今回はGWを利用して日光方面へ遠征しましたのでそのレポートです。
1泊2日ですが、1日目の内容が少なく、飯田線&「はまかいじ」の旅同様にあえて分割せず通しで1本のレポートとしてお届けしたいと思います。
行程の説明
浅草駅から特急「しもつけ」で東武宇都宮駅へ向かい、バスに乗り換えてJR宇都宮駅へ向かったら市内で宿泊します。ようするに1日目は「しもつけ」に乗るのが唯一の活動となるので今回は分割する必要はないというわけですねw
翌日は朝に東武宇都宮駅へ向かって栃木駅まで普通列車で1往復、東武宇都宮駅からは再びJR宇都宮駅に戻って、そこから臨時列車「GOGO日光」で日光駅へ移動、一旦日光市営バスで足尾へ足を伸ばし、足尾歴史館を訪問後、日光駅に戻って東武日光線のGW臨時列車(1800系充当)で浅草へ帰ってくるという内容です。
GWなどの繁忙期は列車もホテルも混むし、行楽地への列車は車内の録音環境も悪くなりがちで乗り鉄・音鉄をするには不向きなシーズンなのは否めませんが、「GOGO日光」や東武1800系は繁忙期しか動かない列車ですし、やむを得ない選択だったわけです。
というわけで、レポートは夕方の浅草駅から始まります。
まずは「しもつけ」で栃木へ向かう
先月もここから旅立った気がしますが、夕方の浅草駅にやってきました。
発車標には「しもつけ」の表示がもう出ていますね。1日1本のレア行先ですからこれだけでも十分レアです。
今回はいくらGWでも「しもつけ」ならば余裕で乗れるだろうと思ってチケットは事前予約も無しで当日購入だったんですが、余裕でM車台車直上を確保できました。
元々が朝の上り列車と夕方の下り列車の1往復という設定が観光客向けとは言えませんし、東京と宇都宮を行き来するならば東北新幹線やJR宇都宮線もありますしね。
無事チケットも取れたのでホームへ向かうと5番乗り場が封鎖されているのが見えました。
そういえば、このホームは実質快速・区間快速専用のホームでしたし、それがなくなった今、開放しておく理由もないということなんでしょうね。
明日乗る予定の1800系の臨時列車の案内も出ていました。流石に簡易なものでしたが、1800系の写真入りなのがいいですね。
「りょうもう」がやってきました。が・・・これは「プユマ」カラーですね。
というわけで、慌てて撮影に出動w
この塗装は台湾鉄路管理局が運行する「普悠瑪列車」の塗装を再現したものです。
↑そして、いよいよ「しもつけ」の入線です。
先月も「きりふり」で乗った350系
そういえば、東武特急の代表的存在の100系や200系には未だ乗っていないのに、350系にはもう2回目の乗車というのはどうなんでしょうねw
「しもつけ」
18時20分、特急「しもつけ」は浅草駅を発車しました。
さて、ここで「しもつけ」について簡単に説明しておきますと、浅草~東武宇都宮間を1日1往復運転される特急列車であり、1953年頃から急行列車として設定され、1959年に一旦廃止され、長らく東武宇都宮線に乗り入れる優等列車は設定されませんでしたが、1988年に快速急行「しもつけ」として運転が開始され、以後1日1往復定期運行が続けられています。
長らく一貫して朝に宇都宮→浅草、夜に浅草→宇都宮の方向で運転され、ホームライナー的な役割が強い列車ですが、実際乗ってみると車内は空いていて、とうきょうスカイツリーや北千住から多少の乗車はあったものの春日部や杉戸高野台といった駅までの利用者がほとんどで、宇都宮まで乗り通す人はほとんど見られませんでした。
宇都宮線沿線よりは伊勢崎線・日光線沿線へのホームライナーという役割が強いねしょうね。その役割もスカイツリーライナーやアーバンパークライナーで代替されると考えるといずれ廃止されるのではないかと心配です。
実際、東京~宇都宮を移動する足と考えた場合、浅草~東武宇都宮間で2時間を要する「しもつけ」に対して、JR宇都宮線なら普通列車でも東京~宇都宮間は2時間かかりません。さらに言えば東武宇都宮駅はJR宇都宮駅までバスに乗り換えて移動しなければならない立地であり、栃木や東武宇都宮線内の途中駅への需要はともかく、宇都宮市内への移動にはJRに対して劣勢と言わざるを得ませんね。
350系がいよいよ置き換えざるをえないほど老朽化した時、「リバティしもつけ」とでも改称して500系を投入して存続するのか、列車自体の運行を取りやめてしまうのかは分かりませんが、乗れるうちに乗っておいて良かったです。
ちなみに、2017年現在、350系が毎日充当される唯一の列車ではあり、浅草~春日部など短距離でもいいという人は350系に乗れる貴重な列車ですね。
春日部をすぎれば完全に日没を迎え車窓も真っ暗で楽しめませんでしたので、特段書くこともなく記事は東武宇都宮駅に飛びますw
東武宇都宮駅
東武宇都宮線の終点、東武宇都宮駅に到着しました。
↑方向幕が回転したので動画撮影
ホームが4両分しかなく、4両編成の「しもつけ」ではホームいっぱいに停車しており、反対側での撮影が難しそうだったのと、夕飯を食べずに来ているので早く街に繰り出して食事を済ませたいという事情もあってさっさと撤収しました。
