主要駅ながらなかなか降りる機会がなかったんですよね。

土浦駅

というわけで、乗り換え待ちの間を使って駅取材を敢行します。


乗ってきた列車です。このまま上野方面へ折り返すようです。


ホームは2面3線のいわゆる国鉄型配線です。
国鉄型配線はかつての繁栄の時代の名残という印象が強いですが、常磐線の場合は今でも特急が多数運行され、当駅で退避や折り返しも行われているので現在でも合理的な配線ですね。


駅名標です。何やらキャラクターが付いていますね・・・


縦型


構内には貨物駅を併設しており、コンテナが並んでいます。


常磐線特急のE657系がやってきました。


乗り場案内にもキャラクターがいました。


乗り場への階段ですが、案内がやけに横長ですね。


コンコースにもキャラクターのパネルがいました。
どうやら刀剣乱舞のキャラクターのようで、水戸を中心として茨城県内でコラボイベントが展開されていたようです。
駅名標や案内看板にいたのもこのキャラクターだったんでしょうね。


改札口です。


改札を出ると自由通路があり、東西両方の出口へ繋がっています。
まずは東口へ行ってみます。


自由通路の終端ですが・・・


土浦市は蓮が有名だそうで、こんな看板がありました。


日本で2番目にして、茨城県内最大の面積を誇る湖の霞ヶ浦ですが、土浦市にも跨っています。


駅前のロータリーにはちょうどバスが待機していました。
ここからは水戸、免許センター、成田空港、TDR・お台場地区などへの高速バスが出ているようですが、写真は成田空港行きのようです。
確かに土浦から成田だと鉄道では何度も乗り換えなければならず直通のリムジンバスの需要も大きいのでしょうね。


ロータリー全体です。意外と手狭な印象ですね。


駅前にあった銅像


河川事務所の防災掲示板のようですが、駅前にあるのはちょっと不思議な感じ


ペデストリアンデッキがある光景にも見えますが・・・


その先にはこんな高架道路がありました。
これは高速道路というわけでもなく、「土浦ニューウェイ」という無料で通行できる全長3kmの高架道路でして、筑波万博のアクセス道路として整備された経緯があるようです。
面白いのが歩道がないにも関わらず高架区間にもバス停が設けられていて、ここを通るバス路線も設定されているんですが、土浦ニューウェイの中にあるバス停に停車するのは1路線のみとなっていて、それもわずか1往復しか走っていないなど、バス路線としては廃れてしまったルートですかね。
なお、これ以外に高速バスも通っているようで、それも含めればそこそこ利用されているようです。
また、土浦全国花火競技大会の際のシャトルバスも通行しますのでその時は大活躍ですね。


ロータリーの方を振り返ります。


自由通路への入口

まだ時間があるので西口へも行ってみましょう。


この段差でのエレベーターは珍しいですが、車椅子やベビーカーを利用する人にとってはこの程度の階段でも障壁となってしまうんでしょうね。


地方駅にはありがちな生花の展示


こちらが西口の駅舎です。大宮駅や仙台駅を思わせる大きな駅舎です。
先に東口を見たので土浦も大したことないなと内心思いながら取材を進めていましたが、こちらを見れば土浦も都会だなと思ったりw


こちらのロータリーは本格的なペデストリアンデッキを備えている上に、ロータリーも大規模ですね。


タクシープールも備えるなどこちらを見ればかなり都会的な印象です。


駅前には「URALA(うらら)」という施設があります。
元々は商業施設がメインだったようですが、核テナントだったイトーヨーカドーが撤退して、現在は公的施設が中心となっています。


土浦市役所も入居しています。市の中心駅の駅前に市役所があるのはアクセス抜群で素晴らしいですね。


駅の入口を撮ったら構内に戻って旅を続けます。


国鉄チックなフォントの「おり口」の案内に従ってホームへ向かいます。


ホームに戻ってきました。


E531系に乗って今度は水戸まで行きます。

常磐線を北へ

土浦から普通列車で再び北上し水戸を目指します。道中は特に書くこともないので略w


水戸からはいわき行きに乗り換えです。
E501系も運用される区間ですが、今度もE531系です。


勝田駅では側線にいる651系が見えますが、波動輸送用に使われる以外は暇を持て余しているようですねw


このあたりまで来ると時折車窓には雄大な太平洋が広がります。
鉄道唱歌でも「逢いて別れて別れては また逢う海と磯の松 磯原過ぎて高萩に 仮るや旅寝の高枕」とこのあたりの車窓を歌われていましたね。


