1泊2日で実施した活動の2日目です。
なお、1日目でも書いていますが、活動自体はタイトルに”新春”とある通り2020年1月の活動です。
続き物のレポートとなりますので、なるべく1日目をご覧になってからこの記事を読むことをおすすめします。
本日の行程
2日目となる今日は、東北本線黒磯~新白河間を走るキハ110系がメインであり、昨晩宿泊した小田原からスタートして「湘南ライナー」で東京へ向かい、あとは宇都宮線で宇都宮まで北上します。
宇都宮で早めの昼食をとったらそのまま黒磯まで行って黒磯駅でキハ110系を撮影したあと、2駅だけキハ110系に乗って黒田原駅まで行ったらそこでもキハ110系を撮って終わりです。
1日目に比べると活動を詰め込んではいないので記事のボリュームもそれほどにはならないと思います。
朝の小田原駅でしばし撮影
まずは「湘南ライナー」から活動が始まりますが、ライナー券入手も兼ねて早めに駅に行ったので私が乗るライナーまでの暇つぶしで色々撮りました。それをご紹介していきます。
まだ閑散としているコンコースから旅が始まります。
ライナー券入手という目的もあって早めに駅に来ましたが、どのみち宿泊したのがネットカフェだったのであまり遅くまで滞在できないというのもありました。
よく見るとこの部分、横断幕じゃなくて彫刻された壁画だったんですね。
ホームを歩いていて見かけた乗車位置案内です。
踊り子自体は今後も走り続けるでしょうけど、185系で見られるのはあと僅かですからね。
あと、在来線特急で15両編成というのも今ではなかなか見られないと思います。
前に乗った「おはようライナー新宿」の乗車位置案内ですが・・・
え?E251系だって!?
確かに現在のJR東日本の形式名には必ず頭に”E”が付きますが、251系の頃はまだこのルールが確立していなかったので”E”はつかないんですよね。
まあ、文字サイズからして一般向けに書かれたものではなさそうですし、作業した人がそれほど鉄道には詳しくなかったのかもしれませんね。
185系の「湘南ライナー」です。
ただし、乗るのはこれじゃありません。理由としては以前に東京から小田原までの下り方向とは言え、185系の「湘南ライナー」に乗ったことがあった上、小田原から乗ると強制的に10号車が指定されるのですが、10号車はT車になってしまうという事情から185系は選びませんでした。
このかもめが描かれたヘッドマークはいいですねぇ。
これも185系が運用から離脱してしまうと見納めでしょうか・・・
↑発車シーンです。
今度は「おはようライナー新宿」です。
しかし、「湘南ライナー」はちゃんとイラスト付きなのにこっちは文字だけの殺風景なヘッドマークですねw
しかも”新宿”という文字は省略されているというw
↑185系という意味ではかぶりますが、発車シーンです。
朝の「湘南ライナー」って基本的には東京行きですが、品川行きもあるんですね。
それにしても、185系が今や希少車種ということを忘れそうになるくらい頻繁に185系が来るんですねw
↑ここでEF210形の貨物列車が通過していきました。
あとは普通列車なんかも撮りましょう。
E233系です。
E231系も撮ったらそろそろお時間です。
215系「湘南ライナー」で東京へ
それでは続いては本日の目玉の1つ、215系の「湘南ライナー」です。
215系には以前に「ビューやまなし」として乗ったことがありますが、オール2階建ての特性を活かせる運用である「湘南ライナー」として乗ってみたかったわけです。
せっかくなので発車標を・・・と思ったのですが、私が乗ったのは6時58分発であり、この発車標のやつとは別なのでご注意を
幕はまだ回送ですが、ワイパーがかぶっている構造はどうなんでしょうか?w
↑側面の幕回転シーンです。
もう先頭へ行って撮り直す時間がないので側面の幕だけ撮って乗車です。
それではここで「湘南ライナー」について解説・・・と行きたいですが、昨日の記事でもあらかた説明してしまったので代わりに215系について聞ける車両辞典と重複しない程度に解説していきましょう。
