車中泊込みで4泊5日で実施した西日本遠征の3日目です。
なお、1日目・2日目をご覧になっていない方は、そちらから先にご覧になることをおすすめします。
本日の行程
3日目となる今日は昨晩宿泊した福知山からスタートし、まずは山陰本線を城崎温泉まで1往復します。
これは113系充当の普通列車に乗るのが目的で、併せて私にとってJRグループ最後の未乗区間だった山陰本線福知山~和田山間も乗りつぶしてしまいます。
福知山に戻ってきたら京都丹後鉄道の乗りつぶしが始まります。
まずは快速「大江山号」で宮津へ、続いて宮舞線で西舞鶴へ、折り返して宮舞線・宮豊線で豊岡へ行ったら、暇つぶしの駅めぐりを挟みつつ、最後は特急「はしだて」で京都へ行ってゴールです。
そのまま「WEST EXPRESS銀河」に乗るのですが、区切りがいいので京都駅で3日目を終了とし、「WEST EXPRESS銀河」乗車以降は4日目としてレポートしたいと思います。
まずは113系で城崎温泉へ
まず最初は113系充当の普通列車で城崎温泉まで1往復します。
これは113系だからというだけでなく、私にとっては山陰本線福知山~和田山間の未乗区間を乗りつぶすという意味もありました。
ちなみに、なぜこんな半端な区間だけ残っていたかというと、京都~福知山間は福知山線とセットで乗ったことがあり、和田山以西は特急「はまかぜ」で乗ったことがあったのですが、その狭間の区間だけ乗っていなかったというわけですね。
というわけで早朝の福知山駅から3日目の活動が始まっていきます。
昨日は連泊のおかげでホテルに不要な荷物を置くことができ、身軽に動けましたが、今日は大荷物を抱えての活動となるので、駅までの道のりも昨日よりも長く感じました。
改札前にやってきました。
発車標の写真は撮り忘れてしまったので、これで代用しますが、6時08分発の城崎温泉行きがお目当ての列車です。
山陰本線の福知山以西の区間は1~2時間に1本程度の本数で普通列車が運行されていますが、半数程度は豊岡までの運行で、城崎温泉まで行くのは半数程度となります。
しかも、113系充当列車ともなると行程の選択肢はかなり少なくなってしまい、このような早朝出発を選ばざるを得なくなったわけですね。
ホームへ上がると223系がいました。
よく見ると行先はなんと大阪!
そういえば、朝夕だけは福知山~大阪間を走破する快速があるんでしたね。
で、お目当ての113系ですが、どうやらまだ入線していないようです。
ということは・・・入線シーンが撮れますね!
↑というわけで入線シーンです。
しかも、リバイバルされた福知山色が来るとは運が良いですね。
最後に幕を撮ったら乗車です。
思いがけず福知山色が来たこともあって、いつもよりギリギリまで撮影してしまい、乗り込んだのはもう発車直前というタイミングだったのですが、ここでまさかの事件が発生!?
さあ電車に乗ろうとホームから車内へ足を伸ばしたその瞬間・・・何やら物音がしたので足元を見やると、バッグのポケットに入れていたデジカメがホーム上を転がる光景が目に飛び込んできました。
カメラを落とすこと自体はこれまでにもあったので、最初は「ああ、またやっちゃった」くらいに思っていたのですが、今までと違ったのが落とした先がホームだったということです。
ホームに着地した愛機はそのままバウンドして、なんと電車とホームの隙間に吸い込まれていったのです。
思わず呆然となりつつも、勢いのまま車内に入った私ですが、直後に発車時刻となってドアが閉まってしまったのです。
動き出した車内でようやく冷静を取り戻した私はこれから取るべき行動を考えました。
とりあえず何とかして駅に連絡して・・・と思ったのですが、調べてみるとJR西日本では駅ごとの個別の電話番号は公開されていないようで、問い合わせ手段としては「お客様センター」的なところだけで、電話かチャットで問い合わせが可能となっていました。
しかし、よく読むと業務開始は9時となっており、それではこのあと福知山駅に戻る時間と変わらない・・・
となると福知山駅に引き返したタイミングで駅員さんに問い合わせるしかないとも思ったんですが、問題はこの日は雨が降っていたことです。
恐らく線路上に落ちたであろう私のデジカメは非防水仕様なので、雨に濡れるのはよろしくないですし、ましてや3時間近くも雨に打たれていたら、いくらここまで私の荒い使い方にも壊れずに付き合ってくれていたとはいえ、さすがに壊れてしまうでしょう。
最悪壊れてしまっても、SDカードに入っているこれまでの写真や動画だけでも回収したいなとか色々考えていると、列車は下夜久野駅にさしかかり、ここでは交換待ちのため長く停車するとのこと。
さらにこの列車はラッシュ対応なのか車掌さんが乗務していたのです。
停車時間があるならばその間に問い合わせをしても業務の邪魔にはならないはずと考え、乗務員室に向かい車掌さんに事情を話しました。
すると無線で指令所に連絡を入れてくれて、指令所から駅に連絡してくれるようです。
これで回収の目処は立ちましたが、落としたものがカメラであり、引き渡しをどうするかという話では、「このあと福知山駅に戻るのでそこで・・・」と伝えることになり、気まずいやら恥ずかしいやらでしたが、発車前に私が撮影していたことは知っているでしょうし、マニアであることは今更隠すまでもなかったですね。
とりあえず現状できることはしたということで、あとは城崎温泉まで大人しく乗車してきます。
豊岡周辺では高校生の通学ラッシュ特有の混雑もありつつ、90分ほどの乗車で城崎温泉に到着しました。
カメラという懸案事項はありますが、とりあえず山陰本線完乗達成です!
