今回は広島へ1泊2日で遠征しましたのでそのレポートです。
目当ては「庄原ライナー」と「瀬戸内マリンビュー」であり、詳細は後で解説するとして早速本編開始です。
なお、タイトルは”秋”と”安芸”をかけたつもりはなかったのですが、書いてから気づきましたw
今回の行程
まずは行程の説明からですが、朝イチの新幹線で広島へ向かったら「庄原ライナー」に乗車して備後庄原まで向かい、一旦路線バスで三次へ1往復したら再び備後庄原駅から「庄原ライナー」で広島へ戻って終わりです。ほとんど「庄原ライナー」に乗るだけの内容ですねw
朝一番の「のぞみ」で広島へ
まずは「のぞみ」で広島へ向かいますが、前日の勤務の都合上夜行バスや前日から現地入りという手段が取れなかったこともあって東京駅を6時ちょうどに出る「のぞみ1号」を利用します。言うまでもなく東海道新幹線の始発列車となります。
6時ちょうどの~♪なんて口ずさみたくなりますが、元ネタは8時ちょうどでしたねw
車両はもちろんN700系です。
いまや東海道新幹線に乗ってN700系じゃない方がレアですが、もっと車両のバリエーションが豊富だった時代が懐かしいです。
今回はスマートEXでの早割が満席で確保できなかったため、ちょっとでも安くということもあって自由席にしたのですが、始発だし早朝の便だから余裕で座れるだろうという甘々な見込みはものの見事に外れて2人がけを1人で使うなんて不可能であり、ほとんどの2人がけは相席状態ですし、3人がけに至ってもほとんどが3人詰めて座られており、たまに真ん中だけが空いている場所があるだけでした。
窓際がいいだのワガママを言っていられる状態ではなく、これではそもそも座れるかどうかの瀬戸際ですから、すかさず空いていた真ん中に座らせてもらいました。
東京駅時点でこれなら品川・新横浜から更に乗ってくることを考えると先が思いやられますね。
名古屋あたりまで立ちっぱなしという最悪の事態は避けられましたが、予想通りというか新横浜を出る頃には通路は立ち客で塞がれていておいそれとトイレにも立てない状態でした。
この日は土曜日であり旅行客が多い日程だったのは確かですが、別に連休初日とか年末やお盆前の帰省ラッシュでもないんですけどねぇ・・・w
新横浜を出ると、昨晩は準備に手間取って遅くまで起きていたにもかかわらず朝の4時起きで出発してきていたので眠気が襲ってきて次に記憶があるのは名古屋到着時でしたw
この区間は1時間20分くらいはかかりますからその間ずっと爆睡モードだったことになりますが、よほど寝不足だったんでしょうね。
そのあとも時々目は覚ましますが、また二度寝を決め込むという感じで気がつけば岡山まで来ていました。列車は博多行きなのでうっかり寝過ごせば洒落にならないこともあって岡山からは意識的に起きているようにしました。
そして、広島では無事に下車することが出来ましていよいよ行程のメインが始まります。
「庄原ライナー」で備後庄原駅へ
続いて乗るのは本日のメインとなる「庄原ライナー」です。
まずは恒例ながら解説から入りますと、「庄原ライナー」は、2018年7月の西日本豪雨の影響で一部区間が不通となっていた芸備線がいよいよ復旧され被災前の状態で運行が再開されたことを記念して運行される臨時列車であり、10月26日から12月8日までの間の土休日に広島~備後庄原間で1往復が運転されます。
実を言うと、広島~三次間には元々「みよしライナー」という快速列車が設定されており、この「庄原ライナー」も広島~三次間は定期列車の「みよしライナー」として運転されるダイヤと同一となっており、実質的には「みよしライナー」を備後庄原駅まで延伸運転した上でその時だけ「庄原ライナー」と愛称を変えているというのが実態です。
これだけならわざわざ東京から乗りに来るほどのインパクトはないようにも思えますが、鉄的な視点から見てみると、まず、三次~備後庄原間は通常はキハ120系による普通列車のみが走る区間であり、この区間も快速運転を行う列車という点でネタですし、キハ40系がこの区間を走るのもレアです。