元々215系はこの「湘南ライナー」(と姉妹列車の「おはようライナー新宿/ホームライナー小田原」)に投入することを目的に導入された車種であり、先頭車以外はすべて2階建てという日本では珍しい車両となっており、座席定員の多さが特徴ともなっています。その収容力は1両あたり120名、10両編成では1010名を着席させて収容することが出来ます。
このようにライナーに特化したような車両ともいえますが、かつてはライナー以外の一般の普通・快速列車でも運用されており、特に快速「アクティ」の運用ではこの車両目当ての利用者が現れるなど好評でしたが、頻繁に乗客が入れ替わる条件での運行では乗降に時間がかかってしまい遅延の原因となっていたこともあって次第にライナー以外の運用は減っていき、現在215系に乗れるのは「湘南ライナー」や「おはようライナー新宿/ホームライナー小田原」の運用が唯一となっており、それ以外では観光シーズンに走る「ビューやまなし」やまれに臨時列車で使用される程度となっており、比較的乗車難度の高い車種となっています。
2階建て主体の編成というのも日本では珍しいですし、足回りが211系をベースにしているというのも音鉄的には211系に乗っている気分になれて面白いのですが、小田原からライナーとして乗る場合は必ず10号車が割り当てられてしまうという条件も215系ならば先頭車はM車なので問題にならないこともあってのチョイスでした。
あと、今回乗車する便についてですが、藤沢から先は旅客線とは別ルートの貨物線を通るわけですが、更に面白いのが品川で東海道線(上野東京ラインが走る線路)に転線せずにそのまま横須賀線を走り続けて、東京駅では総武地下ホームに到着するというのもネタです。
朝のラッシュ時の東海道線は最短で5分程度の間隔で普通列車が走るため、極力これの邪魔をしないように完全に別の線路を走らせているようですね。
そんなわけで乗車ですが、早めに並んだおかげで窓際の席を確保できたものの座った途端にネカフェ泊ゆえの寝不足から睡魔が襲ってきてうとうとし始めてしまいましたw
流石に東京駅までずっと寝ていたわけではないですが、起きたり寝落ちしたりを繰り返していた感じで乗車時間を過ごしました。
せっかくの乗り鉄なのにもったいないかなとも思いましたが、今回は昨晩の251系がメインであり、この215系はどうせ小田原から東京まで戻らなければならないなら普段乗る機会のないライナーにしようと思った程度なのでまあいいですw
それだけライナーが快適だったってことでw
レアな貨物線区間もトンネルが長くてウトウトしていてもう武蔵小杉でしたw
乗り鉄じゃなかったら東京駅まで爆睡でもいいくらいだったので、通勤で使うならば移動中は睡眠時間に当てて仕事に備えるなんてスタイルもいいななんて思いました。
まあ、毎日ライナーに乗れるのはかなり経済的に余裕のある人に限られるでしょうけどw
「湘南ライナー」の場合は毎日利用する常連さんが多いみたいで「ライナーセット券」なるものも発売されているくらいですが、いつかはライナー通勤ができる身分になってみたいものですね。
あとは品鶴線を進んで品川駅に滑り込みます。
品川はビジネス街としても知られており大勢のサラリーマンたちがホームへ吐き出されていきました。みなさんこれからお仕事なんでしょうけど、そんな中で趣味の乗り鉄をさせてもらっているのはちょっとだけ後ろめたく感じつつも、ライナーは地下トンネルへと入っていきました。
続いては新橋に停車します。面白いのが、上りは1本だけある品川~東京間も地上の線路を通るライナーは新橋を通過するのですが、横須賀線の地下トンネルを通るライナーは新橋に留まるんですよね。
地上の旅客線にも新橋駅のホームはあるので停まろうと思えば停まれるはずですが、新橋で停車することで後続列車を詰まらせないためとかでしょうかね。
ちょくちょく寝ていたせいもあって余計にあっという間感がありましたが、東京駅に到着です。
ホームで見かけたこれですが、かつて存在した「ホームライナー逗子」の名残ですかね。