そして、いわきに到着です。

いわきより651系に乗る

この旅のメインテーマでもあった651系といよいよご対面です。もう夕方なんですけどねw


駅名標です。何だか余ってしまった感じの右上が気になりますw


側線にいたE531系


復路で使う磐越東線の観光マップ


こんな顔出しパネルがありました。


651系はもう入線していたのでE501系と並べて撮影
E501系も乗ったことはありますが、登場時のドレミファインバーターはもう聞けないのが残念です。


E501系が発車していったので651系だけで


駅名標と絡めたり


方向幕
651系というと高崎線のイメージが強くなったせいで、富岡と言われると群馬県の富岡だと思ってしまいますw


発車標も撮ったら乗り込みます。

車内ですが、特急型車両とは言え普通列車ですから地元の人達が中心のローカル列車という雰囲気でした。
馴れた手付きで座席を回転させて1つのボックスを占領する人も見受けられましたが、それが許される程度の乗車率だということですね。
ローカル線らしい緩さとも言えますが、震災前の水準からするとやはり利用者はまだ本格的には戻ってきていないのでしょうね・・・


広野までは5年ほど前にも乗っているため2度目に見る車窓ですが、以前はまさに更地で何もなかったのが、今回は復興の新芽の如く1軒だけ家が建っていますね。


旧線のものだと思われる廃トンネルが見えました。
レンガ造りの歴史を感じさせるもので、近くで見てみたいですが、列車はあっという間に過ぎ去ってしまいます。


普段の旅なら「きれいな海だなぁ」という1枚ですが、この場所で見ると色んな思いが込み上げます・・・


駅周辺には新しい家が何軒も建ち始めていました。


少し前まで常磐線の東京側の暫定的な終点だった竜田駅に差し掛かりました。
この列車の終点の富岡はこの次の駅です。


原発事故の除染作業に関連した施設なのか、車窓からこんな施設が見えました。
そういえば、ギリギリの所で深刻な事故を免れた福島第二原発は常磐線の竜田~富岡間の沿線にありますが、その関連施設かも知れませんね。


汚染土を入れているであろう黒い袋が積み上げられていました。
建物が建っていたりという意味での復興は進みつつある印象も受けましたが、こういう光景を目の当たりにすると原発事故はまだまだ収束に程遠いと実感させられます。

乗車時間にすれば30分弱でしたが、列車は終点の富岡に到着します。
以前に651系に乗った時は「スーパーひたち」として上野からいわきまでの乗車でしたが、このまま折り返し上野まで乗って行きたいなぁw

富岡駅

ここでは10分程度の滞在で折り返してしまいますが、不通区間の末端部という意味でも現在の駅の姿を見ておきたかったのでかなり足早になりますがレポートはしたいと思います。


乗車してきた651系


方向幕は既にいわき行きになっていました。


駅名標です。仙台方面の隣の駅はシールで隠されていますが、2年後の運転再開を見越して既に表記されているんでしょうね。


縦型


ホームは2面3線となっていますが、当駅以北の運転再開までは3番線のみを使用する運用となっているようです。


3番線の乗り場案内には「いわき・水戸方面」とありますが・・・


2番線は空白になっていました。


駅前には何やら建設中のようでした。


まるで駅を跨ぐように梁のようなものが出ていましたが、橋でも掛けるんでしょうか。


かつての広野駅では線路をまたぐように暫定的な通路を確保して上下移動無しで改札へ向かえるようになっていましたが、ここは更に先の区間の運転再開が具体的な目処が立っているためか跨線橋で連絡するようになっていました。
ていうか、それなら改札に近い1番線を使用するようにすればいいのにw


跨線橋から駅構内を見渡します。


奥に見えるのは福島第二原発の施設でしょうか?


それにしても、これは一体何が出来るんでしょうね。


ここが1番線です。現在は使われていませんが、改札への通路として自由に立ち入れるようになっています。


1番線の乗り場案内もやっぱり空白・・・
全線復旧の暁には仙台方面と入るんですかね。その日が待ち遠しいです。


改札ですが、自動改札機はなく有人改札のみという構成であり、寒冷地ということで扉がついていました。


ところで、改札の脇にあったこれ、最初は時計だと思っていたんですが、よく見ると空間放射線量を表示していたんですね。
駅周辺は自由に立ち入れるようになったとは言え、福島第一原発まで10km足らずしか離れていないんですよね。


駅前にはロータリーが整備されていました。


JRバスのカラーリングにも似ているこのバスは「浜通り交通」といういわき市を基盤とする貸切バス事業者のバスです。
ローマ字表記だと「はまどり交通」と読んでしまい、実際にありそうなネーミングだったこともあり「はまどり交通」と検索するも優秀なGoogle先生はちゃんと「浜通り交通」のサイトを表示してくれましたw
元々は楢葉町に本社を構えていましたが、本社所在地も原発事故の警戒区域となり事業ができなくなり、いわき市に移転の上、原発作業員の送迎バスや写真のようなJRの代行バスを受託して運行しています。