これが東武宇都宮駅のホームの全てですw
1面2線の島式が1つだけという、県庁所在地駅、しかも終着駅としてはあまりに寂しい気もしますが、1往復の「しもつけ」以外は普通列車のみという運行形態を考えればこれで十分なんでしょうね。
改札口は意外と多くの改札機が並んでいました。ラッシュ時ともなれば多くのサラリーマンや学生で賑わうのかもしれませんね。
券売機を撮ろうとしましたが、観光キャンペーンの幟がすごいw
東武宇都宮駅って地元の人が中心で観光客が使うようなイメージはないんですが、とりあえず主要駅には掲示しておこうということなんですかね。
あと、特徴的なのは駅を出るとそのまま東武百貨店の入口に直結している点ですね。
JR宇都宮駅からはバス移動が必要という不便な立地ながら存続できているのは東武百貨店へ出かける人たちの需要を取り込めているからというのもありそうです。
駅の外にはバスロータリーが整備され、バスとの接続は考慮されています。
が・・・このロータリーに乗り入れるのは東野交通など当駅を起点とする路線が中心で、当駅をまたいでさらに郊外へ走る路線の多くは駅前の大通りの路上にバス停が設けられており、どちらが先にくるかというのも時間帯によるので慣れている地元の人はともかく、旅行者には不親切な部分もあるなと感じました。
バスも東武宇都宮駅~JR宇都宮駅間には、東野交通、関東自動車、JRバス関東の3社が走っており、連携がうまく行っていない部分もあるのかもしれません。
まあ、とはいえJR宇都宮駅へはほとんどの系統が立ち寄りますし、3社運行されているだけあって日中は数分おきにバスがやってくる高頻度運行なのでそこまで不便とは言えないのかもしれません。
東武宇都宮駅では写真を撮り損ねたのでJR宇都宮駅で撮影した東野交通です。
かつては西那須野駅から伸びる鉄道路線を有しており、東野鉄道という社名でしたが、1968年までに全廃され、以後は東野交通と社名を改めてバス会社として存続しています。
さて、せっかく宇都宮に来たからには餃子を食べてからホテルへ向かおうということで駅前の餃子店を物色しますが、どこも長蛇の列が出来ていました。GWということで観光客が殺到しているんでしょうかね。
が、ここは以前に宇都宮を訪れたときの経験が活きました。前回は18きっぷで日帰りで宇都宮を訪れ、やはり駅構内の店は大行列でしたが、東口の店は空いていてすぐに入店できたことを覚えていたのです。
というわけで、東口に向かうべく、自由通路を歩いてみましたが、明日の「GOGO日光」に使われるであろう185系が留置されていました。
ちょっとピンぼけですが、宇都宮ライトレールのポスターが貼られていました。開業はまだまだ先ですが、地元では期待もふくらんでいるんですかね。
この宇都宮ライトレールですが、宇都宮駅から芳賀町の方まで伸ばす計画で、ゆくゆくは東武宇都宮駅にも乗り入れる構想もあるようで、特にすごいのが既存の路面電車や鉄道路線をLRT化したり、既存の路線を延伸した例はあっても、まったく新規にLRTを建設するという例は宇都宮が初となるということですね。
ゴジラっぽい怪獣の石像がお出迎えw
宇都宮といえば大谷石が有名ですから、それの宣伝も兼ねているんですかね。
そして、東口にやってきましたが、予想通り各店の行列はそれほどの長さではなく並べば10分か20分で入店できそうな雰囲気。
観光客は西口にしか店がないとでも思っているんだななんて勝手に勝ち誇っていると、私の前に並んでいた人から一言・・・
「この店はもう締め切っちゃったみたいです」
閉店時間までに並んでいる客をさばききれないと判断してその時点で並んでいる人で受付を締め切ったということのようでした。
東口側の店は全部締め切ってしまったようで、やむなく西口に戻りました。調べてみると西口側の店は閉店が遅い店が多く、時間はかかっても何とか入店して餃子を食べることはできそうだということはわかりましたが、かなり余裕を持って設定していたはずのホテルのチェックイン時間には間に合わないことが確定的に・・・
前回も行った宇都宮餃子館ではなく、今回は「宇味家(うまいや)」という店に決めて、とりあえずホテルに連絡を入れてあとは携帯でもいじりながらひたすら待ちます。こういう時話し相手になる同行者がいれば幾分はいいでしょうが、一人旅で待ち時間というのはつらいですよね。
結局1時間ほど待ったかという所でようやく入店。
時間帯的に餃子をつまみにビールで1杯なんて人も多く余計に回転が悪かったみたいですね。
頂いたのは、焼き餃子と「フライ餃子」なるもの。焼き、水、揚げは定番ですが、フライは珍しかったので思わず注文w
長らく待った甲斐もあって美味しく頂き、腹も満たされた所でホテルへ向かって今日は終わりです。
が、冒頭に書いたとおり、今回は記事を分割しませんので、このまま2日目まで続きます。
2日目の朝
ホテルで1泊して朝を迎えた私は、早朝の宇都宮の街を歩いていました。
泊まったホテルはJR宇都宮駅と東武宇都宮駅の中間あたり(どちらかと言えばJR宇都宮駅寄りでしょうか)であり、15分程度の道のりでしたかね。
