3日間に及んだ北陸地方乗りつぶしの旅もとうとう最終日です。
なお、1日を1記事として分割してお届けしていますので、1日目・2日目をご覧になっていない方はそちらから先にご覧いただくことをおすすめします。
最終日の幕開け
最終日の朝は列車の関係で6時台スタートというかなり早い幕開けです。
理由として、石川県内の乗りつぶしはほぼ終わったのであとは福井県内へ移動するのですが、昨夜のうちに移動して福井に宿を取る案と、金沢で宿泊し朝移動する案の2つがあったうちの後者を選んだことが挙げられます。
結局、夜遅くチェックインして朝のんびりか、夜早めにチェックインして朝早いかの二者択一で、夜早めにチェックインしてのんびり夕飯を食べたりすることを優先したわけです。
ホテルから駅へ徒歩で移動して今日の行程が始まります。
一路福井へ!
ここは優雅に特急で!と行きたいところですが、結構この旅で散財してしまっているのでここは節約して普通列車で移動します。
521系にあたりました。昨日も金沢~西金沢で乗りましたが高校生でうるさい録音だったので今度は静かな録音が録れそうです。
走行音は223系っぽかったですね。見た目も似ていますしねw
途中から高校生が大量に乗車する区間もありましたが、概ね静かな録音になりました。
まあとはいっても福井に近づくと人が増えていましたけどねw
福井駅
そんなわけで福井に到着です。私は実は2度目の訪問だったりします。
前回はJR西日本が特急・新幹線も含めて全線乗り放題のきっぷを出した際に雷鳥のさよなら乗車で訪れました。
その時は真冬の1月だったので一面銀世界で駅前広場は雪の山が聳えていましたが、今度は夏の訪問なので開けていますね。
ちょうど越美北線の列車が入線するところでした。
越美北線は北陸フリー乗車券に含まれていないのと乗るだけで結構時間がかかるため18きっぷなどで訪れた機会に譲ることとして今回は乗りません。
それにしても、やっぱり福井といえば恐竜なんですねw
建設中の北陸新幹線ですがまだまだ駅の工事は進んでいないようです。
そもそも福井から先はルートすらまだ決まっていませんからね。
あと、写真がE2系なのはちょっと古いですねw
こちらがえちぜん鉄道の福井駅です。駅前に別の駅舎を持っています。
元々京福電気鉄道が運営していましたが、半年で2度も列車衝突事故を起こしたカドで国土交通省より運行停止命令を受けてしまい、2年間運休を強いられましたがその際京福電気鉄道は福井県内の鉄道事業を全廃する方針を決め、受け皿の第三セクターとして、えちぜん鉄道が設立され現在に至ります。
えちぜん鉄道には引き継がれずに廃止になった路線もあるのですが、現在は勝山永平寺線と三国芦原線の2路線が運行中です。
ここでえちぜん鉄道と福井鉄道の共通1日乗車券を購入します。
元愛知環状鉄道100系が活躍しています。それにしてもこの形はほくほく線のHK100に似ている気がしませんか?
西鉄8000系さんからは否定されてしまいましたが、ぱっと見HK100っぽいですw
あれ?何かいるぞと思っていたら、恐竜が堂々とベンチに座っていましたw
さすがは福井、ホームのベンチにまで恐竜を配置してしまうとはw
勝山永平寺線
2駅先の福井口駅までは三国芦原線の列車も乗り入れてきますがそこから先は勝山永平寺線単独区間です。
朝の上りのみ快速の設定がある以外は全便普通列車で、日中の普通列車は一部比島駅を通過します。
基本的には全便がワンマン列車ですが、日中はアテンダントが乗車し観光案内や乗客からの問い合わせに対応したり、高齢者の乗降を補助したりしているようです。
永平寺口駅
駅名の通り、福井県の観光名所の一つとして名高い永平寺への玄関口となる駅ですが、実はここから永平寺へはバスやタクシーを利用しなければならないほど距離があります
従って、バスの接続を調べてから来ないと駅で待ちぼうけを喰らうことにもなりかねませんw
昔は鉄道を使って永平寺までいけたようなんですが、現在は永平寺まで行ける路線は廃止になり、バスが唯一の公共交通機関です。
そのバスも永平寺口で乗り換えるルートより福井駅から直行バスを利用するルートのほうが一般的らしく、この駅の存在意義も危ぶまれますね。
ホームです。現在は島式ホームの方を使っていて、駅舎側にあるホームはかつて永平寺までの路線があった名残で残っているようです。
もしバスの乗り継ぎを調べずに来てしまって時間を持て余しても駅舎を見れば暇を潰せるのではないでしょうか。
なにせこの駅は有形文化財に指定されているのですから。
永平寺だけでなく、駅にも目を向けてみると面白いですよ。
車庫を兼ねたバス乗り場です。ここから永平寺行きも出るようですね。
すでに福井での鉄道事業からは撤退している京福ですが、バス事業は継続中のようです。
勝山永平寺線を更に東へ
続いては終点の勝山を目指して旅を続けます。