まずは駅名標です。
初めて訪れる駅なので簡単に撮影したいと思いますが、デジカメが無いのでスマホでの撮影となり、簡単に済ませてしまいました。
改札口です。
この時間は駅員不在であり、ICカード用の簡易改札機が稼働しているのみでした。
駅前に出てきました。
著名温泉地の玄関口らしい雰囲気であり、旅館の送迎バスと思われるバスがいたりして、温泉地らしい雰囲気ですね。
ただ、まだ朝が早すぎるのか観光客の姿はほとんどみかけませんでした。
温泉旅行の人たちは今頃宿で朝食を食べているか、まだ部屋で布団の中かも知れませね。
駅舎を撮ったら撤収です。
駅舎は2016年に「TWILIGHT EXPRESS瑞風」の乗り入れに合わせて改修されており、綺麗にお色直しされています。
デジカメよりは撮影しづらいスマホでの撮影だったことや、デジカメを落としてしまったことで気分が萎えていたこともあって、これしか撮影しなかったのですが、一応駅も簡単に紹介すると、当駅から京都方面は電化、鳥取方面は非電化という立地であり、「きのさき」などの電車特急は原則として当駅で折り返しとなり、普通列車についても今回乗車した列車のように電車で運行される列車は原則として当駅で折り返しとなります。
一方、鳥取方面へ向かう普通列車については1日2本を除いて豊岡を起点に運行されており、一部は当駅で「きのさき」などの特急と接続し、京都方面からの利用者に便宜を図っています。
駅構内は複合型の3面4線となっており、特急列車などの折り返しにも対応した拠点駅という構造です。
それにしても、電化が当駅までということを考えると、当駅を境に利用者数が大きく変動するのだと思いますが、それだけ城崎温泉の需要が大きいということですね。
さすがは全国区の有名温泉地です。
それでは福知山に引き返します。
車内ではやっぱりデジカメのことばかり考えていました。
無事に回収されただろうかということももちろんですが、回収されたとして壊れたかどうかも心配でした。
ホームから線路までは意外に高さがありますから落下の衝撃で壊れたかも知れませんし、落下時点での破損を免れても、回収されるまで雨に打たれていたとしたらそれが原因で故障するかもしれない・・・
最悪壊れていても、ここまでの撮影データが無事なら御の字かなとか、故障していたらどこかで電器屋に立ち寄って急遽デジカメを買うかなんて、色々思索を巡らせていると、福知山に到着していました。
福知山に戻ってきました。
あ、まだデジカメは手元に戻っていないのでスマホでの撮影です。
今のスマホはカメラの性能もいいので、アスペクト比の違いがなければデジカメで撮ったものと見分けがつかないかもしれませんね。
↑最後に引き上げシーンを撮ったらホームを後にして改札口へ向かいます。
目的は言うまでもなくデジカメの引き取りですね。
もっとも、回収できたかどうかの連絡も福知山駅到着後に直接問い合わせという流れになっているので、この時点ではまだ回収されたかどうかすら未確定ではあったんですけどね。
というわけで若干緊張しつつ改札口にいる駅員さんに声をかけ事情を説明すると、奥から私のカメラを持ってきてくれ、「こちらでお間違えないですか?」と遺失物の引き渡しの時のお決まりのセリフを言われました。
ホッと一安心し笑顔で「そうです!」というと、引き渡しのための手続きとして身分証明書の提示と書類の記入があって、それが終われば無事にカメラは私の手元に戻ってきたのでした。
あとの問題は壊れているかどうかですが、さすがに落下の衝撃は大きかったのか表面は凹んだり塗装が剥げていたりと、なかなか痛々しい姿になっていました。
これはさすがに壊れたかなと半ば諦めつつ電源ボタンを押すと、なんと何事もなかったかのように起動し、試しにシャッターを押すと問題なく撮影もできました。
意外なタフさを見せたカメラに感心しつつ、もう落とさないように気をつけようと気を引き締めたのでした。
また、カメラの回収に関わってくださった車掌さんや運行指令員さん、駅員さん各位にはこの場を借りて厚く御礼申し上げます。
無事懸案事項も解決したところで、ここからは京都丹後鉄道の乗りつぶしが始まります。
京都丹後鉄道の乗りつぶしスタート
ここからは京都丹後鉄道の乗りつぶしです。
実は昨日も宮津まで1往復していますから、宮津までの乗りつぶしは既に済ませていたことになりますけどねw
まずは京都丹後鉄道についてざっくり解説です。
京都丹後鉄道は京都府北部に宮福線・宮津線の2路線を運営する鉄道事業者であり、正式な社名は「WILLER TRAINS」となります。
WILLERと聞いて聞き覚えがある方も多いと思いますが、あの高速バスの大手事業者「WILLE EPXRESS」の子会社となります。
なんでバス会社が地方のローカル鉄道を運営しているのかというと、国鉄が途中まで建設し工事が凍結されていた宮福線と、国鉄の路線でしたが赤字のため廃止が決まり、最終的に第三セクターとして再出発することになった宮津線を引き継ぐために設立された宮福鉄道にまで遡ります。
宮福線が完成し、宮津線も国鉄から引き継がれたタイミングで「北近畿タンゴ鉄道」と社名を改め、第三セクター鉄道としてスタートしました。
