関西の国鉄型を訪ねる旅(3日目・最終日)

2泊3日にて実施した関西遠征の3日目(最終日)です。
なお、1日目2日目をご覧になっていない方はそちらからご覧になることをおすすめします。

本日の行程

最終日となる今日ですが、昨晩宿を取った姫路からスタートして、一旦JR神戸線で加古川へ進み、加古川線を谷川まで1往復、姫路へ引き返したら播但線を寺前まで1往復し、103系運用を網羅します。
これにて関西地区の国鉄型に乗るという今回の目標はおおむね達成なのですが、まだ時間が残っていることから更に西進して、山陽新幹線でワープして岡山へ抜けたら宇野線を1往復してその後、115系充当の琴平行きで琴平まで1往復して、岡山からは新幹線で帰京します。

早朝の姫路から最終日が始まる

昨晩てっぺん間際にホテルに入って就寝は1時近かった気がしますが、それにもかかわらず出発は朝の6時前の始発電車という鬼畜行程ですw


睡眠時間を考えれば当然ですが、まだ寝ぼけ眼で駅前に立ちました。


構内に入ると221系がいて、何気なく撮ったのですが、行先が寺前のことから分かるようにこれは播但線の列車であり、播但線に221系が走るのは早朝の1本だけとのことで、何気にレア運用だったようです。

なお、まずは加古川線に乗るので播但線は後回しです。
JR神戸線で移動ですが、この日は土休日ダイヤであり、早朝は新快速の運転がないので各駅に停車する快速でのんびり行きます。

まずは加古川線

本日最初の目当ては加古川線です。
加古川線では今でも103系が運用されており、それが目当てですが、せっかくなので終点の谷川まで乗って完乗を果たします。


いました!103系!
少し前まで関西では普通に見られる車種だったのが、今ではだいぶ希少な車種になってきましたね。


方向幕は今風のデザインなのが、103系という古い車両とのギャップを感じさせますw


お隣りにいたのは125系です。
125系も103系とともに加古川線で活躍する車両ですが普段は西脇市~谷川間のみの運用であり、加古川駅に顔をだすのはレアのようです。
まあ、今回は103系に乗りに来たわけなのでこれには乗りませんがw


並べてみたら乗車します。

まずは西脇市へ乗車します。
ここで加古川線について解説を入れると、山陽本線の加古川駅と福知山線の谷川駅を結ぶ全長48.5kmの路線であり、歴史をたどれば加古川の舟運を代替する目的で播丹鉄道という私鉄の手で開業したのが起源であり、かつてはいくつかの支線を抱えていましたが、いずれも国鉄時代に廃止されてしまい、残ったのは本線である加古川~谷川間のみとなりました。
元々舟運の代替を目的としていたこともあり、駅が集落から離れて設置されている場所も多く、旅客輸送では利用が伸び悩み、沿線の地域から神戸や大阪へは高速バスに利用者が流れるなど、ローカル線の地位に甘んじる路線で、長らく非電化でしたが、転機となったのは1995年に発生した阪神淡路大震災であり、この時に神戸市付近のJR神戸線は大きな被害を受けて寸断され、この迂回ルートとして加古川線が活躍することとなったのです。しかしながら、非電化ゆえに迂回路としての機能が制約されたこともあり、2004年に全線電化されて現在に至ります。
運行形態としては、加古川~西脇市と西脇市~谷川で分断されており、わずかにある直通列車を除いては全線乗り通すには西脇市駅での乗り換えが必要です。この他、加古川~厄神間の区間列車があり、比較的需要の多い加古川~西脇市間は103系、需要の少ない西脇市~谷川間は125系が主に使われており、運行本数も西脇市までは日中1時間あたり1本程度に厄神までの区間列車が混じり厄神までは30分ヘッドの運転となっていますが、西脇市から先は2~3時間運転がない時間帯もある閑散区間となります。

説明もこのくらいで旅のレポートに戻ります。
早朝ということでやはり車内はガラガラであり、また外は真っ暗なので大人しく過ごします。
・・・と思っていたらちょっと変わった光景が見えてきました。


↑その光景

雷のように閃光が車窓を照らしていますが、正体はパンタグラフから発生したスパークです。
私が乗ったのは加古川線の始発列車でしたが、夜の間に架線に付着した霜が原因でパンタグラフと架線との接触が不安定になりスパークが生じるのです。
こういう現象が起きるということは聞いたことがありましたが、実際に体験することになるとは・・・


車窓も薄っすら明るくなってきましたが、なんと地面が白い!
薄っすらですが雪が積もっているようです。


↑それにしても、明るくなってもスパークの閃光が見えるんですねw


そして、終点の西脇市に到着です。


ここからは谷川行きに乗り換えとなります。


103系とはここで一旦お別れです。


そういえば、明るくなって気づきましたが、排障器に車番が書かれているんですね。


ここからは125系にバトンタッチです。
この先の区間は原則として125系が運用され、103系も代走などで走ることもあるようですが、それがいつ、どの列車なのかを知ることは難しかったので、それは断念です。