昨日のチェックインは結局23時近くになり、入浴やら翌日の準備やらで就寝は日付をまたぐ頃になりましたので正直睡眠不足の感もありましたが、前日は夕方出発でお昼までゆっくり寝ていたこともあって強行スケジュールながら、朝早く出発することとしました。
連休中とは言え、早朝の街は静かで、ゴミ出しや散歩に繰り出す地元民の方々とすれ違う程度でした。
東武百貨店の看板のほうが目立って、駅というより東武百貨店の外観にしか見えませんが、これが東武宇都宮駅です。
自社の駅周辺に百貨店を出店して、集客と乗客増の一挙両得を狙うという私鉄の経営を体現するような駅ですよね。
連休中ということでサラリーマンの姿もなく、閑散とした階段を登って乗り場へ行きます。
はい、昨日も乗った「しもつけ」とご対面ですw
ちょうど朝の浅草行きの発車時間だったわけですね。
流石にもう乗りませんが、発車を見送りたいと思います。
昨日はホームの有効長がなく撮影は困難と書きましたが、ギリギリ撮れそうだったので動画撮影しました。
↑発車シーン
ところで、昨夜「しもつけ」で当駅までやってきた時点で東武宇都宮線の乗りつぶしは終わっているわけですが、夜間で景色も見れていないし、普通列車でも乗っておきたいという気持ちから朝早起きして東武宇都宮線往復を行程に入れたわけです。
元はといえば、「GOGO日光」の発車が10時過ぎと遅く、その前に活動を入れない場合、9時過ぎのチェックアウトギリギリまでホテルでゆっくりすることになりますが、前日も夕方出発で「しもつけ」に乗っただけの内容で終わり、「GOGO日光」だって朝早く出れば当日の朝出発でも乗れる列車をわざわざ前泊して乗っていることを考えると、流石に早起きが嫌いな私でももったいなく思ってしまったわけですw
乗車したのは栃木行きですが、東武宇都宮線の起点は新栃木であり、新栃木~栃木間のみ東武日光線に乗り入れていることになりますね。一部新栃木止まりの列車も設定されているようですが、逆に1日1往復の特急「しもつけ」を除いては栃木以南への直通列車は設定されておらず、ほぼ線内完結の運行形態になっています。
栃木駅
JR両毛線とも接続する栃木駅です。
40分程度の乗車で栃木に到着し、折り返し時間を利用して簡単に駅取材を敢行しました。
↑引き上げシーンを撮ったら取材開始!
ご覧のようにホームがたくさんありますが、JR両毛線のホームと並んでいる関係でこう見えるのであり、東武側は2面3線、JR側は1面2線の構造です。
少し前に定期運行を終えたばかりの「スカイツリートレイン」のパネル
今夏デビュー予定の「SL大樹」がいましたが、ちゃんと煙まで再現するこだわりよう。
駅前の様子です。駅前には路線バスはもちろん、周辺の学校への連絡バスも発着しており、立派なロータリが整備されていました。
こちらが栃木市営バスのようです。
かなり多くの路線が設定されていて、地方都市で市営バスがこれだけ充実しているのはすごいことだと思いましたが、逆に民間の路線バスは関東自動車が國學院への路線を展開しているのみで、民間が撤退したところを市営で代替した結果なのかもしれませんね。
水路なのか、親水公園的な施設なのか分かりませんが、何かありましたw
こちらも栃木市営バスですが、路線名が面白くて「部屋線」というんだそうです。
自分の部屋まで直行ならありがたいですが、もちろんそんなことはなく、栃木市に「部屋」という地名があるようです。(読み方も「へや」らしいです)
ところで、先ほどの岩舟線もそうですが、車体に路線名を直書きしているということは、路線ごとに使用する車両を統一しているということなんですかね。
さて、これくらいでお腹も空いたのでダッシュで朝ご飯を食べて駅に戻ります。
南口の駅前に出ていないのと、JRの構内も見ていませんが、駅取材は西鉄8000系さんの専売特許ですし、そっちにおまかせしましょうw
宇都宮に戻る
無事に食事も済んで8000系に揺られて東武宇都宮駅に戻りました。
あとは、宇都宮駅へ移動して、「GOGO日光」を待つのみです。
待ち時間に少し撮りバスしていきましょう。
関東自動車
先ほどから何度か名前が出ていましたが、関東自動車は栃木県を中心に展開するバス会社であり、一般的には「関東バス」と呼ばれているようです。東京の西の方を走っている関東バスとは全く関係なく別会社ですが、走る地域が異なっているためかあえて区別しようということもないようですね。
余談ですが、埼玉県にも関東自動車を名乗るバス会社がありますが、こちらはスクールバスや観光バスのみで路線バスには参入していません。
ここでバスがやってきたので宇都宮駅へ移動開始です。
ところで、さっき撮影した東野交通のバスでもJR宇都宮駅に行けましたが、昨夜も東野交通には乗ったので、今度は関東自動車に乗ってみたかったというマニア的理由からあえて見送っていましたw
JR宇都宮駅前です。昨夜はこの駅舎を見ながら餃子を待って並びましたねぇ・・・w
宇都宮はバス王国と言ってもいいくらい路線バスが多く走る街ですが、バス乗り場もよく整備されていますね。
下手な都心部の駅より充実している気がします。
「GOGO日光」で日光へGO!