横須賀線では唯一通過駅がある定期列車でしたが、乗れないうちに廃止になってしまいました。
あとは総武地下ホームに停まっているのは珍しい215系の回送を見送ろうかなとも思いましたが、満員状態のE217系が次々に滑り込んできてはホームがサラリーマンの洪水状態になるのでさっさと撤収です。
実はこのあとの乗り換えが地味にタイトで、あまりのんびりしていると間に合わない可能性があったのでした。
ただでさえ長い階段がありますし、ラッシュの混雑で移動ペースも落ちざるを得ませんしね。
地上に出まして乗り換えを待つ間に山手線を撮りました。
少し前までE231系ばっかりだったのに、ついにE235系で統一されるようになりましたね。
いつも思いますが、JR東日本はお金持ちだけあって一度置き換えが始まるとものすごいペースで置き換えていくので、追いかけるのが大変ですw
続いては京浜東北線ですが、ラッシュ時しか見かけない桜木町行きなのも注目ですね。
今度は鶴見行きでした。
日中なら磯子行きと大船行きが交互に来るだけなので、ラッシュ時はバリエーション豊富で楽しいです。
まあ、いくら乗り鉄でも満員電車には好き好んで乗りたいとは思いませんけどねw
といったところで「湘南ライナー」編は以上となり、続いては一気に栃木県まで飛びます。
上野東京ラインからそのまま宇都宮線の普通列車を使います。
それにしても、今は上野東京ラインがあるから東京駅でそのまま乗れますが、以前は山手線か京浜東北線で上野駅へ出てからの乗り換えでしたから便利になりましたよね。
宇都宮にて寄り道
続いては黒磯~新白河間で運行されるキハ110系普通列車を撮影するべく黒磯を経て黒田原まで北上しますが、黒磯まで行く前に宇都宮で寄り道しますw
というわけでやってきました!栃木県の県庁所在地宇都宮!
目的地は黒磯ですが、その前にやりたいことがあるので途中下車です。
ふと駅前ロータリーを見下ろすと関東自動車(通称:関東バス)がやってきました。
正式名称が「関東バス」のバス会社が東京にもありますがそれとは全く無関係で名前がかぶっているだけですw
それにしても、今まで見かけない塗装ですが新塗装とかですかね。
駅前のモニュメントを撮ったらその目的の場所へ移動します。
当ブログ常連さんはもう察してるかな?w
宇都宮といえばもちろん餃子!w
朝は駅のNEWDAYSで買ったおにぎりをつまんだ程度で簡単に済ませていたのでちょっと欲張ってたくさん注文してしまいましたw
餃子は日本中どこでも食べられる料理の1つだと思いますが、宇都宮で食べるとまた違う気がします。
観光客向けなのか変わり種が多いのも魅力ですね。
写真も見た目では分からないと思いますが、3種盛りとなっており各種5個ずつとなっています。(何の3種だったかは忘れてしまいましたw)
腹ごしらえも済んだらコンコースへ戻ります。
するとこんなものを発見!
どうやら日光線の観光列車「いろは」をPRするモニュメントであり、顔出しパネルも兼ねているようです。
内部はこんな感じで座席まで再現されていました。
日光線自体は何度も乗っていますが、「いろは」にはまだ乗れていないのでいつか乗ってみたいですね。
それではホームへ降ります。
↑次に乗車する205系黒磯行きが入線です。
いまだにちょっと違和感がある205系の湘南色で黒磯を目指します。
ここは普通に乗ったこともある区間ですし、特筆すべきこともないので、記事は黒磯へと飛びます。
黒磯駅でキハ110形を撮る
それでは、本日の2つ目の目玉となるキハ110系普通列車を黒磯駅にて撮影です。
まずは駅撮りで、なるべく以前に乗車したときは撮っていないアングルの写真を集め、なおかつ、入線と発車は動画で収めるということを目標に活動し、余った時間で黒磯駅そのものもレポートしていきます。
黒磯駅って何度か来てはいるんですが今までは全部僅かな乗り換え時間だったため駅前にすら出たことがないんですよねw
それでは記事本編へ!・・・の前にキハ110系の普通列車について説明しておきましょう。