沿線には日本三景として知られる天橋立があり、JRから直通の特急も運行されているなど、他の第三セクター鉄道と比べれば恵まれた条件であるようにも思えますが、それでも経営は苦しく2013年より上下分離方式の導入を前提とし、運営を引き継ぐ事業者が公募されました。
それに手を上げたのうちの1社がWILLERであり、2015年4月よりWILLER TRAINSが北近畿タンゴ鉄道より線路を借り受けて運営する第二種鉄道事業者となり、対外的には「京都丹後鉄道」の名称で鉄道事業を営んでいます。
なお、北近畿タンゴ鉄道は線路を保有する第三種鉄道事業者として存続しており、また、車両は引き続き北近畿タンゴ鉄道が保有し、WILLER TRAINSに有償で貸し出す扱いになっているため、北近畿タンゴ鉄道は消滅したわけではないのですが、運行には一切関わっていないため、乗車券の発売などは一切してません。
続いてこれから乗車する宮福線についてですが、宮福線は福知山駅と宮津駅を結ぶ全長30.4kmの路線であり、全線が電化されており、最高速度130km/hに対応する高規格路線となっています。
歴史としては1923年に北丹鉄道という私鉄が福知山~河守(現在の大江)間を開通させたのが端緒で、宮津までの延伸も計画されていましたが、資金難などの問題で断念され、その後も宮津への延伸の試みは何度か行われますが、いずれも失敗に終わっています。
戦後になり北丹鉄道の国有化と宮津への延伸を求める声があがり、河守~宮津間が宮守線として鉄道敷設法の予定線として掲載されたのは1953年のことでした。
1966年より着工され、長大トンネルの多いルートながら、大江~宮津間17.6kmの工事は順調に進みました。
ところが、福知山方面への接続路線となる北丹鉄道が乗客の減少や鉱山の閉山で貨物輸送が減少したことなどから廃止となってしまい、これでは開通しても福知山へ通り抜けられなくなってしまうことから、改めて福知山までを鉄道敷設法に基づいて建設することとなり、路線名も宮守線から宮福線と改められました。
そうして福知山への延伸の準備が着々と進んでいる頃、運営主体となるはずだった国鉄は経営悪化が深刻化しており、経営再建策として赤字ローカル線の廃止などを盛り込んだ国鉄再建法が成立し、併せて現在建設中の路線についても輸送密度が4000人/日以上であることが工事続行の条件とされ、宮福線では2300人/日とこれに届かないことから国鉄線としての開業は厳しい情勢となりました。
それでも地元は宮福線の全線開業を諦めきれず、国鉄再建法の規定の中で第三セクターによる開業という選択肢があることから、それを選択し、第三セクター方式での開業を目指すことになりました。
こうして後の北近畿タンゴ鉄道となる宮福鉄道が発足し、1988年に開業しました。
当初は非電化であり、普通・快速列車がメインで、特急はごくわずかという運行形態ではありましたが、従来は舞鶴線・宮津線経由という遠回りを強いられ、2回のスイッチバックが発生していた京都方面から宮津・天橋立方面の交通事情は大きく改善しました。
また、山陰本線などの電化が進展したことから、宮福線も高速道路網への対向も考え電化することになり、併せて宮津線の宮津~天橋立間も電化することで、京都・大阪から天橋立まで電車特急が直通できるようになりました。
この際には「鉄道整備基金」の適用を受けることになり、その条件として130km/h運転への対応があったため、ローカル鉄道にしてはオーバースペックとも言える130km/h対応の路線になっていますが、実際の運行では120km/hまでしか出さないようです。
それでも認可速度としては130km/hであり、実際に試運転では130km/hで走行できることを確認済みだそうです。
そして現在の宮福線ですが、普通列車と快速「大江山」、そしてJRと直通する特急「はしだて」、京都丹後鉄道完結の特急「たんごリレー」といったバリエーションがあり、普通・快速列車は基本的に福知山~宮津間の運行でJR線や宮津線への直通はありませんが、特急については宮津線に直通して天橋立や豊岡まで運行されるものがあります。
電化路線ではありますが、非電化区間へ直通する列車もあるため気動車による運行が多いのも特色ですね。
といったところで解説はこれくらいで、乗車レポートに戻るとしましょう。
改札口で1日乗車券を購入したら入場します。
ホームにやってきました。
昨日もここから乗りましたが、明るい時間帯だとだいぶ印象が変わりますね。
左に居たのは「くろまつ」というレストラン列車でした。
モーニングコースの時間がそろそろだったので、その準備で入線していたのでしょう。
乗車するのはこちら
快速「大江山」ですが、使用されるのは普通列車と同じ車両です。
この車両は京都丹後鉄道による運行になってから初めて登場した新型車両で、現在増備が進んでいる最新型となります。
ヘッドライトまわりのデザインがかっこいいですよね。
さて、乗り込もうと思ったら・・・
↑今朝も乗った113系福知山色が入線してきました!