また、ここで加古川に引き返す案もありましたが、せっかくほぼ半分の区間を乗りつぶして、もう半分を残して帰るのももったいない気がしましたし、この区間で運用される125系もこの加古川線と小浜線・舞鶴線とわずか3路線でしか走っていないレア車種であり、私も1度も乗ったことがなかったのでこの機会に乗ってみたかったというのもありました。

125系は223系をベースにした車両で、VVVFインバータ制御の今どきの電車ですが、特徴的なのは1両単位で単行運転が出来る電車だということです。
電車というものは黎明期には1両単位で走れるのが当たり前という時代もありましたが、今や路面電車を除いては最低でも2両単位でないと運転できないものが多く、そんな中で125系は異質の存在です。JR発足後に登場したJRグループの車両としては、この125系の他にはJR四国の7000系ぐらいしか例がありません。
理由は色々あるでしょうが、電車の場合複数の車両に機器を分散して搭載することで編成全体として軽量化を図れるメリットがあるのが、単行ではそのメリットを生かせないとか、そもそも単行で運転する程度の需要しかない区間なら非電化であることが多く、単行電車というのは使い勝手が悪いのかも知れません。

125系の場合は、電化に際して自治体からの補助が出たこともあって、完全に新製した電車を投入することになった経緯もあって、珍しい単行電車の導入になったのでしょう。

ところで、この125系って音鉄的にはちょっと厄介な特徴も備えており、それはいわゆる0.5Mとなっており、片側の台車のみがモーター付きで、もう片方は付随台車となっているのです。そのため、誤って付随台車のある方に乗ってしまうとモーター音がほとんど聞こえません。

それでは旅に戻りますが、閑散区間だけあって車内はガラガラです。


その途中にある「日本へそ公園」という面白い名前の駅ですが、名前の通り「日本へそ公園」という公園の前にある駅であり、この公園は東経135度と北緯35度の交差地点にあり、所在する西脇市がこれを「日本のへそ」としてアピールすべく整備したようです。


国鉄仕様の駅名標もありました。
いかにもJR発足後に開業したっぽい駅名ですが、実は国鉄末期に臨時駅として開設されたのが最初なので、国鉄時代に開業した駅だったりします。


それにしても、進むほどに雪深くなっていきます。


路線名にもなっている加古川と並走します。

そして終点の谷川駅に到着です。

谷川駅

加古川線の終点にして福知山線との接続地点となる谷川駅です。
10分ちょっとですが足早に駅を見ていきます。


すっかり雪景色の中佇む125系


福知山線との接続駅ですが、加古川線の乗り場は行き止まりになっています。
福知山線とは一応線路が繋がっているのですが、一旦側線に入って入換をしないと加古川線と福知山線とで列車の行き来ができないため、阪神淡路大震災時の迂回ルートとして利用された時期でも福知山線との直通列車は設定されなかったようです。


ホームは2面3線となっており、福知山線が2面2線を利用し、端っこの1線を加古川線が間借りするように利用しています。
このように乗り継ぎ駅ではありますが、ダイヤ上ではあまり乗り継ぎを考慮した設定はされていないようであり、大回り乗車のルートとして利用する場合は外にも出られないわけで退屈しそうですねw


それにしても、乗車位置案内が見えないほどの積雪なのには驚きました。
ここは兵庫県ですが、こんな景色が見られるんですね。


駅名標です。
ずっと「たにわ」だと思っていましたが、「たにわ」と濁らなんですね。


福知山線が使用する1番乗り場です。2番乗り場は跨線橋を渡った向かい側にあり、一方加古川線乗り場は4番線となっているので乗り場の並びが2番線・1番線・4番線となり、綺麗に並んでいないんですよね。


改札口です。自動改札はなく有人改札のみのローカル駅っぽい改札です。


素朴な駅だなと思っていたらこんな発車標がありました。


駅前の時計台ですが、「ようこそ」の文字が出迎えてくれました。
このあたりも観光地でもあるんですかね。
ところで”へ”が修正された痕跡がありますが、元々何が書いてあったんでしょうか?w


駅前広場です。バス停などもコンパクトに配置されていました。


駅前にあった妙に立派な建物はJAの施設のようです。


一方、駅舎はこちらです。
JAのほうが立派な気が・・・w


福知山線は特急も走る幹線であり、存廃問題とは無縁の路線だと思いますが、それでもこんな掲示物が出されるんですね。


複線化を求める看板も発見
福知山線は篠山口以南は複線であり、また本数も多く都市近郊の路線という性格が強いですが、谷川駅も含まれる篠山口以北は単線であり地方幹線という性格が強くなり、日中の普通列車は篠山口で系統分離されているなどしていますから、複線化と併せて増発や大阪方面直通の列車を増やしてほしいということなんでしょうね。


ほぼ同じ内容の看板がもう1枚ありましたw


さらにもう1枚w
相当複線化への要望は強いものがあるようですが、実際のところは利用者は年々減少傾向にあるようですし、果たして実現する日は来るでしょうか。


これは・・・恐竜でしょうか?