また、翌日に乗車予定の「瀬戸内マリンビュー」が今年限りで運行を終了するという話も出ており、広島を発着する2つのネタ列車が同時に存在する形になったので遠征を決めました。
そもそもの話、芸備線の三次~広島間は1度だけ、三次→広島で普通列車に乗ったことがあっただけなので、快速で乗ってみたかったというのもあったんですよね。今やキハ40系による快速列車というのも貴重な存在ですしね。
この10時5分発の列車が「庄原ライナー」です。
残念ながら列車名は表示されていませんが・・・
ホームへ行くと既に入線していました。
首都圏色といえば聞こえがいいですが、いわゆる地域統一色です。
前の広島色も好きだったんですけどね。
LED特有のチラツキで綺麗に撮れませんでしたが行き先表示器です。
キハ40系で備後庄原の表示はレアですしね。
↑発車標ですが、スクロール表示ではちゃんと列車名が出ていたので動画でどうぞ
ちなみに、隣のホームには「瀬戸内マリンビュー」がやってきます。
偶然にも2つのネタ列車が並んだ形ですが、発車時刻も数分違いであり、初日に「庄原ライナー」に乗って「瀬戸内マリンビュー」を2日目にするか、逆に初日に「瀬戸内マリンビュー」に乗って「庄原ライナー」は2日目にするかどっちでも行ける行程ということにもなりますが、往復乗車にこだわる場合は「瀬戸内マリンビュー」の方が広島へ戻ってこられる時間が早いので帰路のことを考えて「庄原ライナー」を先にしました。
こちらが「瀬戸内マリンビュー」です。
明日乗るので解説はそちらに譲ります。
隣りにいるのは227系ですが、かつては105系と115系の天国で
「國鐵廣島」なんてネタにされてもいた広島を「JRひろしま」に進化させた張本人ですねw
鉄道ファンとしては国鉄型がいなくなってしまったのは寂しい思いもありますが、普通に移動手段としてこの地域の鉄道を利用する人達からすれば綺麗で新しい電車のほうがいいはずであり、地元の方はきっと喜んでいるのでしょう。
ちょっと強引ですが並べてみました。
同じキハ40系同士というのがまた面白いです。
↑「瀬戸内マリンビュー」の方が数分先に発車するので発車シーンを動画撮影です。
明日は乗車してしまうので発車シーンは撮れませんからねw
それでは乗り込みます・・・って、なんじゃこりゃ~!?
何があったのかというと、車内の雰囲気です。完全に観光バスの車内状態で、客層は中高年の方が目立ち、大きめのリュックを携えてハイキングにでも行くような出で立ちの人たちばかりでした。
もちろんお喋りも止まりませんw
録音的には残念ですが、三次までは「みよしライナー」として今後もチャンスがあるわけでここは割り切っていきましょう。
ただ、立ち客までいるほどの混雑なので満足の車窓を見られなかったのは残念です。なにせ前回乗った時は夜遅くであり、暗くて車窓なんて何も見えませんでしたからw
そんな感じで広島駅を発車します。
快速とはいいますが、途中の下深川までは各駅に停車しており、実質的な快速運転区間は下深川~三次(備後庄原)間ということになります。下深川や狩留家・志和口あたりまでは日中でも区間列車が設定されていることから比較的運行頻度が高く、そのため列車も頻繁に対向列車と交換します。
この区間に限っては電化・複線の路線にも匹敵する利用者数を誇っているようであり、広島~狩留家間の1日あたり平均通過人員は9306人だそうですが、これが狩留家~三次間となると1381人にまで落ち込み、最閑散区間とも言える備後落合~東城間ともなるとなんと9人(誤字じゃないですよ?)にまで落ち込んでしまうので、芸備線も区間によって利用者数が極端に変化する路線と言えますよね。北海道の札沼線を彷彿とさせる利用パターンですが、どうか同じ轍を踏まずに芸備線には末長らく走り続けてほしいものです。
そんなことを考えつつ列車はいつしか下深川を過ぎていよいよ快速運転区間に入りました。下深川の次は志和口まで停まらないのですが、この間は6駅も連続通過しており、広島~下深川間の各駅停車のうっぷんを晴らすような走りになっていますw