それでは乗り込もうとドアへ向かうとこんなものがついていました。
これはクレジットカードのタッチ決済とQRコード決済用の端末であり、京都丹後鉄道ではQRコード決済とクレジットカードのタッチ決済で運賃を支払うことが出来ます。
沿線に観光地を抱えることから、観光客の利用を考慮して・・・というのもあるでしょうが、世間一般にキャッシュレス決済が普及したことで、交通系ICカードを導入するよりクレジットカードやコード決済の方が導入しやすい環境になってきたというのもあるでしょうね。
熊本県内の私鉄・市電・路線バスでは一旦導入したICカードの全国相互利用を廃止して、クレジットカードのタッチ決済や地域独自のICカードのみとするニュースもありましたし、今後の地方鉄道でのキャッシュレス化はクレジットカードやコード決済が主流になりそうですね。
あと、座席にUSB電源がついています。
特急型車両だと最近はUSB電源かコンセントのどちらかは必ずついているといってもいいほど普及していますが、ローカル線用の車両にしては珍しいですよね。
これも観光客が多い路線環境を踏まえたものなんですかね。
窓越しに113系の発車を見届けたら、こちらもそろそろ発車時間です。
そして発車していきます。
新しい車両らしい軽快なエンジンサウンドを響かせつつ福知山駅を出発し、列車は宮津を目指していきます。
停車駅は大江までの各駅と大江山口内宮・宮村・宮津となっており、昨日乗った列車と同じですね。
あと、福知山~宮津間だと全区間が電化区間なので、気動車を使うのはもったいない気もしますが、そもそも京都丹後鉄道では電車を保有しておらず、京都丹後鉄道内で運行される電車は全てJRの車両なんですよね。
似た事例として会津鉄道のうち、会津高原尾瀬口~会津田島間は電化区間ですが、自社の車両は気動車のみであり、乗り入れる電車は東武鉄道の500系「リバティ会津」のみという例があります。
数駅進んで荒河かしの木台駅です。
なんとも長い駅名ですが、付近の地名「荒河」と、付近にある新興住宅地「かしの木台」を合わせた駅名のようです。
また、付近には福知山運転所があり、出入庫の回送列車が設定されているそうです。
かつては営業運転で出入庫する便もあったようですが、今は全列車が回送となり、福知山~当駅間の区間列車はなくなりました。
次第に山あいに分け入っていきます。
大江を過ぎると通過運転が始まりますが、このあたりが最初に宮守線として計画された区間であり、山越え区間でもあるため、利用の少ない駅が多くなります。
そんな中で唯一停車する大江山口内宮駅ですが、元伊勢内宮皇大神社という神社の最寄りであり、参拝客への利便を考えて快速停車駅となっているんですかね。
そして、宮津に到着です。
ここから先が未乗区間であり、乗りつぶしが始まっていきます。
宮舞線で西舞鶴へ
まずは宮舞線の乗りつぶしです。
ここに来て初めて登場する宮舞線という名前ですが、宮津線のうち宮津~西舞鶴間の愛称として着けられているもので、同じく宮津~豊岡間には宮豊線という愛称が設定されています。
宮津線は宮津駅を境に大きく性格が変わるので、実態に合わせて愛称を設定したんでしょうね。
というのは、宮豊線は沿線に天橋立などの観光地や温泉地、海水浴場などと抱えており、特急も運行されているのですが、宮舞線はそういった需要先がなく生活路線という性格が強いです。
そのため優等列車もなく、定期列車としては普通列車のみが運行されています。
一方で、運行形態としては宮豊線と一体化しており、西舞鶴~豊岡間や西舞鶴~峰山間などで列車が設定されています。
また、宮津や西舞鶴では特急に接続するダイヤを組んでおり、沿線住民の利便性に考慮しています。
↑乗車する西舞鶴行きがやってきました。
この車両は「コミューター車両」といい、リニューアルされた車両となるようです。
それではこの列車で西舞鶴へ向かいます。
宮舞線は海沿いに走る区間が多く、車窓風景という意味では京都丹後鉄道で最も美しい路線と言えるでしょう。
また、かつて一斉を風靡した人気アニメ「けいおん!」の作中にも宮舞線の列車が登場しており、丹後由良駅付近の風景が描かれたそうです。
一時期はラッピング列車も走ったようですよ。
そして西舞鶴駅ですが、タンゴエクスプローラーが留置されていました。
一応まだ廃車はされていないようですが、後継車といえるKTR8500形(キハ85系)が導入されたので、廃車されるのも時間の問題でしょうね。
JR線に直通していた時代に1度だけ乗ったことがありますが、もう乗れる機会はなさそうです・・・
西舞鶴駅にて
まずは駅名標から
ところで、京都丹後鉄道とJR舞鶴線の接続点は西舞鶴ですが、JR舞鶴線とJR小浜線の接続点は東舞鶴駅であり、乗換駅が2つに分かれているんですよね。
実を言うと元々の舞鶴市の範囲は現在の西舞鶴駅があるあたりで、東舞鶴駅があるあたりは1943年まで東舞鶴市という別の市だったようです。
また、開業から1944年までは舞鶴駅という名前だったそうです。
京都丹後鉄道の乗り場はJRの駅のうち1面1線のみを間借りするように存在しています。
その先はこんな広い空間になっていました。
交流センターという公共施設と一体化しているようです。
そこで出迎えてくれたのは「艦これ」の艦娘たち
舞鶴といえばかつて鎮守府が置かれていた場所であり、コラボ企画もやったりしていますしね。
また、京都丹後鉄道でも艦これのラッピング列車を運行したことがあるようです。
よくある撮影に関する注意書きかと思ったら、おもてなし精神にあふれた内容でした。