観光案内図がありました。


この位置からだと125系がいい感じで撮れました。


構内に戻ってきました。加古川線乗り場を案内する看板もありますが、4番線とは呼ばずに「加古川線乗り場」で通しているようですね。
やはり跨線橋を渡ったほうが2番線なのに、その逆方向に4番線があるというのは紛らわしいからあえて番号で呼ばない方針なんですかね。


ちょっと古そうな案内が残っていました。
ところで、「加古川・西脇方面」とありますが、「西脇」というのは西脇市を略しただけなのか、かつて存在した鍛冶屋線の西脇駅のことを指しているのか、どっちなんでしょうね。


加古川乗り場の駅名標は色が違いました。
ラインカラーごとに駅名標を変えるのはJR西日本の特徴ですよね。


縦型も


↑ここで225系による大阪方面の列車が入ってきました。
先程、加古川線と福知山線との接続は良くないということを書きましたが、今回は9分接続ですから悪くはないですね。


対向列車がやってきました。こちらは223系のようです。


↑発車シーンです。

それでは、続いて西脇市まで引き返します。

西脇市を経て加古川へ戻る

125系に揺られて西脇市駅に戻ってきました。
ここでは若干の乗り換え待ちがあるので構内だけですが軽く撮影しました。


2度目ですが駅名標です。
駅名の通り西脇市を代表する駅となっていますが、市街地により近いのはかつて当駅から分岐していた鍛冶屋線にあった西脇駅であり、鍛冶屋線廃止前は加古川線とも直通運転されるなど、そちらが西脇市の中心的な駅でした。
しかし、鍛冶屋線が廃止されると当駅が鉄道における西脇市の玄関口となり、それ以前の「野村」という駅名も市名である「西脇市」と改められました。


縦型


ホームは2面3線であり、島式の2・3番線は主に加古川方面の列車、単式の1番線は主に谷川方面の列車となっており、私が往路で体験したように総長や夜間などを除いては原則として乗り継ぎには跨線橋を渡る必要があります。


逆光になってしまいましたが、三角屋根の駅舎が見えていました。


125系とはここでお別れです。


跨線橋への階段を登ります。


跨線橋から構内を見渡します。
こうして見ると2・3番線の島式ホームの方が有効長が長くなっていますが、元々は2・3番線が加古川線用で、1番線が鍛冶屋線用だったんですかね。


↑と、ここで次に乗る加古川行きが入ってきました。
ホームへ移動している余裕がなかったのでこのまま跨線橋から撮影ですw


写真も撮りました。


ホームからももちろん撮影です。


加古川幕も忘れずに撮影


あと、気になったのがこれですね。
ICOCAは当駅までしか使えないという注意書きですが、運行系統の境界駅であることを実感する表示ですよね。

それでは、乗車です。
流石にぼちぼち人の流動が増え始める時間帯であり、車内は混み合ってきました。
意外にも若者の利用者も結構いたのには驚きましたが、姫路や神戸・大阪へ遊びに行く人たちなんですかね。
神戸や大阪だと高速バスが優位かも知れないですが、姫路だと鉄道で行くしかなさそうですしね。


加古川に到着!
余談ですが、もう”加古川”という単語で認識しているので連想しにくいですが、重巡洋艦「加古」の由来の地名ですから、提督たちの聖地の1つと言えそうです。


103系同士が並びました。


折返しは厄神行きになるようです。


↑ここでも発車シーンを撮ります。


朝は時間がなくてろくに撮りませんでしたが、ホームです。
JR神戸線が2面4線、加古川線が1面2線の3面6線となっており、新幹線こそ通りませんがターミナル駅としては十分な設備を持っています。


面白いのが加古川線とJR神戸線の間には中間改札があることですね。
加古川線は無人駅も多いので精算業務をここに集約しようってことなんですかね。


それでは続いてJR神戸線で姫路へ向かいます。
新快速のほうが早いですが、221系が来たのと、どのみち新快速で行っても姫路で待ちぼうけになるだけなので、朝と同様に各駅に停車する快速で行きます。

姫路からは播但線

JR神戸線で姫路へ戻った私は続いて播但線に乗ります。
播但線は姫路と和田山を結ぶ路線であり、寺前までは電化されていて103系がメインで運用されているため、それが狙いです。
どうせなら和田山まで行って完乗を果たしたいところですが、それをやってしまうとこのあとの活動に支障があるので今回は寺前までで断念です。
和田山と言うともはや日本海側ですからねw