比較的住宅街を通り抜ける雰囲気のある今までの区間に対して、ここからは田園風景や遠くに見える山が特徴的な車窓風景になってきます。
アテンダントさんがせっかく案内してくれたので撮影。
山と川はやっぱり画になりますね。
遠くに見える銀色のドームのような建物は福井県立恐竜博物館です。
駅としては勝山駅が最寄り駅ですが勝山駅からも結構距離があるためバスやタクシーの利用がお勧めです。
しかし、アテンダントさんは親切にもバスの時刻まで案内してくれるんですね。
勝山駅
勝山永平寺線の終点勝山駅です。
先程も触れたように恐竜博物館最寄り駅となります。
編成写真を撮ろうと反対側のホームへ行ってみるとなんとホームと逆側のドアが開いているではないですか。
運転士が間違ったのかと思っていると、車内の掃き掃除をするのにゴミを掃き出すために開けたようです。
もちろん乗客下車後なので安全に問題はないですがなかなか見られないシーンでしたw
予想はしていましたが駅前にはやっぱり恐竜が出迎えてくれましたw
それから駅舎。新幹線開業で観光客が増えると見込んでか駅前を整備し直すようですね。
保存車両が展示されていました。こういう車両たちに出会えるのも旅の楽しみの1つです。
ちなみに、残念ながら車内には入れないようでした。
このあとは勝山永平寺線を折り返して福井口に向かいます。
福井口駅
三国芦原線に乗り換えるべく福井口に降り立ちました。
ホームが狭く広角ではない私のカメラではこれが限界でしたw
複合型3面4線とでも言うべきか、ちょっと変わった配線です。
特に真ん中の島式ホームはかなり狭いですね。叡山電鉄の宝ヶ池駅を思い出しますが、それ以上の狭さです。
車庫ですが壁が傾いているのは大丈夫なんでしょうかw
雪の重さで傷んでしまったんでしょうかね。
ここで近くのコンビニで昼食を調達し、続いては三国港駅へ向かいます。
三国港駅
三国芦原線はJR北陸本線と微妙に並行しているようでしていないルートで三国港までを結びます。
元々は国鉄の北陸本線の支線という位置付けで建設された路線だそうです。
聞けば昔はここまでやってくる列車が少なく訪問が大変だったそうですが、今は殆どの列車が三国港までやってくるようになったので割と楽に訪問出来ました。
それにしても、駅名標も面白いデザインですね。
勝山永平寺線と車両は共通ですが一応写真もw
本当は119系が移籍したやつを撮りたかったんですが今回は会えませんでしたw
最近補修されたばかりらしくきれいな駅舎になっています。
ところで普段は無人駅でひっそりした駅なようですが、今日はウォーキングイベントがあっているらしく臨時の駅員も配置され人も多かったです。
駅名に港とつくだけあって目の前は海というなかなかのロケーションです。
駅前が海なんてなかなかないですよね。
海側からの駅舎を。すっかり綺麗になってしまってちょっと味気ないですねw
駅舎の隣にはよく分からない謎の建物がありました。
待合所か何かでしょうかね。
このあとは三国芦原線を引き返して田原町まで向かいます。
ウォーキング参加者と思われる人たちがおしゃべりに興じていたため録音を諦めて西鉄8000系さんとおしゃべりタイムを楽しんだんですが、気付けば周りの人たちは静まり返ってしゃべっているのが我々だけという状態になっていましたw
田原町駅
勝山永平寺線との分岐点である福井口でもなく、JR乗り換え駅である福井駅でもなく、なぜここ田原町で降りたかというと福井鉄道福武線に乗り換えるためです。
福武線は田原町と越前武生を結ぶ路線で、市役所前から分岐して福井駅前までの支線があります。
乗りつぶしの効率を考えると福井駅まで行かずに田原町乗り換えを使ったほうが便利なんですよね。
えちぜん鉄道は有人駅ですが、福井鉄道は無人駅です。両社のホームは隣接していて1分以内で乗り換えが可能と利便性が高くなっています。
駅舎自体は両社で共同使用しているようです。
そういえば、えちぜん鉄道の車内放送で言っていたんですが、えちぜん鉄道と福井鉄道の直通運転の構想があるそうですね。
実現すれば三国港~田原町~市役所前~福井駅前~越前武生が一本で結ばれることになりますが、現在は連絡乗車券の発売にとどまっているようです。
ところで、そうなった場合、三国芦原線の田原町~福井口間は支線のような扱いになるんでしょうかね。
線路が入ってくるために車線減少となっているようです。
しかし、線路までちゃんと描かれていて分かりやすい標識ですねw
こちらが福井鉄道側の駅名標。写真を使ったカラフルなデザインですね。
やってきた電車は元名鉄車でした。北陸の私鉄も他の地方私鉄のご多分に漏れず他社からの譲渡車が多いですね。
鉄道線と軌道線を直通運転するためホームのない電停でも乗降しやすいようにステップが付いています。
福武線
福井と武生を結ぶ福武線ですが、福井市内の一部が併用軌道である他は専用軌道区間が多くインターアーバンと呼んでもいいような路線です。