引揚列車見送りの松だそうです。
戦時中は鎮守府が置かれていた舞鶴ですが、戦後は引揚げ列車の拠点でもあったという歴史の生き証人というわけですね。
駅前には櫓のようなものが鎮座していました。
じこれは舞鶴城の物見櫓だそうで、それもレプリカとかではなく、本物を駅前に移設されてきたんだとか。
駅前にはバス停があり、高速バスも乗り入れるため、待合室がありました。
それにしてもかなりレトロな見た目で、いい味出していますね。
そして駅舎です。
大々的に工事中であり、落ち着かない雰囲気ですが、駅舎は1999年に建て替えられたものだそうです。
ガラス張りの外観が今風という感じです。
あと、工事のために駅へ入るためには迂回を強いられる状況だったのですが、誘導員の人に文句を言っているおじさんがいました。
気持ちは分からないでもないですが、誘導員に文句を言ってもどうなるものでもないと思うんですけどね。
それでは駅に戻り、続いては一気に宮豊線まで乗り通して豊岡まで行きます。
なお、実際にはここで昼食を食べましたが、駅近くの牛丼店に入っただけで、特に名物でもないので割愛しますw
宮豊線を一気に乗りつぶす
ここからは折り返す形で豊岡まで行きます。
これで宮豊線と呼ばれる区間も含めて宮津線を一気に乗りつぶして、京都丹後鉄道完乗を目指します。
ここで先に宮豊線について解説で。
宮豊線は宮津線の宮津~豊岡間の通称ですが、こちらは沿線に観光地や温泉地が多いことから特急も設定されており、観光路線としての色が濃い路線となっています。
特急は基本的に宮福線と直通する形であり、宮津~天橋立間のみ電化されており、天橋立駅折り返す特急は電車で、網野や豊岡まで行く特急は気動車で運行されます。
普通列車については宮福線との直通はなく、全列車が宮津線内完結の運行です。
ルートとしては丹後半島の付け根を横断するようなルートとなるため、宮舞線の区間に比べると海が見える区間は少ないです。
↑ホームへ行くとちょうど乗車する列車が入線してきました。
今度はリニューアルされていないオリジナルのKTR700形でした。
写真でも撮ったら乗り込みます。
今度は豊岡まで2時間ほどの乗車になるのですが、相変わらず雨が降り続いており、車窓撮影は断念です。
宮舞線区間は車窓も美しかったので、ぜひ撮りたかったんですけどね・・・
車内に入るとこんな場所がありました。
転換クロスシートということで、座席を転換するためのスペースがあるのですが、そこを貨客混載用のスペースとして活用しているようでした。
最近は運送業界のドライバー不足もあって、ローカル線を活用した貨客混載が広まっていますが、京都丹後鉄道でもやっているんですね。
丹後由良駅です。
前述の「けいおん!」作中で当駅も登場したそうですが、いつか聖地巡礼もいいですね。
一時的に雨が止んだのでまた車窓をご紹介します。
やっぱり宮舞線区間の車窓はいいですね。
宮津駅を過ぎて宮豊線区間に入りました。
天橋立のあたりですね。
そして、網野駅では停車時間がありました。
後続の特急「たんごリレー」を待つようで、網野以西へ向かう利用者にも便宜を図ったダイヤというわけですが、普通列車としてはただ待たされるだけですw
今思えばホームへ出て撮影でもすればよかったですが、大荷物があったことや疲れが溜まっていたのかここでは撮影しなかったようです。
夕日ヶ浦木津温泉という長い駅名がありました。
温泉目当てなのか観光客風の人が降りていくのを見送りつつ、私は旅を続けます。
いかにも豊岡市らしい駅名が出てきました。
旧称は但馬三江駅という名前でしたが、京都丹後鉄道への移管に併せて現在の駅名と改称されたものです。
ちなみに、但馬という旧国名を冠する駅は当駅だけだったので、駅名に「但馬」が入る駅は消滅したことになります。
あと、但馬ということは兵庫県であり、当駅と終点の豊岡駅の2駅のみが京都丹後鉄道の駅で兵庫県にあります。
終点の豊岡に到着!
そして、たった今この瞬間、私にとってある特別なことが起きました。
それは何かというと、「日本の鉄道全線完乗」という記録を達成したのです。
私にとって最後の未乗路線がこの京都丹後鉄道だったというわけです。
乗り鉄ならば誰しも一度は憧れるであろうこの記録をついに達成したと感慨にふけりたいところではあるのですが、この記録には色々な条件が付きます。
それは「ケーブルカーやロープウェイは除外」「運営会社が変わった場合もそれ以前に乗ったことがあれば乗ったものとみなす」「工事などで線路切換があった場合もそれ以前に乗ったことがあれば乗ったものとみなす」というもので、1つ目についてはそのままの意味なのでこれ以上説明しませんが、2つ目については私にとって該当するのは、「IRいしかわ鉄道」と「ハピラインふくい」の金沢~福井間であり、北陸本線の時代には乗っていますが、第三セクター転換後には乗ったことがありません。
その他、四日市あすなろう鉄道についても近鉄時代には乗っていますが、四日市あすなろう鉄道に転換後は乗っていないなどの例があります。
3つ目については乗車後に高架化や線路切替などがあった場合の扱いに関することで、改めて乗り直すかどうかは分かれるところだと思います。
というわけで、乗り鉄的には最も緩い条件を適用した場合における「国内の鉄道全線完乗」を達成したというお話でしたw
豊岡駅にて
豊岡駅では折り返しまで少し時間があるのでその間に駅を見ていきます。
こんな看板がありましたが、かなり年季を感じますね。
もしかして国鉄時代のものが残っていたり?