コンコースへ降り立つと再び中間改札に出くわしました。
どうやら加古川駅での加古川線と同様に、姫路駅でも播但線と姫新線の列車は中間改札で区切られているようです。


そうそう、次期ダイヤ改正で新設される特急「らくラクはりま」のポスターが出ていました。
「びわこエクスプレス」のJR神戸線バージョンというだけで、車両も683系などを間合いで使うだけみたいですから、そこまで注目してはいないのですが、果たして定着するのでしょうか。
ただ、昨晩大阪から姫路まで夜に新快速で移動した際はあまりの混雑にうんざりしていたので、追加料金を払っても確実に座れることにメリットを見出す人もきっといるでしょうね。


中間改札を抜けて播但線・姫新線のコンコースへやってきました。


ここもラインカラーに合わせた駅名標になっていました。


いました103系!
加古川線と違ってシンプルな単色の塗装なので、103系っぽさが失われていないのがいいですね。


といっても、方向幕はすっかり今風でしたがw

それでは、この103系で寺前まで1往復です。
休日の午前中の下り列車ということでさほど混んでいないだろうと高をくくっていたのですが、姫路で所用を済ませて帰る人達なのか意外と混み合っており座れませんでしたw
聞くところによると姫路付近の播但線は沿線に多くの高校もあり、特に通学時間帯はJR神戸線の新快速よりも混雑がひどいと言う人もいるみたいです。

ここで播但線についての解説を挟みつつ旅を続けていきます。
播但線は姫路と和田山を結ぶ65.7kmの路線であり、寺前までは電化されており、103系が主力で使われているのが前述の通りで、寺前~和田山間は非電化のためキハ40系などの気動車が走っているようです。
キハ40系も全国的に引退する例が増えつつありますし、早いうちに乗っておきたいものですが、それをやるならばもう1日余分にスケジュールがほしいところですからねぇ。
でも、JR西日本の管内というだけでもうしばらくは安泰な気がしてしまうのは私だけでしょうか?w
このように寺前を境に電化と非電化の区間が混在している播但線ですが、普通列車については寺前を跨いで運転される列車は存在せず、必ず寺前で乗り換えないといけません。
例外は大阪と浜坂・鳥取を結ぶ「はまかぜ」だけですね。
JR神戸線の駅から内陸へ向かうローカル線という意味では加古川線に似たものを感じますが、こちらは「はまかぜ」の経路として都市間輸送でも使われていますし、阪神淡路大震災の時は播但線・山陰本線を使った迂回ルートもあったようで、臨時快速列車が運転されたこともあるようです。
路線名についてですが、「磨と馬を結ぶ」から播但線というありがちな命名ですね。

と言った感じでレポートに戻りますが、寺前までは平坦区間ということもあり、普通の市街地を走行することが多く、乗っているだけでは普通の路線という感じでしたね。


とはいえ、内陸へ向かうほど雪深くなる傾向は加古川線と同じでした。
兵庫県も意外と雪が降る地域なんですね。

ただ、不思議だったのはなかなか車内が空かないことであり、普通は都市から郊外へ向かう列車であれば駅を進むごとに乗客が降りていき車内は空いていく一方なのですが、今回は降りていく人は非常に少なく、ほとんどが終点の寺前まで乗り通していました。
そして、乗客らの身なりを見ると大荷物を抱えている人が多く、ちょっと姫路で買い物をした帰りという雰囲気ではありませんでした。
その答えは寺前駅到着で判明しました。寺前駅に到着してドアが開くなり、ホームへ放たれた乗客たちは一斉に隣に停車していたキハ40系に乗り込んでいきました。
私自身も18きっぷを使っていることから明らかなように、この旅は18きっぷシーズンに実施したのですが、和田山方面へ乗り通す人たちで混み合っていたようです。
「はまかぜ」もそんなに本数が多い特急ではないですし、ましてや姫路あたりから和田山や豊岡なんかを目指すならば普通列車だけで行くというのは決して鉄道マニアや好事家だけが選ぶ選択肢ではないということなのでしょう。

そんなこんなで終点の寺前に到着です。
和田山まで頑張る人たちを見送り、私はここで軽く駅取材をこなしてから姫路へ引き返します。

寺前駅

私にとっては折り返し地点となる寺前駅に到着です。


駅名標です。
ところで、「寺前」とは言うけれど、何の寺があるんだ?という疑問が湧きますよね。
私も気になって調べてみたのですが、近くに法楽寺・徹心寺という2つのお寺があるようなので、そのどちらかを指して「寺前」としたのか、そもそも「お寺の前」という意味ではなくて「寺前」という固有の地名だったか・・・はっきりした情報源を見つけられなかったため、断言しかねますw
尤も、黎明期の鉄道は有名な神社や仏閣への参詣を目的に建設されたものも多いですし、現代の感覚以上にお寺の集客力は高かったのかもしれませんね。