まず始めに、黒磯駅が位置する場所についてですが、東北本線においては重要な境界となっています。何の境界かというとそれは交流電化と直流電化の境界です。
電気には交流と直流があるのですが、あまり突っ込むと難しい話になるのでとりあえず交流と直流という電気の種類があるという程度の認識で結構かと思います。
で、黒磯駅から北側は交流、南側は直流となっており、交流区間では交流電車、直流区間では直流電車しか走れないので黒磯から東京方面に向かう列車と福島方面に向かう列車では使用車種が分かれており、必ず乗り換えが必要でした。
2018年の1月3日までは黒磯駅構内で交流と直流を切り替えられるようになっており、直流専用の電車も交流専用の電車も黒磯駅に入ってくることができていて、黒磯~福島などの直通運転もされていたのですが、駅で電気を切り替える方式は運用上の手間も多く、同日付より黒磯駅と隣りにある高久駅との間に交流と直流の境界(=デッドセクション)を設けることとして、黒磯駅自体は全面的に直流電化となりました。
このため、交流専用の電車は黒磯駅に入ってくることができなくなってしまい、これに先立つ2017年10月より従来は福島方面へ直通していた普通列車を新白河駅で分断することとして、新白河~黒磯間は交流も直流もどっちでも走ることができる交直流電車を使用することになりました。
ところが、JR東日本ではローカル線向けの短編成で走れる交直流電車を持っておらず、やむなく常磐線や水戸線などで活躍するE531系を持ってきたわけですが、これが最短でも5両編成となってしまい、いくら幹線の東北本線といえども県境をまたぐ閑散区間に5両編成は輸送力過剰であるとの判断から、E531系の運用は朝夕の利用の多い時間帯のみとして、日中は記事でも何度も言及しているキハ110系を使うこととして輸送力を調整することにしたのでした。
架線の電気を使わないで走る気動車ならば交流も直流も関係ないわけですが、せっかくの電化区間にわざわざ気動車を使うというのは一見すると不経済であるようにも思えますよね。(マニア的にはいわゆる”架線下DC”はネタとして美味しいですけどw)
そんなわけで2017年10月から2年余り、黒磯~新白河間では朝夕はE531系、日中はキハ110系という運行形態でしたが、2020年3月のダイヤ改正において、キハ110系は撤退することになって日中もE531系に統一されることになったのでした。
正式な理由は公表されていませんが、E531系も日中は白河駅などの留置線で遊んでいる状態だと思われ、気動車をこの区間のために用意して、運転士も電車とは免許が異なることから別に用意する必要があったり給油施設などの関係を考えると、輸送力過剰でも日中もE531系に統一したほうが経済的だという結論になったのかもしれませんね。
似たようなケースに羽越本線の村上~酒田間がありますが、こちらは磐越西線などと運用を共通化していますし、ラッシュ時間帯も含めて終日気動車を使用するのでそこまで無駄というわけではないのでしょう。
というわけで、今回は黒磯~新白河間での運用は終了するキハ110系を駅撮りだけでなく沿線撮りもしつつ取材していきます。
はっきり言ってこの日の行程はこれがメインだと言ってもいいですね。
長い前置きはこれくらいでレポートの続きと行きましょう。
いきなりですが、キハ110系がいました!
これは乗らずに見送ることにします。
駅名標とも絡めてみます。
ここで撮れるのはもうすぐ見納めですしね。
↑キハ110系発車です。
↑続いて宇都宮からの205系普通列車が入線です。
205系もちゃんとこういうアングルで撮ったことってあまりなかった気がします。
普段は”乗る”のがメインで撮影はついでみたいなところがありますが、今回は”撮る”がメインですからね。色々なアングルを試せます。
↑今度は205系の発車です。
このあとは新白河からやってくるキハ110系の入線を撮りますが、まだしばらくあるのでその間に駅取材を進めます。
というわけで駅取材スタート!