それでは、「GOGO日光」の乗り場へ向かいましょう。
日光線の205系
一旦引き上げて「GOGO日光」にホームを空けるようです。
「GOGO日光」に使われると思われる185系はまだ側線に待機中でした。
そういえば、剥がれかかりながらも「スーパービュー踊り子」の案内が残っていたんですが、宇都宮始発で運転されていたのってかなり前ですよね。
Wikipedia情報では2003年に宇都宮まで臨時で延長運転されたことがあるようですが、それ以来運転がないとすれば、14年も運行実績がないまま案内だけ残っていることになりますね。
外国人向けに「GOGO日光」の乗り場を案内しているのかと思ったら、「折り紙教室やるから来てね」という感じの内容でしたw
↑「GOGO日光」入線シーン
写真も撮っておきましょう。
ヘッドマークが「臨時」だけなのがちょっと残念
車内は混み合って撮影どころではないし、普通の185系と変わらないので写真はなしですw
さて、いよいよ発車ですが、ここで「GOGO日光」の概要をご紹介しておきましょう。
「GOGO日光」は宇都宮から日光までを全車自由席で運行される臨時快速であり、途中駅は全て通過し、ノンストップで日光まで結びます。
乗車券のみで特急型車両に乗れる乗り得列車でもありますが、列車名の通り、東北新幹線から乗り継いで日光を目指す旅行者を輸送することに主眼をおいた列車のようですね。
ネット上にはあまり情報がなかったのですが、どうやら2015年頃から運行を開始した臨時列車のようで、GWを中心に、2016年、そして今年と運転されていたようです。列車名からして外国人観光客向けの列車なんでしょうが、実際乗客の外国人率は高かったですね。
列車名の表記が「GOGO Nikko」と全て英語だったり、指定席があったりと変遷もあったようですが、個人の方の乗車記といった情報ばかりで公式の情報を見つけられなかったのでこれくらいしか分かりませんでしたw
水田を見ながら進みます。外国人にしてみたらこれも日本らしい風景として旅の思い出の1ページなんですかね。
単線の日光線なので運転停車もありますが、途中ノンストップというのはそれだけで特別感がありますよね。
日光駅でも撮影をしましょう。
こちら側は「臨時快速」の幕だったんですね。
反対のホームからも撮っていきます。
実はこの後、足尾へバスで移動するのですが、2時間半以上待ち時間が発生してしまいますw
よって、ホームで185系の回送まで見送りたいと思います。
駅名標と絡めてみます。185系が当駅にやってくるのもレアなことですからね。
「AIZUマウントエクスプレス」
通常は2両のはずですが、GWの多客対応ということなのか3両でした。
↑先に205系が発車するようなので動画撮影
リバティも通過していきました。ここはJRも東武も撮れて本当に楽しいですね。
↑東武1800系も見られました。帰りに乗る予定ですが、ここで撮れるとは嬉しい誤算です。
キャプチャしたものですが、いい感じで編成全体が入っていてよかったです。
↑そして、いよいよ185系発車シーンです。
最後に前回は見なかった終端部の様子を見て日光駅から撤収しましょう。
今は使われていないようですが、かつては2本の乗り場を交互に発車するような使われ方もしていたんですかね。
さり気なく機回し線としての配線が残っているのに驚きました。
今でも機関車牽引列車の折り返しが可能ということですかね。
さて、それでは撤収しますが、回送まで見送って時間を多少は潰したもののそれでもバスの時間まで2時間ほど残っています。
どうしたものかと悩みましたが・・・?
日光プチ観光
せっかく著名観光地の日光を訪れたので時間つぶしがてら観光をしましょう。
華厳の滝や中禅寺湖、霧降高原なんかへはバスでないと行けない距離ですし、GWの時期など大渋滞でバスもまともに動いていない可能性が高く、足尾行きバスの時間までに戻ってこられないリスクが高すぎるため断念し、東照宮へ行ってみることにしました。一応徒歩でも20~30分あれば到達可能な距離であり、余裕を見ても30分は見て回る時間を確保できるということで決定しました。
なお、足尾行きバスに乗るまで鉄分・バス分は一切ありませんのでご了承下さいw
さて、早速東照宮へ向けて歩いてみますが、駅を出てすぐにこんな渋滞に遭遇w
徒歩だから高みの見物を決め込めますが、ドライバーだったら苦笑するしかない状況ですよね。
バスターミナルの様子はさほど混乱していないようですが、バスも当然渋滞にハマっているはずで、ダイヤは乱れに乱れているでしょうね。
ていうか、軌道系の乗り物がない以上、繁忙期のみでも上高地みたいにマイカー規制をしてもいいのではないですかねぇ・・・
東照宮の案内も見えてきましたが、複雑な案内になっているのは複数の駐車場の位置を示しているためですね。
20分ほど歩くと「神橋」という交差点に来ました。ここで道は二股に分かれていきますが、渋滞しているのは右折した先だけであり、左折した方は意外にもスイスイ流れていました。東照宮など二社一寺目当ての観光客のマイカーが駐車場に入り切らずに道路にまで溢れた結果の渋滞ということのようですね。
炎天下を歩いてきたので火照った体には川辺の涼風はオアシスでした。
なんとなく歩いていると巨大な工場のような建物が見えてきました。
国立公園内に工場があるとは思えないし何だろうと思っていると・・・
お寺のような絵が描かれていて、多くの観光客が入っています。
これは一体・・・?