ホームです。
全体としては島式2面4線ですが、そのうちの1線が京都丹後鉄道に割り当てられており、改札が分離されているため、ホーム上にフェンスが設置されています。
終端部です。
奥にコンクリートの車止めもありますが、枕木を積み上げているのは昔ながらという雰囲気です。
JR側には国鉄タイプの駅名標が残っていました。
支柱の錆び具合といいこれもリバイバルで国鉄タイプなのではなくて、本当に国鉄時代から残っていると考えて良さそうです。
改札を出ました。
西舞鶴駅同様に有人のみで自動改札機はありません。
あと、さり気なく集札箱が列車のデザインになっているんですね。
駅前に出ると観光案内図がありました。
脇に添えられているオブジェは「コウノトリ」ですね。
豊岡市はコウノトリの生息地として知られており、山陰本線の特急列車の愛称にも採用されています。
隣りにあった自販機は「コウノトリ支援自動販売機」だそうです。
売上の一部がコウノトリの保護活動に寄付されるとかですかね?
そして駅舎です。
構内はレトロなものがたくさん残っていましたが、駅舎は2011年に建て替えられたもので、今風の駅舎でした。
そこへやってきた小さなバスは全但バスです。
全但バスは兵庫県北部の旧但馬国の範囲を事業エリアとするバス事業者です。
兵庫県南部は神姫バスがありますから、兵庫県のバス事業者の両雄とも言えますね。
ただし、これはいわゆるコミュニティバスのようで、全但バスが運行を受託しているんでしょうね。
こちらは普通のバスですね。
都市部でもよく見えるエルガでした。
バス乗り場の方は立派な屋根のあるちょっとしたバスターミナルになっていました。
こちらはJRの自由通路です。
このあと私は京都丹後鉄道の乗り場に戻り乗車して、一旦豊岡を離れたのですが、2度目の訪問時に撮影した写真も記事の流れ的にここで続けて紹介します。
自由通路から見た構内です。
構内には側線が多くあり、留置車両がいくらか見られました。
それにしても、写真の範囲内には113系とキハ40系しかないので、ここだけ国鉄時代みたいですw
これもキハ40系ですが、「うみやまむすび」というラッピング車でした。
西口にやってきました。
こちらは裏口的な場所らしく、東口ほどの活気はありませんでした。
こちら側からは側線にいたキハ40系が間近で見られました。
ちなみに、これは播但線で使われているキハ41形というタイプで、中間車を両運転台に改造したものであり、以前に乗車したことがあります。
それではこのあとは一旦京都丹後鉄道で引き返す形で暇つぶしの駅めぐりです。
折り返しの「はしだて8号」までに戻ってこられる範囲ならばどこでもよかったんですが、なんとなく小天橋駅へ行くことにしました。
小天橋駅
暇つぶしの駅めぐりということで小天橋駅を訪問しました。
ここで乗車してきた列車を撮影です。
どうやらここで対向列車と交換待ちをするようであり、しばらく停車するようです。
↑対向列車としてやってきたのはKTR8000形の特急「はしだて」でした。
これの折り返しが私が乗る「はしだて8号」です。
↑そして、乗ってきた普通列車も発車です。
これで駅は私の貸切状態となり、あとは悠々自適に見学していくとしましょう。
無人駅なので駅員さんにも気兼ねすることなく滞在できます。
まずは駅名標です。
駅名の由来は京丹後市内にある同名の景勝地で、天橋立と同じく砂州による地形のことなんだとか。
ただし、駅からは2.5kmほど離れており、京丹後市営バスに乗り継ないとアクセスは難しそうです。
健脚な方なら散策がてら歩いていくのもアリかもしれませんけどね。
今回はそこまでの滞在時間はないので小天橋の訪問は断念しますがw
ここでも小天橋の航空写真が使われていました。
やっぱり地域の自慢のスポットなんでしょうね。
ホーム上には待合室がありました。
現在は普通列車しか停まらない駅ですが、かつては季節限定で特急が臨時停車していたこともあるようなので、かつてはそれなりに利用者がいたんでしょうか。
内部は案外綺麗でした。
しっかり整備が行き届いているようですね。
駅舎はホームに隣接しているという古い駅にはよくある構造でした。
こちら側の待合室はかなり年季が入ったものでした。
これも国鉄時代からのものですかね?