まずはホームですが、3面5線となかなかの規模になっています。
前述の通り運行系統の境界ともなっており、当駅以南は「宇都宮線」の愛称がつけられ、基本は当駅からは宇都宮までの運転ですが、一部上野東京ラインとして東京都心を経て東海道線まで乗り入れる列車も当駅までやってきます。
一方で当駅以北は「宇都宮線」とは呼ばれず、案内上も「東北本線」であり、まさしく境界です。
以前は「あいづ」「八甲田」などの優等列車が当駅に停車していたものの軒並み廃止になり、最後に残った「とちぎ」がなくなると当駅に乗り入れる定期特急列車は消滅しました。そのため現在では定期列車では普通列車しかやってこない駅になってしまっています。
これは東京都心との速達輸送は東北新幹線の那須塩原駅が担っているからでしょうね。
また、かつては「北斗星」「カシオペア」などの夜行列車が当駅を跨いで運行されていましたが、それもなくなり、全ての旅客列車が当駅で分断されることとなりました。
このタイプの駅名標って今では懐かしささえ覚えるのは私だけでしょうか?
別のホームですが、今風の薄型の駅名標もありました。
3世代の駅名標が同居しているなんて面白いですね。
構内を横切るように別の跨線橋がありました。
側線もたくさんあるだけにかなりの長さですね。
遠目で見ると、よくお店とかで商品の一時的な保管や移動に使われるような折りたたみコンテナが積み上げられているようにも見えましたが、実はこれサボなんですね。
当然ながらほとんどが宇都宮線に関するものですが、「宇都宮-池袋」という表示は今やレアですね。
というのも、湘南新宿ラインが出来る以前は、ラッシュ時限定で上野ではなく池袋へ向かう列車が設定されており、大宮~上野間の線路容量を超える列車を走らせるために並行する貨物線を活用して池袋へと向かわせていたわけです。
これが発展したのが現在の湘南新宿ラインであると言えます。
あと、上野ではなくて大宮が終点になっているサボもいくつか見受けられますが、これも現在では上りの最終として運転されている1本を除けば大宮行きというのは存在しません。しかし、国鉄時代、まだ東北・上越新幹線が開業していない頃は上野~大宮間は東北地方や北陸地方などへ向かう長距離列車のメッカとなっており、特に臨時の長距離列車が設定される繁忙期になると、上野~大宮間は普通列車を運休にして特急を走らせるなんてことをやっていたようで、そのような場合に通常は上野行きの列車を大宮行きにしたりしていたようです。
宇都宮・高崎線沿線から浦和や赤羽、上野などに行きたい人にとってはいい迷惑でしょうけど、大宮まで出られれば京浜東北線があったわけで、一応代替手段はあるってことなんでしょうね。
このような近距離利用者にとっても特急が新幹線に移行したことでこういう運用がなくなったことは恩恵があったと言えるでしょう。
それからこちら
「巻狩の里 くろいそ」とありますが、そもそも巻狩というのは中世に行われていた狩猟の一種で、野生動物の生息地を大勢の馬に乗った人で囲い込むようにして行われていたそうです。これは実用的な狩猟というよりは遊興だったり神事の一環だったりしたようですが、鎌倉幕府を開いたことで知られる源頼朝が那須野が原を中心にこの巻狩を大規模に催したことがきっかけで「那須野巻狩」と呼ばれるようになり、これを記念した「那須野巻狩まつり」というのが毎年10月に開催されているんだとか。
私にとっては黒磯と言えば交直切換の駅というイメージでしかありませんでしたが、街に目をやれば色々発見があるものですね。
それでは改札を出ます。
東京都心からの直通列車がやって来ることもあって通常の改札機が装備されていますし、もちろんSuicaも使えます。
駅舎側から改札を撮りました。
このときはそれほど利用者はいませんでしたが、朝夕とかは混み合うんですかね。
あと、那須塩原駅から在来線に乗り換えて当駅にやってくる利用者もいるでしょうし、旧黒磯市を目指すなら当駅は今でも玄関口と言えるでしょう。
自動改札の脇に窓口があるスタイルは昔ながらの駅っぽいですね。
設備こそ現代風ですが、基本的な構造は昔からそのままなのかもしれませんね。
天井は高く開放的です。
デザインも派手ではないですが、没個性的でもいないという落ち着いた感じですね(デザインには造詣が深くないので気の利いたコメントは期待しないでくださいw)
メッセージボードのようなものかと思ったら近所の飲食店を紹介していました。
宇都宮で餃子を食べたばかりなのでここでは食事はしませんが、こうやって見せられると食べたくなってきちゃうw
この取材はタイトルにある通り「新春」だったので「謹賀新年」と出ていました。
ミニ門松の後ろに水槽がありますが、魚がいるようですね。
水が濁っていてよく見えませんがw
あと、右にあるSLのオブジェも気になりますが、前照灯デカすぎません?w
おお、ジオラマのようです。
しかもペーパークラフトらしく、全て紙製です。
恐らくこれが黒磯駅の駅舎なのでしょう。
これから実物を見に行きますが、どれだけ似ているか比べてみましょうw
構内には車両たちが並んでいました。
E231系やE531系など今でも定期的に顔を出す車両から、クルーズトレイン「四季島」や「カシオペア」もいますね。
貨物列車もいますが、コキをあえて満載にしないで積まれていない箇所があるのがリアルですw
コンコースの向こうには観光案内所がありますが、観光をしに来たわけでもないのでスルーw
なんと表現していいのか分かりませんが、独特な形のこれは案内看板でした。
これ単体で芸術作品と言えそうな見た目ですね。
駅長室!