日光山輪王寺の三仏堂という建物のようですが、修理中のためあのような囲いが設置されていたようです。逆に修理中というのはレアな気がして入ってみようかとも思いましたが、東照宮を見れなくなってしまいそうなので先を急ぐことに。
日光駅からも結構登ってきましたが、標高がスカイツリーの高さと同じ634mまで登ってきていたようです。
全て自力で登ってきたわけではないとは言え、スカイツリーと同じ高さと聞くと感慨深いものがありますね。
観光旅行だったら記念撮影スポットになること間違いなしですねw
ここが入口のようでしたが、足の疲労が結構溜まっていたのと、意外と時間を押してしまい、お金を払って中に入ってもとんぼ返りになりそうだったので、入口まで拝んで撤収としました。
が・・・流石に何かしら見てから帰りたいということで入口にあった五重塔を拝むことに。
料金も手頃(大人300円)でしたし、すぐに見終わりそうなのでうってつけですね。
印象的だったのが十二支の動物の彫刻が施されていることです。あくまで鉄道ブログなので全部は取り上げませんけどもw
そして、最大の目玉は「心柱」を見られるということ。
詳しくは省きますが、「心柱」は現代の建築においても免震構造に応用される技術であり、宗教的・歴史的な価値だけでなく、建築的にも重要なものだそうです。
この技術はスカイツリーの免震構造にも活用されているということです。
ただし、内部に仏像が安置されている関係上撮影不可とのことで、内部の写真はありません。悪しからず。
外部から宙に浮いている心柱を見ることはでき、こちらは撮影の制限はないようなのでご紹介しておきますね。
あとは、駅へ戻るがてら、途中で見かけたものを紹介していきましょう。
石垣が不安定な箇所があるようでロープで仕切られて近寄らないようになっていました。
原因となるのは・・・6年前の3.11ですかね。もしそうならこんなところにも影響が出ていたことに驚きです。
神橋のあたりまで戻ってきました。不自然に道幅が狭まっている線形に興味を惹かれてちょっと寄り道w
なるほど、神橋の掛かっている地点だったんですね。それにしても何故封鎖されているのかと思って観察を続けると・・・
片側から入ってUターンして戻るだけの通行に制限しているんですね。
並行して一般道の橋もあるので対岸へ渡る目的よりは、神橋を渡ること自体が目的という人がほとんどだと思いますが、やっぱり橋は対岸に渡れることに価値があると思うのでこれはどうなんでしょうかw
橋全体です。特徴的なのは石製の橋脚でして、当時の最新技術だったようです。
昔は橋脚の間近まで行って下部構造を見学できたらしいですが、今は渡ることしか出来ないようです。橋脚を間近で見られるならばお金を払ってでも行く価値があると感じましたが、渡るだけしかできないなら道すがらに見るだけでいいかなw
観光客が休憩したり記念撮影したりするスペースなんですかね。
神橋という名前の通り、神聖な場所への入口の橋ということで、神社のような雰囲気の場所になっています。
これも何らかの観光施設かと思ったら日光物産商会というお土産屋さんのようです。
あとは、バス通り沿いに日光駅を目指します。通り掛かるバスを撮りつつ行きます。
”World Heritage bus”
つまり、世界遺産バスということで、専用塗装のようですね。
駅近くの待機スペースにいた日光交通のバス
これから乗る予定の足尾行きのバスも日光交通に運行を委託しているらしいので、多分左側のバスが足尾行きとしてやってくるのでしょう。
まさか・・・右のポンチョじゃないよね?違うよね?w
白ナンバーだし・・・
最初バス停がわからなくて右往左往してしまいましたが、さり気なくあった足尾の文字を見つけたのでこのバス停であっているようです。
それにしても日光市営バスという文字は一切書かれていませんね・・・
というところで、ちょうどバスの時間です。東照宮(の入口)までのプチ観光がいい時間つぶしになったようです。
日光市営バス 足尾JR日光駅線
公式には「足尾JR日光駅線」と呼ばれているらしい、これから乗る予定の路線バスですが、日光駅と足尾にある双愛病院までを結ぶ路線でして、元々足尾町が日光市と合併する以前から町営バスとして運行していた路線で、驚くべきことに合併前から日光駅への乗り入れが実施されていたとのことです。足尾町は栃木県にありながら、鉄道ルートでは一旦群馬県を通らないと日光市や県庁のある宇都宮市へ出られない立地ですから、需要が高かったのかもしれませんね。
で、日光市合併後は日光市営バスとして存続し、現在に至ります。元々足尾町営バスだった経緯からか、足尾地区で完結する区間便も多く設定されており、日光まで足を伸ばす系統は少数派のようです。