と思ったらなんと昭和7年のものみたいです。
つまりは当駅の開業時からのものが残っていることになりますが、西暦でいえば1932年となり、戦前ということになりますし、当時はまだ国鉄はなく鉄道省の時代でしたから、国鉄時代よりもっと古いことになります。
内部です。
これも古い割には綺麗に維持されており、しっかり管理されている様子が伺えました。
窓ガラスなんかはアルミサッシになっているので後年に交換されていそうですが、それ以外は本当に駅開業時のまま使われていそうです。
このあたりは関西とはいえ、冬場には雪が降ることもあると思いますが、よくこれまで持ちこたえてきたものですね。
それでは駅を出ます。
ここが出入口となりますが、無人駅ということでそのまま通行できます。
無人駅ということで集札箱がありますが、やっぱり列車のデザインでした。
これは西舞鶴駅でも見ましたね。
駅舎内です
無人駅ながらきっぷ売り場がありますが、どうやら駅舎内に観光案内所が併設されており、観光案内所にきっぷ発売を委託する形の簡易委託駅ということになっているようです。
こちらが窓口のようですが、誰もいませんw
奥には人のいる気配があったので、呼べば来てくれるんでしょうが特に用事があるわけでもないのでスルーして先へ進みます。
駅舎です。
大きな三角屋根が印象的な見た目ですね。
観光客を意識したデザインなんでしょうか?
駅前にあった看板ですが、「丹後神野駅」と書いてあります。
え?この駅の名前は「小天橋駅」ではなのか?と混乱しそうになりますが、実は丹後神野駅というのはかつての駅名で、WILLER TRAINSに移管される時に現在の駅名に改称された経緯があるようです。
少しでも観光客を集めようと、観光地の名前を駅名にしたんでしょうね。
駅前のマンホールは竜の図柄になっていました。
このご当地マンホールは京丹後市が設置しているもので、合併前の各町ごとに異なるデザインにしているんだとか。
ちなみに、駅前に通じる道路は府道668号であり、路線名を「野中小天橋停車場線」といいます。
よくある停車場線シリーズの1つですが、ちゃんと現駅名である小天橋の名前になっているんですよね。
停車場線シリーズの中には既に廃止された駅の名前がそのまま残っているケースも多いので、駅名の改称にもちゃんと対応しているのはちょっと意外に思いました。
こちらは府道668号です。
100mと行かずに府道49号とぶつかりますが、その先は府道49号との重複区間として府道668号は続いているようです。
府道49号上にバス停があります。
乗り入れるのは京丹後市営バスのみで、民間の路線バスは存在しないようです。
時刻表です。
路線は2つあって、それぞれ3.5往復あるようです。
生活の足として使える最低限の本数と言ったところですかね。
このうち「ひまわり号」が小天橋の方へ向かう路線であり、アクセスとして利用できますが、本数はご覧の通り京都丹後鉄道以上に少ないので、公共交通機関で小天橋を訪れるならば時刻表のチェックは必須ですね。
また、駅付近の商店でレンタサイクルをやっているらしく、自転車に乗れる方ならばそれを利用する手もあります。
まだ時間があるので暇つぶしの散策すると、海へ突き出す桟橋のような場所がありました。
調べてみるとかつて神野地区に定期船があったという記述を見つけたので、その頃に使われていた桟橋の名残でしょうか?
ちなみに、桟橋の右側の奥に伸びる陸地が小天橋のようです。
見るだけなら駅からでも可能ではあるようですね。
久美浜湾の景色がきれいだったので、ここでしばらく過ごした後、駅に戻りました。
適当に選んだ訪問駅でしたが、思いの外いいところで大満足でした。
駅へ戻り自販機で飲み物を買おうとしたら・・・カエル!w
まあ、旅から無事に帰るというゲン担ぎだと思いましょう。
あとはホームに戻って列車を待ちます。
↑やってきました!
それも今度は「丹後あおまつ」でした。
この「丹後あおまつ」は京都丹後鉄道の運行する観光列車の1つですが、面白いのがその運行形態であり、なんと一般の普通列車として運行されており、乗車券のみで乗車可能です。
予約も不要でふらりと飛び乗れる気楽さが売りであり、一部区間でアテンダントが乗務し、車内販売を行っています。
また、姉妹車である「丹後あかまつ」は専用ダイヤで運行され、乗車には乗車整理券が必要であるなど、差異があります。
車内です。
全体的にリニューアルされており、一般のKTR700形とはかなり違った印象ですね。
なお、雰囲気で察しが付くでしょうが、これも水戸岡鋭治氏のデザインです。
鉄道車両の座席配置に当てはめればロングシートといえる向きにソファが設置されていました。
また、沿線の名産品などを展示する棚があるなど、水戸岡マジックの車内になっています。
今や広まりすぎて、どこかで見た感も否めませんがw
豊岡に戻ってきました。
隣にはKTR8000形が停車中ですが、これがこれから乗る「はしだて8号」に充当される編成なんでしょうね。
あとは特急「はしだて8号」で京都へ向かうわけですが、実際にはこのタイミングで豊岡駅の西口を見に行きました。
しかし、既に西口部分もご紹介済みなので、この滞在中は割愛して、そのまま折り返しの乗車へと飛びます。
特急「はしだて8号」 豊岡→京都
ここから乗車するのは特急「はしだて8号」です。
この列車は豊岡から京都丹後鉄道宮豊線・宮福線、福知山からはJR山陰本線を経由して京都駅へ至る列車で、豊岡~福知山間はJR山陰本線経由の「きのさき」などもある中、あえて遠回りする列車と言えますね。