国鉄チックな看板がいいですねぇ。
なお、駅長室の向こうにはトイレがあるようです。
それでは、いよいよお待ちかねの駅舎ターイム!
例のペーパークラフトも細かい部分を省略していたりはしますが、紙で作っているにしてはしっかり再現している方ではないでしょうか。
ただ、真上を通る東北新幹線はスルーされていますがw
それにしても本当に東北新幹線は駅舎の真上を通過しているんですね。
こんなに露骨に真上を通過するならば、いっそ東北新幹線の駅は那須塩原じゃなくて黒磯に作ればよかったのにと思ってしまいます。
その方が黒田原や高久などの地区から新幹線に乗るのは乗り換え1回で済んで便利ですしね。
ここではなくて那須塩原に新幹線が停まるようになった経緯は知りませんが、きっと自治体間で激しい誘致合戦があったんでしょうね。
そこへやってきたのは東野交通です。
社名は下野国の東部という意味から来ているようですが、実際には栃木県の東部だけでなく北部である黒磯にもやってきます。
かつては東野鉄道という社名で西那須野駅から分岐する形で那須小川という所まで列車を走らせていましたが、1968年までに全線廃止されており、現在はバス会社となっています。
更に2018年には同じく栃木県内のバス会社の関東自動車と合併する形で会社としての東野交通は消滅しているようですが、バスの車体には東野の名前が残っているようですね。
ホームへ入ると同じ形のドアがありました。
つまりは、あのドアはホームと通じていることになりますが、その正体は・・・皇室専用出入口!
時々ニュースでも出てくる名前なので聞いたことぐらいはある人が多いでしょうが、ここから隣接する那須町には「那須御用邸」というのがあり、ここを皇族方が訪れる際に当駅までお召列車が仕立てられていたそうです。
その時に使用するのが例の重厚な扉ということになりますが、東北新幹線開業後は那須塩原駅で降りて車へ乗り換えるルートを取るようになっているようで、当駅を利用することはなくなっているようです。
それでは駅取材はこれくらいにして、キハ110系がやってくるのを待ち構えましょう。
↑キハ110系入線シーン
これで発車と入線が揃いました。
写真も撮ったら今度は乗車するので向こうのホームへ行こうと思ったら・・・
↑なんか来た!