基本的には路面電車タイプの車両が使われていますが、ラッシュ時には通常の鉄道線用の車両が使われることもあるようです。
当然それも併用軌道を走ることになりますが、その光景は是非見てみたいですw
その他特筆すべきは急行の存在ですね。専用軌道区間でも結構通過駅が多く、すごいのは併用軌道区間でさえ通過駅が設定されていることです。
信号に引っかかる併用軌道区間で急行運転の意味があるのかは分かりませんが、乗客の有無に関わらず通過する電停が設定されている路面電車は他にないと思います。
郊外に行くと盛り土の上を走ったり田園風景の中を走ったりと路面電車らしからぬ路線で楽しめました。
あと、福井駅前への支線ですが、田原町方面にのみ接続していて、普段は田原町→市役所前→福井駅前→市役所前→越前武生という風に運行されますが、必ず2回スイッチバックすることになりますし、福井駅前で乗降しない乗客は市役所前~福井駅前を複乗することになります。
田原町へ行かない福井駅前~越前武生の電車でも1回はスイッチバックがありますし、これも変わっていますよね。
越前武生駅
元々は武生新という駅名でした。JR武生駅とは離れているため区別の意味でつけたんでしょうけど、頭に新を付けるケースは多いですが、最後に付けるのは珍しいですよねw
ただ、新しい駅名もちょっと曲者で、”越前”なんて付けるものだからえちぜん鉄道の駅だと勘違いしそうになりますw
福鉄武生とかのほうが分かりやすかったのではないでしょうかw
いました。鉄道線用車両。
ラッシュ時のみ稼働のようですがそろそろ置き換えの話もあり乗っておきたかったですね。
ビア電だそうです。夏もそろそろ終わりですしまた来年までお休みでしょうか。
駅舎です。バスやタクシーとの乗り継ぎ拠点になっているらしく、JR武生とは独立していながら意外と栄えていました。
今度は急行に乗って福井駅前まで急ぎます。ちなみに、来た時と同じ電車でしたw
2度目の福井駅
福井駅前へ乗り入れる線路は単線です。道幅的に複線化も難しいでしょうし、ダイヤ設定が大変なんでしょうね。
ここのボトルネックのせいなのかはわからないですが、ラッシュ時には福井駅前へは立ち寄らない田原町~越前武生の系統も運行されます。
それにしても線路が中途半端なところで切れていますねw
駅の工事が完了した暁には駅前広場に乗り入れたりするんでしょうかね。
ホームでは「きたぐに」の案内が残っているのを確認しました。
大阪→新潟で乗りましたが、結局臨時化後も運転されなくなり久しいですね。
撤去されていないのはいずれ運行する可能性がひとかけらでもあるということなんでしょうか。
あとは帰路
このあとは「しらさぎ」に乗って金沢へ移動します。節約のため立席覚悟で自由席を選んだのですが、乗ってみるとガラガラで座席もよりどりみどりでしたw
ただ、M車の場所がわからず右往左往しましたけどねw
金沢からは特急「北越」で長岡へ向かい、上越新幹線に乗り換えて帰路につきます。
「北越」は今では貴重な485系が定期運用される特急ですからね。「いなほ」もE653系が投入されて485系は撤退するようですし、本当に貴重になりますね。
こちらは指定席ですが車内で話をする人はおらず最高の録音環境でした。
すでに日没後で車窓は楽しめないですが、音と雰囲気だけ楽しみつつ旅を続けます。
ちなみに、越後湯沢経由の「はくたか」ルートに比べて遠回りな北越ルートですが、実はこの時間はもう「はくたか」の運転がなく、北陸地区から東京へ移動できる最後の列車なんですね。
そう考えると夜に出発して朝に到着できる夜行列車ってやっぱり便利ですよね。「北陸」や「能登」が残っていればと改めて思いました。
直江津手前では電源切替で車内の消灯がありましたが夜なので本当に真っ暗なんですよね。
知らない人はビビりそうです。それも今の車両だとバッテリー搭載で消えなくなったので貴重な光景ですね。
長岡からは上越新幹線ですが、ここから乗るMaxときもこのあとは越後湯沢行きなのでやはり東京行きの最終便です。
どこか一つでも行程が狂うと帰れなくなるというちょっとリスキーな旅でしたが何とか繋がってくれました。
新幹線も静かなものでしたが私は車内の流れるニュースを見ながら時間を潰していましたw
大宮では西鉄8000系さんが録音中なので無言で別れ、旅は終了です。
車中泊がない2泊3日なので今までの遠征の中では楽な部類ですがそれでも疲れたには疲れましたね。
ちなみに、3日間で約4万歩歩いていましたw
そして、大量の収穫を捌くのも大変で記事の執筆が旅から帰ってきて1週間後という結果になりましたw
これ以上書くと蛇足になりそうなのでこれくらいにしておきます。
レポートは以上です。お付き合い頂きありがとうございました。
また、今後も旅に出たときはレポート記事を書きますのでよろしくお願いします。