吊り下げタイプの駅名標


縦型


乗ってきた・・・そして折返しでも乗る103系


隣にはキハ40系がいます。車内は混み合っているようですね。
これも列記とした国鉄型なのでやっぱり乗りたい・・・けどあとの行程が・・・w


せっかくなので並べて撮りました。


反対側を見ると、あれ・・・誰だお前w
キハ40系とは似ても似つかぬ顔ですが、キハ41形といって、キハ47形の妻面にも運転台を追加して単行運転できるように改造した車両のようです。
かつて魔改造の代名詞のように言われたサンパチくん(113系3800番台)の気動車バージョンとも言える車両でしょうか。


発車標です。何気に和田山行きは快速になっていますが、途中の長谷駅を通過するため快速と呼んでいるようです。
地方線区ならば利用者の少ない駅を通過する普通列車なんて珍しくないのでわざわざ快速を名乗らなくても・・・とは思いますが、そこはこだわりなんでしょうかw


↑キハ40系の発車を見送ります。


留置線にも103系がいました。


それでは跨線橋を渡って駅舎へ向かいます。


跨線橋内部


当駅には「はまかぜ」も停車します。
神戸や大阪へも直通できると考えると寺前駅周辺の住民にとっても「はまかぜ」は便利な列車なのかもしれませんね。


当駅以北の電化を求める横断幕
しかし、電化された場合、「はまかぜ」はいっそ電車特急化されたりするんでしょうか。
まあ、自治体が全額費用負担するとでも言わない限りは実現は難しそうですけどね・・・


すっかり雪景色の構内


こちら側からも103系を撮影


こちらが改札口です。
ICOCAエリア内なので簡易改札機はありますが、紙の切符の人は駅員さんに手渡しする昔ながらのスタイルです。


駅舎内より


駅構内には「コミュニティホール」なるものがあるようです。


駅舎です。


駅名は至ってシンプルに表記されていました。


と思えば、入口脇にある看板は小洒落ていました。


駅前広場にあったオブジェです。
どうやらペットボトルで作られているようですが、雪を纏っているせいで最初は分かりませんでした。


これが駅前の目抜き通りになるようです。


駅前の交差点です。何軒か商店が軒を連ねており、それなりに駅前らしさはありますね。


ふと花壇を見るとうさぎの絵が描いてあるんですね。
そういえば、さっきのオブジェにもうさぎがいましたが、神河町とうさぎって何かゆかりがあるんでしょうか。


構内に戻りました。そういえばホーム全体を撮っていなかったですね。
2面3線というローカル線の拠点駅には一般的な構造ですが、駅舎に面した3番線は「はまかぜ」がメインで使い、普通列車は1・2番線を使用することで姫路方面と和田山方面で対面乗り換えが出来るように配慮されているようです。


ところで、これって名所案内ってことでいいんでしょうか?
だいぶくたびれているようですが・・・w

それでは再び103系で姫路へ戻ります。

姫路からはアレに乗ります

またまたもったいぶった見出しとなりましたが、実は冒頭の行程の説明では触れなかったネタ列車がここで登場します。
といっても、これに乗りたくて行程を組んだと言うよりはたまたまその区間を移動したい時間帯に走っていたから乗ったと言うだけなんですけどねw


姫路に戻ってきたら、姫新線の列車も撮りました。
姫新線は姫路と新見を結ぶ路線ですが、播但線とは違って全区間が非電化であり、姫路に近い区間は写真にも写っているキハ127系という新しい気動車が投入されて輸送改善が図られています。


JR神戸線の223系と播但線の103系の並び


時間がなくて先頭へはいけなかったものの、「はまかぜ」のキハ189系です。
これもいつか乗りたいですね。

あとはホームの立ち食いそばで昼食を取り、私は新幹線乗り場へ向かいました。
18きっぷでは新幹線には乗れませんから、乗車券+特急券を別途購入していわゆる”ワープ”をします。
姫路~岡山間は在来線の本数が少なく、そもそもこのあとの行程に繋げるには在来線のスピードでは厳しいということもあり、ワープを選んだわけですが、そこで利用する列車(つまり新幹線)というのが・・・


「HELLO KITTY SHINKANSEN」です!
昨年の5月で終了した「500 TYPE EVA」に続くコラボ企画として、あのサンリオのキャラクター「ハローキティ」とコラボした列車でして、たまたま山陽新幹線を利用する時間帯に走っていたので初乗車となりました。


側面部のロゴにもキティちゃんがいました。


可愛らしいリボンまでw
新幹線を見て「かっこいい」と思ったことはあれど、「かわいい」と思ったのは初めてかもしれませんw

ただ、誤算が2つあり、1つ目は谷川や寺前のあたりが雪景色だったことからお察しかもしれませんが、東海道新幹線一の難所と言っても過言ではないであろう関ヶ原も大雪で徐行運転をしたために東海道新幹線が遅延し、その煽りで山陽新幹線もダイヤが乱れていたこと・・・
これについては結局10分未満の遅れで済んでいたので行程への影響は避けられました。