志和口のお隣の井原市駅は広島市内最後の駅ですが、これは通過して向原駅からは安芸高田市に入ります。ところで「井原市」は「いばらいち」と読むのですが、つい「いばらし」と読みたくなっちゃいますよね。隣県の岡山県には実際に「井原市(いばらし)」という市が存在するから余計にややこしいw
続いて停車する甲立駅も向原駅と同じ安芸高田市に所在しますが、甲立駅の次はもう三次駅であり、言わずもがなで三次市に入ります。
通常時の「みよしライナー」ならばここで終点ですが、今日は「庄原ライナー」なのでもうちょっとだけ足を伸ばします。
ここまでの区間では途中駅での乗り降りは少なくほとんどの利用者が三次ないし備後庄原を目指しているようでした。
そんなわけで騒がしい&混雑であまり印象に残らなかった三次までの区間ですが、この光景だけは唯一印象に残りました。
1年ぶりの再開となったわけですが、こういう横断幕や幟が出ていると住民にも望まれた復活だったんだなと胸が熱くなるようです。近年は災害による寸断から復活できずに廃線という結末を迎えるローカル線も多い中で復活に漕ぎ着けたのはとても幸運なことでもありますしね。
三次に到着です。過去に3度訪れていることになりますが、いずれも三江線絡みで訪れており、三江線廃止後は初の訪問になります。
まあ、今は素通りですけどねw
ちょっとだけ停車時間があったのでホームへ出て発車標だけ撮りました。
備後庄原行き自体は通常時から存在しますが、快速となると「庄原ライナー」だけのレアな表示ですね。
ただ、相変わらず列車名は表示してくれませんが・・・w
それでは発車です。三次の次は終点の備後庄原ですが、この区間の途中駅は全て通過する大胆な設定になっています。
福塩線との分岐駅となる塩町くらいは停まってもよさそうですがね。
ここで車掌さんが巡回してきて乗車記念証をくれました。
ここまでネタ列車らしさがなかったのですが、最後の1区間でようやくネタ列車感が出てきました。
三次までだと一般利用者もそこそこいるので、三次を出てから配布したんでしょうね。
あと、記念品としてこれもくれました。
どうやらホイッスル付きのLEDライトのようです。乗車記念品としてはちょっと変わっている気もしますが、実用性のあるアイテムは持って帰ったあとも活用できるのでいいですよね。
三次でいくらか車内が空いてきたのでここからは車窓を貼っていきます。
塩町を過ぎて福塩線と分岐します。
庄原市街に入りもうすぐ終点の備後庄原です。
三次~備後庄原間のノンストップも乗っているとあっという間でした。
備後庄原駅
「庄原ライナー」の終点の備後庄原駅は初訪問の駅でもありますし、駅自体もレポートしていきます。
今でこそローカル線に甘んじる芸備線ですが、昔は広島と山陰側を結ぶ優等列車が走っていたこともありホームの有効長は長いですね。
駅の脇はソーラーパネルが並んでいました。鉄道関係の用地だったのか、たまたま駅に隣接しているだけで無関係なのか分かりませんが、最近の地方の駅だとソーラーパネルを設置する例は増えていますよね。
跨線橋を渡って反対側へ向かいます。
ちょっと手狭な幅ですね。
この頃には観光目的の一般人はほとんど駅を去ってしまっており、未だにホームに居るのは私同様に撮影目当ての鉄道ファンばかりでしたw
ところで、観光客たちは旗を持った人の誘導に従って駅前に待っていた観光バスへと吸い込まれていきましたからどうやらツアー参加者だったようですね。
そういえば、「庄原ライナー」の運行を知らせる発表の中にこれを利用した観光ツアーを企画中みたいなことを書いてあったので、それだったようですね。
このあたりだと帝釈峡が近いのでそれを見に行くツアーとかでしょうか。
まあ、近いと言ってもとても歩ける距離じゃないのでバスツアーじゃないと不可能な行程ですけどねw
撮影目当てのファンがいてちょっとだけ活気を感じますが、普段の日中なんて閑古鳥が鳴いていそうですね。
こちら側からももちろん車両を撮ります。
このアングルが一番安定ですかね。
そういえば、駅舎の壁面に着いている駅名標だけJR西日本仕様じゃなくて国鉄仕様のままでした。
まさか国鉄時代からそのままとか?