その正体はE531系でした。
それにしても、この時間帯は運用がないはずだし、そもそも方向幕に何も出てないし・・・
列車番号は8125Mのようです。
調べるとこれは回送列車のスジのようですね。
業務関係の荷物なのか客室になにか置いてありました。
※個人名らしき文字が書かれていたので張り紙部分にぼかし処理をしています。
それでは4・5番線へ移動しますが、案内が小さくありません?w
4・5番線にも名所案内がありました。
どっちも温泉ですが、自動車で40分とか50分って遠すぎません?w
ちなみに、バスも出ているようです。
キハ110系単体でも撮ったら乗り込みます。
旅行当時は18きっぷシーズンなだけに、長距離移動の最中であろう大荷物の方も混じる車内ですが、なんとか座れました。
まあ、どうせ私は2駅先の黒田原で降りるので立ちでも構わないんですが、座れるものなら座りたいw
キハ110系では貴重になるであろう車内の案内も撮ったらレポートは黒田原駅に進みます。
黒田原駅にて
それでは続いては黒田原駅にてキハ110系を撮りつつ駅取材を敢行します。
↑まずは乗ってきたキハ110系を見送りします。
あとは折返しを待つ間に駅取材です。
一見すると国鉄型配線に見えますが、中線が撤去されているようで、現在は変則2面2線といったところでしょうか。
かつては数多くの優等列車がひしめいた東北本線だけに、ここで後続の急行や特急を鈍行が待つシーンもあったんでしょうね。
先程の写真にも見切れていましたが、駅名標と名所案内
どちらも国鉄タイプが残っているんですね。
乗り場案内
以前は福島あたりまで直通する列車も当駅にやってきていましたが、黒磯駅構内の直流化以後は新白河で分断されるようになってしまったので、これらの駅へは乗り換えないと行くことが出来ません。
駅舎側へ抜けてきました。
それにしても、時間帯のせいもあるんでしょうが人がおらず殺風景です。
昔は急行も停まった駅だったようですが、今は急行自体が走らなくなり、普通列車しか来ないローカル駅となっていますからね。
改札を出ました。自動改札はなく出札窓口と改札が隣接する昔ながらのスタイルが残ります。
ただし、出札業務は既に行われていないようであり、窓口は閉鎖されていました。
券売機で対応できないきっぷを希望する人は車内か到着駅で精算ということになるんでしょうね。
時刻表をアップにしてみました。
概ね1時間に1本程度となっており、東北本線として考えると少ない気もするし、県境区間だと思えばこんなもんかなとも思えます。
ちなみに、当駅はまだ栃木県であり、2駅新白河方にある白坂駅から福島県となります。
よって、今回の遠征はギリギリ関東地方で完結しており、東北地方の土は踏まずに終わります。
当駅は業務委託駅であり駅員不在の時間帯に備えて乗車駅証明書発行機が置かれていました。
自動券売機はありますが1台だけ・・・
隣にも券売機が置いてあったであろうスペースがあるので、昔は2台体制だったんでしょうね。
ベンチは意外とたくさん並んでいますね。
当駅付近にも高校があるようなので下校時間帯ともなれば高校生でごった返すのでしょうか。
彫刻のオブジェがありました。
しかし、地元の方は黒田原のことを「だっぱら」と呼ぶのでしょうか?
駅前に出て駅舎です。
年季の入った古そうな駅舎ですね。かつて東北本線が特急街道だった時代も見てきた駅舎なのかもしれません。
駅名の看板はどこか国鉄っぽいですが、もしかして、JRマークを追加した以外は国鉄時代のままとか?w
駅前広場です。ロータリーも特に整備されておらず、雑然とした感じ・・・
駅舎側から見るとこんな感じ
広場というよりも駅付近だけ道幅を広げて路上駐車してもいいようにしたって感じでしょうか。
駅前は商店街のようになっていて、お店がいくつかありましたが、シャッターが閉じているお店の方が多くて地方の現状を象徴するような風景でした。
この中にコンビニの1軒でもあれば少しは活気が感じられますが、実際にはコンビニは駅から外れた国道沿いにしかないようです。
地方あるあるのパターンですね。
バス停発見!