問題はもう1つであり、まあビジュアル情報で見てもらったほうがいいでしょう。というわけで画像を・・・


はい、「こだま」のくせに大混雑w
この日は帰省ラッシュの真っ只中であり、「のぞみ」や「さくら」といった主力列車はほぼ全便満席で自由席にも溢れるほど乗客が詰め込まれている光景が脳裏に浮かんでいたのですが、ハローキティについては「こだま」として運行されるわけで、「こだま」は帰省ラッシュの中でも空いているだろうと高をくくっていたのが裏目に出ました。
普通に乗れたわけですし、立って乗ることになったとはいってもたったの2区間、30分もかからない程度ですからまあいんですが、せっかく乗ったのに車内撮影がろくにできなかったのは残念・・・


それでも人がいない場所を探して執念で撮るw
ここは記念撮影スポットということなんですかね。


山陽新幹線沿線の地域の地図になっていました。


もちろんキティちゃんもいます。


側面のパネル
とこれくらいで断念しました。
記念撮影スポットということで大勢の方がカメラ片手に順番待ちをしていましたしね・・・


混雑から逃れるようにデッキへ出ました。
といっても、デッキにも普通に立っている人がいるんですけどねw
よく見るとドアまでキティちゃん仕様なんですね。
「TYPE EVA」のときも思いましたがディティールに凝っているのはすごいと思います。


更には車内の案内までキティちゃん仕様w
座席なんかも凝っていたんでしょうが、それはお預けですね・・・w

遅延も500系の性能のおかげか岡山では数分程度に縮まっており、予定通り乗り継げそうです。
さすがはかつて表定速度世界一の記録を叩き出した車両です。

岡山からは再び18キッパーに変身して旅を続けます。

宇野線を乗りつぶす

タイトルには「関西の~」とあるのに、気づけば関西地方を飛び出して岡山県まで来てしまいましたw
ここからやることは、宇野線の乗りつぶしと岡山~琴平間での115系運用の普通列車への乗車です。

宇野線は岡山と宇野を結ぶ路線であり、かつては宇高連絡船と接続して本州と四国を結ぶ重要なルートとして機能していたものの、瀬戸大橋の開業後は瀬戸大橋線の一部として引き続き本州と四国を結ぶ役割を持つ岡山~茶屋町間と、実質支線のような扱いになった茶屋町~宇野間に分断されており、朝夕以外は直通列車もないなど、茶屋町を境に別の路線と言ってもいい状態です。
岡山~宇野間の都市間輸送もバスに押されているようで、今や完全なローカル線となっていますが、一方で、「宇野みなと線」という愛称を付けたり、「La Malle de Bois」という観光列車が導入されたりと、観光路線として売り出すつもりのようですね。

私は瀬戸大橋線として岡山~茶屋町間しか乗ったことがなかったので、この機会に宇野へ1往復して乗りつぶしてしまおうというわけです。


まずは115系の児島行きに乗車です。
前述の通り岡山から宇野への直通は朝夕だけなので、昼間は茶屋町まで瀬戸大橋線の列車で移動して乗り換える必要があります。


茶屋町からはいよいよ宇野線の末端部に入ります。
ここからは213系にバトンタッチです。
213系は瀬戸大橋線開業直前に登場し、岡山~宇野間の快速「備讃ライナー」として活躍したあと、瀬戸大橋開業後は「マリンライナー」として活躍していましたが、223系&5000系に置き換えられてからは岡山地区のローカル輸送で活躍しています。


↑児島行きを見送ります。


こんな平凡な車窓さえもかつて四国へ渡る旅人たちが眺めた景色だと思うと感慨深いものがあります。


そして、宇野に到着!
カードゲームの「UNO」と同じ名前ですが、あちらはイタリア語で数字の1を意味する言葉から来ているようで、この宇野駅とは何ら関係ありませんw
しかし、そう考えるとイタリア人がここを訪れると「1という名前の駅」に見えるんですかねw


ここでももちろん列車を撮影します。
が、ここで問題が・・・というのは、ただでさえ10分もなかった滞在時間なのに、なぜか列車が3分程度遅れて到着しており、ろくに駅を見る時間がないということw
一応1本後の列車で戻っても茶屋町で琴平行きに接続できるため、それでもよかったのですが、やっぱり岡山駅から通しで乗りたいですからね。
というわけで、宇野駅はまさにとんぼ返りで引き返しますw


とはいえ、せめて1枚くらいは撮りたいw
駅前の駐車場は宇高連絡船があった頃の構内の名残なんですかね。


側線には末期色じゃないやつがいてちょっと感激w


茶屋町へ引き返しました。
ここからは岡山発琴平行きに全区間乗車したいがためにわざわざ岡山へ一旦戻りますw


213系と115系の並びです。
茶屋町駅は2面3線で宇野線は真ん中に挟まれた2・3番線に停車し両方のドアを開けてくれるので、瀬戸大橋線の上下両方向への乗り継ぎがしやすいのはいいですね。