ほぼ定刻通り、バスが姿を表しました。
って・・・あれ?まさかのポンチョw
一応峠越えもするそれなりのロングラン路線のはずなんですが、大型車を入れるほどの需要はないということなんでしょうか・・・w
白ナンバーなのはいわゆる「自主運行バス」の形を取っているからでしょうね。日光交通に運行を委託ということなので、日光市が保有するバスを日光交通に委託して市営バスとして走らせているということでしょう。
乗り込むといきなり運転士さんから声をかけられました。
「かなり時間かかりますけどいいですか?」
承知していますとも、その渋滞をさっき目の当たりにしてきましたからw
「大丈夫です」と答えると私一人と運転士一人で足尾への旅が始まりました。
東武日光駅でも乗ってくる人はおらず、駅を出るなりいきなり渋滞にハマり全く動かなくなってしまいました。
いろは坂が渋滞することは想定していたものの、その手前の駅周辺までここまでひどい渋滞になるとは想定外でしたが、足尾では90分以上滞在時間をとっているので仮に1時間遅れになったとしても、早足で回れば足尾歴史館を見ることはできるでしょう。
歩道を歩いている人たちにどんどん追い越されていきますが、面白いのが途中のバス停を素通りすることです。そりゃ乗降客がなければバス停を通過するのは当たり前ですが、そういうことではなく、途中のバス停は東武バスや関東自動車のみが発着する扱いになっており、日光市営バスに関しては足尾行きは乗車のみ、日光行きは降車のみと制限しており、さらに停車するバス停も絞られているようです。これは、元々東武バスなどが営業していた区間に並走する形で日光市営バス(開業時は足尾町営バス)が走ることとなり、自主運行バスという形態上、民業圧迫になってはいけないという配慮なのか、東武バスとの併走区間のみの利用はできないことにして、停車バス停も絞ることにしたようです。
高速バスでクローズドドアシステムを採用している路線がありますが、それに近いですね。
先ほど見てきた神橋を再び車窓から見るとバスは左折し、一気に流れ始めました。やはり右折先にある駐車場へ入り切らない車のせいで渋滞していたようですね。
その先も停車バス停は絞られていますが、細尾リンク入口というところを最後に乗り降りともに可能な区間に入ります。ちなみに、乗車専用区間でも乗ってきたのは私の他には一人だけでしたw
お昼過ぎの便ということで元々利用者数の少ない時間帯だったのもあるかもしれませんが、地元の方は連休など繁忙期は渋滞で大幅に遅延することを知っていて利用を避けているのかもしれませんね。
”おにぎり”を押さえておきましょう。
首都圏では「ワン・ツー・ツー」の通称でも知られる国道122号ですが、実は終点が日光市だと知っている人は意外と少ないのではないでしょうか。先程通ってきた神橋から122号ですが、いろは坂を通って沼田へ抜ける120号と重複区間となっており、122号単独区間が始まるのは細尾大谷橋という所からのようです。
マニア席には座らなかったのでこんな写真になってしまいましたが、日光と足尾の間に聳える細尾峠は日足トンネルというトンネルで一気に通過します。このトンネルのお陰で旧足尾町から日光市や宇都宮市へのアクセスが大幅に改善したそうです。
同じ県内の峠だし大したことないと思っていたら結構本格的な山岳道路の様相になってきました。
あっという間に峠を越えてしまうとわたらせ渓谷鐵道の鉄橋が見えてきました。間藤駅はもうすぐです。
間藤駅から先、少し進んだところにある赤倉という場所でバスはUターンします。この場所は国道を逸れてどん詰まりのような場所にあるため、いわゆる復乗の扱いになっているようですね。
この路線最大の見所と言ってもいいかもしれない光景がこれです。
わたらせ渓谷鐵道の線路ならさっきも見せただろう?とお思いの方、よく見て下さい。実はこれは廃線跡なんです。
現在のわたらせ渓谷鐵道わたらせ渓谷線となっている路線は元々国鉄足尾線として建設されたものであり、足尾銅山で採れた銅などを輸送するために建設された鉄道だという話は結構有名だと思いますが、現在の終着駅となっている間藤駅のさらに先までかつては線路が伸びていて、足尾本山駅という貨物駅がありました。足尾銅山の閉山によって存在意義を失って廃止され、そこへ至る線路も廃止となったわけです。
思わぬ鉄分にテンションも上がった所で、バスは銅山観光入口というバス停に差し掛かりました。当初の計画では終点の双愛病院まで乗り通してから徒歩で足尾歴史館を尋ねるつもりでしたが、遅延もあって滞在時間を確保する意味で最寄りの銅山観光入口で下車することとしました。とは言っても30分程度の遅延で済んでいたように思います。
足尾歴史館でガソリンカーに乗る!