ホームの一角はだだっ広い空間がありましたがロープで仕切られて入れないようになっていました。
業務関係で使うスペースなんでしょうか。
ロープ越しに改札部分を眺めます。
「便所」という昭和の香りのする看板も合わせて、ここだけ見れば国鉄時代に撮った写真に見えなくもない?w
ただし、この屋根だけは妙に新しいのが気になりますね。近年になって設置されたんですかね。
↑それではお待ちかね、キハ40系の回送シーンです。
どうせ本数も少ない芸備線ですし、折返しの運行まで備後庄原駅で待機しているのかと思っていましたが、一度どこかへ回送してから折返しの運行時には再度回送で備後庄原へ持ってくるようですね。
一見すると非効率な運用にも思えますが、乗務員の休憩や交代などの都合でしょうか。
それでは改札を出ます。
もしかして無人駅なのではないかと思っていましたが、簡易委託駅となっており、駅舎内に係員がいて改札などの業務をしていました。
あくまでも簡易委託駅なのでMARSは設置されておらず、指定席券の発売などは出来ないようですが、一定範囲の乗車券などの発売はしているようです。
何だかんだ言っても庄原市の中心駅ですしね。
ここにも復旧記念の横断幕がありました。備後庄原駅周辺の区間は比較的被害が少なく復旧も早かったと記憶していますが、やはり広島まで繋がってなんぼですよね。
こういうアナログなギミックでの列車接近表示もいいですね。
ただ、「通過する場合があります」という注意書きも当駅については意味をなさないのが残念ですがw
窓口と掲示板ですが、掲示板までお祝いムードですね。
あと、窓口にはMARSが設置されていないためか「みどりの窓口」とは表記されていませんね。
大々的に工事中でした。
どうやら新しい駅前広場を作っている最中のようですね。
ここからならなんとか駅舎を撮ることが出来ました。
結構古そうな見た目ですが、少なくとも平成に入ってから作られた雰囲気じゃないですね。
駅名はローマ字表記なしで、”備後”のところだけ小さく書かれていました。
さて、これくらいで駅のレポートは終わりにしますが、これからしばらく暇です。
広島へ折り返すのももちろん「庄原ライナー」を利用しますが、11時56分に到着して折返しが17時26分なので大人しく備後庄原駅にいるとなると5時間半も暇になってしまいます。
かといって駅周辺に5時間潰せるような観光スポットがあるでもなく・・・さらに困ったことに、列車もしばらくないのでどこかへ移動することも出来ない。
という困った状況を打開してくれる救世主がここで現れました。それは・・・
備北交通 三城線(庄原~三次)
はい、路線バスですw
実は庄原と三次を結ぶ交通機関は鉄道だけではなく、路線バスも存在しており、芸備線が(庄原ライナーは含めずに)1日あたり7往復しかないのに対して、この三城線は三次~庄原間では平日ならば日中でも30分ヘッド、土日でも1時間ヘッドの本数が確保されており、運賃こそJRより割高ですが、庄原の住民が三次へ出る主流の交通機関の地位を占めているようです。
鉄道ももっと増便するなりすれば需要を取り込めそうですが、芸備線は塩町を経由するために南へ迂回するルートなのに対して、道路はほぼ直線に三次へ向かうので鉄道ルートが不利なのは否めません。
駅前にマイクロバスが停まっていましたが、これは路線バスではなさそうです。
まあ、地方だと路線バスとしてマイクロバスを使うケースも普通にありますけどね。
そして、やってきたのはこちら。
一見ただの待合室のようにも見えますが、「庄原バスセンター」という列記としたバスセンターであり、路線バスもここから発着します。
ね?ちゃんと書いてあるでしょ?