こちらは那須町民バスというコミュニティバスのようです。
本数は1日あたり3本ずつしかないようです。
生活の足として利用できる最低限度の本数といったところでしょうか。
それからこんなのもありました。
「那須町デマンド型のりあい交通」とありますが、いわゆるデマンドタクシーのことのようです。
デマンドタクシーとは、利用者が事前に利用申込みをすることで、利用者が希望する乗車地から目的地まで運行するという仕組みで、普通のタクシーと違って決められた停留所でしか乗り降りできず、利用できる時間も大まかな時刻表によって制限されるものの、運賃は路線バス並の安価という特徴があります。
路線バスとの比較では、路線バスは乗客の有無に関わらず時刻表のとおりに決められた経路で全ての停留所を経由して終点まで運行されるため、利用者がごく少ない地域では大半の運行で利用者無しで空気輸送状態で走ることになってしまい効率が悪いこともあって維持が難しい所、デマンドタクシーならば利用者がいるときだけ、必要な区間のみ運行するため効率がいいということで、近年公共交通機関としての路線バスの維持が困難な地方で広まりつつあるものです。
利用者からすれば事前に予約が必要な点がデメリットと言えますが、地方の生活の足を守る最後の砦といえますね。
那須町の場合は、従来はコミュニティバスとして5路線が走っていましたが、そのうちの3路線をこのデマンド型のりあい交通に置き換える形で廃止しており、現在はコミュニティバスは2路線のみになっているようです。
なお、那須町のデマンドタクシーは利用には事前登録が必要なようであり、住民以外の登録ができないとの明言はされていないものの、部外者が気軽に利用できるものではないのは確かですね。
私自身もバスは趣味の対象ですが、「時刻表に沿って運行され」「誰でも利用可能」であることが趣味の対象とする条件みたいになっているので、この手のデマンド型交通は基本的に趣味の対象外です。
何やら金ピカの馬の像がありました。
黒磯でみた”巻狩”関係ですかね?
というわけで碑文をチェック!
「那須駒」とありますが、かつてこの地域は馬の産地として栄えたらしく、駅の近くに馬市場もあったんだとか。
詳しくは碑文を参照w
といったところで一旦駅を離れます。
このあとはキハ110系を沿線でも撮るという目的のため少し歩きます。
沿線でキハ110系を撮る
駅取材編はここで切り上げて沿線撮影へと移ります。
事前にネットで軽く下調べして撮れそうな場所の目星をつけてから訪問したのですが、いくらグーグルストリートビューなどの便利なツールがあるとはいえ、ネットで見たときのイメージと現地でのイメージが違うというのはよくあることなので、実際には現地で撮影場所を決めたようなものですw
というわけでやってきたのはこちらの橋です。
橋は撮影場所の定番といってもいいですが、正直架線柱が邪魔w
でも、今回は「架線下の気動車」を撮りたいわけなので、架線柱があったほうがそれらしいと思ってチョイスです。
それにしてもこの橋脚・・・奥と手前で全然時代が違いますね。
恐らくは奥側のレンガ造りっぽいのが開業当時からのもので、後に複線化された時に手前のコンクリートの橋脚が作られたんでしょうね。
ここまではっきりと年代の違いがわかるのは面白いです。
橋台部分も左右で全然違いますが、今度は手前側もちょっと古そうな見た目・・・
この謎を追いかけてみたくもありますが、そろそろ時間です。
この川は余笹川というらしいですが、ちょうど絡められる位置にあったのでw
アングルも決めたらあとは列車を待つのみです。
少し離れて踏切があるのでその音で列車の接近がわかるものの、ここでは橋を見上げる形なので目視では接近が分かりづらいのが難点です。
↑いよいよキハ110系通過です。
それでは今度は下り列車(新白河行き)を待ち構えますが、この場所で撮っても列車が橋桁に隠れてしまうので移動します。
続いては道路を進んで線路が地平を走る場所までやってきました。
ここは見晴らしもいいですが、近くに踏切もあるので列車の接近が分かりやすいです。
↑まだ列車の時間には早いのに踏切が鳴り出したのでカメラを構えたらやってきたのは貨物列車でした。
特急街道を既に返上した東北本線も、貨物街道としてはまだまだ現役でしたね。
↑続いてお目当てのキハ110系です。
警笛も鳴らしてくれて大満足!
それでは駅に戻ります。あとは帰るだけですが、最後に黒田原駅の入線ももちろん動画に収めます。
↑入線を撮ったらすぐに乗り込みます。
たった2駅ですが、この区間で気動車に乗れるのはもう最後だということで味わって乗車して黒磯まで行きました。
最後の名残に新白河行きの幕を撮りました。
これにて本日の活動は終了!
205系に乗り継いで宇都宮へ出たら乗りなれたE231系で帰路に就きます。
この先は特筆すべきこともないので記事はここまでとします。
最後までお付き合いありがとうございました。
次回ですが、まだ執筆が遅れているネタがありまして、東京都内の単発ネタですがそのレポートでお会いしましょう。