足尾歴史館は名前の通り足尾の歴史に関するものを所蔵・展示する施設で、NPO法人によって運営されています。足尾銅山のことはもちろん、足尾という地域についてや、国鉄足尾線(現わたらせ渓谷鐵道)についての展示もあって、歴史ファンも鉄道ファンも楽しめる施設だと思います。
また、入館料(足尾歴史館では「一日会員券」と呼称)は大人350円とお手頃なのも嬉しいですね。
さて、そんなわけで新津鉄道資料館同様、写真付きでがっつりレポートする気満々だったのですが、館内は撮影禁止とのことでしたので、あえて館内のレポートはしませんw
文章だけでレポートするとしても私の文章力では抽象的なものになってしまいますしね。
というわけで、今回はガソリンカーに絞ってのレポートにしたいと思います。歴史館の内部は実際に訪れてのお楽しみということでw
そうそう、ガソリンカー、ガソリンカーと言って概要を説明していませんでしたね。
足尾には国鉄足尾線が通う以前に足尾銅山馬車鉄道という軽便鉄道が存在しており、当初は名前の通り馬車鉄道でしたが、後にガソリン機関車が導入されました。足尾歴史館ではこのガソリン機関車と客車を再現して月に2回(第一土曜・日曜)に「足尾ガソリン軌道・歴史線」として乗車体験を実施しています。そして、奇しくも私が訪問したときは一般乗車会の開催日でありこれも訪問を決める大きな要因でしたね。
流石に当時の機関車がそのまま残っているわけではありませんが、出来る限り当時の姿を再現すべく資料を基に忠実に再現しているとのことで楽しみです。エンジンについては70年前のフォード製エンジンを取り寄せて取り付けているとのことでエンジン音も楽しみです。
バス停を降りるとこんな案内が出ていました。
やっぱりガソリンカーはこの歴史館の目玉なんですね。
これが足尾歴史館です。思っていたより小さな建物でしたが、中は充実した展示でしたよ。
あ、前述の通り、内部のレポートはしませんけどねw
で、こちらがガソリンカー乗り場です。手作りながらホームも備えている凝りようです。
こちらはガソリンカーのミニ列車。5月ということで鯉のぼりが付いていますね。
サボの部分には「一般定時」と書かれていますが、「一般」は一般の利用者も乗車可能だという意味だとして、「定時」は時刻表に決められた時間通り定時に走るという意味で、軽便鉄道の愛称としても住民から呼ばれていたようです。
車内も再現されていました。なんだか坊っちゃん列車に似ている気がします。
他の乗車体験の人たちも乗り込むといよいよ発車です。
さて、ここはデジカメの動画で模様をお届けしようと思いました。が・・・
「デデデ・・・デンチ・・・カメラノデンチガ・・・」
「ここでぇ~」
というわけで、見事撃沈w
が、乗車体験は2周あるようだったので、急いでスマホの動画機能を立ち上げてリカバーできました。
↑音質はちょっと劣りますが、スマホで撮った動画をどうぞ
サービス精神旺盛なことに、エンジンルームまで見せてくれました。
歴史館もガソリンカーも満喫しましたが、まだ折り返しのバスまでは時間があります。
なので、近くにあるわ鐵の通洞駅に立ち寄って時間を潰したいと思います。
通洞駅
暇つぶしに立ち寄った通洞駅でしたが、思わぬサプライズがありました。
途中で日光市営バスが通り掛かりました。日光までは行かない区間便のようですね。
そして、こちらが通洞駅です。駅の待合室は意外と人が多く賑わっていました。観光客ですかね。
で、サプライズというのはこれです。
「トロッコわっしー号」というトロッコ列車です。実車は初めて見るので私にとっては嬉しいサプライズとなりました。
↑動画も撮りました。(デジカメは歴史館から歩く間にモバイルブースターで充電しておきました)
駅の内部は人が多かったこともあって撮らずに撤収して残り時間はバス停で大人しく待つことにしました。
バス停は駅前ではなく少し離れた道路沿いにあります。いくら小型のバスとはいえ、バスが折り返せるスペースが駅前にはないためでしょうね。
気になったのがこのトラックでして、地元のお年寄りたちが集まっているので何かと思ったら生鮮食品などの移動販売車のようでした。
テレビなんかで移動スーパーというものがあると聞いたことがありましたが実物を見るのは初めてでした。
そして、定刻より数分遅れてバスがやってきました。
ここは起点の双愛病院に近いですし、いくらGW期間中でも渋滞があるとは思えない場所柄ですが、何かあったんですかね。
ちなみに、バス停にはもう1人乗客が待っていて、車内にも5~6人の乗客があり、往路よりはかなり乗っているようでした。
日光へ戻る
それでは、このバスに乗って日光へ戻りましょう。
そういえば、途中に「三号」という名前のバス停があったんですが、何の「三号」なんでしょうかねw
同じ地区内に複数のバス停がある場合なんかで、「○○第一、第二・・・」とバス停名をつけるケースは聞いたことがありますが、「一号」「二号」はなく、「三号」だけというのは謎ですw
あと、バス停名ネタとしては「渡良瀬橋」という停留所もありますが、森高千里さんの名曲「渡良瀬橋」のモデルとは別でして、本当のモデルは足利市にあります。名前だけが同じということのようですね。