末期色電車が勢揃いの岡山駅引き上げ線を見つつ岡山駅に戻りました。

宇野線の乗りつぶしとしては以上となり、シメは115系による琴平往復です。

115系で四国へ渡る

本日最後の目玉となる115系による琴平行きに乗車します。


ちょうど帰省客で超満員の「マリンライナー」


私が乗る琴平行きです。


行先表示
岡山からの琴平行きは2往復しかなく115系ということを除いてもレア行先でもあります。


側面の行先表示


岡山駅では1日に2回しか見られない琴平行きを表示する発車標


対向の「しおかぜ」が入線してきたら私の乗る琴平行きが入れ替わりで発車します。

ここからは普通列車で琴平へ行きます。瀬戸大橋線は岡山~児島間では1時間に1本ほど普通列車が走っていますが、そのうち四国まで直通するのは琴平行きが2本、観音寺行きが2本となっており、琴平行きにはJR西日本の115系、観音寺行きにはJR四国の6000系が充当されており、6000系の方は以前に「サンライズ」で四国にやってきた際に乗りましたね。
茶屋町までは先程の折返しですが、そこから先は正式には本四備讃線と呼ばれる区間であり、高規格ゆえに高速域の唸るモーター音を楽しめました。


児島に到着です。以前の旅で泊まったこともある場所ですし、駅の方は十分撮っているのですが、ここで後続列車の待避があるみたいなのでホームを中心に少し撮ります。


乗ってきた115系です。
ここに115系が止まっている事自体は普通の光景ですが、通常ならばここで折り返しになるところ、このまま四国まで行ってくれますからね。


対向のホームに「南風」が入ってきました。さすがは本州と四国を結ぶ唯一の鉄道ルートだけに特急列車がひっきりなしにやってきますね。


続いて四国方面への「南風」もやってきました。
ここで緩急接続となるわけですが、「南風」に乗っても多度津や琴平へは行けるわけで、わざわざ普通列車に乗り継ぐ人っているんでしょうかw


↑「南風」発車シーン


↑続いて対向のホームに6000系が入ってきました。
こちらは本州に来ること自体が1日2往復しかないレア運用ですから、強引なのを承知で撮りましたw


前回はアレに乗っていたわけで写真はもうあるのでこちらのホームから撮るだけにしました。


「マリンライナー」も待避したらいよいよ発車です。
それにしても、「マリンライナー」からなら多度津や琴平方面へ行きたい人への選択肢として琴平行き普通列車は価値があるんですかね。


↑「マリンライナー」発車シーン

「マリンライナー」が出てしばらくしてこちらの琴平行き普通列車も発車です。
瀬戸大橋はもう何度か目の通過ですが、115系で通るとなるとやっぱり違って感じますね。


そうそう、瀬戸大橋を通る115系ということで、押し上げて開けるタイプの窓は設置できない規制があり、普段なら窓を開けるツマミがあるところには何もありません。


↑115系だということで嬉しくて車窓の動画を撮っちゃいましたw
MT54モーターの爆音をBGMに瀬戸内海の景色をお楽しみ下さい。


石油備蓄基地や工場地帯というお馴染みの光景で四国上陸です!
私にとってはおよそ3ヶ月ぶりということで、あんまり久々というわけでないのですが、本州から出るというだけで遠出した気になれますね。


琴平行きなので坂出方面への線路とお別れして宇多津駅へ向かいます。


多度津駅では停車時間があるみたいなので駅で少し撮影です。


キハ40系と7200系がいました。


7000系と並べることで四国に乗り入れる115系だという記念になりますね。


反対のホームへ


最後尾側も


駅名標とも絡めます。
また、絡めてくれと言わんばかりの配置でしたw


側線にいた8600系です。
これもいつか乗りたいものです。


7200系も撮ったら列車に戻ります。

このあとはたった3駅分だけの土讃線の電化区間を通って琴平へ向かい、その後折り返しです。


琴平に到着!
ここに115系がいるのもレアな光景ですね。


このまま岡山行きになります。
普段ならば岡山行きは特急だけであり、普通列車で行けるのはせいぜい高松までです。


ここは多度津ほどうまく絡めることが出来ませんでしたが、115系の側面は入っているのでまあ記念といえば記念ですかねw


反対側


折返しの直前に「南風」が先行するようです。
どっちも岡山行きであり、しかもたったの3分差で立て続けに発車しますが、岡山到着までには48分も差が開いています。さすがは特急と言いたいところですが、児島で例によって待避があるので、「マリンライナー」に乗り換えればもう少し早く岡山へ到達できます。
まあ、115系に乗るためにわざわざ四国へ来た私からすれば、到着時間なんてどうでもいいことですがねw