代行バスの専用バス停が用意されていました。
この代行バスは浪江まで結んでおり、列車と代行バスを乗り継ぐことでいわき方面と仙台方面を行き来することが出来ますが、乗り継ぎの手間なんかを考えれば磐越東線で郡山に抜けて新幹線を利用したほうが利便性は高いでしょうね。
なお、代行バスも利用する国道6号ですが、福島第一原発周辺の区間も含めて現在は自動車に限り自由に通行できるようになっていますが、歩行者、原付バイク、軽車両、二輪車といった自動車以外の手段による通行は引き続き規制されており、自動車で通行する場合も帰還困難区域内での駐停車や国道を外れた場所へ立ち寄ることは禁止されており、走行中は窓を開けずエアコンも内気循環で使用することを求められるので、自由に通行できるとは言え普通の道路に戻ってはいませんね。


こちらが駅舎です。妙に新しい時点でお察しだと思いますが、震災以前の駅舎は津波で流失したため、再建されたものとなっています。


あと、駅舎に隣接して「さくらステーションKINONE」という飲食店と物販の施設が作られています。
時間がないので立ち寄ることはかないませんが再訪の機会があったら入ってみたいですね。


津波避難経路が案内されています。
今や海沿いの公共施設ではまず間違いなく見かけるものですが、ここにあると重みが違いますね・・・


代行バスの乗り場案内


何のポスターかと思ったら、環境省による福島復興をアピールするものだったんですね。


駅舎内から見た改札。


そう言えば、発車標が2つ用意されていますが、左側は仙台方面への運転が再開されたときに備えて用意されているんですかね。

と言ったところで折り返します。
あとは帰るだけなんですが、東京から200km以上離れている上、普通列車だけで帰らなければなりませんから先は長いですw

帰りは内陸を通って

復路も651系でいわきまで戻ったら磐越東線で郡山へ抜けます。


いわき駅でE531系と並べて651系を撮ったら撤収して乗り換えます。
651系の折り返しシーンでも動画撮影したかったですが、乗り換え時間が僅かしか無いのですぐに撤収です。


待っていたのはJR東日本のローカル線の代名詞とも言えるキハ110系。
列車は小野新町行きですが、郡山行きと接続しています。

2度目の乗車ですし、既に真っ暗だったので道中は省略しますが、小野新町では少し時間があったので暗闇の中ですが取材を敢行しましたのでレポートします。


駅名標です。
ずっと「おのしんまち」だと思っていましたが「おのにいまち」と読むようです。


ホームと駅舎は地下道で連絡です。
優等列車などもないローカル線にしては珍しいですね。


暗くて分かりづらいですがあれが駅舎です。


改札口です。昔ながらのスタイルですね。


待合室は広々していました。


構内には駅周辺のジオラマが展示されていましたが、何やらちょっと浮いた建物があるのにお気づきでしょうか?
これは作者の遊び心というわけではなく、本当に存在する建物なんです。
着せ替え人形として知られる「リカちゃん」の製造や展示を行う「リカちゃんキャッスル」という施設が当駅近傍にあるようです。
私は興味ありませんが、こんなローカル駅で「リカちゃん」の名前を聞くことになろうとはw
これだから旅は面白いです。


駅舎です。


この駅名の看板がローカル線の雰囲気を出していると思います。


今でも営業しているのか分かりませんが、食堂(?)がありました。


モニュメントかと思ったら案内看板でしたw

と言った所で時間ですので郡山行きに乗り換えて帰路に就きます。
ここから先はひたすら移動であり、タイトな乗り換えの連続になるので足早にレポートしていきますが、ここから先写真を撮る暇もなかったため写真もありませんw

磐越東線で郡山に到着したら東北本線に乗り換えです。少し前まで黒磯行きだった新白河行きに乗り、新白河からはキハ110系で架線下DCを堪能しつつ黒磯へ、いよいよ関東地方となる栃木県内は205系E231系と乗り継いでいきますが、小山では貨物列車を2本も待避するという一コマがありました。
東北本線は確かに貨物列車が多いですが、普通列車といえども旅客列車が貨物列車を待避するというのはあまりない経験でしたので驚きました。しかも2本ですからね。
深夜は貨物列車天国と言いますが、終電間際の時間帯ならではですね。
あとは順当に地元の駅まで移動して帰路に就きました。

というわけで最後は足早になりましたがレポートは以上です。
いつものレポートよりはボリュームが少なめになりましたが、次回はまた遠征の長編レポートとなる予定です。また遅れるかも知れませんがどうぞ気長にお待ち下さい。
そういえば、今回は動画を1つも取ってこなったなぁ

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