細尾リンク入口を過ぎると東武バスに追いつくシーンもありましたが、こちらは停車バス停を絞った実質急行バスのようなものなので東武バスを追い越していましたw
さて、復路では渋滞にはまることもなく定刻通り日光駅に到着しました。あとは、1800系に乗って浅草へ帰るだけですが、逆に定刻に到着したために、40分程度待ち時間があります。まあじっくり撮影するcチャンスだと思って割り切りましょうw
1800系で帰路に就く
あとは、1800系で帰路に就くだけですね。1800系の臨時列車は全車自由席の急行扱いなので予約も不要であり、かつ急行券なども不要で運賃のみで乗れるのがありがたいです。
駅の放送によると既に本日中の特急列車は満席となっているとのことで、特急の予約を取っていなかった観光客を救済する意味でこういう臨時列車を設定しているようですね。
隣にはスペーシアもいました。ここに200系も来てくれたらさながら東武特急の見本市ですね。
まあ、来るのは1800系ですけどw
↑というわけで1800系入線シーンです。
あれ?方向幕は回送のままですがドアが開いて客扱いを始めましたよ?w
そして、ここに至っては壊れているという・・・w
まあ古い車両ですし仕方ないですね。
リバティとも当然並べます。東武の優等用としては最新鋭車両と最古参車両(多分)との並びは象徴的ですね。
最後に正面を撮ったら乗り込みます。
何分指定席ではないので早めに席を確保しないと最悪浅草まで立ちっぱなしで過ごす羽目になりかねませんからねw
あ、ちなみに、車内の写真なんですが、外で撮影している間に車内が混み合ってしまって撮りづらいというのと、西鉄8000系さんが浅草駅で結構車内も撮って下さっているようなので、撮りませんでしたw
結局まともに昼飯を食べずに来てしまったのでもはや夕飯に近いですが、駅弁で腹ごしらえです。
割高感があるのと、録音中に食べるとどうしても雑音が入ってしまう関係で駅弁は随分ご無沙汰ですが、やっぱり旅気分を味わうにはいいですね。
ちなみに、一緒に買った飲み物は栃木名物の「レモン牛乳」です。
そして、列車は発車していきます。走行機器は8000系と共通の部分が多いようで走行音も8000系に近い気がしましたが、動くこと自体が貴重な車種の録音をできるのは嬉しいですね。
下今市機関区という文字が誇らしげに掲げられていました。
実質「SL大樹」専用の機関区になるでしょうが、それだけ東武鉄道が「SL大樹」に力を入れているってことなんでしょうね。
さて、1800系については聞ける車両辞典に譲るとして、この臨時列車についてですが、下今市を出ると新鹿沼、新栃木、栃木、新大平下、板倉東洋大前、栗橋、南栗橋、東武動物公園、春日部、北千住、とうきょうスカイツリー、浅草と停車していきます。廃止前の快速の停車駅に栗橋を追加した程度で、元々急行型の車両に乗車券のみで乗れるんですから1800系というレアな車両が充当されることを除いても十分乗り得列車ですよね。ちなみに、GW臨時列車は1日2往復設定されていて、もう1往復は6050系が充当され、かつての快速の雰囲気が楽しめるようです。
浅草で撮っていた西鉄8000系さん曰く、6050系の方は撮り鉄から見向きもされていなかったそうですがw
あと、流石に観光客がメインの客層ということで完全に静かな録音という訳にはいきませんでしたが、そこまで大声で騒ぐ人は余りおらず、予想よりはまともな録音になったかなと思います。ゆくゆく聞ける車両辞典にも追加したいと思います。
というわけで、浅草に到着し、最後に1枚撮ったら旅は終わりです。
が・・・最後におまけを1つ
おまけ
家路に就く途中で立ち寄った上野駅13番線の模様をミニレポートして記事をシメたいと思います。
「TRAIN SUITE 四季島」の運行開始に合わせて、従来荷物ホームとされていた13番線と14番線の間のスペースが、四季島の乗客専用の13.5番線として活用されることとなり改修されました。(一部では「ホグワーツ」に行けそうとか話題になっていましたねw
超が付くほどの豪華列車の四季島を迎えるホームだけに私なんかが近寄ることさえ憚ってしまう高級感w
四季島発着時以外は締め切られていて中には入れないようですね。
隙間からカメラを入れてズームすれば撮影自体は可能でした。
元々が荷物用ホームだけに幅は狭いですが、四季島の乗客になる以外に立ち入る術のないホームに立てた日には感慨も一入でしょうね。
13番線自体は現在も通常の営業列車が発着しますから普通のホームですが、隣りにある特異なホームのために、さながらブルジョワと庶民の境界みたいに思えてきますw
庶民派の私は13番線の方に目を向けますが、こちらにも変化が・・・
「プロローグ四季島」なんて店の名前っぽいですが、四季島利用者専用のラウンジなんだとか。
というわけで、これで本当にレポートは以上です。
18000字弱と長編レポートになりましたが、最後までお付き合いありがとうございました。
次は今回よりは手軽な中編くらいのレポートになる予定なのでそちらもお楽しみに!