なんか光っているなと思ったら、「カンテラ」というやつですかね。
ここはそれほど寒さの厳しい土地ではないと思いますが、それでも必要になるんですかね。


「南風」との並び


「南風」を見送ったらすぐに乗車して岡山を目指します。

気になったのは多度津からの乗車が意外と多く、しかも瀬戸大橋を渡る利用者ばかりのようで、席の大半が埋まっていました。
18きっぷシーズンだけに愛媛県内や香川県西部から本州を目指す場合、この列車で児島へ行って「マリンライナー」に乗り継ぐのは有用なルートなんですかね。
まあ、実際のところ、坂出に出て「マリンライナー」に乗り換えてもそう変わらない気もしますがw


ちょっと賑やかな車内ですが、すっかり夕暮れの瀬戸内海の景色が、とうとう遠征が終わりを迎えるというタイミングと相まって、なんとも言えない哀愁を感じさせました。


こんな景色を見ていたら、小柳ルミ子さんの「瀬戸の花嫁」が自然と脳内再生され始めました。
JR四国の駅では接近チャイムとしても採用されているくらいメジャーな四国のご当地ソングですが、やっぱり実際に歌われている景色を見ながらだと感慨が違いますね。


↑「瀬戸の花嫁」をBGMに眺めたい車窓です。


瀬戸大橋を渡りきって児島に戻ってきました。
ここで例によって待避のため停車時間があるのですが、実はここで「マリンライナー」に乗り換えてしまいます。

というのは、「マリンライナー」だったらギリギリ間に合うけれど、普通列車を乗り通すとタッチの差で間に合わないというタイミングで700系充当の臨時「のぞみ」が設定されており、それに乗って帰京しようと思っていたため、児島~茶屋町間で115系に乗れなくなることを承知で「マリンライナー」を選びました。
児島→岡山ならば普通に運用がある区間ですし、琴平行きならばともかく、岡山行きだと児島始発でも琴平始発でも乗っていてそんなに違いがないというのもありますね。


115系に乗っていた人たちもほとんどが「マリンライナー」に乗り換えていきました。元々高松や坂出から乗ってきた人達もいるので社内は結構な混雑で、座ることは当然叶いませんし、結構ぎゅうぎゅう詰めです。
とはいえ、岡山まで我慢すれば、あとは700系の座席で東京まで快適に移動できる!
そう思って耐えていたのですが、途中の駅でまさかの停車・・・w
どうやら岡山からやってくる対向の特急列車が、関ヶ原の大雪の影響で遅延している新幹線の接続を受けるために遅延しており、その交換待ちで待つことになったようです。
ただ、困ったのは岡山駅での乗り換え時間が6分しかないことです。定刻通り到着したとしてもギリギリと言わざるを得ない乗り換え時間でしたが、皮肉なことに6分の遅延で対向列車がやってきて再開しました。
ある程度回復運転で戻ることを期待してもせいぜい1~2分・・・う~ん、こりゃあ厳しいぞ?w

結局、「マリンライナー」が岡山駅に滑り込んだのは700系が岡山駅を発車する時刻であり、新幹線ホームへ瞬間移動する能力でも持っていなければ乗り換えは不可能でした。(ていうか、そんな能力あったらそのまま自宅まで瞬間移動するw)
それでも、新幹線が遅延している可能性にかけて一応走ったのですが、ちょうど入ってきたのは1本後続のN700系の「のぞみ」というオチでしたw
これが例えば1時間に1本しか新幹線がないというならば5分くらいなら接続待ちをしてくれたかもしれませんが、「のぞみ」は広島以東では1時間あたり3本も走っていて臨時便が更に出ているとすれば、普通に「後続に乗って下さい」って対応になりますよねw

不幸中の幸いは指定席を取ってはいなかったのできっぷ的な面では損はありませんでした。


結局、N700系で東京へ帰ります。


やけ食いではありませんが、「シンカンセンスゴクカタイアイス」を購入しましたw


カチコチですが、しばらく放置して溶かします。

実際の快適性ではN700系の方が上でしょうし、移動手段としてはむしろ得をしたと考え直して、3日間の遠征を振り返ったりしながら東京への乗車を過ごしました。

なお、関ヶ原の豪雪は私が乗車したときも続いており、米原~岐阜羽島間では徐行運転もあったのですが、雪の塊がぶつかっているのか「ドン!ドン!」という音が響いていたのに驚きました。
どんなに車両が新しくなっても、関ヶ原は東海道新幹線のアキレス腱であり続けるのでしょうね。
名古屋へは10分近く遅れていたように思いますが、新横浜へはなんと定刻通り到着するというw
N700系の性能を体感しつつ東京に戻ってきました。

といったところでレポートは以上です。
最後までお付き合いありがとうございました。
この次ですが関東近郊で単発の活動をしましたのでそのレポートになるかと思います。
それでは!

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つばめ501号(管理人) について

関東を拠点に鉄道旅行を楽しんでいます。また、写真撮影や走行音の録音もしています。 サイトの方ではそれら写真や録音も公開していますのでぜひご覧ください。
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