なお、豊岡~久美浜間は快速列車扱いとなっており、乗車券のみで利用できます。
この理由についてはよく分からないのですが、推測するに全区間特急扱いとすると、豊岡→京都などで経路探索をした際に「はしだて」が出てきてしまい、誤って「はしだて」を予約してしまう利用者が出ることを懸念して、時刻表上では久美浜で列車を分断することで豊岡~京都間などで検索してもあえて出てこないようにしているのかなとも思いました。
これはかつては「みどりの窓口」できっぷを買うのが一般的で、遠回りなルートの列車を間違って予約してしまうのは防げていたでしょうが、今は指定席券売機やネット予約が主流ですから、知識のない人が検索で出てきたら予約してしまう可能性はありますよね。
ちなみに、「はしだて8号」(と快速)は豊岡を17時02分に出発し、京都に20時21分に到着なので、所要時間は3時間19分ということになりますが、近い時間を走る山陰本線経由の特急「きのさき20号」だち豊岡16時42分発で京都19時07分着なので、2時間25分で到着するため、ほぼ1時間余分にかかることになります。
また、「はしだて」のうち、豊岡まで行くのは1日1.5往復のみで、他は天橋立駅、もしくは宮津駅までの運行となっています。
使用車種はJRの287系か京都丹後鉄道のKTR8000形のいずれかで、基本的には天橋立止まりが287系、豊岡まで行くのがKTR8000ですが、宮津止まりにもKTR8000形が入ることもあります。
これは単に運用の都合なんでしょうね。
座席種別については特急として運行される区間は全車指定席ですが、快速運転区間は全車自由席となります。
今回は京都丹後鉄道の1日乗車券を使用していますが、この1日乗車券では特急の利用もOKになっていて、指定席を利用する場合は空席を利用となっています。
なので、今回は福知山~京都間のみ乗車券+特急券を購入し、京都丹後鉄道線内は1日乗車券の効力で乗っていきます。
それでは入場です。
発車標・・・というより看板には快速久美浜行きと書いてありますが、ちゃんとそのまま「はしだて8号」京都行きとなることも案内されていました。
これは入場前に撮ったものですが、意外にも編成写真が撮れました。
近づいてもう1枚
このKTR8000形も初乗車となりますが、1996年生まれのやや古い車両となっています。
見た目は新しそうですが、それは2017年にリニューアルがされているからですね。
リニューアル前は「タンゴディスカバリー」という愛称がありましたが、今は「丹後の海」という愛称になっています。
行先表示は久美浜行きの快速となっていました。
久美浜からは特急になるといった案内は一切ありません。
これでは宮津方面へ行きたい人も乗っていいのか迷ってしまいそうですが、影響するのは豊岡駅から乗車する場合だけなので、駅での案内をしっかりすればいいということなんでしょうね。
車内です。
まあ、言うまでもないでしょうが、これも水戸岡マジックですw
といったところであとは乗車していきます。
あとは京都まで乗っていくだけなので気が楽であり、気分的には全線完乗を果たしたウイニングランといったところでしょうか。
↑車内案内表示を撮りました。
最初はガラガラだった車内も天橋立や福知山でまとまった乗車があり、山陰本線内ではそこそこの乗車率となっていました。
その他に特徴的なのは宮津で進行方向が変わることですかね。
この列車の場合は豊岡~宮津間でもそこそこ距離があるのでいいですが、天橋立発着列車だとたった1区間のために進行方向が変わることになります。
また、綾部では東舞鶴からの特急「まいづる」との連結がありますが、既に暗くなってたことや疲れもあって車外に出て見学することはありませんでした。
亀山から先はトンネルが連続する区間もありますが、このあたりはエンジン音もよく反響して聴き応えがありましたね。
この区間の特急は過去に「はしだて」として乗ったことがありますが、当時はまだ183系が現役でしたね。
そして京都に到着です。
それにしても、第三セクターの車両がこうして大都市のターミナル駅にやってくるなんて面白いですね。
列車名も表示されていました。
ところで、「まいづる」については全区間が電化されているので、気動車を使う理由はないんですが、「はしだて」と使用車種を合わせるために気動車なんでしょうね。
これは「サンダーバード」の乗り場案内ですが、北陸新幹線敦賀延伸を踏まえて内容が変化していますね。
あと、「びわこエクスプレス」から改称された「らくラクびわこ」の案内が出ていました。
それではあとは「WEST EXPRESS銀河」に乗るのですが、その前に・・・
京都といえば・・・ねえ?w
当ブログ常連さんにとってはお馴染みでしょうが、私が気に入っているお店「京ダイニング八条」で牛カツ定食を頂きました。
乗り換え時間が1時間弱といったところだったので、店が混んでいたら諦めるしか無いかとも思っていたんですが、何とかなりました。
今日の昼食は牛丼屋でしたし、夕飯はちゃんとご当地のものを食べられてよかったです。
ここからは「WEST EXPRESS銀河」ですが、区切りがいいのでここで3日目を終了とし、4日目の記事は「WEST EXPRESS銀河」乗車からスタートということにしたいと思います。
なお、内容がほとんど「WEST EXPRESS銀河」だけになりそうなので、タイトルは遠征シリーズとは別のものにするかもしれません。
つづく