まあ、バスセンターといいつつ、乗り場が1つしかなかったりしますから、これが都市部ならば「◯◯操車場」とか「◯◯折返所」とか呼ばれてそうな規模ではありますね。
意外にハイテクなLCDの発車標がありました。
高速バスとしては広島と東城を結ぶ路線がここにも立ち寄る他、これから乗る三次方面への路線バスが主力となっており、その他に地域のローカル路線が何路線かあるようです。
あと、更に驚いたのがこれです。もしかしなくてもICカード用のチャージ機ですよね。
どうやら広島の地域ICカードのPASPYが導入されているらしく、これはSuica・PASMOなどとの全国相互利用の対象に入っているので私が持っているSuicaでもそのまま乗車できるようです。
現金で払うしかないと思って小銭を用意していたんですが必要ありませんでしたw
馬(?)のオブジェが飾られていました。
あとはバスを待つのみ・・・
発車時間が近づくとどこかからバスが現れました。
どうやら車庫は別の場所らしくそこから回送されてくるみたいですね。
行先表示も出て、私が乗るバスであることも確定しました。
地元の方と思しき数名と、先程「庄原ライナー」の車中で見かけたマニアっぽい人が半々という感じで乗り込んでいきました。
やっぱり考えることは皆同じなんですねw
備後庄原駅前を出発して一旦芸備線とは離れていきます。
庄原市の中心部を通ってから三次を目指すルートのようですね。
ここでちょっと気になるバス停名が出てきました。
「ジョイフル」って福岡出身の私としてはファミリーレストランの名前として認知していますが、広島にもジョイフルは進出しているはずですから、つまりはあのジョイフル?
と思っているとバスはショッピングセンターのようなところに到着し、そこで10名前後の若者(恐らく高校生?)が乗り込んできて車内はちょっと賑やかになりました。
調べると、正式には「庄原ショッピングセンター」というこの施設は通称「ジョイフルながえ」と呼ばれているんだそうで、愛称の方をバス停名に採用して「ジョイフル」としているようですね。
専ら地元民向けの路線だから、バス停名も地元民が分かればそれでいいってことなんでしょうかw
ジョイフルを過ぎると市街を抜けて都市間道路の風景に様変わりです。
時々集落内にバス停がありますが、大半は乗降無しで通過していき順調に走っていきます。
川も渡ります。このあたりは芸備線と微妙に並行しているので「庄原ライナー」から見た川と同じものでしょうね。
いつしか三次市街に入ってこんなバス停が出てきました。
RCCとは、中国放送の略称であり、広島を放送エリアとする放送局です。
こういうローカル感あるバス停名も面白いですね。
ここで、芸備線とこのバスを運賃・所要時間の面で比較してみたいと思いますが、まず今乗っているバスが庄原バスセンターと三次駅の間を約40分で走り運賃が510円なのに対し、芸備線だと普通列車で32分かかり運賃は420円です。
このように、運賃・所要時間の両方とも列車のほうが有利なはずなんですが、実際にはバスが主力の交通機関として利用されており、列車は非常に本数が少ないのが現状です。
まあ、駅からは遠い商業施設や病院などに用事がある場合は、列車のほうが駅までの所要時間は短くともそこから別のバスに乗り換えたり歩いたりすれば結局バスの方が早くなってしまうケースも多いでしょうし、バスは平日ならば30分ヘッドであり、行動の自由度が高く利便性が高いなどが選ばれる理由でしょうか。
とまあ、こんな感じでバスのレポートは終わろうとしていますが、最後に1つだけ言わせてもらうならば、もっと頑張ろう芸備線w
乗車レポートとしてはあまり膨らみませんでしたが、三次に到着です。
ここでしばらく時間を潰した後に備後庄原へ引き返してまた「庄原ライナー」に乗りますが、それまでしばらく三次を散策します。
三次をぶらつく
とりあえずバスに乗ってやってきた三次ですが、実はこの時点では全くのノープランとなっており、適当にぶらぶら歩いてみることにしましたw
とりあえず三次駅前のバスターミナルを撮影です。
備後庄原よりは発着するバスも多く、それ相応に規模の大きなロータリーになっています。
駅前通りですが、あれ?前来た時はもっと狭かったような?
拡張工事がされたんでしょうか。
そんな感じでぶらついていると私はこんな場所にたどり着きました。
一見するとただの芸備線の踏切のようですが、よく見るとネタが隠れています。
え?分からないって?
このアングルならどうでしょうか?
踏切の遮断機がある位置よりバラストが敷かれた線路敷の幅が広いのにお気づきですか?
より分かりやすいようにもうちょっとアップにしてみました。
もうお分かりですかね?ここで答え合わせをすると、ここはかつての三江線の線路敷なのです。
駅に近い部分は線路も撤去されているようですが、奥の方はまだ線路も残されていますね。
ちなみに、反対側は通路になっています。
現地にいた時はこの通路がある場所は元々三江線の線路敷だったのではないかと思っていたのですが、現役時代の展望動画を探して確認したところ、三江線はこの踏切の先で芸備線と分岐する形だったようなので、違うようです。
続いてやってきたのはこちら。
これも一見するとただの住宅街の景色のようですが・・・
奥に見える鉄橋は三江線のものだったりします。
現役時代に来ていれば「電チラスポット」でしたね。まあ、電車じゃなくて気動車ですがw
その先は高架橋となって続いていました。
田舎のローカル線というイメージが強かった三江線ですが、三次市街はちょっと都会的な雰囲気の区間もあったんですね。
乗車と駅巡りはしましたが、沿線風景としてはじっくり見れていなかったので、廃止後にしての新発見ですw
しかし、軌道上に雑草が生え始めているのはやっぱり廃線なんだなと感じさせます。
更に三江線廃線跡に沿って進みます。
もう完全に廃線跡巡りになっていますが、時間もありますし行けるところまで行ってみましょう。
こことか列車が走っているところを撮ればいい絵になったでしょうね。
ああ、廃止前に駅巡りだけじゃなくて沿線での撮影もやっておくんでした・・・
高架橋にもっと近づける場所もありました。
都会の堂々たる複々線の高架とはまた違う、単線幅の高架橋というのもいいですね。
高架橋には大抵着いている掲示ですが、橋梁名のところに「さんこう-099」と書いてあったり、米子支社(三次駅自体は広島支社管内ですが、三江線だけは米子支社の管轄でした)の名前が書いてあったりと三江線の施設だったことを示す情報が残っていて嬉しいです。
ところで、こうして掲示が撤去されずに残っているということは、書類上は今でもJR西日本が管理する施設ということになっているんでしょうか。
高架橋をくぐってから振り返りました。
こうしてみると華奢な高架橋ですよね。
もう少し引いてみました。
ちょうど列車が通ればクルマのドライバーからもばっちり見える位置を通っていますが、往時の三江線の本数からしてもかなりの低い確率であり、地元の方でよくここを通るという方でも列車に遭遇したことがないという人もいそうです。
その先は「スシロー」と「はま寿司」が隣同士という回転寿司同士の(広島だけに)仁義なき戦いが繰り広げられていましたが、思えばここまでまともに食事をしておらず腹ペコだったので釣られて入店してしまいましたw
回転寿司がお昼というのも珍しいパターンですが、お腹いっぱい食べられるのでこういう腹ぺこの時にはありがたい存在だったりします。
なお、「スシロー」と「はま寿司」のどっちにしたかというと、私の生活圏内には存在せずあまり行く機会がなかった「はま寿司」にしました。
流石にお寿司を1皿ずつ撮影なんて真似は出来ませんから写真はなしですw
空腹の勢いで次々注文していたら今度は頼み過ぎでお腹がきつくなるという回転寿司あるあるをやらかした後、腹ごなしを兼ねて川沿いに散策することにしました。
そうして見えてきたのがこの景色です。
さっきの高架橋の続きとも言える位置なのでもはや説明不要な感もありますが、これは三江線の橋です。
三次を出てすぐに渡る橋なので乗車していても印象に残りそうなものですが、廃止前に3度乗ったものの3度ともこの区間は暗い時間帯だったので全然覚えていないというw
もっと近づきました。塗装がちょっと色褪せてはいますが、言われなければ廃線跡だとは思わない程度の状態ですよね。
また、橋の上はレールがそのまま残っており、待っていればいつか列車が通りそうな雰囲気です。
ちなみに、接続する盛土区間との境目にはフェンスが設置されていて侵入を防いでいました。
興味本位で渡ってみようなんて考える輩もいるかもしれませんね。
鉄道橋の場合、欄干なんて気の利いた設備はありませんから、足を踏み外せば川面に真っ逆さまですしね・・・
立入禁止の掲示がありますが、どうやら廃線後の設置ではなく、平成9年とありますから現役時代からのもののようです。
しかし、建設省なんてまた懐かしいワードがw
鉄橋と交差する位置は道が途絶えていて通れなかったので一旦迂回して反対側へやってきました。
見た目としては保線用の通路が着いている程度の差しかありませんがねw
こんなマニアックな部分にも注目w
名前が馬洗川橋梁ということが分かりますし、尾関山~三次間にあるということも分かるのでこれだけで三江線の橋梁だということが分かります。
あとは川沿いに進んで三次駅へ戻るのですが、最後の名残にもう1枚
もう2度と列車が通ることがなく、ただただそこに佇み続けるのみの橋梁に哀愁というのか、物寂しさというのか、そんな感情を抱きつつ歩いていたのですが、廃線跡や廃墟などをめぐる趣味の人の気持ちがちょっと分かった気がしました。
といったところで三江線の廃線跡巡りはこれくらいで切り上げて三次駅へ戻ります。
三次駅に行くと庄原ライナーのポスターを発見!
三次までは普段から「みよしライナー」として運行されているわけですし、ここから備後庄原までは普通列車となりますが直通で行くことも出来るわけですから三次駅の利用者はあまり恩恵がない気もしますが、それでもプッシュしているんですね。
あと、気になったのがこれです。
ただの発車標だと思わずよく見て下さい。備後庄原行きはいいとして、その種別です。
なんと「回送」と書かれています。JR西日本って回送とか貨物列車まで発車標に表示してくれるので撮り鉄にはとてもありがたい会社なんですが、この回送が「庄原ライナー」の送り込みであることはほぼ間違いないわけで、発車時間が分かればおおまかに備後庄原駅の到着時間を予想できるので何気に有用な情報をゲットできました。
これくらいですることもなくなりましたが、まだ折返しのバスの時間まで少しあります。
というわけで・・・
撮りバスします!w
市街地循環バスの「くるるん」です。
地方のコミュニティバスの定番のポンチョですね。
広島の球団「カープ」のバスでした。
よく見ると備北交通の文字が見えますから特別塗装なんでしょうね。
流石は広島ですw
え?これってもしかして阪急バス!?
調べると大阪から新見を経て三次まで来る高速バスがあるらしく、それに阪急バスも参画しているようです。
いやぁ、高速バスって本当に意外なところにあったりするから面白いです。
そして、いよいよ私が乗る庄原行きがやってきました。
同じ車種で運転士さんも同じ人でした。
そういえば今回は流石にマニアっぽい人は見受けられませんでした。
皆さん「庄原ライナー」は片道だけ乗ってそのまま帰ってしまったんでしょうか。
備後庄原から「庄原ライナー」で広島へ
もう今日の活動はほぼ終わったようなものですが、あとは「庄原ライナー」で広島へ戻ったらホテルへチェックインしてゴールです。
道中は端折って庄原バスセンターに戻ってきました。
これから備後庄原駅へ移動して「庄原ライナー」に乗るわけですが、まだ1時間弱時間があります。
実はこのもう1本後のバスでもギリギリ間に合うことは分かっていたのですが、それだと乗り換え時間が5分程度しかなく、バスということで遅延のリスクを考えるとあまりにハイリスクと言わざるを得ず、1時間退屈になりますがその1本前にしたわけです。
しばらくはバスセンターの中などで携帯をいじりつつのんびりしていたのですが、そろそろ三次にいた「庄原ライナー」に使う車両が回送されてくる頃合いなので適当な場所を探してそれを撮影することにしました。
やってきたのはこんな場所です。
駅から少し歩いた場所で、道路上から芸備線の線路が見渡せる場所があったのでそこで撮ることにしました。
駅構内で撮る手もあったのですが、発車時の動画はホームから撮ったのでアングルを変えてみたくなったのでした。
ただ、現状でわかっているのは三次駅の発車時刻のみであり、「庄原ライナー」と同等の所要時間だと仮定するも途中駅で交換待ちとかで停車するならばそれだけずれますし、いつ来るか分からずずっとカメラをスタンバイしつつ待っていることになりました。
しかも、山あいの日暮れは早く、日もすっかり傾いて体感温度もぐっと下がっていたので寒い寒い・・・
まだ秋の気分でがっつりした防寒着は身につけていないので正直堪えました。
そんな中待ち続けること10分ちょっと・・・ようやくお目当ての列車は姿を表しました。
↑というわけで動画をどうぞ
しかし、本当に日没間際という感じで、もう少し時間が遅かったら完全に暗くなっていて撮れませんでしたね。
なるほど、暗くなって撮影も難しいし、車窓も楽しめないしで他の乗り鉄・撮り鉄の皆さんは往路だけ乗って復路は乗らない人が多かったのですね。
ズームでホームに到着したところを撮ったら駅へ向かいます。
まだ発車まで時間はありますが、帝釈峡ツアー(?)のメンバーたちが戻ってくるかも知れず、その前に乗り込んで出来るだけエンジンに近いボックス席をキープしたいですしね。
そうそう、駅前は大々的に工事をしていたのでてっきり大きく迂回をしないと駅へ戻れないかと思ったのですが、ちゃんと歩行者用通路が用意されていて駅へはまっすぐ向かうことができました。
いかにも仮通路という感じですが、ちゃんと駅まで通じていました。
ホームでももちろん撮影です。
アングルとしては往路とかぶりますが、光線状態がだいぶ違うのでまた違った印象ですよね。
これだけだと「みよしライナー」と区別がつかないのが残念ですが一応行先表示も撮っておきます。
最後に外観を撮って乗り込みます。
しかし、1つわがままを言わせてもらえばヘッドマークを付けてほしかったなぁ。
備後庄原駅にキハ40系がいるだけでもレアなんですが、こうやって普通に撮ると何がネタなのかさっぱり伝わらないというw
それでは乗車です。往路に比べてかなり空いていましたが、発車間際にツアー組がぞろぞろ乗ってきてちょっとざわざわした車内になりましたw
まあ、それでも往路よりはかなり静かですし、キハ40系のエンジンサウンドを楽しみつつ行きましょう。
↑ここは車窓を動画で撮りました。
すっかり日没間際であまり景色を楽しむ動画ではありませんが、ホームでお見送りをしてくれるツアーの添乗員さん(?)やアナウンスなどをお楽しみ下さい。
なお、途中から完全に暗闇と化したので5分程度で切っています。
三次から先は「みよしライナー」と変わらなくなってしまうわけですが、アナウンスでも「庄原ライナー」ではなくて「みよしライナー」と案内されていました。
まあ、三次から乗る人からしたら「庄原ライナー」と言われてもあれ?ってなりますからねw
このあたりでは割と静かな車内でエンジン音をBGMに暗闇の中を走るいつしかウトウトしてしまっていましたが、気がつけば広島市街に入っていました。
昨晩の寝不足がここで効いてきましたね・・・
まあ、今日は広島に着けばゴールなのでもうひと頑張りです。
そんなわけで広島に到着です。
広島駅では割と普通に見られるキハ40系ですが、記念ということで撮影です。
↑折返しの普通列車の発車を撮ったら撤収します。
あとはホテルへ向かうのですがその前にやりたいことが1つ・・・
はい、やりたいことですw
広島といえばお好み焼きが有名ですが、お昼は回転寿司で結構がっつりと食べてしまったため夕飯は軽く済ませようとなり、それならばお好み焼きがちょうどよいのではないかということで駅構内にあったお店の暖簾をくぐりました。
関西のお好み焼きとはまた違った見た目をしており、最大の特徴は中華麺が入っていることですね。
まあ有名なご当地グルメなのでこれ以上の説明は不要ですかね。このブログはあくまでも鉄道ブログでありグルメブログじゃないですしねw
というわけで、1日目は以上となり、2日目は別記事として追ってレポートしていきますのでしばらくお待ち下さい。
~追記~
2日目も公開しました。
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